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一幕 "覚醒"

【四話:勇者と魔物】

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「お父さんが言ってたんだけど、村の近くに超強い魔物が現れたんだって」

 五つ年上の活発で赤髪が特徴的なリンがそう言った。

「超強い~? それってどのぐらい強いの~?」

 同じく五つ年上の黒髪で、ゆったりした口調に穏やかな性格をしたレイナが尋ねた。

「えっと……もの凄く強いんだって!」

「もの凄く強いんだ~」

 それは俺がイリーナから刀を貰い、五ヶ月ばかりが過ぎようとした頃。いつもの子供組めんつでいつものように村の広場で遊んでいた時の事だった。

「ユナちゃんはお父さん達から何か聞いた~?」

 レイナちゃんが頭に付けている大きな赤いリボンを横に揺らしながら聞いてくる。俺は無意識にそれを目で追いながら今朝の事を思い返す。

 そういえば確かに朝から冒険者を名乗る人達がこの村にたくさん集まってきていた。けれど、

「ううん、何も聞いてない」

「そっか~」

 そもそも幼女に聞かす話ではないのだろう。俺がいる場ではその話題を避けている気さえする。

「どんな強い奴が来たって問題ねーよ!」

 そう胸を張って言い切ったのはこのメンバーでリーダー格の、七つ年上の少年ーーカイトだ。

「この村は俺が守ってやるからな! もし魔王が攻めて来たって、この聖剣でぶっ倒してやる!」

 小枝を高々と掲げる様は、とても凛々しい。ただ泥で汚れたシャツと短パンが騎士装束で、寝癖の頭が整っていて、小枝が本当に聖剣で、大人だった場合だけどな。
 でも、それらを許容するなら、カイトの発言は何とも頼もしいものだ。攻めて来たらではなく、むしろ攻めて行って欲しいが……。

 「頑張れ~」と、レイナちゃんが軽い感じで応援する。
 俺もそれに習って応援する。
 ただリンちゃんだけが「アンタなんかが魔王をやれる訳ないでしょ」と、正論を返していた。それに対しカイトが反論し、口喧嘩になってしまった。
 カイトとリンちゃんは仲良しゆえに仲が悪い。互いに本音を言い合える仲だからこそ喧嘩をする。けれどいつも最後は仲直りをしている。何とも微笑ましい。
 カイトとリンちゃんの口喧嘩がしばらく続くと、父親譲りの茶髪をした清廉そうな雰囲気を纏う兄が広場にやって来た。ちなみに俺の金髪は母親譲りだ。

「相変わらず仲がいいね、二人は」

 優しい口調で、大人のように振る舞う兄はカイトと同い年だ。
 そうは見えない、というのはカイトの前では禁句だったりする。

「あ、ヨミさんだ~」

「ヨミ!?」

 レイナちゃんのほんわかした反応を余所に、カイトは大きなリアクションを取る。

「な、何しに来たんだ……!? ヨミ」

 カイトの問いに、兄は意地悪そうな顔でこう答えた。

「用がなくちゃ、僕は広場にも来ちゃいけないのかい?」

「…………」

 カイトは顔を伏せて答えない。
 それに対して兄は場を和ませようと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「悪い悪い、冗談だ。ユナを連れ帰りに来たんだよ」

「私……?」

 あれ? 何か悪い事したっけ? 絵本はしまったはずだし、ここに来ることもちゃんと伝えたはず……まさか昨日こっそりビヅルの実を食べていた事がバレたとか!?
 真っ先に叱られるなどとよくない想像が浮かぶのは、普段から叱られてばかりいるからだろうか。

「父さんが家に帰れってさ。きっとみんなも帰った方がいいと思うよ」

「何かあったの~?」

「さぁ分からない。でもいい事ではないんだろうね」

 兄はそう言って、俺の手を取る。

「ヨミ!!!」

 カイトが叫ぶ。

「テメェー、大人連中の会合に混ざってるからって、俺らを見下してんじゃねーぞ!」

 兄の思わせぶりな言動が癇に障ったのか、カイトはそう叫んだ。
 それに対して兄は悲しそうな顔を見せた。

「……そんなつもりはない。もしそう感じるんなら、それはきっとカイトが僕を見上げているから、じゃないのかな?」

 兄が「行くよ」と言って俺の手を引き、一緒に広場を去った。

 ◇

 家に着いた後、父から『今日はもう家から出たらダメだ』と、強く言われてしまった。
 何が起こっているのかは気になるが、立場的に何も聞けない。本当の事を教えてもくれないだろうし。
 仕方なく俺は居間の椅子にちょこんと座る。
 窓から外の様子をうかがうと、大人達が慌ただしく行ったり来たりを繰り返している。

