【完結】カイルとシャルロットの冒険 ~ドラゴンと魔剣~

神谷モロ

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第五章 迷宮都市タラス

第90話 敵討ち⑫

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 ベヒモスの死骸は跡形もなく消え去り。
 その周囲には先程の爆発で大きなクレーターが出来ていた。

 煙が晴れるとそこにはドラゴンがいた。
 間違いない。あいつはエフタルの王都を襲ったドラゴンロードだ。

 そして二十番の魔剣は奴の足元にある。
 奴はそれを拾い上げバラバラにしてしまった。
 いくら強力な魔剣でもあれは魔法機械だ。
 所有者が持っていなければ魔法結界だって張れない。

『人間どもめ、余計なものを作ってくれる。やはり知恵をつける前に間引きをしないとなぁ』

 くそ、二十番の魔剣を失った。

「ごめんなさい、私の魔法が未熟だったせいで。二十番の魔剣を回収することができなかった……」

 いや、シャルロットのせいではない。それに魔剣の回収をしようとしたなら。あの爆発で俺は死んでた。感謝こそすれシャルロットを責める理由はない。

「いや、俺を助けてくれてありがとう。感謝しかないよ。それにあの状況で魔剣の回収は誰であろうと無理だったよ」

 今は目の前の現実を受け入れたうえで、俺達になにが出来るか考えることだ。

 ドラゴンは俺達のいる場所を見つけたのか、こちらを向くと声を上げる。

『忌まわしい大結界が目の前に見えるな。おい、虫けら共、出てこい!』

 ドラゴンは大きく息を吸い込む。そして奴の口から青い火花が飛び散るのが見えた。
 
 次の瞬間、ドラゴンブレスが俺達のいる魔法結界に照射される。

 凄まじい威力だが、さすがルカの作った拠点用の魔法結界。王都の大結界と同等の防御力というのは本当のようだ。

 今はなんとか持ちこたえている。
 だがそれも時間の問題だろう。

 俺はキッチンカーの側に立てかけてあった九番の魔剣『ノダチ』を手に取る。

 冷静にならなければ。

 ドラゴンロードとて全能の存在ではない。それに奴の発言から完全復活をしているわけではないようだ。

 何とか奴の弱点を探さないと、……呪いのドラゴンロードの弱点。

「シャルロット、そういえばベアトリクスさんは言ってたよな。呪いのドラゴンロードの弱点に繋がる情報があるかもしれない」

「え? そ、そうね。でもそれは、ベアトリクスさんの圧倒的な上から目線での話で、私達には参考にならないわよ。たしか、馬鹿だとか猪だとか、感情のままに行動する子供だとか」

 感情のままに行動する子供。
 ならば奴は格下だと思っている俺達の挑発には簡単に乗るという事か。

 だが、事実俺達は格下だ。切り札の二十番もない。
 
「ねえ、奴は眷属であるベヒモスの身体の中に潜んでいたってことよね。なんでそんな事をしてたのかしら……」

「なぜって、失った体を再構築するために、それにベヒモスの中に居れば安心だったんじゃないかな」

「なら、少なくとも奴はベヒモスよりも防御力は低いってことじゃない? それに以前あんたがファイアアローであいつの翼を切り裂いたって言ってたじゃない」
 たしかに、二十番の魔剣で増幅したファイアアローはシャルロットの極大魔法『選別の炎』と同じくらいの威力だ。
「……いけるかもしれない。少なくとも極大魔法ならダメージは通るということか」

