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第四章 カルルク帝国
第68話 迷宮都市タラス②
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早朝。
俺達は一階の酒場で朝食をとる。
この宿の一階は、朝は宿泊客の為の食堂になっている。
「お客さん、見ない顔だね、どこから来たんだい?」
俺達に話しかけるのはこの宿屋の娘さんのメアリー・バーキンさん。
この宿の看板娘だ、メアリーさんは鮮やかな赤毛で、白いエプロンを着ている。
夜は酒場でウエイトレスをしている。彼女の明るい性格とテキパキとした仕事ぶりから、この街の冒険者たちに愛されている。
「俺達はエフタルから知人を訪ねてここまで来たんですよ」
「へぇ、エフタルとは随分と遠くから来たんだね。そういえば最近、政変があったって聞いたよ? 大丈夫だったのかい?」
そうか、まだこの辺にはぼんやりとした情報しか来てないみたいだ。
「ええ、俺達は共和国になる前に旅に出ましたから、その辺は詳しくないんですよ」
「そうなんだね。で、こんな辺境の地に知人だなんて珍しいね、差し支えなければ教えてくれないかい?」
「はい、ルカ・レスレクシオンと言いまして、彼女もエフタル出身でして」
「ああ、あのルカさんの知り合いだったんだ」
「メアリーさんも知ってるんですか?」
「もちろんさ、彼女なら週に一回くらいのペースでうちに食べにくるよ。『腹減ったー』って言ってね。それで帰りに大量の缶詰を買って帰る、ちょっと変な人さ、おっとお客さんに対して失礼ね」
メアリーさんは特に詫びれもせずにそう言った。なるほどルカはそういうキャラクターでこの街に溶け込んでいるのだろう。
「いいえ、変な人というのは合ってますから気にしないでください」
「ルカさんって結構お金持ちで一人暮らしなんでしょ? 泊めてもらえば良かったんじゃないの? まあ、宿屋の娘の言うセリフじゃないけどね」
「いや、今、彼女の家は大掃除中でして、セバスティアーナさんが激怒してましたから。しばらくはここでお世話になろうかと思いまして」
「ああ、あの怖いメイドさんのことね、それはご愁傷様。そっか、メイドさんが戻ったなら、もう家には来てくれないか。ちょっとだけ寂しいわね。この一年間、何気にルカさんが来るのが楽しみだったのよ」
寂しそうな顔をするメアリーさん。
ルカ・レスレクシオンは引きこもりだと聞いていたけど、一人にすればそれなりに外にもでるのか。
まあ、食べないと死んでしまうしな。
それにこの宿屋は気に入った。俺はメアリーさんに返事をする。
「でしたら、彼女には、変わらずに顔を見せるように言っておきますよ」
朝食を済ませると俺達は街にでる。
「ねえ、カイル、その……デートって何したらいいのかしら?」
シャルロットが昨日のセバスティアーナさんの言葉を思い出して俺に振ってきた。
そう言われると、俺は急に何していいのか分からなくなった。どうしても意識してしまって何も思いつかない。
「さ、さあな、どうすればいいんだろう、とりあえず街を散策して、それから食事をして。えっと、それから何か買い物をするんだ」
俺もよくわからないが本にはそう書いてあった。
しばらく沈黙する俺達だったが、シャルロットは突然笑った。
「うふふ、なぁーんだ。それならいつも通りじゃない。今まではセバスティアーナさんが居たから、久しぶりに二人きりになって緊張してたんだわ。
おかしな話よね。それ以前はずっと二人きりだったじゃない」
ああ、そうだな、シャルロットの言うとおりだ。その言葉で俺は緊張が解けた。
「じゃあ、とりあえず街をぐるっと見て回ろう」
俺達は商店街にやってきた。
そこには魔法使いと思われる旅芸人が魔法を使ったパフォーマンスを行っていた。
カラフルな花火を打ち上げると、周りの観客、とくに子供たちの歓声が上がる。
「なあ、あれって魔法だよな。シャルロットもああいう事できるのかい?」
「うーん、私も考えてたんだけど、出来なくはない……かも、けど、あれとそっくりな魔法は無理ね。
威力を抑えつつ、複雑な模様を描く。そして色もそうよ、青やら赤やら緑色。温度の変化なのかしら? これは私には分からないの。