『村の近くに超強い魔物が現れたんだって』

 リンちゃんの情報は事実なのだろう。だからこその慌てようだ。

「戦うべき、かな……」

 誰もこんな子供に戦えとは言わないだろう。だがそれでも俺は勇者だ。勇者なら戦うべきだろう。でも……
 こっちは実戦経験もない幼女だ。身体能力はかなり低い。小天こあめがあったって、どうしようもない。

 ◇

 日が沈み、晩御飯の時間になると、居間に家族が集まる。しかしそこに父の姿は見当たらなかった。

「……パパはどうしたの?」

 そう母に尋ねる。
 母はいつも以上に優しい口調でこう言った。

「パパはね、今みんなと大事なお話をしているの」

 やっぱり本筋は話してくれないか。
 俺はそれ以上は聞かなかった。

 ◇

 食事を終え、いつもならみんなが寝る時間になった。けれど父は帰って来ない。家の外も松明の明かりで明るく、それに騒がしい。

「ユナは気にしなくていいの。それに早く寝ないとオバケが出ちゃうわよ」

 母がそう言ってカーテンを閉めた。

 それジョークだよね? このファンタジーな世界でオバケとか実際にいそうでめっちゃ怖いんだけど?

 母の言葉に俺は頷き、布団に潜る。母はそれを見ると、用事があるからと家を出て行った。
 兄と二人、家に残される。兄は俺の様子を見ながらも、外の状況を気にしてる風だった。
 内心、俺だって不安で一杯だ。だけど何もしてやれない。力になれない。
 もっと俺が強かったら……

「僕に力があれば……」

 兄も俺と同じ気持ちらしい。そんな事をボソッと呟いていた。
 そもそも未成熟なこの身体じゃ安定した走りだって出来やしない。でも、もし小天こあめを敵に当てる事さえ出来れば……って、考えるだけ無駄か。
 それにきっとパパが、大人達がなんとかしてくれーーーーッ!?

 ドゴォオオオオオン!!!

 物凄い爆音と共に、地面がわずかに揺れた。

 今のは森の方から!? でもいったいなにが起きて……!?

「あぁ……」

 兄の震える声。
 悪い想像が頭をよぎったのだろう。かくいう俺も、そうとしか思えないでいた。
 もしかしてパパ達になにかあった!?

 思わず寝室から飛び出そうとした俺を、兄が力強く引き留めた。

 いたいっ!?

「ユナ、ここでおとなしくしているんだ!」

「……お兄ちゃん?」

 俺の腕を掴む兄の手にさらに力が入る。

「早くベッドに戻るんだ……!」

 兄の言いたい事はしっかりと理解しているつもりだ。だけど、だからといってこのまま何もせずにはいられない。それに俺には小天こあめがある!
 どんな魔物なのか分からないけど、可能性がとてつもなく低いのかもしれないけど、

