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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
91.会いたいよぉ
しおりを挟む「フレーニさんから教わったこと、思い出してきました!」
その言葉とともに段々キレと威力が増していくマリアの拳。
ベルナールがレオの攻撃を防いで、レオの動きが止まったところにマリアが拳を叩きつけ、反撃がくる前にベルナールと入れ替わる。それを繰り返している。
彼女の顔には、自分の血飛沫でソバカスのように赤い斑点模様が付いていく。
レオから滲み出てその身体を覆う薄墨色の魔力に触れて、マリアの拳は爛れたように傷付き、その時に少量の血飛沫が舞うのだ。
しかし、その傷は魔物のユニークスキルである【瞬間回復】で瞬時に回復する。
「……。むぅ……」
その様子を、事情を知らないベルナールが複雑な心境で見ていた。
たしかに(人間の)コモンスキル――駄スキル――の【自然治癒】をはじめ、治癒系のスキルはいくつか存在する。
しかし、今、目の当たりにしているように瞬時に傷が治癒するスキルをベルナールは見たことが無かった。
それに、多少の傷痕は残るものだ。
(そりゃあ、熟練の治癒師や貴族の中には、出来る奴が居るかもしれねえが……)
ここにいるのは、冒険者になって間もない少女だ。
(それも傷痕すら残らない完璧な治癒……。いや、復元か? 回復?)
すぐにでもマリアを問い質したいところだが、今はそれどころじゃないと、レオの攻撃を防ぎつつ思考を棚上げして“マリアの盾”に専念する。
『レオ、起きて!』
『戻ってきて、レオ!』
『正気に戻って!』
『レオから出て行きなさい!』
『レオを返しなさいっ!』
マリアは、レオに拳を叩き込むごとに、思いつく限りの一言を掛け続けた。レオからの反応が無くても、ひたすらに。
レオは【忘我狂戦】の衝動に突き動かされ、体力も魔力も尽きかけている。
それを【急速回復】や呼吸での【酸素魔素好循環】が、なんとか繋ぎ留めていた。
そして今、そんな状態で繰り出すレオの攻撃はベルナールに防がれ、ほんの僅かに回復するためのひと呼吸の間――身動きできない隙――にマリアの拳を食らっている。
ここでベルナールも加わって攻撃を畳みかければ、レオの命の灯は簡単に消えるが、それは二人の本意ではない。
やがて――。
オクテュス冒険者ギルド・サブマスター、フレーニ直伝のマリアの拳がレオに尻もちをつかせた。
マリアはそれを見逃さず、すかさず彼に馬乗りになり――。
上から拳を振り下ろす。左右の拳を交互に。
その拳は、レオの魔力纏いが回復していない状態の顔面にも決まり出す。
しかし、レオもマリアに跨られている態勢からでも、殺意漲る赤黒い瞳で彼女を睨み上げて、腕を振り回して反撃する。
もはや“突き”と言うよりも“引っ掻き”に近い攻撃だったが、魔力を纏った“引っ掻き”は彼女の腕や肩、タイミングによっては顔の……、皮膚だけではなく肉まで引き裂く。
マリアとレオが密着している状態なので、ベルナールは迂闊に手を出せずにいた。万が一に備えて、いつでも大剣を振り下ろせるように上段に構えて、様子を見守るしかない。
彼女が負った傷は瞬時に回復しているとはいえ、ダメージにはなっているだろうと心配になる。
「お、おい、大丈夫か?」
そんなベルナールにもマリアは答えず、彼女はひたすらレオに声を掛けながら拳を振り下ろし続ける。
『起きてよぉ』
『戻ってきてよぉ』
『帰ってきてぇ』
『お願いよぉ』
『レオぉ』
言葉は強い語調から、段々と懇願、哀願するようなものに変わり――。
その瞳からは涙があふれ、流れた涙は鼻や頬や顎を伝い、彼女の返り血の混じった薄紅い滴となってレオの顔に落ちゆく。
いつしかレオからの攻撃が止まっていたが、マリアはそれに気付かず、滲んだ視界の中、縋るように拳を振り下ろし続けた。
『会いたいよぉ』
☆
「……てよぉ」
――ズガッ!!
