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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

90.愛の鞭(こぶし)でレオを取り戻す

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 ごく微量の魔力を全身に纏い、正面に跪くリオットルを滅っさんと貫手を突き出すレオ。
 朦朧としながらも、正面から殺意を向けてくる存在レオを、本能的に噛み砕かんと迫るリオットル。

 離れた位置からその様子を見たマリアとベルナールには、獅子獣人の牙の方がレオに先に届きそうに見えた。

「レオッ」
「レオ……」

 マリアは思わずレオに向けて左腕を伸ばすが、離れ過ぎていて届くべくもない。
 だが、彼女はすぐに立ち止まり、長杖を握る右腕を突き出して魔法を発動する。

「どうか間に合って! 『火矢』っ!!」

 マリアと共に走っていたベルナールはそのまま駆け――。
 背中の大剣ではなく腰ベルトに備えているナイフを手に取って、疾走の勢いのまま投げつける。

「届けぇーっ!」

 二人の狙いは、牙剥き出しのリオットルの顔面。

 マリアの杖の先に出現した炎の矢が、尾を引くように――。
 ベルナールの手を離れたナイフが、クルクルと刃をきらめかせて――。
 リオットルに向かう。

 それらが二つとも、ほぼ同時にリオットルの横っ面に命中。
 ベルナールのナイフは獅子鼻に斜めに突き立ち、マリアの火矢は獅子の目尻を直撃するも弾けて消える。
 どちらも致命傷には遠く及ばずとも、刃の痛みと火矢の光と熱の刺激で、反射的に頭を逸らさせるには充分だった。

 そのお陰で、レオの体に獅子の牙が襲いかかることは無かったが、標的が逸れたことでレオの貫手も空を突く。
 本能で動いたリオットルは、頭を逸らした勢いでそのまま横に倒れ――。

「――かはっ……」

 衝動に突き動かされているレオは、なけなしの魔力が霧散し、更に肉体への負荷によって喀血かっけつして前のめりに崩れ落ちた。

 その様子を確認したマリアとベルナールは、再びレオへと足を向ける。
 マリアはレオの元に一直線に。
 ベルナールは大剣を手にして、リオットルを仕留めに。

「レオッ! レオッ、レオ?」

 マリアは飛び付くようにレオに縋って、呼び掛ける。
 レオはうつ伏せに倒れたまま。しかし、その背は小刻みに上下し、小さな喘鳴ぜいめいも漏れていた。
 急ぎつつも優しくレオを仰向けに返し、彼の上半身を抱き起こして、鼻や口元の血を拭う。目は薄く閉じられ、その赤黒い瞳の焦点も定まってしない。

「ぜぇ……ひゅう……ぜぇ……。――ッ!!」

 数度呼吸をするうちに、レオの瞼が開いて――。
「きゃっ!」
 ――レオが、自分を抱き起こしているマリアを突き飛ばした。力はそれほどでも無く、マリアはその場に横倒しになる。
 反動でレオ自身も地面に倒れるが、今度は自力で立ち上がろうとする。

「マリア? どうした?!」

 ベルナールはその時、仰向けで抵抗するリオットルの胸に、大剣を力尽くで捻じ込むように突き立て絶命させていたが、マリアの声に振り返った。
 見れば、立ち上がったレオが薄く魔力を纏い、倒れているマリアを見下ろしている。
 ――その赤黒い瞳には敵意が……殺意が込められていた。

 レオは、その目に映った女も滅すべき敵だと認識しているのだ。

「おいっ、どうしたってんだ、レオ!?」
「レオ! 大丈夫なの? 返事して!」

 マリアも上体を起こしてレオを見上げながら呼び掛けるが、彼からの返答は無い。
 代わりに、ふらつく足でジリジリとマリアに近寄り、貫手にした手を引き絞った。

 ベルナールにも、マリアが言っていた通り、レオが何者かに憑依されたか乗っ取られたかのように、別人みたいに感じられた。
 ましてやマリアに手を上げ、彼女を傷付けようとしているとは……。

「チッ」

 ベルナールは、舌打ちして獅子獣人の骸から大剣を引き抜くと、レオとマリアの間に大剣を滑り込ませる。
 ――ガアンッ。
 なんとか間に合い、大剣にレオの突きを受けさせることが出来たが、剣を通して伝わってくる突きの強さにベルナールは目を見張った。

「くっ、ヘロヘロなくせになんつう力だ」

 そう言って、その間に立ち上がったマリアに目配せを送る。

「どう見ても魔力暴走とは違うな」
「はい……。私やベルナールさんの声が届いていないみたいだし、目も表情も……いつものレオじゃないです」

 魔力暴走とは、主に体内を循環する魔力が濁流の如く暴れ、魔臓自体や循環経路のどこかしらが決壊――損壊する、命にかかわる悲劇的な事象である。
 その一環として魔力の体外放出が引き起こされることはあるが、目の前のレオの“これ”は違うとベルナールは判断した。
 マリアはレオへの心配や戸惑い、そして恐怖、様々な思いがないまぜになった表情になっている。

 レオはと言えば、マリアの前に立つベルナールへも攻撃の手を向ける。
 脚は震え、肩で息をするほど呼吸は乱れているが、それでも魔力纏い状態の攻撃力は高く、大剣で受けるベルナールは弾き飛ばされないように必死だ。

