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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
94.手のひら返し?
しおりを挟む日が傾いた平原から、ロウブローとオクタンス、両軍が退き始めたその時。
すぐ側の街道にベルクさんが立っていた。
相変わらず気配を感じさせない登場だ。
「無事にこちらへ着かれてなりよりです。“手土産”もお持ちいただけたようで……」
ベルクさんは俺ら三人を見て、そして……俺に手綱を握られ、背に獣人共の亡骸を括りつけられている馬獣人のフェドで止まり、また俺らに戻った。
おっさんとベルクさんが言葉を交わし、エトムント様を追って領境に向かう。
領境を越えると、すぐ近くの丘の頂に夜営が張られていた。
俺らは、念の為に街道を使わないで草や藪に隠れながら向かったとはいっても、そんなに遅れて追いついたわけでもない。
けど、丘には簡単な柵も作られていたり、しっかりした態勢ができ始めている。
そんな中を、俺らは夜営地の真ん中に張られた指揮所にエトムント様を訪ねた。
ベルクさんを先頭に、俺、俺がしっかり手綱を握った獣化したままのフェドが続き、後ろを塞ぐようにマリアとベルナールが歩く。
忙しそうに、でもキビキビ動くオクタンス軍の兵達が、フェドの“積み荷”を見てざわめいていた。
「ほう。ロウブローの陣容に獣人傭兵が見られなかったのは、そちらに向かっていたからか……。それを退けるとは大したものだ」
天幕の外で跪く俺らに、エトムント様から言葉が掛かる。
まずはラボラット村のリビングデッドの報告をしたかったけど、エトムント様がフェドとその背のリオットル達の亡骸に驚いていたので、先にその報告をしたんだ。
まあ、ラボラット村のことはベルクさんから一報が入ってるだろうから、別にいいのかもしれない。
「お前達の活躍には報いねばならんな」
エトムント様が側近達にフェドへの獣化阻害用枷の手配や、五体の亡骸の保管を指示すると、俺らは天幕に招き入れられた。
人払いがされて、中にはエトムント様とベルクさん、俺とマリアとベルナールだけになる。
もう一度跪く俺ら。
エトムント様は、咳払いをすると――。
「活躍に報いるとは言ったが、シアはやらんぞっ!!」
「「「…………」」」
人払いした一発目の発言がソレって……しかも腕組みして威張って言うことか?。
誰もローゼシア様をくれって言ってねえし、思ってねえし……。どんだけ妹好きなんだよ。
返す言葉が無いっつうか、呆れてものが言えない俺らに、助け船を出すかのようにベルクさんが口を開く。
「そのようなことより、明日に向けた話を」
「ぬっ?! そのような、だと?」
エトムント様の憤慨もベルクさんが「まあまあ」と宥めて、俺らも作戦卓っつうの? でっかいテーブルを囲う席に着く。
俺らはベルナールが中心になって、ラボラット村で見たことを報告していく。
村人に関しては低級の魔物の魔石が、体格が良く魔力適正のある冒険者らに上位魔物の魔石が、それぞれ埋め込まれていた、と。
唯一まともな形を保ってる槍持ちリビングデッドの“アソコ”――いやいや、魔石も差し出す。
こいつには玉……スキル結晶も付いてて俺が吸収したけど、それは黙っとこう。
「ふむ。井戸から飛び出してきたということは、水棲……リザードマンか」
「はい。他に、魔石は砕いてしまいましたが、オーガやオークの性質を持ったリビングデッドもおりました」
「失敗と思われる遺体も多かったと聞く。なんとも酷いことをするものよな……」
リザードマンの魔石については一旦エトムント様預かりになり、話はこっちの戦場へ。
ロウブロー領へ踏み込んだエトムント様とその軍を、リンガーは待ち受けた。
両軍が対峙したところで、普通は使者を送り合うのが慣習のところ……なんと、エトムント様自らが少数の伴だけで両軍の中央まで出ていったそう。
んで、リンガーにも出てくるように呼び掛け、応じる流れになった。
「オクタンス卿! 我が領境を侵すとは、なにごとか! 私の情けで問答無用の成敗とはせぬ。即刻退くがよい」
リンガー・ロウブローは、出てくるなり居丈高にそう言い放ったそうだ。
それでもエトムント様は、『オクタンス領における、治安紊乱行為』と『獣人傭兵ファーガスを利用した、街道封鎖の企て』を突きつけた。
しかし、リンガーは前者にも後者にも――。
『そのような男も組織も知らぬなぁ。しかし、書類に私の名があったとは由々しき事態だ。私の名を騙り、悪事を働くなど許せぬ! 私の名誉の為にも捜査には協力するゆえ、なんでも言うがいい』
『ファーガス? 我が領ではごく少数の獣人傭兵部隊を雇用して運用しておるが……そのような獣人はおらぬ。それに、我が領にヴァンパイア・ビーなど生息しておらぬ。いずれにせよ、街道に魔物を撒かれるなど災難でしたな。見舞い申し上げよう』
見事にシラを切ってやがった!
