【完結】カイルとシャルロットの冒険 ~ドラゴンと魔剣~

神谷モロ

文字の大きさ
上 下
23 / 92
第二章 逃避行

第23話 二人旅② 

しおりを挟む
 俺達は南に向かって歩く。

 ここは王都方面とは違って丘陵地帯が広がっている。
 商業都市から南側は穀倉地帯になっているため、麦畑や小麦畑が広がっている。

 穀物はまだ若いのか黄緑色をしていた。もう少しすればここ一体は黄金色に輝くのだろう。
 遠くには草食動物が放牧されているのが見える。
 森と違って、どこまでも続く広大な景色に俺達は感動した。

 夕方になると、穀物畑が夕陽の光を反射して美しく輝く。
 収穫期まで待ったらもっと綺麗な黄金色に染まってさぞ美しい風景だったのだろうなと思った。
 もちろんそんなことは出来ないのは分かっている。
 でも落ち着いたら農業をやるのも悪くないかもしれない。

「今日はこの辺で一泊しよう。夜道を歩く必要もないしな」

 俺達はテントを設営する。
 夕食は屋台で買った串焼きと、同じく屋台で買った余り日持ちしなさそうな、ふかふかなパンを食べると直ぐに眠りについた。

 翌朝。

 俺達は、昨日食べきれなかった残りのパンで軽く朝食を済ませると。

 再び南に向かって歩みを進めた。

 そろそろ穀倉地帯を抜ける。
 ここからは何もない草原が広がる。野生の動物も現れるだろう。

 しかし俺に狩猟の経験はない。
 最初は上手くいかないかもしれない。

 まあ昨日までにさんざん食い溜めができた。しばらく肉なしでも我慢できるだろう。
 一応、燻製肉のストックだって三日分くらいはある。

 草原は、初夏ということもあり緑の草が広がっている。
 太陽が高く輝く初夏の日差しは、草原を明るく照らしている。

 風が吹くと、暑さを和らげる爽やかな風が吹き抜ける。
 草原には、羊や牛がのんびりと草を食んでいる。

 あれはさすがに野生動物ではないよな。
 シャルロットが羊や牛を見ると振り返り、俺の目を見てなにか言いたげな表情をした。
「だめだ、あれはおそらく放牧しているやつだ。家畜泥棒になりたいのか?」

 俺がそう言うと、ブスっとした表情に変わったが、さすがに何も言ってこなかった。

 草原にはこんなにも多くの種類の花が咲いている。
 青い空に生える黄色や赤い花が風に踊っているように見える。
 こんなに美しい風景があるというのに、まったく、まだ肉に未練があるのか。

 俺達は道なりに草原地帯を歩く。
 馬車が通る道には、馬や人によって地面が踏み固められているのだろう。
 背の高い草は生えておらず、所々にぽつんと若い草が生えているだけだった。

 道中、向かい側から何度か商人の乗る馬車に遭遇した。
 軽く挨拶を済ませる程度だったが、兄妹二人で旅をしているというと、商人のおじさん達は必ず果物をくれた。

 南方の特産品の果物らしい。
 とても酸っぱかったが爽やかな香りのする果肉は今まで食べたことのない不思議な果物だった。

 しばらく歩いていると、水の流れる音が聞こえた。
 久しぶりの川だ。
 北方の森にあった川とは違って随分と小さいが、それでも涼をとるのに最適だろう。
 俺達は南方の夏の経験はないのだ。少しずつ暑さに慣れていかなければ。

「ねえ、少し疲れたわ。休憩しましょう」

 シャルロットはそう言うと木陰にキッチンカーを止め、椅子とテーブルのセットを始める。

 川の音は心が落ち着く。

 この川はどこから流れているのだろう。地図には書かれていない小さな川だった。

 今はどのへんだろう。今度商人に会ったら聞いてみるとしよう。
 魚はいない、探せばいるだろうが食べれるほど大きなのはいないだろう。

 後を振り返るとシャルロットはティーポットを取り出しもうお茶を始めている。

「ふう、やっぱ一日に一回はお茶を飲まないとやってられないわ。キッチンカーがあってほんと助かったわ」

 たしかに、キッチンカーは便利だ。
 俺はシャルロットの入れた紅茶を口にふくむ。
 少し濃いめだが、疲れた体にはこれくらいがいいのかもしれない。

 いや、正直に言えば不味い。油断していた。やはり俺が準備するべきだったのだ。
 しかし、飲まないと悪い気がする。
 俺は食べかけの果物をナイフで一切れ、紅茶に入れてみた。
 あれ、旨い、爽やかな香りがこの濃い目のお茶を少し緩和している。
 いやむしろいい感じ調和している。

