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プロローグ ウェディングプランナー

叶わない恋でもいいんです

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「ねぇ、サイパンもいいけれど、グァムの教会も素敵ね」
ステンドグラスを通した光が、真っ白な壁を万華鏡のように染める中、白い床に敷かれた赤いカーペットのバージンロードが祭壇まで一直腺に伸びた写真を、うっとりと眺めながら女性が言った。

 そんな婚約者を、最初は蕩けるような目で見て相槌を打っていた男性は、女性がページを繰るたびに、あれもいい、これもいいと目移りするのにゲンナリとした様子で腕を組んだ。
 デスクの下で、貧乏ゆすりでもしているのか上体が小刻みに揺れている。

  男性がしびれを切らして、婚約者が希望する海外ウェディングのプランに水をささないよう、ウェディングプランナーの和倉のぞみは、すかさず勧めたプランの後押しをした。

「水谷さまのご婚約者相川さまは、お目が高いです。
 ウェディングというと女性が中心で、男性は添え物のようなイメージがありますが、相川さまが目をお留めになったこのプランは、新郎が現地の男性に混じって戦いの儀式を踊り、勇者として花嫁を迎える結婚式です。
 参列されるご親戚や、ご友人の皆さまにも、掛け声や打楽器を使って頂き、勇者の踊りを盛り上げる参加型のウェディングなので、ご結婚される水谷さま、相川さまとご一緒に、思い出に残るお式をあげることができると思います」

  さっさと決めてくれないかなとでもいうようにイラついていた男性客水谷は、自分も主役になれると聞くや否や、婚約者の横から熱心にパンフレットを覗き込み、もはやこれ以上心躍るプランはないというように、相川を口説きにかかった。

 この調子で落とされたんだなと、望は内心おかしく思いながら、それでも正々堂々と結婚できる目の前のカップルが羨ましかった。
(どんなにいいと思う男性がいても、私にはこんな日がくるのは想像できないな。今までだって失恋ばかりで、もう期待する気持ちにもなれない‥‥‥。目の前のカップルみたいに身長差があれば、かわいいかっこをしても似合うし、ヒール履いても大丈夫だろうけど……)

 望は自分の百七十cmもある身長と、少年にも見える中性的な容姿を思い浮かべてため息をつきそうになった。
 女っぽい仕草を心掛けてみたこともあるけれど、やだ~オカマみたいとからかわれて、やっぱり? なんて冗談で返しながら、何気に傷ついて、後で落ち込んだんだこともある。
 それ以来、サバサバ女子を目指し、言葉も語尾を伸ばして媚びることもせず、さっぱり、さくっと話すのが板についた。       

   それでも自分より背の高い男性で、人を見た目で判断しないリーダー格の人に憧れてしまうので、その男性たちが、自分達に見合う美人で女らしい人を選んでカップルになると、男友達がするように、良かったねと背中をたたいて祝福するしかなかった。
 自分の役割は心得てはいるけれど、心の中で思うだけならいいよねと、望はふと先輩の佐久間のことに思いを馳せたが、相川の声で我に返った。

「和倉さん、これに決めます。彼も気に入ったし、親戚や友人も楽しめそうだし、和倉さんに担当してもらえて、本当によかったです」

「わぁ、ほんとですか? 嬉しいです。でも、お二人の気持ちが、ぴったりと寄り添ってらっしゃるから、最適なプランを選び出されたのだと思います。それに、水谷さんは勇者が似合いそうですよね。私も見てみたいです」

 望のおだてに、水谷は照れて頭を掻きながらも満更でもない様子だ。婚約者を褒められた相川も、自分のことのように嬉しそうに微笑んでいる。
   二人の幸せそうな様子に、望は納得してもらえるプランを勧められたことに満足感を覚えた。

「では、こちらのプランで進めさせて頂きますので、必要書類にご記入をお願いいたします」

 二人が和気あいあいと相談しながら記入している間、望はウェディングプランや費用などの詳細が書かれた紙と、約二十名分の親戚や友人に配るための渡航の必要事項が記載された書類を揃えて袋に詰めた。
 そして万が一、他所の海外ウェディングを扱う店で説明を受けたとしても、こちらを選んでもらえるように、他社とのサービス比較で勝る点やオプショナルなども説明し終え、満足気に出ていく二人を笑顔で見送った。

