上 下
25 / 92
第二章 逃避行

第25話 二人旅④

しおりを挟む
 草原を歩き続けた。

 なにも変らない草原の景色だったが。変わったことが一つある。
 最初は遠くにぼんやりと見えていた山脈は次第に大きくなり、輪郭がはっきり見えるようになってきた。

 あの山脈はかなり標高が高い。実質的にあの山脈が国境なのは理解できる。

 しかし、山道に入る前に大きな森に遭遇した。

 地図には描かれていない。まあ無人地帯だからしょうがないか。
 この辺まで来ると。エフタルの地図は当てにならないということだ。

 しかし、俺はこんなに密集した森は初めて見た。南方の森か。
 魔獣がいないのは知っているが、別にいても不思議に思わない。
 そんな不気味さが目の前の森にはあった。

 これだけ木々が密集した森林では狩りは俺達じゃ無理だろう。

 だがこれも想定の範囲内だ。
 あの後、俺達は相談した。その結果、余った肉の半分は干し肉に加工してあるし、保存の利く硬いパンも作ってある。
 食料の備蓄は万全だ。

 もちろん、もう半分の肉はすでに食べてしまったが……。

「よし、森に入るぞ。できれば今日中に森を抜けて山道の途中までは行きたい」

「どうして? せっかくの森だし木の実とか採取できないかしら」

「シャルロットよ。木の実は確かにあるだろう。これだけの密林だ、森の恵みは間違いなくある。だがそれは却下だ。これは君の為でもある。
 ここは南方の森、しかもそろそろ夏本番だ。わかるだろう、シャルロットが最も嫌う生き物の存在を……」

 シャルロットは急に顔が青くなった。
 そう、ここは北方の森林と違って、わんさか出てくるのだ。シャルロットの嫌いな、ガサガサする奴やウネウネする奴が。

「わかったわ! さっさと行きましょう」

 もちろんキッチンカーが可動中は低級の魔獣を寄せ付けない魔獣除けの魔法が発動している。
 虫だってその対象だ。
 虫たちはこの魔法を嫌がって近づかないのだが、降ってくる場合は別だ。この密集する高い木々がある限り、虫は上から降ってくる。

「ひっ!」

 シャルロットが俺の腕に捕まる。

「おい、あんまりくっつくなよ。ただでさえ暑いんだ」

「右肩になにか冷たいものが落ちてきたのよ。カイル。お願いよ。取って頂戴!」

 まったく、俺は彼女の肩を見る。綺麗な肩だった。しかし何もいない。
 いや、水滴が落ちた形跡がある。なるほど上から葉っぱに溜まった雨水が落ちて来たんだろう。

「大丈夫だ。ただの水滴だよ。ほら、そんなにくっついてたら間に合わない、行くぞ」

 それに俺の精神衛生上もよろしくない。
 
 俺達はやや速足で森を歩く。
 鳥たちの鳴き声が響くが、それに耳を傾けている暇はない。

 シャルロットが限界に近い、水滴であの反応。本物が降ってきたらどうなることか。

 数時間がすぎた。食事の時はキッチンカーの魔法結界のおかげか、少しリラックスしていた。

 このまま落ち着いてくれればと思っていたが。甘かった。
 俺は森をなめていた。だが結果としては思ったより速く森を抜けれたので良かったのだろうか。

 森を抜け山道に来た時には全力疾走だった。
 まだ明るい。夕方まであと一時間はあるだろうか。
 予定よりも数時間早く山道まで来ていた。

 まあ、わかる。ヒルのせいだ、ヒルが俺達に降ってきたのだ。

 さすがに俺だって驚いたし、気持ち悪かった。
 シャルロットはあろうことか火炎魔法を使うところだった。大森林のど真ん中で……。
 だが、そこまで愚かではない。思いとどまったが状況は変わらない。
 対策を考える暇はなかった。ヒルは降ってくるのだ。次から次に、まるでヒルの豪雨だ。

 だから走った。俺もこれはさすがにきつい。走って逃げるしかない。
 そしたら、いつの間にか森を抜け山道まで来ていた。 

「はぁ、はぁ、ここまで来ればさすがに、ひっ! ちょっと! まだ中にいる。 ひぃいい!」

 山道のど真ん中で彼女は全裸になった。まあ分かる、う、俺にもいるな。服の中に数匹いる。

 俺もつられて全裸になった。幸いこの時間に森に入ろうとする商人はいないのか誰とも遭遇しなかった。

 裸の男女が踊り狂っている姿は商人たちに良からぬ噂を広めてしまうだろう。そのせいで貿易に支障が出ては申し訳ない。

 後で気づいたが。ヒルの豪雨の原因はキッチンカーの魔獣除けの魔法のせいだった。
 魔法の効果で木の上にいるヒルは慌てて逃げようとして木から滑り落ちたのだ。

 魔法も万能ではない、そういう事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

処理中です...