「行かせて、お兄ちゃん……」

「っ……!?」

 無理を言っている自覚はある。無茶を承知で頼んでる。わがままで済ませられるお願いじゃないことだって。

「ダメだ!!!」

 当然の反応だ。
 元より了承を得られるなんて思ってもいない。
 だから俺は、

「……ごめんなさい、お兄ちゃん」

 一旦ベッドに戻るそぶりを見せた。
 そして兄の腕の力が緩んだところで、それをすかさず振り解き、天井裏へと駆ける。

「待て、ユナ!!!」

 屋根裏に着いた俺は小天こあめを片手に、お兄ちゃんと向き合う形になった。

「これがあればきっと勝てるから! だからお願い、お兄ちゃん!」

 兄はかなり困惑した様子だったが、すぐに首を横に振った。
 まぁそうだよね、そんな事急に言ったって信じてもらえるわけがない。
 だったらここは強引にでも。

「説教なら後でちゃんと聞くから……」

 刀を鞘から少し抜くと、青白い光が暗い屋根裏の中を眩く照らした。
 その光景に兄は面食らい、さらに突然の閃光に目を瞑る。
 この屋根裏は大した広さはない。10歳の兄でさえ少し屈まなければ天井に頭をぶつけてしまう。でも俺なら自由に動ける。
 兄が目を閉じた瞬間に、兄の横を駆け抜ける。そしてそのまま玄関から外に出て、騒つく森の闇へと駆けて行った。

 ……あれ、しっかり走れてる?
 なんか分かんないけど、これなら!

 ◇

 数分森の中を駆けると、薄らと明るくなっている場所に辿り着いた。
 そこには棍棒を振り回す巨体の怪物と疲弊しきった冒険者がいた。また地面には半身が潰れて無くなっている亡骸もあった。
 一匹の怪物が蹂躙する。ケタケタと高笑いをあげる。気色の悪い笑みを浮かべ一人、一人、確実に仕留めていく。
 それでも冒険者は果敢に挑む。無謀と知っても尚、自分の非力さや愛するものを想い涙を流しながらに散っていく。
 それでも怪物は容赦なく冒険者に棍棒を振るう。
 その先に、見覚えのある"冒険者"がいた。

「……え?」

 その冒険者は横殴りの棍棒を見事に喰らい、数メートル先の木に激突した。
 急ごしらえの皮の鎧を身に付けた冒険者。ボロボロの長槍を携えた冒険者。額に血を流し、懸命に家族を護ろうとする冒険者。
 俺の、パパ。

「どうして……? 魔物を倒すのは冒険者の仕事でしょ……」

 よく辺りを見回すと、地面に倒れている多くの"冒険者"はイシュカ村の住人だった。
 もう立ち上がっている村人はいない。
 俺はゆったりと怪物の前まで歩いていく。
 それに気付いた怪物がこちらを凝視した。

「赦さ……ない……赦さない……赦さない!!!」

 刀を鞘から一気に引き抜く。
 そして怪物目掛けて刀を振りかざす。しかしその一撃はサッとかわされてしまった。俺は急いで体勢を立て直し、また飛び掛かる。

「死ね! 死ね! 死ね!!!」

 一撃、二撃、三撃と全ての攻撃がかわされる。

「くっ!? どうして当たらないの!?」

 いや、決まっている……明らかにリーチが足りていない。
 今度は怪物が棍棒を振り下ろす。
 俺は横に回避し、また飛び掛かる。

「当たれ……! 当たれ!!!」

 まるでこの刀の力を知っているかのように、怪物は全ての攻撃を避ける。大袈裟に後ろに跳びのき、掠りさえしない。
 それでも俺は刀を振り続ける。
 すると後ろから声が聞こえた。

「ユナ!!!」

 それは俺を追いかけて来た兄だった。
 俺が兄に気を取られていると、怪物はその隙を見逃さず、棍棒を振りかぶる。

「しまっーーーー!?」

 しかしその時、ドン、と左側を誰かに押され、俺はその一撃を避けることが出来た。
 怪物が振り翳した棍棒の下に目をやると、そこには両脚を潰された父がいた。

「……パ……パ?」

「ユナ、逃げろ……!」

「……なんで? どうして??!」

 頭が酷く痛む。

「いや……嫌だ……」

 早く助けないと……!

 そう思っても足が動かない。

 どうして……! どうしてこんな!!?

 初めから勝てるなんて思っていなかった。だけど、負けるという事が何を意味するのか、それを甘く見ていた。
 覚悟が足りていなかった。

 嫌だ……パパが死んじゃうなんて、嫌だ……

 怪物が父にトドメを刺そうと、巨大な棍棒を振り上げた。

 お願い、誰か助けて……!

 そして、

「パパーーーー!!!」

 目にいっぱいの涙を浮かべ叫んでも、『奇跡』なんて起こらなかった。
 ただ時間だけが無情に過ぎていき、現実の残酷さを思い知ることとなった。
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