上 下
15 / 92
第二章 逃避行

第15話 逃避行①

しおりを挟む
 エフタル王国の王都サマルカンドは、一匹のドラゴンの襲撃によって王城は陥落。
 更にドラゴンは中央の貴族の邸宅を破壊したため、王国の中枢は壊滅的なダメージを受けた。

 残された地方貴族では王都の混乱を治めることができず。
 ましてや今までの傲慢な治世のせいで、貴族に信頼はなく、大多数の平民達は一斉に反旗を翻した。

 平民たちは今までの恨みゆえに貴族に対して容赦はなかった。
 貴族と知れたら弁解の余地なく殺された。
 エフタル王国は無法地帯となった。
 その影響が地方都市に波及するのも時間の問題だった。

 ◆

 俺達は街道から逸れて林道に入った。

 ここを通る人は滅多にいない。
 魔獣の間引き目的の冒険者や、木材を調達するために商業ギルドが使う道だからだ。

 地図に記された道を通る。
 林道は狭くて曲がりくねっていた。周囲には、高い木々が立ち並び、ここが深い森の中なのだというのを実感させる。

 馬車が通るのは不可能なほどの道幅ではあったが。このキッチンカーは馬車の三分の一程度の大きさで問題は無かった。

 どんなに悪路であっても問題なく進める。
 ここで気付いたのだがこのキッチンカーは少し浮いていたのだ。

 シャルロットもどういう魔法を使っているのか分からないようだった。
 フローティングという物を浮かせる魔法はあるが。
 地面すれすれを浮かせるには余程の集中力がないと不可能だし、そもそも魔力消費量が多いため、実用性には乏しい魔法だ。
 結局は仕組みは理解できなかったが、とりあえず問題なく使用できるので保留しておいた。

 分かれ道に差し掛かると、地図を広げしるしを付ける。
 高い木々のせいで太陽の位置が分からないから方向感覚がなくなっていた。
 頼りはこの地図だけだ。

 俺達は数日かけて森の中を進んでいった。

 当然、森の中であるため魔獣がおそってくることもある。

 魔獣とはいってもバシュミル大森林の魔獣とは違って。この森に生息するのは小型の魔獣がほとんどだ。

 代表的な魔獣にマッドフォレストウルフがいる。
 一説にはフォレストウルフが魔獣化した存在ともいわれている。

 知能は低く、フォレストウルフと違って群れで行動せず、縄張りも持たずにつねに森を徘徊して、遭遇した獲物を捕食している比較的弱い魔獣だ。

 魔法学院でも実戦訓練の授業で何度か戦ったこともある。
 だが、それは訓練場での話でここは森の中だ。
 それに突然襲われるというのはかなり厄介だ。

 だから、移動の際は常に周りに集中する必要がある。ピクニックではないのだ。

「来たわね。あっちは私達に気付いているみたい、真っすぐにこっちに向かってる」

「よし、ここで迎え撃とう。キッチンカーを地面に固定して、魔剣の準備を……」

「マッドフォレストウルフ程度なら私一人でも楽勝なんだけど?」

「いや、油断しないにこしたことはない。それにマッドフォレストウルフが群れで行動しないというのは定説で、森の中では違うかもしれない」

「そうね、貴方が正しいわね。来るわ」

 森から出てきたのは一匹のマッドフォレストウルフだった。
 だが、魔法学院で飼っている戦闘訓練用とは一回り大きい。それに所々に傷痕があり、歴戦を思わせる。

「な? あれは多分強いぞ。油断しなくて正解だったろ?」

「そうね、でも、それほどでもないかしら。先手必勝! アイスジャベリン!」

 シャルロットは氷属性の中級攻撃魔法アイスジャベリンを放った。
 中級魔法で倒せない魔獣は少ない。それこそバシュミル大森林の奥にでもいかない限りは。
 氷の槍に貫かれたマッドフォレストウルフは回避行動も取れずにそのまま胴体を貫かれ瞬時に凍り付いた。

「ねえ、これ食料にならないかしら? キッチンカーの食糧庫には肉がなかったし」

「おいおい、学院で習わなかったのか? マッドフォレストウルフの肉を食べたら、高熱にうなされて三日も経たずに死ぬって」

 だから単独で行動しても、他の魔獣や動物に襲われずに森を自由に徘徊できるのだという。
 確かレンジャーの教育で二年の時に習ったはずだが。

「知らないわよ。そういう科目は進級に関係ないから受けてないもの」

 おっと、そうだった。彼女は飛び級で一気に三年になったのだった。

「じゃあいいわ。これは地面に埋めてしまいましょう。でもそろそろ肉が食べたいし。動物でも狩れないかしら、貴方だって肉食べたいでしょ?」
 彼女はまだ12歳だというのも忘れていた。育ち盛りだということだろう。
 しかし狩るっていっても、道具も無いし。
 さっきみたいに凍らしてしまっては血抜きもできない。不味い肉は逆に健康に良くないだろう。

「悪い、狩猟は俺も苦手でな。街に着くまで我慢だ。それに俺達は現在逃亡中だ。王都が混乱しているであろう今のうちに距離を稼ぎたい」
 露骨に嫌な顔をするシャルロットだったが、わがままというわけではない。直ぐに切り替えて移動を再開した。

「まあまあシャルロットよ、もう少し進んだら川があるみたいだし、そこで魚くらいは獲れるかもだ」
 川と聞いてシャルロットは口には出さなかったが表情がぱぁっと明るくなった。
 この辺は年相応の少女のようだった。

 大人びているとはいえ12歳なのだ、まだまだ子供っぽいところがある。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

処理中です...