悔しいけどああいう魔法は旅芸人がそれこそ必死で考えて編み出した独自の魔法体系といえるわ。だから今の私では無理ね」
「へぇ、そうなんだ。天才でもそういうのは無理なんだな」
「あんた、天才って簡単に言うけど。ようは努力の方向の問題なのよ。
彼らは平民でありながら魔法がつかえて、かといって貴族になることもなく、こうして皆を楽しませている。
冒険者だってそうよ。エフタルでは魔法使いは貴族であり、貴族こそが魔法を独占すべきっていう考え方、そっちの方が異常ってもんよ」
しばらく俺達は旅芸人のパフォーマンスに夢中になっていたが、やがてお腹が空いてきた。
空腹には勝てない。どこかお店を探そうかとシャルロットに言うと彼女は答えた。
「え? お店ならそこら中にあるじゃない?」
シャルロットは相変わらず屋台の料理がお好みのようだ。
俺も嫌いじゃないがデートでこれはいいのだろうか……いや、考えすぎだ。
自然体が一番、俺達はずっとそうしてきた、今さらカッコつけたって何だというのか。
それに、ここタラスではエフタルと違って肉の串焼き一つとっても味が違う。それぞれの地方にはそれぞれの味があるということだろう。
とても興味深かった。ついつい何軒もはしごしてしまった。
午後は色んなお店を見て回った。シャルロットはアクセサリーの類は好きではなかった。
シャルロット曰く、魔法効果があるなら別だけど、着飾るだけの宝石に興味はない、とのことだった。
それは貴族的で嫌な記憶を思い出すのだと。
なるほど、そういうものかと俺達は今後の活動のために、冒険者ご用達の武器屋や服屋を一通り見て回った。
時間はあっという間に過ぎていった。
そして夕陽が沈む。
「じゃあ、宿に戻るとしようか」
「そうね、カイル……あのね、今日は楽しかった。目的を考えずに街を歩くなんて初めてだったかも。またデートしましょう!」
「ああ、もちろんさ」
宿では豪勢な料理が出てきた。
メアリーさんのご両親であるバーキン夫妻が、遠方からきた俺達へのサービスということで特別料理を振舞ってくれたのだ。
ここもいい場所だ。故郷に戻れなくても、素敵な場所はいくらでもある。
それにシャルロットが側にいるなら、きっとどこだって楽しい。
俺達は一階の酒場で朝食をとる。
この宿の一階は、朝は宿泊客の為の食堂になっている。
「お客さん、見ない顔だね、どこから来たんだい?」
俺達に話しかけるのはこの宿屋の娘さんのメアリー・バーキンさん。
この宿の看板娘だ、メアリーさんは鮮やかな赤毛で、白いエプロンを着ている。
夜は酒場でウエイトレスをしている。彼女の明るい性格とテキパキとした仕事ぶりから、この街の冒険者たちに愛されている。
「俺達はエフタルから知人を訪ねてここまで来たんですよ」
「へぇ、エフタルとは随分と遠くから来たんだね。そういえば最近、政変があったって聞いたよ? 大丈夫だったのかい?」
そうか、まだこの辺にはぼんやりとした情報しか来てないみたいだ。
「ええ、俺達は共和国になる前に旅に出ましたから、その辺は詳しくないんですよ」
「そうなんだね。で、こんな辺境の地に知人だなんて珍しいね、差し支えなければ教えてくれないかい?」
「はい、ルカ・レスレクシオンと言いまして、彼女もエフタル出身でして」
「ああ、あのルカさんの知り合いだったんだ」
「メアリーさんも知ってるんですか?」
「もちろんさ、彼女なら週に一回くらいのペースでうちに食べにくるよ。『腹減ったー』って言ってね。それで帰りに大量の缶詰を買って帰る、ちょっと変な人さ、おっとお客さんに対して失礼ね」
メアリーさんは特に詫びれもせずにそう言った。なるほどルカはそういうキャラクターでこの街に溶け込んでいるのだろう。
「いいえ、変な人というのは合ってますから気にしないでください」
「ルカさんって結構お金持ちで一人暮らしなんでしょ? 泊めてもらえば良かったんじゃないの? まあ、宿屋の娘の言うセリフじゃないけどね」
「いや、今、彼女の家は大掃除中でして、セバスティアーナさんが激怒してましたから。しばらくはここでお世話になろうかと思いまして」
「ああ、あの怖いメイドさんのことね、それはご愁傷様。そっか、メイドさんが戻ったなら、もう家には来てくれないか。ちょっとだけ寂しいわね。この一年間、何気にルカさんが来るのが楽しみだったのよ」
