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第三章

第105話 救いのない戦い

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 貧困街にある竜王教会にある執務室内にて。
 
「ロクサーヌ様 どういうことですか? 孤児院は見捨てられるんですか?」

「ごめんなさいね、でも私たちのやってることがバレてしまったのよ。
 もう時間がないわ、あなたも生きたければこの場を離れることね」

 シスタークロエはいつも冷静なロクサーヌの慌ただしい態度に戸惑いつつも、なんとか孤児院の存続だけはと懇願している。
 しかし、無理なのだと、すでに幹部の何人かは殺されてしまったのだという。
 捕まったのではない、殺されたのだ、裁判などない。そこには慈悲などないのだと。
 だからロクサーヌは急いでいる、なりふり構わずに。

「ここにある資料を全て燃やして、あなたなら出来るわね!」

「できません! 私はなにが間違っているのか理解できません!」

「理解じゃなくて今は行動する事よ。来るものは来るわ。監査員なのか、あるいは暗殺者かもね(もっともドラゴンヘッドが単独でへまをしたなら聞き流すこともできるが、あのユリウスも消息を絶った。しかも襲撃の報告をした翌日に)」

 ロクサーヌは煮え切らない態度のクロエを見て思った。まずいわね、ここには一秒もいられない。
「クロエ、あなたがそこまで覚悟を決めてるなら、今からくるであろう奴から孤児院を救ってみなさいな、これを特別にあなたに授けます」

 ロクサーヌはカバンから一つ液体の入った小さな黒い瓶を取り出す。
「これは、効果を薄めて作った避妊薬ではなくて、正真正銘の竜化の薬よ。あなたに竜王様の加護があるなら乗り越えられるはずよ」
 もちろん、それはありえない。つまりロクサーヌは足止めにクロエを見捨てたということだ。

「でも、それを使うか使わないかは自由よ、孤児院を見捨てても私たちと来たいならさっさとなさい。……じゃあね、私はもう行くわ」

 ロクサーヌは急ぎ足でその場を立ち去った。
 静かな孤児院、少女たちはもう眠っているだろうか。
 思いつめたクロエは誰にも相談せず、薬を飲み干すとその場に倒れた。

 ◆

 俺は一人で貧困街にある竜王教会まで来ていた。

 今回は遊びではすまない。俺は少し奴らをなめていたかもしれない。
 嫌な予感がするのだ。

 教会には誰もいない。
 まあ、こんな真夜中だし誰もいないのは仕方ないか。

 俺は隣にある孤児院に向かう。
 孤児院も物音一つしない。子供たちは寝ているのだろう。
 いや、奥の大部屋から物音がする。グシャリ、グシャリとなにか濡れた物を部屋中にばらまいている、そんな音がした。 

 奥の大部屋は孤児の少女たちが寝るベッドルームになっている。
 扉は半分開いている。不用心だ、普段あれだけ少女の安全を言ってた割には不用心がすぎる。
 俺は部屋の扉を開き、中を見る。俺の目には暗視の能力があるが。
 今はそれを後悔した。

 おいおい、それはないだろう。勘弁してくれよ……。
 そこには血だまりがあった。ベッドは破壊されシーツは真っ赤に染まり。部屋の隅でシスターの服を着た生き物が四つん這いでナニカをひたすら食べていた。

「なにやってんだ!」

 俺が声をあげると、シスターの服を着た生き物は振り返る。
 フードから覗いた顔はトカゲのようだった。
 シスターの服から覗く手足は、爪が長く伸び皮膚は爬虫類を思わせるウロコに覆われており、黄色く光る目がこちらを睨んでいた。
(マスター、あれはレッサードラゴンですね。南方に生息している巨大なトカゲのモンスター。しかし、なぜここにそれがいるのかは分かりませんが。討伐ランクでいうとA級上といったところです。
 素早い動きによるかく乱と毒の爪による一撃が厄介です。重装備の前衛が3名は必要なモンスターといったところでしょうか)

 いや違う、あれはロボさんが言う南方のモンスターではない。
 あれは、あの服はシスタークロエの服だ。
 ……まあ、大体予想はつく。結局はこうなったかって感じだけどな。

 それでも、自分が保護していた子供を手に掛けるとは、哀れで救われない。
 俺は、あんたは竜王教会の信者の中ではマシな方だと思ってたよ。

 次の瞬間、レッサードラゴンは俺にとびかかってきた。
 言葉を発しない、本能のままに動くモンスター。こいつからは何一つ人間味がなかった。
「あんたは何がしたかったんだよ!」
 俺はプラズマを剣のように伸ばすとそのままレッサードラゴンの首を跳ねた。

