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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
102.いよいよ対峙へ
しおりを挟む☆リンガー・ロウブロー
「わ、私の城が……」
サーベンに冒険者レオ――我が子としても今回の件に関わる冒険者としても、生きていられては困るガキの“始末”を任せ、私は“その後”……ガキを殺した後を取り繕えばよかった。
エトムントにどう取り繕うかなど造作も無い。
欲に目がくらんだガキが、家人の目を盗んで城内を徘徊し、『危険物』の保管庫に侵入。
毒で殺せたならば、“知識も無いのに鉱石に手を出し、鉱毒を発生させ、それを吸い込んだ”。
二の矢の爆殺ならば、“爆薬保管庫に不用意に立ち入り、爆発を誘発した。保管庫は堅牢で、被害は室内のみに抑え込めた”。
……それで充分なはずだったのだ。
私は馬車に乗り込み、サーベンからの完遂報告を待って平原に戻ればよかった。
だが、現状は――。
私がエントランスで、馬車に乗り込もうとステップに足を掛けたところで、背後――城から爆発音が轟いた。
“あの部屋”で起こった爆発ならば、きちんと押さえ込んでこんなに響くはずのない音量だ。
そして、瓦礫が降り注ぐ。
護衛に脇を抱えられ頭を守られつつ、城から離れながら振り返って見遣った我が城からは黒煙が立ち上っていた。
「なぜ二階が……?」
そう。
二階の外壁が吹き飛び、黒煙はそこから上がっていた。
三階で起こり、内部だけで抑え込まれるばずの爆発が、なぜ二階で起こった?
しかも“爆発”だ。
毒はどうした?
これまで――実際には数回――全てつつがなく送り込めた鉱毒が、今回は失敗したか?
と、とにかく、落ち着くのだ。
私は瞼を閉じ、大きく息を吸い込む。
くっ、埃混じりの薄汚い空気だ……。
…………。
ガキの死を確認せねば……。
こんな状態であっても、あのガキさえ殺せていれば、用意した理屈は通じるのだからな。
「サーベン……」
サーベン!
早く来いっ!
何が起こったのか、ガキはちゃんと死んだのか、報告を寄越せっ!
ゴゴゴゴゴゴ……。
「旦那様、危のうございますっ!!」
「――っ!?」
護衛の叫びと強烈な突き飛ばしを受けて、閉じていた目を開ければ――。
なんと、爆発した部屋の上階、三階以上が崩れてくるではないか!
そして、城の改修の為の足場も雪崩を打って崩れる。
ああ、移動しきれなかった私の馬車が下敷きになっていく……。
客車は埋もれ、馬と御者が瓦礫の直撃を受けて視界から消え去った……。
馬も御者も、死のうが正直どうでもいい。すぐに替えを見つければいいだけからな。
「わ、私の城が……」
だが、内外装にこだわって設えた客車……そして、城!
これは替えが効かない。
半壊状態の半端な城では、我が膝下に組み込んだ他家に威容を示すことさえ儘ならぬではないか。
労力は領内から愚民どもを掻き集めて搾り取ればいいが、時間は有限だ。そして、あの部屋を失ったのも大きい。
私の覇道を成す道のりは、まだ半ば。
こんなことで時間を取られたくはない。
さて、どうする……?
「……ん?」
思考の海に沈む私のぼんやりとした視界――崩れ落ちた城の出す粉塵の幕の中に、何かが動くのが見えた。
思考を止め、空に立ち込める煙幕に目を凝らす。
立ち上る煙を突き破るように、何かが上空に突き抜け……それが大きな弧を描いて空を旋回し始めた。
「な……何だアレは?!」
布の如く薄く長く、風にたなびくソレは……衣服を纏う胴体から異様に伸びた両脚と片腕を広げた……歪なヒトのような形をしている。
そして、意志を持つかのように、空を自在に旋回、滞空、滑空するではないか!
☆レオ
煙を切り裂いて、光の先――空に抜けたぞっ!
信じられないことに、俺は飛んでる!