 だが、ベルナールが耐え忍んでいると――。
「がっ、カハッ……」
 レオの口から鮮血が散り、膝がガクッと落ちた。

「「っ、レオッ!!」」

 マリアもベルナールも、殺気を向けられているとはいえ、レオはレオ。心配のあまり声を掛ける。思わず支えようと手も伸ばす。
 しかし、それでも地面に膝を突いたまま乱暴に腕をふるうレオ。
 慌てて手を引いたベルナールは、マリアを連れてレオから距離を取りながら独り言つ。

「おかしい……」
「えっ?」

 それを聞き取ったマリアは、“レオがレオじゃない”ことはお互いに認識しているはずで、何がおかしいのか問う。
 ベルナールは、また立ち上がろうと四つん這いになっているレオから目を離さずに口を開く。

「冒険者……特に高ランクの戦士や剣士の中には、一時的に自分の中のリミッターを外して凶暴化して戦う奴がいる」
「レオもソレなんですか?」
「いや、時間が長すぎる。オレがビーアと闘ってた時からこうだったなら、長すぎる。それに、同士討ちしない程度の自我は残ってるもんだが、レオにはその欠片も見えねえ。肉体を犠牲にするって点では同じだが……」

 言葉を区切ったベルナールの続きを、マリアが唾を呑みこんで待つ。

「レオの場合、自分の命まで懸けてるみてえだ」
「え……」
「心臓が止まる――破れるまで止まらねえんじゃねえか?」
「っ!! そ、そんな……」
「あの様子じゃ、あんまり“残り”が無えかも……どうする?」

 二人の目には、立ち上がったレオが口から血を垂らしながら、左右に前後によろつき、それでも殺気を放って二人へ歩みを進める姿が映る。
 そんなレオの姿を見つめながら、マリアは唇を噛み締める。

 そして――。
「私が止めます! 私が……レオの目を醒まさせますっ!!」

「……どうやるってんだ?」

 マリアから真剣な眼差し、本気の眼差しを向けて言われたベルナールだが、そう方法を訊き返す。

「“これ”で、です!」

 マリアは簡潔に、そして“それ”をベルナールに突き出して答えた。

 握り拳だった。拳ダコひとつ傷ひとつ無い、女の子の小さく綺麗な拳。

「なっ!? ぁ……む、無茶だっ!」

 彼女とは二回り以上も年の離れたベルナールは、驚きに目を見張って慌てて止める。
 しかし、マリアは首を横に振って続ける。

「大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃねえって。聞いた限りじゃ、魔力に触れただけでも触った方にダメージが入るんだろ?」
「大丈夫です」

「いやいや……わ、わかった! オレがやる」
「大丈夫です。私がやります!」
「『大丈夫』って……根拠はあんのか?」

「言えないけど、あります! それに、なるべくレオを傷付けないように目を醒まさせるには、力の強いベルナールさんより私の方が良いんです。レオが攻めようとした時に邪魔してくれれば助かりますけど、“叩く”のは私がやります。お手伝いお願いします!」

「力は分かるし、当然マリアを護るも手伝うもやぶさかじゃねえが……言えない根拠って何だ?」
「見ててくれれば分かります」
「せめて杖――」
「――大丈夫です。杖は・・壊れちゃいますから」

「…………ん? だ、大丈夫……なんだな?」
「はい! 大丈夫です!」

 そんなやりとりを何度も繰り返して、ベルナールはマリアのしたいようにすることに決めた。
 マリアも気合を込めて、ヨロヨロと迫り来るレオを見詰める。自分の拳と、レオから預かっている【瞬間回復】スキルに願いを込めて……。

「行きますっ」
「おうっ! 護りは任せろ」

 ベルナールも盾役として彼女に続く。

 掛けてくる二人のうち大剣を持って一歩前に出てきたベルナールに向けて、レオが貫手を放つ。
 ――ガアンッ!
「ありがとうございます!」
 それを大剣で受け止めて踏ん張るバルナールの横を、マリアが駆け抜けて――。

 ――べちっ。
 レオの顔面にゆっくりとしたストレートが入る。
「――っ!」
 その瞬間、レオの魔力に触れたマリアの拳の皮膚に切り傷が走った。細かい血飛沫も舞う。

「大丈夫か!?」
 言わんこっちゃない、と彼女に目を向けたベルナールだが、更に驚く。

 マリアの拳が瞬時に治ったのだ。

 驚きのベルナールの耳に、「ベルナールさん、前!」というマリアの声。レオが大雑把な動きで突きに出ている。
 ――ガアンッ!
 なんとか受け止めたベルナールの横から、再びマリアが飛び出す。
 ――べちんっ!
「――うっ」

 マリアの呻きに、ベルナールが横目で拳を見ても、それは治っていく。彼は薬も無しに傷が瞬時に治る光景に混乱を覚えるが、戦いは続く。

 ――ガアンッ!
 ――ばちっ!

 ――ガアンッ!
 ――バチッ!

 ――ガンッ!
 ――バチィンッ!

「フレーニさんから教わったこと、思い出してきました!」
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