上 下
9 / 36
写真撮影3

揺らめくフレッシュグリーン

しおりを挟む
 理花と薫子の微妙な空気を読んで、瀬尾も新城も困ってしまい、助けを求めるように部長の進藤に視線が向かう。   その視線を受けた進藤が、解決策はないかとスマホを探り、ふと思いついたように瀬尾に訊ねた。

「なぁ、大智、【香】ってペンネームのエディターにメッセージを送って、脚本を書いてくれないか尋ねてみないか?詳しい設定抜きのセリフだけの台本でもいいから頼んでみようよ」

 進藤の言葉に反応して、理花は思わず薫子を見てしまったが、薫子は何も言わないで欲しいというようにわずかに首を振った。
 もちろん、正体をバラす気はないけれど、脚本を書くには理花は力不足だとみんなの前で言うくらいなら、自分が【香】だと名乗りを上げて書いてあげればいいのにと思ってしまう。

 ああ、なんだろうな、今日の薫子も私も、トゲトゲした感情のまま、突っつきあっているようで好きじゃない。
 もやもやした気持ちを抱えながら、瀬尾が何というだろうかと自然に視線がそちらに向かう。

「う~ん。知り合いならまだしも、学生の俺たちのために、台本なんて書いてくれると思うか?セリフが延々と続くアマチュアの小説を読んだことがあるけれど、登場人物の動作も胸中も作者の頭の中だけにあって、読者にはセリフしか伝わらないから、だんだん読むのが苦痛になるんだ。劇の台本も同じ形式だから、万が一【香】が引き受けて小説サイトに載せてくれたとしても、読者がつかないと分かったら、連載中止になる可能性がある。代金を払っているわけでもないし、中途半端なまま終わってしまったら、立て直しがきかないぞ」

「そんなのやってみなけりゃ分かんないだろ。大智にしては、何だか珍しく消極的だな」

「ちょっと、二人とも熱くなるなよ。仲間割れ厳禁。人数がただでさえ少ない部なんだから、映画が撮れなくなるだろ?」

 新城がタイミングよく二人の間に入り、薫子は緊張を解いたように見えたが、次に瀬尾が薫子に話しかけた時、再び薫子の肩が上がって表情が硬くなるのが、傍から見ていてもはっきりと分かった。

「ひょっとして岸野さんも物語を書くの?ほら、さっき物語と作文と脚本の違いを語っただろ?あれって、書いたことがないと気が付かないと思うんだ」

「おお、さすが大智!それは俺も気が付かなかった。だったらさ、青木さんと岸野さんに、う~ん、硬いな。理花ことはちゃんと薫子かおるこちゃんに、数ページの恋愛シーンを書いてもらって、お互いの作品を演じてもらうってのはどう?」

 進藤の提案に、理花は慌てて首を振った。

「冗談言わないで、進藤君。私は演じるなんて一言も言ってないし、薫子の言う通り、脚本で手一杯なんだから」

「理花ちゃん、俺たちのことは、司、大智、真人の名前で呼んでよ。長いつきあいになるから、堅っ苦しいのやめよ」

「うん、分かった…っじゃなくて、今の私の話を聞いてた?」

「ああ、聞いてた。でもさ、俺見たいんだよね。タイプの違う人間がどんな物語を書いて、相手の脚本をどう演じるか。なっ、大智も真人も興味あるだろ?」

 大智も真人も顔を見合わせると、そうだなと言いながら一応考える振りをするけれど、その表情は興味深々であるのが見て取れる。

「理花、私やってもいいと思う。私が書いた脚本を理花が演じて、理花が書いたのを私が演じるんでしょ?何だか面白そうじゃない?」

 薫子の目が、何だかいつもと違う感じできらめいて見えるのは気のせいだろうか?もはや周りの部員たちも乗り気になっていて、押し切られそうな雰囲気に、理花はいやな予感を覚えた。 
 ことを決定づけたのは、カメラマンを担当する新城の返事だ。外見からしてインテリっぽい新城が筋道立てて話すと、誰もがその言い分を納得してしまう。

「僕も賛成かな。カメラ映りをチェックしたけれど、演技はまた別のものだから、現時点ではどちらがヒロインとは言えない。脚本だって内容次第で撮り方が違ってくるから、良い方の台本に合う人を選びたい。全てにおいて一番良いチョイスをしたいな」

 真人の持つ有無を言わせぬ説得力って反則だよね?理花だって言いたいことはあるわけで……
 演技したことがないのは薫子も同じだとしても、相手役は大智君だよ? 
 薫子がどんな脚本を書くか分からないし……
 やだよ~失敗して笑われたらどうしよう。

 多分、百面相をしていたのかもしれない。心配そうな表情の大智が理花の顔を覗き込み、チョコレート色の瞳がすぐ目の前で瞬きをする。びっくりして身体が気を付け状態に硬直してしまった。
 大智は咄嗟に笑いをかみ殺したようだ。ぴくぴくと唇を引きつらせながら、聞こえるか聞こえないかの声で「息!」と理花に注意をする。
 知らずに止めていた息を整えながら、こんなんで演技は無理。絶対に無理!と、理花は心の中で叫んでいた。

 けれど、多数決がとられて、理花と薫子が書いた脚本をお互いに演じることが決まってしまい、言い出しっぺの司が嬉しそうに、提出期限を理花と薫子に伝えて、大丈夫かどうか確かめる。

「明日から、火・水と、2日間キャンプだから、理花ちゃんと、薫子ちゃんには来週の月曜日に脚本を持ってきてもらうのはどうだろう?枚数はできるだけで構わない。準備室を使って大智と二人が入れ違いでお互いの脚本を読み合わせて、火曜日にみんなの前で演技を発表する。これでいいかな?」

 薫子が頷き、みんなの視線が理花に集まる。頷かないわけにはいかなくて、渋々首を縦に振ると、部員たちが激励の拍手を送った。

    ああ、明日からのキャンプを楽しみにしていたのに、脚本と演技が頭から離れてくれるかな?薫子は心配じゃないのかな?
 そう思ってみると、薫子は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、にっこりと微笑みかけてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...