周りを見渡せば、これまでに見たこと無い景色。
おまけに、地面に足をついていないときたもんだ。
「ひゃっほぉう!」
同じ高さをぐるりと一周。風に乗って縦に大きく一周。かと思えば、その場に浮かんだままとどまる。
自由自在だぜっ!!
「ぅうー……」
「――ん? あっ!」
空を飛びまわるなんて昔の俺なら夢にも思わなかったことに、はしゃぎ過ぎちまったようだ。
片腕で抱えるモモンガ娘から呻き声が漏れてきた。
ちょうど城の三階と同じくらいの高さに滞空して、彼女の背中を見る。
――チッ!
箱が無くなったってのに、彼女の首に向かってヘビの焼き印が動いてやがる。
……こりゃあ、おおもとをなんとかするしかねえか。
焼き鏝か? それとも捺した奴か?
なんて考えていると、ドォンッっと一発重い音。
その方向に目を遣ると、何かが俺に迫ってきてるじゃねえか!
――扉?
“あの部屋”の分厚い扉が……重いはずなのに、真っ直ぐ俺に向かってくる。
視界の奥には、通路で右拳を撃ち抜いた姿勢のサーベン。
ブン殴って吹っ飛ばしやがったってのか?!
しかも、俺を狙ったのか?
……いや、扉の向こうから俺が見えてるはずがねえ。
たまたまだろう。
それより……。
――避ける時間が無い、当たるっ!
今の俺は【軟化】中だ。当たったところで軟い身体が伸びるだけ……。
そう思ったけど、モモンガ娘を抱えてるから駄目だ。
モモンガ娘を体で包むようにして――【硬化】っ!! 間に合うか?
――ガンッ!
「くっ……」
身体が元の大きさに戻るのと【硬化】は間に合ったけど、扉は俺の背中に直撃。
おまけに【飛行】が解けちまって、直撃の勢いのまま、俺は落ちていく。
くそ、軟化してないと飛べねえのか……。
落ちながら下を確認。どこに落ちる? 水?
――ザッパァアン!
飛んでるときに見た景色の中で、水があるのは……無駄に広い庭園。そこの真ん中の噴水か。
その噴水の噴き出し口をぶっ壊し、叩きつけられるように水に落ちて、でっかい飛沫が上がる。
「うぷっ……ぶはぁっ」
俺もモモンガ娘も水面から顔を出して、息を吸う。
そして、扉をブッ飛ばした張本人を見る。
サーベンは、まだ三階の扉口にいて、ブチギレた表情をしてやがる。
野郎の方も遠くの噴水の泉から顔を出した俺を見つけ、三階の高さから飛び降りて俺の視界から消えた。
「――っ!! おいおいおい!」
ちょっと間があって、城の方向から何かが打ち上がったと思ったら、それが放物線を描いてこっちに降ってくる。
サーベンの野郎が瓦礫を投げてよこしてるんだ!
水を掻いて、飛び込んでくる大きな瓦礫を辛うじて避ける。
けど、瓦礫は何個も飛んでくる。しかも、近付きながら。
泉が瓦礫でどんどん埋まる。
挙句、俺に直撃した扉まで投げ込まれたようで、空中でくるくると回りながら向かってきた。
瓦礫で逃げ場が狭まった中で、あんな物が落ちてきたら生き埋めになっちまう。
どうする?
ヘビの蠢きに苦しむモモンガ娘を抱えながら、俺は決断する。
水から出る!
【水上跳躍〈3〉】っ!
――ジャバァン!
扉と入れ替わるように、水の尾を引きながらなんとか泉から飛び出た。
レベルが〈3〉ともなると、結構な高さまで飛び出るもんだ。そう言えば井戸から出てきたリビングデッドも高く飛んでたっけ……。
――っと、飛び出したはいいけど、俺は飛んでるわけじゃない。
ちゃんと着地場所を見極めないとな。
下を見遣ると――。
サーベン、そして奴の元へ三人の護衛を引き連れて向かうリンガー、それぞれが口をポカンと開けて俺を見上げていた。
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