病みゲー転生 〜誰も幸せになれない狂った世界で、悪役は理想のハッピーエンドを渇望する〜

一味違う一味

文字の大きさ
上 下
30 / 51

30

しおりを挟む
綺堂 薊きどう あざみ side







「なんで、こんなに強いのさっ!」



 薊とヘンゼルの戦いは、ほんの僅かではあるが薊が押していた。

 現状を認め難かったのだろうヘンゼルから悪態がれる。



「どうした? 口調が崩れてるぞ?」


「うるさいっ!」



 幼い見た目相応の言葉が返ってきた。ゲームでは追い詰められる程、仮面が剥がれ素の性格が出てきたものだが現実になった今でも、それは変わらないらしい。



「クソッ! グレーテルさえ居ればこんな事にはならなかったのに!」



 もはや、ダンジョンに入る時の幼気いたいけで優しげな口調は影も形もない。

 唯一感じる面影は表情の邪悪さだけだろうか? まあ、悪役の俺も人の事を言える顔ではないがな。



「ははっ。無様だなヘンゼル」


「っ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!!」



 ヘンゼルが言葉に合わせて剣を振る。攻撃は単調この上なく、言葉でもタイミングを教えているため薊には、まず当たらない。

 しかし、と不思議に思う。

 自分の中から不自然に力が湧き出てくるのだ。先程の単調な攻撃も、この力が無ければ俺は細切れにされていただろう。

 俺が転生した綺堂 薊は耐久力と厄介な固有スキルが自慢のタンクキャラである。ルートによってはラスボスに成るとは言え、数多くいるルートボスの中で最弱だ。

 その程度の潜在能力しか持たない俺が、ラスボス以上に凶悪と言える『不規則出現迷宮ランダムダンジョン』のボスを片方だけとは言え、相手に出来るのは不自然極まりない。



「なんで生きてるんだよぉぉぉぉ!」



 彼にとって、よほど我慢ならない事だったのだろう。目を血走らせたヘンゼルは剣を腰溜めにし、我武者羅に突きを放ってきた。

 これを待ってたんだ。こんな大技をな。



「俺より堕ちろ【禍福逆転】」



 直後に腹を貫かれる感覚。

 肉を裂き、骨盤を僅かに削られる感触は新鮮だった。痛みがない訳ではない。しかし不快感はなかった。

 それは、俺の痛みに対する感覚が変わったとでも言えばいいのだろうか。ともかく苦痛で戦闘不能になる心配はなさそうだった。



「ガッ、ギャァァァァァァァァァァァァ」



 ヘンゼルこいつみたいにな。

 ヘンゼルは訳も分からぬまま空いたであろう腹を片手・・で抑えながら蹲っていた。一通り悲鳴を上げれば、次は「返せ、返せ」と呻いている。

 その、芋虫のような姿があまりにも哀れだったので俺は助け船を出してやることにした。



「欲しいのはコレか?」



 そうして見せびらかすのはヘンゼルの右手だ。

 未だ腹に刺さったままの剣を掴み続けていたモノで、ヘンゼルが想定外の痛みに怯んだ時、斬り落とした。

 いい加減、邪魔になった剣を抜きながら、俺は思わず呟いた。



「コレ、美味そうだな」



 このダンジョンに来る前の俺が聞けば卒倒しそうなセリフだが、思ってしまったのだから仕方ない。本当は踏み潰してから返そうと思ったが、代わりに剣を返してやろう。

 ヘンゼルが最低限の回復魔法で傷を塞いだのを見計らってから、口の上で腕を絞った・・・。喉を潤す血液は、前世を含めた全ての飲み物より美味だった。



「こいつ狂ってる……」



 失敬な。俺が狂うほど求めたハッピーエンド理想も必ず守ると誓った親友も何もかもを失ったのだから、狂う理由など無いというのに。

 ヘンゼルに言い返してやりたかったが、そんな事より食事・・の方が重要であるため黙殺する。

 そういえば、今も変わらず聞こえる幻聴も不快には思わなくなってきた。相変わらず「殺せ、殺せ」と鳴り止まないが、どこか心地よさすらある気がする。



「ふぅ、さて続きを───」


「霧よ!」



 食事が終わったので続きをしようと構え直せば、ヘンゼルは今回の戦闘で初めて詠唱した。

 効果は劇的だった。周囲を漂う『魔女の毒霧』の密度は瞬く間に跳ね上がり、数センチ先も見通せない状態となる。

 当然のようにゲーム知識にない攻撃法であり、見た目的に継続ダメージ量が増えるのかと思ったが、そういう訳ではなさそうだ。

 と、なると霧は純粋に目眩ましだけらしい。



「奇襲狙いか?」



 そこからの判断は早かった。

 ヘンゼルの奇襲を潰すため、最低限の急所を剣で守りながら突撃する。幸いにも濃霧の範囲は狭く、すぐに視界が晴れたが手遅れだった。

 そこには誰も居なかったのだから。



「どこだヘンゼルッ! 逃げるんじゃねえぞっ!!」



 怒りのままに叫ぶも返事はない。

 どうやら完全に逃げられたらしい。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~

真心糸
ファンタジー
【あらすじ】  ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。  キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。  しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。  つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。  お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。  この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。  これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...