 一面をガラスで覆われた店内から空を見ると、今にも雨が降り出しそうだった。
 昼食まであと十五分。今日は予約以外の客の来店は見込めないかもしれないと思いながら、午前中の予定を終えた望は、接客カウンターを片付けた。

 ドレスやタキシードが展示してあるロビーに乱れがないか確認すると、狭い廊下を通ってバックにある事務所に入り、手配書をかごに入れる。
 その先は事務職の仕事で、申込書に従って顧客データーをパソコンに入力し、必要な手配や連絡を行う。
 望の幼馴染で同期の山岸美麗が、さっそく申込書に目を通して、望に笑顔を向けた。

「さすが望!また二十名以上の団体ゲットだね。今月の集客数トップの佐久間リーダーに並びそう」

 佐久間の名前を聞いた途端、トクンと跳ねた心臓を落ち着かせながら、望は口元に人差し指をあて首を振り、美麗をけん制する。
 海外ウェディングというと、美しく、ゴージャスで幸せ満載のイメージだが、内情は似たり寄ったりのプランが渦巻く業界の中、手八丁口八丁で、どれだけお客を自分の会社の商品に誘導するかが勝負だ。

 旅行会社に申し込むハネムーンは新郎新婦の2名だが、海外挙式となると親族を連れて行くので団体客になり、一気に集客が見込める。
 他社とのしのぎを削るため、社員一人当たりの月間のノルマは結構きつく、当然、ガンガン攻めるプランナーが多くなる。

 それに反するようにクールに整った中性的な顔立ちや、品の良い佇まいを裏切って、時々繰り出される男性的な突っ込みや仕草、そして何よりも、相手を観察してぴったりのプランを勧めてくれる望は、相談客にインパクトを与えて惹きつけるらしく、プランの内容も手伝って、相談後の申し込み率が高かった。

 毎週発表される集客数の上位は、いつも佐久間志貴と和倉望の名前が占めるので、まだ入社して2年目の望は、ともするとやっかみの対象になった。
 時々先輩たちに、中性的な顔のいい人って得だよね。婚約女性の嫉妬も買わないしと嫌味を言われることもある。

     だが、特に自分の外見に自信があるわけでもなく、本当は女性らしさに憧れを持つ望は、自分のコンプレックスを暴露するような返答はせず、仕事の成果で仕返しをした。
 要らぬ刺激はしないようにと、一応美麗の軽口を仕草で止めて、望はカウンターへと戻っていった。
 
 狭くて薄暗い廊下から明るい店内のロビーに入ってすぐ、望の目に飛び込んできたのは、外商から帰った佐久間志貴が、フロアの三分の二を占めるレンタルドレスコーナーを見て回っている姿だった。
 百八五cmはあるすらりとした肢体、ぜい肉のない引き締まったスタイルの良い後ろ姿に目が釘付けになり、望は気持ちが高揚して頬が熱くなるのを感じた。

 望より4歳年上の佐久間は、去年までカウンターのリーダーをしていて、新入社員の望に一から仕事を教えてくれた優秀な社員だ。
 男性的な外見からは想像できない細やかな気配りができるので、横についていた望には、来店客の満足が手に取るように分かり、理想社員の佐久間に追いつきたいという気持ちがいつの間にか恋心に変わっていった。
 視線を感じたのか、佐久間が振り向き、どきっとした望に向かって手招きをする。

「和倉、空いているなら、ちょっと手伝ってくれ。今度掲載される記事を見て、雑誌編集者の鈴木さんが、海外挙式を申し込んでくれたんだが、タキシードの形を悩んでいるらしい。俺と背格好が似てるから2タイプの写真を送ってくれと頼まれた。スマホで写真を撮ってくれるか?」

   そう言いながら試着室に入り、時間をかけることもなく、白のフロックコートを羽織り、足の長さが強調されるようなパンツに着替えて出てきた。
 スマホの画面に映った佐久間は、長身に広い肩、切れ長のダークブラウンの瞳が精悍な顔つきを引き立てていて、胸の厚みをぴったりと包んだタキシード姿がさりげない男の色気を放っていた。

