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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

89.レオがレオじゃない?

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 レオと獅子獣人の戦いは山場を迎える。

 【忘我狂戦】で自我を失って全開で戦い続けているレオは、身体も魔力も限界を迎えていた。
 しかし、【酸素魔素好循環】と【急速回復】が命を繋ぎ留め、反面、臓器が悲鳴を上げて血を吐いても倒れることが許されないという、絶え間ない苦痛に襲われ続けている。

 リオットルはレオの猛攻撃によって満身創痍な上、自身の傷からの出血とレオの吐血も浴びて血塗れの状態。
 レオの動きが鈍ってからは反撃に出るものの、常時発動の回復スキルを持つレオの手数に押されて半死半生に陥っていた。

 両者とも膝立ちで向かい合うという躍動感の無い状況だが――。

 レオが震える膝で何度も崩れかけながら立ち上がり、目線のさほど変わらない高さで力無く跪いているリオットルを、赤黒く染まった瞳で見下ろす。
 そして、貫手を引き絞り、今にもリオットルへ撃ち込まんと構えた。
 荒い呼吸を繰り返すたびに、その身体からは薄墨色の魔力が染み出し、膜のように貫手を……全身を覆い、厚みを増していく。
 まさに命のともしびが消える寸前に一瞬光を増すかのように。

 リオットルも朦朧とする意識の中で本能的に殺意を感じ取り、“最期を齎す攻撃”が迫っていることを悟る。
 それに抗おうと、腕の上がらぬ身体に残った脚力を振り絞って地面を蹴る。
 獅子頭の獣口を大きく開いて牙を剥き出し、ただ前にぼんやりと映る殺意の元凶を噛み砕かんと跳ねた。

 戦いの終局、そして、どちらか一方にかそれとも両者にか、終焉が目前に迫る。
 その光景を見詰める二つの視線があった。
 それは、人間の少年に向けて手を伸ばして駆ける二つの人影から向けられている。

「レオッ」
「レオ……」

 ☆ マリア ☆

 最初に異変を感じ取ったのは私だと思う。

 レオが獅子獣人のリオットルと、ベルナールさんが熊獣人のビーアと、相手を変えて戦うことになって、私はレオからベルナールさんの援護を頼まれた。
 本当はレオを援護したかった。
 だって、リオットルはベルナールさんを獣化しないでボロボロにするくらい強いんだもの。
 でも、レオから『早くビーアを倒して援護に来てくれ』って言われたから、早くレオの手助けにいけるように頑張っていた。

 ベルナールさんとビーアの競り合いは伯仲していたけれど、私の弱い魔法の援護でも効果はあるみたいで、少しずつベルナールさんが優勢になる。
 レオの方は? と気にして見たら、剣無しの素手での戦いだけど、スキルをいっぱい使って優位に立って、私達から離れるようにリオットルを追い詰めていくのが見えた。

(でも、馬獣人と戦ってる時から身体がグニャグニャになったり伸びたり……以前レオから打ち明けられたスキルとは違う、変なスキルも使っていたような?)

 そうしたら、リオットルが獣化した。
 その後、獅子の姿に獣化したリオットルがレオを押し返して、私はベルナールさんへの援護の手が止まってしまうくらい気が気でなかった。

 遂にはレオに咆哮を浴びせて……。
「――っ!!」
 私は思わず息を呑んだ。

 咆哮を浴びたレオの動きが止まっちゃって、まさに棒立ちになった。そんな無防備なレオにリオットルから腕が伸びて……。

 レオが危ない!

「レオーッ!」
 私は思わずベルナールさんへの援護を放り出してあちらに向かおうと足を踏み出した。私の足じゃ絶対間に合わないのに……。

(どうして最初に、無理にでもレオの援護をしたいって言わなかったの、私! リオットルが強いって分かってたのに……私の馬鹿!)

 自分を責めながらも、私はレオのもとに駆け付けようとする。
 でも、その時――。
 レオが何かを叫んだと思ったら、彼の様子が変わった。
 私の足も止まる。

「……レ、レオ?」

 私には最初、レオが変な『火』に包まれたように見えた。
 でもそれは本物の火みたいに赤く明るくなくって、黒っぽい陽炎みたいに揺らめいていた。
 それが燃え盛る業火のように荒れ狂い、レオの全身を覆う。

(あれは……魔力? 魔力纏い? でも、さっきまでと全然違って何か……レオがレオじゃないような。……とても怖い)

 その暗く半透明な魔力が吹き上がって、リオットルの腕を弾いた。
 そこからレオの反撃が始まって……それは一方的で。
 凄さまじい勢いでリオットルに襲いかかって、私達が戦っている街道上をどんどんラボラット村方面に消えて行く。