……え? あれ?
「戻ってきてよぉ」
――ボゴッ!!
――痛った!
は? なにこれ……。
俺……リオットルの咆哮を……目の前で食らって動けなくなって……身体を突き刺されそうだったよな?
そうだよ、俺はあのままリオットルに殺されそうになって……。
え? その声は、マリアか? マリアに殴られてんのか俺は?
何? 何がどうなってんの?
「帰ってきてぇ」
――ドゴッ!!
――痛っ! やめてぇ!
「カハッ……」
――って、あれ? 俺……疲れきってる感じでダルくて身体が動かねえ。マリアが魔力枯渇になった時みたいにクラクラして世界が回ってる。声も出ねえ。
口の中が鉄の味してるし……。
え? 俺、リオットルにやられた後?
でも、俺を殴ってんのは、声からしてマリアだよな……怒ってる?
「お願いよぉ」
――ズシュッ!!
「――ぐはっ。う、ぅう……ぃっ」
あ、ちょっと声が出る……それに、眩暈も落ち着いて……っ!!
マリアが泣いてる?! 血だらけの顔で俺を見下ろして、ボロボロと……。
血のついた顔を涙が伝って、それが俺の顔中に滴り落ちてくる。口ん中が鉄臭いのはそれでか。
「レオぉ」
――バゴッ!!
……とにかく殴られよう。
なんでか知らないけど、マリアは泣いてて、俺を殴ってる。
――ってことは、俺が彼女を泣かせたってことだろう。
俺はマリアから殴られ続けながら、記憶を辿る。
リオットルと闘ってて、咆哮を食らって動けなくなって、殺されると思った後のことを。
思い出せる。あの時の獅子野郎の獰猛な笑みも。
そんで、奴が爪を立てて、俺に突き刺そうとしてきた。
そうだ!
そん時に、『やられてたまるか』って――まだ強くも金持ちにもなってねえし、マリアともまだ“先”に進んでねえのに死んでたまるかって一心で……。
けど、身体は動かないままだった。
でもその時、なにかが聞こえたんだったな。
『【闘争本能】が習熟しました。新たに【忘我狂戦】を獲得しました』
そうだ、スキルを獲得したって!
そっからの記憶は無い。
――っつうか、俺の体感だと、そのすぐ直後にマリアに馬乗りになられて殴られてるんだよな……。
なんでだ?
まあ、【忘我狂戦】だろうな。
“獲得”ってことは、【スキル吸収】とか【スキル譲渡】、マリアの【瞬間回復】と同じユニークスキルってことだ。
その内容も感覚的に分かる。効果っつうか弊害も。
戦闘の中で追い込まれた時、自分が死んででも相手を殺すまで全開で戦う。その“相手”ってのも、目に付く者全て……。
いかにも魔物のスキルだ。
それが勝手に発動して、暴れるだけ暴れて、マリアにも手を上げて……クソみたいな結果になったんだろうな……。
何発も殴られながら、俺が今こうなってる理由に思い当たった。
だから、マリアは怒ってるんじゃない。
俺を心配して、涙まで流してくれてるんだ……。
マリアの気の済むまで、俺は殴られよう。
マリアの気が済んだら、謝ろう。
そう決めて、殴られながら……顔にマリアの涙を浴びながらも周りを見れば、彼女のすぐ近くにベルナールのおっさんも剣を構えて立ってて、目が合う。
「っ! レオ……お前か?」
少しずつ動けそうになってきたけど、マリアの成すがままにしようと殴られ続けてる俺は、目だけでおっさんに頷き返す。
そして、マリアを止めようとしてくれるおっさんを目で制止する。
もうしばらく殴られ続けていたら――。
「会いたいよぉ……レオ」
その声が聞こえた瞬間、俺は何とも言えない気持ちになり、思わずマリアに抱きついた。
きつく、きつく抱きつく。
「泣かせるようなことして、ごめんっ!」
マリアを抱きしめて、彼女の耳元で謝る。
すると、マリアの体から力が抜けて……彼女は俺にしがみ付きながら大きな声を上げて泣いた。
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