そして、『ラボラット村での虐殺と魔物人間――人間のリビングデッド――生成容疑』を突きつければ――。
「昨日我が領内で魔物の緊急討伐をしていたら、たまたまそなたのラボラットという砦村で“異常が発生している”と耳にした。『死した人間が魔物の如く動いている』と……」
「ラボラットですと? はて、そのような村で異変があるなど、聞き及んでいないが……。もしそのようなことが起きておれば一大事。早急に調査するゆえ、時間を頂こう。そうだな……半年もあれば充分であろう」
この返答には、エトムント様も呆れるしかなかったそう。
「ロウブロー卿……。これまで我が領に対して巡らせてきた策謀の数々は、直接尻尾を掴めなかったゆえ、事態に対処するだけに止めてきたが……人間を魔物に変えるなど看過できない」
「調査すると言っておろうに、する前からそう言われてもな。……それほどに言うのであれば、今ここで証拠を出されよ、さあ、さあっ!」
「くっ……」
俺らは村で実物を見てるけど、その場にはリビングデッドは当然いないし、俺らも連れてきたわけじゃないからな……。
協力的な姿勢を装って『調査する』と言われれば、苦しいはずだ。
リンガーはさらに、寄り親とまではいかないがこの辺りの取りまとめ役的な大貴族の名まで出して、エトムント様に短絡的な行動――王家への報告を慎むように釘を刺しもしたって。
おっさんも知ってるその大貴族は、ここ数年落ち目になっていて表舞台にも顔を出さなくなったそうだ。ロウブローは、そいつと何かしらの繋がりがあるんだろう。
そんなこともあって、エトムント様は勢いを挫かれ、睨み合う形が続く結果になったそうだ。
けど――。
「それも明日にはひっくり返せるであろう。こちらには魔石や犠牲になった冒険者の冒険者証、生きた獣人もいるのだ」
エトムント様はあらためて俺らを労い、明日には俺らも同行することにして、その場は解散となった。
日付が変わると、エトムント様は、夜明けを待たずに軍を進めた。
俺とマリアはその最後尾について行く。ベルナールはエトムント様の近くにいて、ベルクさんは……姿が見えない。
白み始めた空を背にロウブロー領に再侵入すると、昨日と同じ平原でロウブローの軍が待ち構えていた。
そして、今度はリンガー・ロウブローが少数で出てきている。
エトムント様も同数の伴を連れて中央で対峙した。
「ん?」
エトムント様が戻ってくる。
その表情は苦い。
そして、まだ出番はないだろうとエトムント様の陣の裏でボーっとしてた俺ら――ボーっとしてたのは俺だけか、が呼ばれた。
またシラを切られたか?
「ロウブローめ、どうやってかは知らないがラボラット村の状況を把握したそうだ」
そして――。
『あのような事態を防いでくれた者らに礼がしたい』
俺らに中央まで出てくるように望んでいるらしい……。
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