(レオを追わなきゃ)
 そう考えて私はハッとした。
 レオのことが気になる、助けになれるか分からないけれど側に行ってあげたい。
 でも、レオは何かスキルを使って窮地を脱したんだと思う。獣化しているリオットルをあんなに一方的に押し込んでいるんだもの……。

(だったら、私もレオとのビーアを倒すという約束を果たしてから、ベルナールさんと二人で加勢に行こう! うんっ!)
 私からどんどん離れて小さくなっていくレオの背を見ながら、私は自分に気合を入れて踵を返した。

 戦っているベルナールさんを見遣れば、大剣でビーアの熊爪を受け止めて、力比べの状態になっていた。ベルナールさんは苦しそうな表情。

「ごめんなさい! もう少し堪えて下さい!」
「ぐっ、お、おう……。レ、レオは……くっ、大丈夫なのか?」

 レオを心配するあまり黙ってここを離れた私を、ベルナールさんは責めなかった。
 私はもう一度心の中で謝って、魔法を発射する為に杖を構えて集中する。

 魔法を使う機会が増えて、魔力が底を突くこともあったけど、おかげで魔力の操作が上手になった。
 今日もいっぱい魔法を撃っているけど、まだまだいけるわ!


「どりゃぁああああっ!!」
「――がっ、ぐ……」

 それから一〇分ほど。

 私はもっと援護の効果が出るように、自分も移動してビーアの死角から魔法を撃ったり当てる箇所を考えて魔法を放ち、出来た隙にベルナールさんが付け入る戦い方をして――。
 ベルナールさんの袈裟斬りが決まって、ビーアは傷から血を噴き出して仰向けに倒れた。

 熊の獣人の毛が硬く皮膚も厚かったけど、ベルナールさんは巧みな大剣さばきで、何度も同じ場所を袈裟斬りして、とうとう深い傷を与えた。
 そして、ベルナールさんは仰向けのビーアに大剣を突き立ててトドメを刺す。

「ベルナールさん、お疲れ様です! 凄い袈裟斬りでした」
「ふぅ。なんとか倒せたな。マリアのおかげだ」
「そんなこと無いです。私の魔法なんて大してお役に立ててませんよ……」
「いや、マリアは立ち回りも魔法の撃ち方・狙い所も、かなり良くなった。ホントに助かったぜ」

 動かなくなったビーアを見下ろしつつベルナールさんと言葉を交わす。
 でも、私の心は上の空で……レオ達の消えて行った方向に視線が向いてしまう。

「レオか?」
「……はい。様子がおかしかったんです」

 私は、レオがリオットルの咆哮を受けてからの変化を話す。レオがレオで無くなってしまったような変化を。
 ベルナールさんは「魔力が?」と顔をしかめながら続ける。

「直接見ない事には分からねえが、魔力の暴走かもしれねえな」

 魔法使いは、魔力制御スキルの他に“杖”という媒介を使って慎重に魔力を制御するけど……。
 “風纏い”を使うアーロンさんや“魔力纏い”のレオは、かなりの量の魔力を体のすぐ外に放出して尚且つ留め置く。
 それに加えて戦闘もするから、制御が外れてしまい易い。
 良い方に転べば魔力の霧散・消失で終わるけれど、悪い方に転べば“魔力暴走”に陥ってしまう。
 レオの場合は後者じゃないか、って……。

 杖を使う私でさえ、魔力の制御を教わる時に最初に言われること。
 でも、今のレオは……なんだかそれ以上に危ない状態な気がする。

 嫌な予感が増して唇を引き結ぶ私の肩に、ベルナールさんの手が置かれる。
 そして――。
「とにかくレオが心配だ。ここはこのままにして、レオんトコへ行こう」
「は、はいっ!」


 そうやってレオの元へ走り、ようやく二人の姿が見えてくる。
 最初はレオとリオットルの二人が、遠くに跪いて向き合っていた。
 レオは変な魔力が無くなっている状態で、リオットルは身体中が血に染まった状態。

 私達が更に近づくうちに、レオがガクガクとよろめきながら立ち上がる。
 そして肩で息をしながら、貫手に固めた腕を引き絞って、リオットルに突き出さんとしていて――。
 一方のリオットルが獣の口を大きく開いて、不格好ながらレオに噛みつかんとしている。

 私には、そしてベルナールさんにも、獅子獣人の牙の方がレオに先に届きそうに見えて……。
 届くはずもない腕をレオに伸ばす。

「レオッ」
「レオ……」

 私は手に……杖に魔力を込める。

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