寂しそうな顔をするメアリーさん。
ルカ・レスレクシオンは引きこもりだと聞いていたけど、一人にすればそれなりに外にもでるのか。
まあ、食べないと死んでしまうしな。
それにこの宿屋は気に入った。俺はメアリーさんに返事をする。
「でしたら、彼女には、変わらずに顔を見せるように言っておきますよ」
朝食を済ませると俺達は街にでる。
「ねえ、カイル、その……デートって何したらいいのかしら?」
シャルロットが昨日のセバスティアーナさんの言葉を思い出して俺に振ってきた。
そう言われると、俺は急に何していいのか分からなくなった。どうしても意識してしまって何も思いつかない。
「さ、さあな、どうすればいいんだろう、とりあえず街を散策して、それから食事をして。えっと、それから何か買い物をするんだ」
俺もよくわからないが本にはそう書いてあった。
しばらく沈黙する俺達だったが、シャルロットは突然笑った。
「うふふ、なぁーんだ。それならいつも通りじゃない。今まではセバスティアーナさんが居たから、久しぶりに二人きりになって緊張してたんだわ。
おかしな話よね。それ以前はずっと二人きりだったじゃない」
ああ、そうだな、シャルロットの言うとおりだ。その言葉で俺は緊張が解けた。
「じゃあ、とりあえず街をぐるっと見て回ろう」
俺達は商店街にやってきた。
そこには魔法使いと思われる旅芸人が魔法を使ったパフォーマンスを行っていた。
カラフルな花火を打ち上げると、周りの観客、とくに子供たちの歓声が上がる。
「なあ、あれって魔法だよな。シャルロットもああいう事できるのかい?」
「うーん、私も考えてたんだけど、出来なくはない……かも、けど、あれとそっくりな魔法は無理ね。
威力を抑えつつ、複雑な模様を描く。そして色もそうよ、青やら赤やら緑色。温度の変化なのかしら? これは私には分からないの。
悔しいけどああいう魔法は旅芸人がそれこそ必死で考えて編み出した独自の魔法体系といえるわ。だから今の私では無理ね」
「へぇ、そうなんだ。天才でもそういうのは無理なんだな」
「あんた、天才って簡単に言うけど。ようは努力の方向の問題なのよ。
彼らは平民でありながら魔法がつかえて、かといって貴族になることもなく、こうして皆を楽しませている。
冒険者だってそうよ。エフタルでは魔法使いは貴族であり、貴族こそが魔法を独占すべきっていう考え方、そっちの方が異常ってもんよ」
しばらく俺達は旅芸人のパフォーマンスに夢中になっていたが、やがてお腹が空いてきた。
空腹には勝てない。どこかお店を探そうかとシャルロットに言うと彼女は答えた。
「え? お店ならそこら中にあるじゃない?」
シャルロットは相変わらず屋台の料理がお好みのようだ。
俺も嫌いじゃないがデートでこれはいいのだろうか……いや、考えすぎだ。
自然体が一番、俺達はずっとそうしてきた、今さらカッコつけたって何だというのか。
それに、ここタラスではエフタルと違って肉の串焼き一つとっても味が違う。それぞれの地方にはそれぞれの味があるということだろう。
とても興味深かった。ついつい何軒もはしごしてしまった。
午後は色んなお店を見て回った。シャルロットはアクセサリーの類は好きではなかった。
シャルロット曰く、魔法効果があるなら別だけど、着飾るだけの宝石に興味はない、とのことだった。
それは貴族的で嫌な記憶を思い出すのだと。
なるほど、そういうものかと俺達は今後の活動のために、冒険者ご用達の武器屋や服屋を一通り見て回った。
時間はあっという間に過ぎていった。
そして夕陽が沈む。
「じゃあ、宿に戻るとしようか」
「そうね、カイル……あのね、今日は楽しかった。目的を考えずに街を歩くなんて初めてだったかも。またデートしましょう!」
「ああ、もちろんさ」
宿では豪勢な料理が出てきた。
メアリーさんのご両親であるバーキン夫妻が、遠方からきた俺達へのサービスということで特別料理を振舞ってくれたのだ。
ここもいい場所だ。故郷に戻れなくても、素敵な場所はいくらでもある。
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