自分をドラゴンロードの生まれ変わりと信じて止まない一般少女

神谷モロ

文字の大きさ
上 下
9 / 151
第一章 我こそが

第9話 私塾

しおりを挟む
 東グプタの高台にある私塾にて。

 ここはマーサ・ブラウンというエフタル共和国から来た女性によって10年ほど前から運営されている子供たちの為の学習塾だ。

 港町であるグプタは独立都市国家とはいえ公な学校は無い。
 港町という特性上、子供たちはそれぞれの家で学習するのが常で読み書きを覚えたら家業を手伝うのがこの街の子供の慣習だ。
 だが、それでも子供達には読み書き以外にも同年代の子供と勉強をしたり遊んだりするのは必要だと、マーサ・ブラウンは東グプタの盟主に訴え、今日の学習塾ができたのだ。

 住民はだれも否定しなかった。むしろ家庭学習が当たり前だった住民にとっては教育の負担が減ってありがたいことだった。
 それに同年代の子供と幼い時から顔見知りになるのはメリットでしかないのだ。
 そうした背景もあり、この学習塾は10年も経つと生徒たちは増えていき小さな民家を改築した教室は子供達でいっぱいになっていた。

 ルーシーは駆け足で教室に入る。今日は上機嫌だ。いつもより早く教室に入った。
 だが先客はいるものだ。ジャンにアンナ、彼らは高台から近いところに住んでいるので当然だが、少し悔しかった。
 ルーシーの家は海の近くで、どうしても高台のこの場所には時間が掛かるのだ。

 海が近くに見える家は良いとお母様は言った、でもここに住む裕福な人は高台に住む。

(ち、お母様にはいろいろと言いたいことがあるけど、今さらだ)  
 額ににじむ汗をぬぐいながらルーシーは教室の自分の机に座ると、さっそくジャンとアンナが話しかけてきた。

「よう、この間の冒険だけど、親に聞いたら、あの墓に眠ってる奴らって相当ヤバい奴だったんだって」

 少し声を落として神妙な態度のジャン。 
 カバンを下ろして教科書や筆記具を取り出しながらルーシーは答えた。

「へえ、もと宮廷魔法使いで執行官だって話でしょ?」

「そうなんだけどよ、どうやら執行官ってのは闇の魔術を使う頭のおかしい奴らだって。だから俺達呪われたんじゃないかって。一度、専門の魔法使いに診てもらった方がいいんじゃないかな……」

 ルーシーは思い出す。そういえばハインドと名乗った亡霊も闇の魔術とか言ってたので本当のことなのだろう。
 しかし、その後彼女の身には何も起こっていない。

「……ジャン君、でも女神様は問題ないって言ってたよ?」

 アンナはやや不安そうに答える。

「あのなぁ、女神様はそりゃあ凄いけど、魔法に関しては分からないだろ? レオ、お前の母ちゃんは魔法使いだったんだろ? 何か言ってなかったか?」

「うーん、別に。でも少し怒ってたかな。ベアトリクス様に迷惑掛けるんじゃないって。姉ちゃん倒れちゃっただろ? でも、それ以外については何も言ってなかったよ……」

「ふーん、まあ、呪われた可能性があるのはルーシーだし。見た感じ元気そうだしなぁ。……ま、お前らの母ちゃんが問題ないっていうなら大丈夫なのかな……」

 ルーシーは思う、確かに呪いはあった。あの亡霊が嘘つきでなければ私は呪われている。死に至る呪詛?を受けたはず……。

 でも何も問題ないのだ。
 ルーシーは結論をつける。やっぱあいつは嘘つきお化けだったのだろう。

 あれは……そう、嫉妬だ。ただの嫉妬を闇の魔術とは、まったく……言葉が独り歩きしてないか?
 そんなことを思っていると。教室に初老の女性、ブラウン先生が入ってきた。

「はいはい。皆さん。お喋りはその辺で。授業を始めますよ」
 ブラウン先生は教壇の前に立つと、脇に抱えていた大きな本を開いた。

「さて、今日は外国の歴史の授業をしましょうか、皆さんはまだ生まれていませんが、お隣の国、今のエフタル共和国は少し前までは王が治める王国でした――」

 ルーシーは歴史の授業かと落胆した。
 なぜなら、歴史に登場する呪いのドラゴンロードは悪者であり、人類の天敵としてしか扱われていない。

(私の夢に出てくるドラゴンロードはそんな奴じゃないのに……。
 ただ純粋に……人間の醜さを愛でる。そして時には力を貸し……。えっと何だっけ、うーん。よく思い出せない)

「姉ちゃん。気分が悪いの? 大丈夫だよ、この呪いのドラゴンロードはルシウスっていう悪い奴だ。姉ちゃんとは関係ないでしょ?」    

 となりの席に座っているレオンハルトは姉の表情を見ると心配して声を掛けてきた。
 少し嫌な顔をしただけなのに。やはりこの前のことで心配をかけてしまったみたいだと反省する。
 ルーシーは記憶の断片をたどる。
(呪いのドラゴンロード・ルシウス。うーん。何者だ? 私こそが……ルーシーなのだ……。あれ? 名前が似てる? ……ちっ、とんだ風評被害ってやつか) 

 ------

 授業が終わる。


「先生さようなら」

「はい、皆さんさようなら」

 塾が終わるが、まだ陽が明るい。夕方まではまだ時間がある。
 いつもなら皆と遊びに行くのだが、ルーシーとレオは真っすぐ自宅へ向かう。

 今日は父親が帰ってくるからだ。

 玄関前まで足を運ぶと、中から低い男性の声と普段より若干音程をあげた母の声が聞こえる。
 母は上機嫌だ。やはり父が帰ってきている。ルーシーは玄関前で足を止めレオンハルトに振り返る。

「レオ、ちょっと待ってなさい。中の様子を見てくる。まさか、いきなり始めたりしないと思うけど念の為よ。レオにはまだ早いから」

 ルーシーは知っている。父と母が再会したらそういう展開もあるのだと。

 そういうのが具体的に何かは知らないがアンナが言うには子供には早い何かが行われるということを。

 アンナは12歳。ルーシーよりも2つ上の大人だ。
 そんなアンナが顔を赤らめて子供には早いというのだ。
 8歳のレオンハルトには見せてはいけない、大人である姉としての義務感がそこにあった。

「姉ちゃん、何言ってるの? 父上が帰ったんでしょ? さっさと入ろうよ」

「大人には色々あるのよ。これだから子供は……」

「お、この声はルーにレオだな? お帰り。どうした? 早く入って来なさい」

「父上、ただいま戻りました。でも姉ちゃんがおかしなこと言うんだ。大人には色々あるとか……」

「馬鹿! レオ。余計な事いうんじゃない!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...