 ルカの容態を見ていたセバスティアーナさんが話に加わる。

「なるほど、攻撃が届くならばまだ私達には勝機がありますね。それに呪いのドラゴンロードの性格からして陽動に引っ掛かってくれるかもしれませんし」

 俺達は最後の作戦会議を行った。

「……ここまで来たら俺達に逃げる選択肢はない」

「そうね、どうせあいつは私たちを逃がすつもりもないだろうし。それにルカ様を見捨てるわけにもいかないわ」

「お二人とも、ありがとうございます。ではさっそく行動に移りましょう」
 
 ドラゴンブレスの火力によって、魔法結界は限界に来ていた。
 時間はない。

 セバスティアーナさんは結界の外に飛び出す。

「モガミ流忍術・裏。忍法『水遁・水竜巻』!」

 印を結ぶセバスティアーナの両手から、勢いよく水が放出される。
 それは渦を巻く水の柱となり、まるで細長い竜のようにドラゴンロードに襲い掛かる。

『ふん、この呪いのドラゴンロードである我に対して、このような魔法を使うとはな、なめるなよ人間!』

 奴はドラゴンブレスを水竜巻に放つ。一瞬で蒸発した水竜巻は霧となって周りの森を覆いつくした。

『ち、こざかしい! 目くらましとはな。だが貴様ら人間らしいやり方といえる、せいぜいあがくがいい』

 やはり奴は油断しきっている。まあ、俺達の切り札だった二十番の魔剣を破壊したのだ、奴にとっては消化試合に過ぎないのだろう。

 俺達は霧に隠れながら森に散開する。

 予定通りにシャルロットは極大火炎魔法『選別の炎』を放つ。
 ドラゴンロードの胴体に当たるも致命傷には至らない。

『ほう、今のは少しまともな攻撃だったな。子供の悪戯にしてはなかなか真に迫るものがあったぞ?』

「くそ、魔力が落ちている。こんなところで魔力切れを起こすなんて。肝心なところで役に立てない」

「いいえ、シャルロット様。おとりとしては充分です」

 霧の中からセバスティアーナが飛び出す。手には二本の剣。

「ではドラゴンさん、その首落とさせていただきます! モガミ流忍術・表。二刀流『剣舞』!」

 連続する剣撃がドラゴンの首を襲う。

 だが傷は浅い。

「なめるなよ人間、我はただのドラゴンではないぞ? だが褒めてやろう。その矮小な剣でこの呪いのドラゴンロード、ルシウスを傷付けたことだけは褒めてやろう」

 ドラゴンロードはセバスティアーナに向けて口を開く。ドラゴンブレスを放つつもりだ。

 だがそれこそが狙っていたチャンス。攻撃の瞬間こそ防御がもっとも手薄になる瞬間だ。

「ヘイスト! 行くぞ、ドラゴンロード!」

 俺は全力で地面を蹴り、空中で体を捻りながらノダチの横なぎを奴の首に向かって放つ。

 ……だが、やつの首に届く前に横から衝撃が走る。

 くそ、奴には尻尾があった。

 俺は吹き飛ばされてしまった。

 かろうじで尻尾の一撃はノダチを盾にして致命傷は避けることが出来た。
 だが大きく距離を取られてしまった。

『ふん、さすがに警戒はするさ、我とて慢心はするが油断しているわけではないからな。しかし、小娘、興味深いな。その極大魔法はまるでドラゴンブレスのようだ。敬意をもって我もドラゴンブレスでお前を殺してやろう』

 まずい、このままではシャルロットがやられる。

 ヘイスト! だがこれでは間に合わない。
 シャルロットは魔力切れを起こして身動きが取れない。
 セバスティアーナさんも奴の尻尾の攻撃を回避するので手一杯だった。

 ドラゴンの口が開く。そして大きく空気を吸い込むと奴の牙や角、背びれにかけて青白い火花が走る。

 霧の隙間からシャルロットが見えた。
 彼女は俺の方を見ていた。
 何か言っている。遠くて聞こえない。

 でも、彼女が何を言ったのかは分かった。「さようなら、愛してる」

 だめだ! それは、それだけは……。


 ――次の瞬間。

 俺の視界は無くなる。何も聞こえないし何の感触もない。
 五感を失ったのか……。

 だが、俺はなにかに接触した。五感を失うことで俺の魂がなにかに接触したのを感じたのだ。

 これが魔力の深淵なのだろうか。

 瞬時に脳をよぎる記憶。これはシャルロットと魔法について話していた時の記憶だ。

「なあ、シャルロット。極大魔法の最終章ってどうなってんだ?」

「さあ、私も分からないわよ。存在は確認してるのに使える魔法使いは一人もいない。それこそ、その本に詳しく書いてあるんじゃない?」

 ――突如、空から降ってきた流星群によって人類は大きな被害を受けた。
 だがそれは切っ掛けに過ぎず、疑心暗鬼になった人類は他国からの攻撃を疑い。愚かな最終戦争を始めてしまった。

 やがて、疲れ切った人類は戦争を続けることが出来ず、飢餓だけが残る。
 そして今度は隣人同士での醜い生存競争に明け暮れたのだ。

 法律には何の抑止力もなく、処刑人は来る日も来る日も罪人を裁いた。

 人々は思った。こんな地獄はもうたくさんだと。

 その最中、一人の平民の若者が立ち上がった。魔力を持たない彼は一つの剣とたくさんの仲間、そして自身のゆるぎない正義の心に支えられながら、やがて王になる――

「良い話じゃないか、まさに英雄の話だ」

「そうね、まるでカイルみたいだわ」

「やめてくれよ、俺はそんな凄い人じゃないよ」

「いいえ、貴方は凄い人よ。……だってあの時、圧倒的なドラゴンの攻撃を目の前にして、それでも私を助けてくれたじゃない?
 それが英雄じゃなくて何だというのよ。貴方は間違いなく英雄だわ。世界一の魔法使いがあんたを認めてるのよ、もっと自身を持ちなさいって――」

 …………!
 意識が戻る。

 理解した。今の俺なら使える。

「行くぞ! 極大神聖魔法。最終戦争、最終章。第一幕『英雄王の帰還』!」

 全身から湧き上がる力。ヘイストの比じゃない。
 ドラゴンロードの動きがスローモーションのように遅く見える。

 驚いたのは、今まで一度もはっきりと捉えることができなかったセバスティアーナさんの体さばき、その見事な所作がはっきりと見えたのだ。

 美しく無駄のない動き。
 ずっと見ていたいが今はやることがある。

 呪いのドラゴンロード、ルシウスは今まさに息を吸い込んで、全身が青い光に包まれていた。

 奴の立つ正面、その先にはシャルロットがいる。

 させるか。

 俺は大地を蹴る。

 体が軽い。

 そして一瞬だ。

 俺はドラゴンの首を斬った。

 …………。
 ノダチにまとわりつく奴の血を振り払う。

『な、なにが! いや、この感覚……また我は首を斬られたのか。
 ……おのれ、おのれ! おのれーーー! 忘れるなよ人間! 我が眷属がいる限り、我は何度でも蘇り、いつかお前を呪い殺してやる。その時までせいぜい悔いなきように生きておくことだな!』
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