 うわ~~~っ、かっこよすぎる!写した写真に悶絶しそうになるのを堪え、望は2種類の衣装を着た佐久間を写した。
「あの…この写真を私のスマホにも転送していいですか?」
「えっ?」
「いや、あの、その、タキシードの写真だけだとお客様が選びにくいので、着用姿をサンプルにさせて頂けたらと……」
「ああ、いいよ。相変わらず和倉は仕事熱心だな」

 何の疑いもせずに、佐久間が望とアドレス交換をして写真を送ってくれたので、望は心の中でお宝写真ゲットと叫んで小躍りしたい気分になった。

「和倉、写真を撮ってくれてありがとうな。そうだ、昼食は早番か?」
「望、遅くなってごめん。ランチ行こ!」

 突然、佐久間の話を遮るように、美麗が無邪気に微笑んで望の横に立った。
 思わず美麗の顔を見た拍子に、佐久間が「じゃあ、お先に」と出口に向かって歩いて行き、望があっと思った時には、その長い脚は開いた扉から街道へと踏み出していた。

 ひょっとしてランチに誘われたのかな?一緒に食べるのは緊張し過ぎて無理かもしれないけれど、誘われてみたかったなとがっくり肩を落とした望は、美麗の探るような目つきに気が付かなかった。


 望と美麗が向かったのは、大通りから少し入ったところにある個人宅を改造したイタリアンレストランで、昼時ということもあり結構混雑していた。
 その日は、4月下旬にしては、気温が低かっったが、空席がないということで、店内から庭に向かって設えたウッドデッキに並ぶ正方形のテーブルに案内された。

「美麗、足寒くない?私はパンツスーツだからいいけれど、今日はストッキングじゃ寒そう」

「慣れてるから平気。望はランチA、Bどっちにする?ドリンクは?」

 ちょうど水を持ってきたウェイトレスに、望はチキンソテーのAランチとホット、美麗が魚のムニエルのBランチとレモンティーを頼んだ時、レストラン内から2人の男性が出てきて、望たちに声をかけた。

「和倉、山岸、お前たちもここに来たのか。良かったら中で同席しないか?」

 その声を聴いた途端に望の背中がピンと伸びた。振り向かなくても分かる。同席して食べるなんてとんでもないと望が断ろうとしたが、それより早く、美麗が答えてしまった。

「あ、佐久間リーダー! 村上さんも、お疲れ様です。こっちのテーブルの方が広くて、周囲のざわつきもないし気持ちいいですよ。こちらに移ってらっしゃいませんか?」

「ああ、じゃあそうさせてもらおう」

 店内に入ろうとしたウェイトレスに席の変更を告げると、佐久間と村上は、水と上着を取りに店内に戻っていった。

「ちょ、ちょっと美麗、勝手に決めて‥‥‥」

 望があたふたするのを面白がるように眺めてから、美麗が小声で囁いた。

「だって、さっき佐久間リーダーが昼食誘おうとしたとき、私が途中で入ったら、望しょんぼりしたみたいだったもの。邪魔しちゃったかなって反省してたのよ。望ひょっとして、佐久間リーダーのこと‥‥‥」

「違う!それはないない! だって、今日はランチの時間に、今度提出するイベント企画の下見のことを話し合おうって言ってたじゃない。もう明日行くんだよ。美麗は考えたの?」

 急に自分の気持ちを言い当てられて、望が早口になって否定していると、すぐ頭の上から佐久間の声が降ってきて、望はひゃっと首をすくめた。

「何だ秘密会議をするつもりだったのか?それは邪魔して悪かったな。で?どんな企画を立てたんだ?」

 大型の正方形のテーブルに、美麗と向かい合って座る望の右横の椅子を引いて、腰かけた佐久間が二人の顔を見比べて尋ねた。

 その間に、望の2つ上の先輩社員の村上厚司が、佐久間の向かいで、望の左横の席に腰かける。いかにも草食系の村上は、普段から男を感じさせないのだが、佐久間と並ぶと余計に存在感が薄くなる。望には兄のように接してくるが、失敗するとなかなか浮上できない村上をフォローするのは、いつも望の役目で、どっちが年上なんだかと溜息をつく時もあった。
 