(マスターまだ生体反応があります、クローゼットの奥に一つ小さな個体を発見しました)

 俺はクローゼットを開けると、膝を抱えて振るえる少女がいた。
 見覚えのある少女だった。
「君は……たしかアンと言ったね。よかった。一人だけでも生き残りがいて、君を救えてよかったよ」
 少しだけ安堵した。

 ◆

 深夜の貧困街を歩く。
 私が、この私がだ! ふぅ、落ち着こう。
 できるだけ人目に着かないように、裏通りを選びながら。

 女性が一人で歩くなんてもってのほかだが、ここは私の王国だ。
 私は顔が広い、大丈夫、逃げられる。しばらくは地下に潜って追跡を逃れる。
 議会の連中など所詮は金の亡者、2年、いや3年まてば再び私は帰る咲くのよ。

 しかし、遅かった。私は詰んでいたのか。目の前に立つ人影が二つ、フードを被っていた。
 一人がフードを脱ぐと、そこには知った顔、憎たらしい貴族の男。
 その男はため息をつきながら私に言った。
「ロクサーヌ議員、……残念です。貴方と女性開放について議論できたことは幸福なことだと思ってました。ですが全て偽りだったのですね。
あなたが貧困街のボスで、貧困ビジネスを主導していただなんて、本当に残念です」

「お、おのれーお貴族様のボンボンに何が分かる! ……へ、へへ。お前たちが男である限り私には勝てないわよ」
 私はカバンから一つの瓶を取り出し地面に叩きつける。
 その瞬間、周囲に甘い匂いがひろがる。チャームの香水。
 世間に広まっている魔法の香水の原液。非合法な、正真正銘の魅了の魔術の薬である。
 これを嗅いだ男は理性を失うだろう。
 発情期の獣のように私の身体を求めてくる。そしたら逆に刺し殺してやるわ。
 隠していたナイフを取り出そうとした瞬間。腹部に衝撃が走った。
「ぐはっ! そんな、私の魅了に抵抗出来る男なんて」

「馬鹿ね、私は女よ。ロクサーヌ下院議員、貴方を拘束します。罪状はこれでもかって感じで有りますから覚悟してくださいね、って! お兄様! ほんとだらしないんだから。キュアポイズン!」

「あ、すまないシルビア。我を忘れていた。しかしこの薬は強力だな。これの販売も規制しなければならんか」
「お兄様、それは早急です、その香水は正しい用法ならとても素晴らしい効果をもたらしますから。親友のローゼがそれを証明してくれてますし、そういえばアンネもたまに使ってたかしら」

「あ、ああ。でも男としてはこれでは……」

「男としては……まったく、それがいけないんですよ。その考え方、改められないなら、そうですね。今度ソフィアさんに相談したらよろしいかと、この香水をお渡ししますのでお二人で詳しく調べたらよろしいのでは?」


 ロクサーヌのカバンには大量の薬の瓶が入っていた。チャームの香水の他にも竜化の薬が。
 竜化の薬。これはスヴェンソン先生に持って行って調べる必要があるだろう。
 シルビアは思った。貧困街、そこには目的をもって貧困のままにする。そういうやつらが貧困者の代弁者になって貧困者の支援をと語るのだ。
 耳障りのいい言葉に兄も騙されたのだろう。ロクサーヌは下院議員だった。貧困街代表の、たしか聖女だと言われてたっけ。
 馬鹿馬鹿しい。兄は彼女の考えに傾倒していた。きっとこのことで反省するだろう。
 結局はこの香水の力に任せて上院議員を篭絡して自分の目的のために議会を牛耳ろうとしてたのだろう。
 そうはさせない。
「お兄様、その女、ちゃんと運んでくださいね! まさか欲情とかして逃げ出さないでしょうね!」
「……。さすがにそれはないよ。シルビア、悪かった。俺は正気に戻ったよ。今度ソフィアに相談しよう。彼女の言ってた通りだった。彼女は未来が見えていたのだろうか」
「はぁ。そこからですか、ソフィア先輩はお兄様だけを見てました。だからお兄様が変な思想に染まっておかしくなったのに気づいたのです。ですから、今後はお兄様がソフィア先輩をよく見るのをお勧めしますわ、普段はしっかりしてますけど、たまに先輩はちょっとドジでとても可愛いですもの」

 以降。
 貧困街と呼ばれるこの地域は徐々に良くなっていった。
 娼館は廃止にせず、代わりに病院と学校が建てられた。
 そして治安維持のための共和国騎士団が駐屯するようになった。 
 素性の知らない盗賊団崩れは次々に逮捕され、少しだけ改善の兆しを見せたのであった。
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