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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
107.スカムのレアスキルは何だろな?
しおりを挟む焼き鏝の形をした魔道具を、その魔石に俺の魔力だけを満たすことで乗っ取って、モモンガ娘の『隷従』の相手を俺に上書きした。
それが上手くいって、首元を這って彼女に噛み付こうとしていた焼印のヘビは、大人しくなってとぐろを巻いて澄ましていた。
それでも俺の腕の中でぐったりしたままの彼女に、俺は声を掛ける。
「モモンガ娘、お前に命令する。――」
瞬間、彼女の丸みのある耳が、俺の言葉にピクリと反応した。
「――自由に生きろ」
「…………ふぇ?」
モモンガ娘が首を捻って俺を見上げてくる。
言葉の意味が呑み込めないって感じで、目が泳いで困ったような表情だ。
あらためて見ても、こいつはやせ過ぎだ。それ以上に幼い。
自分で選んだんじゃない『白』い体毛のせいで、物心が付く前に同じ種族からも獣人全体からも迫害されて、人間の隷獣なんて立場にされた。
自分が何をされて、こうなったか。この“隷従”ってのがどういう状態なのか、よく分かってねえのかもしれない。
そんなコイツにも分かりやすい言葉で、あらためて伝える。
「俺がお前のボスになったんだよ。だから、俺がお前に『自由に生きろ』って命令したの!」
本当は、何からも――俺からも解放してやりたかったけど、今この場でそうできる確実な手段を俺は知らなかったから、こうするしかなかった……。
俺さえ彼女に命令し直さなければ、彼女は何にも縛られない。そんで、このあとエトムント様やベルクの爺さんにでも治し方を聞けばいい。
「じ……自由、です?」
それでも困った様子のまま俺を見上げるモモンガ娘に、きっちり言ってやる。
「そうだ! これからは、お前の好きなように、思うままに、何をしてもいいんだ――ッ?!」
でも、途中で邪魔が入った。
俺が掘った穴ぼこの方向から、“何か”が来る気配を感じて、モモンガを抱えたまま跳び退る。
すると、俺らの元いた場所を歪んだ空気が通り過ぎていった。
決して効きそうな強さじゃなかったけど、あれは風の刃……風魔法の『風刃』だ!
発生源を見遣れば、穴ぼこの底に立ったリンガーが――親父の方が、たぶん魔石の散りばめられた細くて小さい棒を魔法杖にして、こっちにかざしていた。
「チッ、小癪にも避けたか」
「父上、惜しいです!」
「もう一度、撃ってやる!」
「ぼ、僕も頂いた杖があります! 覚えたての『水球』で溺れさせてみせます! あーっ、折れてるぅ……」
「いや、要らん! お前はヤツが何か仕掛けてきた時に備えて“視て”いろ」
「は、はい! 僕の代わりにアイツを痛い目に合わせて下さい、父上!」
おうおう、勝手に盛り上がってるじゃねえの……。次の攻撃の準備に入っちゃってよぉ。
お前らは気付いてないかもしれねえけど、こっち側はベルクの用事が済んだ今、遅かれ早かれお前らは“終わり”だ。
ま、俺もモモンガ娘を自由にすることが出来たし、お前らにお灸をすえても問題ねえだろ?
――ってことで、俺はこれまで抱えっぱなしだったモモンガ娘を地面に立たせる。
「俺はこれから、ちょっくらあの二人の相手をしてくる」
「は、はい」
「お前は自由になったんだから、どこか好きなトコに隠れて待ってろ……ってこれじゃあ命令になっちまうか? どこでも好きなトコに行って、俺を待っててくれたら嬉しいなぁ、なんて?」
「一緒にいたら……ダメ、です?」
「ちょっと危ないかもしれねえから……」
「わ、わかったです」
「よし。どっかで待ってろ――ちょうだいね。できれば城の陰辺りで……」
「はいです!」
モモンガ娘が少しよろけながらも、俺の示したロウブロー親子とは逆方向の城の方へ歩みを進める。
俺はその背を見送って、ロウブローに向き直った。
ちょうどリンガーの掲げた杖先から風の矢が発射されるところだった。
たった一本だけの、か細くて不安定な矢。
「そんなの、当たる当たらない以前に、届くのかよ……」
まあ、撃たれるのを待つ気もねえけどな!