 こんな風に佐久間と村上を比べてしまうということは、当然男性側からも、望と女の子の憧れを具現化したような美麗を見比べているだろうことを、望は容易に察することができた。

 百五十七cmの女の子として高すぎない身長や、ポメラニアンのようなふんわりとしたかわいい表情や仕草も、望ができることなら変わってほしいと願うものばかりで美麗はできている。
 現に、今まで望が好きになった男性は、最初は親しく打ち解けても、すぐに美麗の魅力にまいってしまって、望を相手にしなくなるのだ。
 いやもとい、男仲間として相談役に引き立てるようになるのだ。

 あ~あ。今も美麗が悩殺ものの笑顔を佐久間に向けていると、望はため息がでそうになった。
 にっこりと笑った瞬間に、美人からかわいく変貌する顔を見て、今まで望が好きな男性が目を見張るのを嫌というほど見てきた。

 こりゃだめだ。佐久間も完全に 落ちるだろうと思った途端、望はそれを見たくなくて、視線をテーブルの上に落とした。 
  耳には美麗の説明に、相づちをうつ佐久間の声が流れこんでくるが、どちらも相手に媚びている口調ではなく、望はほっとすると同時に、自分の卑屈さに唇をかんだ。

「うん、面白そうだな。運命の相手としか辿り着けない山中の社への道か‥‥‥。もう一方は観光ルートで、なだらかな道になっているんだな」

「そうです。この島を一日イベント会場に借りて、なだらかな道の方に社員たちが色々な仕掛けをして、辿り着いたカップルを祝福するというのが、望の企画です。ね? 望」

 いきなり振られて慌てたが、望の案に佐久間が面白いと興味を示してくれたことが嬉しくて、望は頷きながら心の中で叫んでいた。
 やった、認めてもらえた! 本当は佐久間リーダーとカップルになれたら、デートで行きたい場所をと思って、こっそり探したんだけれど‥‥‥。

「恋するカップルは、誰もが特別にみられたい願望があると思います。その気持ちをくすぐって、私達のリゾートウェディングの申し込みに結び付けられたらと思います」

「だが、途中の仕掛けはともかくとして、頂上に辿り着いたカップルを、ただ祝福するだけで、参加者が集まるだろうか? 」

 その問いかけに、望は元から考えていたプランに加えて、佐久間に海外挙式を頼んだ雑誌編集者 の鈴木を絡めたアイディアを提案してみる。

「それぞれタイムを計って、上位3組のカップルに、今度新しくできる国内リゾートホテルでの挙式体験をプレゼントするというのはいかがでしょう? 佐久間リーダーが懇意にしていらっしゃる編集者の鈴木さんに取材をお願いすることができれば、ホテル側も宣伝として無料で体験を設定してくれると思いますし、十分な目玉商品になると思います」

「いい考えだ。さすが和倉だな。取材のことはさっそく問い合わせてみるよ」

 佐久間の誉め言葉にガッツポーズを決めた望を見て、全員が微笑んだ。

「ねぇ、望。明日佐久間リーダーにも下見に来てもらったらどう?そうすれば細かいことをもっと詰められるわ」

「ええっ? ‥‥‥い、いいけど、土曜日だし、急に言っても、佐久間リーダーだって予定があると思うよ」

  本当は佐久間と二人で行くのを妄想して考えたプランだけに、色気もない仕事の延長で行くだけではなく、きれいでかわいい美麗と佐久間を一緒にするなんて、ちょっと避けたいかもと思った望の気持ちは、佐久間の乗り気な言葉に蹴散らされた。

「明日はちょうど空いているんだ。誘ってもらえて嬉しいよ」

「あっ、佐久間リーダーが行かれるなら、僕も参加します」

   呼ばれていないのに、村上まで参加することになってしまい、和気あいあいと集合時間を話し合う3人を、望は遠い目で見つめたのだった。




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