「シャルロット。大発見だ、この南方の果物と紅茶は相性がいい」

 ごまかすつもりだったが、これは本当に大発見だった。
 しばらくお互い無言で紅茶を楽しんでいた。

 木陰に入ったためか、風は涼しく火照った身体を癒してくれる。
 
「……ねぇ、カイル、ご両親は残しておいてよかったの? 今さらだけど、少し落ち着いたから、聞いておかなきゃいけないかなって……」

「ああ、おっちゃんたちなら大丈夫だ。建設組合はそこら辺のゴロツキなんかよりも強力な武闘派集団だからな。
 ちなみに両親は俺が生まれてすぐに死んだから、おっちゃん達は育ての親だよ」

「それは、……ごめんなさい、嫌なこと聞いたかしら」

「いいよ、顔も憶えてないし。それに、おっちゃん達も隠し事せずに、両親が死んだことは俺が物心つく頃には話してくれたから。
 むしろ今ではどんな人達だったのか好奇心の方が勝ってる感じかな、凄腕の冒険者だって話だし」

 少し空気が重くなった気がした。
 シャルロットは申し訳なさそうな顔をしている。
 こういう話は今することじゃないな。

 俺は話題を変える。

「それにしても、このキッチンカーもそうだけど、ずっと魔力を供給し続けてるこの魔剣、いったいどれだけ強力な武器なんだろう。
 これを作ったルカ・レスレクシオンって本当に天才なんだな。これが量産されてればドラゴンなんて簡単に倒せたのにな」

「そうね、でもそうでもないわ。天才なのは異論はないけど、私はそれと同じくらい馬鹿だと思う」

「え? どういうこと?」

「だって、その魔剣を使える人間があんた以外いないんだから。忘れたの? それが一本しか作られずにただの美術品になって貴族のマネロンに利用されてたのを」

 そうだった、俺が所有者になってすっかり忘れていたが、これを使いこなせるのは俺だけだったのか。
 オーガの血筋がある俺だけの。

「どんなに鍛えたってそんな重たい武器だれも持てないわよ。それに、貴族は絶対に身体を鍛えたりしない」

「絶対にって、でも君は鍛えてるじゃないか」

「私は例外よ、でもそれはあんたとの決闘で考えを改めたのよ。
 いずれ負けてしまうと思ったの。あんたのヘイスト込みの全力の速度に私の詠唱が間に合わなくなってきてたから」

 なるほど、接近戦こそ魔法使いを打倒できると思って、俺は中級魔法のヘイストに全てを掛けていた。
 でも、一向に彼女に勝てないから自分の才能が無いのだと悲観したものだ。でも彼女もそれ以上に成長していたのだ。
 だからいつまでも勝てなかったということか。

 なるほどね、彼女は貴族でも珍しく、自分に厳しい。
 それに怠け者である貴族には年上だろうと食ってかかっていた。だから12歳にして魔法学院でトップの成績を治めたのだ。

 まあ、それゆえに近寄りがたい存在として、尊敬とある種の嫉妬を受けていたため友人はいなかったのだが。

「さて、休憩終わり。あんたも、私の脚ばかり見てないで片付けの手伝いくらいしなさいよ」

 誤解がある、考え事をしていただけだ。まあ、たしかに俺の目線は彼女の太ももを捕らえていたのは事実だ。
 俺の目の前で靴を脱いでマッサージを始めたのだから見てしまうのもしょうがないだろう。

 それに、その格好だ。
 いくら暑いとはいえ、ショートパンツにノースリーブという大胆な格好をしているからだ。
 滑らかで美しい曲線に目を奪われてもしょうがないじゃないか。

 椅子とテーブルは折り畳み式になっており、簡単にキッチンカーに収納できるようになっている。
 ピクニックに最適な仕様だから全てにおいて手間が掛からないようになっている。
 デザイン性は皆無だが、機能性は抜群で非力な貴族でも簡単に組み立てが出来るため発売以来、ずっとベストセラーである。

 優秀な武器に注目を集めがちだが、こういう発明こそが重要だと思う。
 ルカ・レスレクシオンは、やはり天才だと俺は結論付けた。
 
 手早く荷物をしまうと、旅を再開する。
 午後を過ぎたあたりだろうか、心地よい風と草木のざわめきを聞きながら俺達は歩みを進めた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

半神の守護者

ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。 超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。 〜概要〜 臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。 実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。 そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。 ■注記 本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。 他サイトにも投稿中

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...