俺は、矢の発射を待たずに奴らに向けて【突撃】する。
まずは、親父の方!
「私の『風矢』に貫かれるがい……」
「――ああっ!! 父上、危ない!!」
「何だとっ――ぐはぁ……あ?」
あんなヒョロヒョロの風の矢なのに、なぜか自信たっぷりに構えていたリンガーに一気に詰め寄って、その骨張った顔面に――。
手の平を当てる。殴るんでも張り手でもなく、頬骨の張り出してる頬っぺたをピトッと触る。
殴られると思って悲鳴を上げようとしていたリンガーも、呆けるくらい弱く触る。
そして、俺は間髪入れずにでぶ息子――スカムに狙いを変える。
「ひぃっ! 来るなっ! あ痛ッ……くない?」
今回も俺がスカムに向かう寸前に、奴は俺の狙いを察知したようで、怯んで腰が引けた。
でも、スカムにも親父の方と同じく触るだけ。
金髪キノコ頭の後頭部をペシッと触って、すぐにその場から飛び退いて距離をとる。
スカムが後頭部に手を持っていってそこを摩る頃には、俺はもうその場にいない。
そして、二人とも我に返って表情がみるみるうちに変わる。
「貴様っ!」
「おまえーっ」
「私をおちょくっているのか!」
「この僕に触るだなんて!」
リンガーもスカムも、それぞれ喚き散らしてくる。
……あいつら、気付いてないようだな。
俺がお前らに触って、何をしたのか。
お前らの【損傷転嫁】、【スキル吸収】で獲ってやったんだよ!
あのまま攻撃したところで、奥で気を失ってる手下どもが身代わりでダメージを受けるだけ。
まあ、何発かしか“転嫁”できないってベルクから聞いてたけど……。
せっかくなら一発目から痛い目に遭わせたいからな。
ついでにスカムのもう一つのレアスキルも吸収しときたかったけど、スキル名やその効果も――なんでか、少し先が“視える”ってこと以外詳しく分かってねえから、吸収できねえんだよな……。
そこにイライラが募った二人から怒声がかかってくる。
「ええい! 聞いているのか!」
「そうだそうだ! 僕を無視するなあ!」
そうか、聞くか――って、いかんいかん、つられちまった。
いや? 『いかん』くはない。スカムのスキルのことは、探りを入れて聞きだせばいい。
良いこと言うじゃねえか、リンガーも。
そうと決まれば、早速ちょっかい掛けにいくか!
喚く二人に返事なんかしないで、俺は突っ込んでいく。
スカムだけに。
「ひぃぃ! あ? くっ! え? ちょっ! ん?」
殴る“ふり”、突く“ふり”、また殴る“ふり”と、俺が仕掛ける度――。
スカムは先を読んだ怯み方と悲鳴、そのあとに何もされなかったから意外だっていう反応を繰り返す。
先を読めるって言っても、俺の攻撃が偽装攻撃って気付かずにいちいち引っ掛かるってことは……そんなに“先”が視えるワケじゃねえんだな。
「へえ。何秒か“ちょっと先”の“一瞬”が視えるってところか?」
「なっ! どうしてそれをっ」
当たりか。
もうひと押しして、スキルの名前も聞き出してえな。
攻撃の手を緩めず――かと言ってキツ過ぎない程度に、手を出しつつ会話を試みる。
「凄えな、そのスキル」
「なにっ?」
「俺が攻撃しようと思っても先に守られるから、俺は何も出来ねえぜ」
全くのウソだけどな!
だけど、スカムがちょっと勝ち誇ったかのように鼻を鳴らした。
「ふっ、そうだろうそうだろう」
それからも適当に手を出し、攻めあぐねる“ふり”を続けつつ、それとなく褒めたり羨ましがる“ふり”をする。
それと、合間にスカムに触って、さっき自分で言ってた『水球』の【初級水魔法】も奪ってやる。
その間、リンガーからは弱っちい魔法が撃ち込まれてくる。
俺のそばにスカムがいるっつうのに、平気で巻き添えにするように撃ち込んできやがる。
まあ、避けるからいいんだけど……。
そんなこんなで、スカムを煽てることしばし……。
とうとうスカムの鼻穴が限界まで広がり――。
「どうだぁ! 僕の【先見】は。手も足も出まい!」
はい! 頂きます!!
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