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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
87.【忘我狂戦】
しおりを挟む「小僧、お前は強い。俺様相手によくやった。……だが、もう終わりだ。――」
獣化して、元の姿から一回り――いや、黄褐色のたてがみや全身の赤褐色の毛も合わさって、二回りデカくなったリオットル。
ソレが一際太く鋭く迫り出した牙をのぞかせて、嗤いながらどこかで聞いたようなセリフを吐いてくる。
「――獣化した俺様に殺られるなんて、自慢になるだろうさ……あの世でなっ!!」
「……」
呆れと、何処で誰が言ったんだっけって考えてて、言葉を返す気にもならない。
ああっ、ファーガスだ。
獣人ってのは、みんなそう言うように出来てんのだろうか?
確かに獣化したヤツは、その種族の特徴が格段に強調されるけど……気も大きくなるのか?
――って考えてる場合じゃねえか、獅子が突っ込んでくる!
ここからしばらく、息継ぎなんてしてる暇はなさそうだ……。
俺はリオットルを見据えながら大きく息を吸って、地面を踏み締めてる足に力を込める。
【突撃】っ!
「けっ! 俺様の攻撃についてくるなんて、生意気なことだ!」
「……」
――くそっ、【軟化・硬化】を切り替えて、獅子野郎の攻撃を掻いくぐろうとしてるけど……。威力も回転も上がって、捌くのも精一杯だ。言い返す暇も無え。
それに……。
「だがよぉ、出てるぞ小僧? 血がよぉ」
「くっ!」
そう。
リオットルの爪や牙が俺の魔力纏いを破って――と言うか切り裂いて、俺の体に当たるようになっちまった。
熊野郎の剛腕の爪撃ですら裂き切れなかった魔力纏いを、だ。
獅子と化したリオットルの強靭な筋肉は、その肉体を……鋭い爪や牙を持つ腕や足、頭を自在に振るう。
それは、軟化した体が伸びて受け止めきれずに、少しだけど裂けてしまうほど速く――。
そして、硬化した体に、浅くだけど突き刺さるほど重かった。
その速く重い攻撃が、俺の体に傷を刻んでいく。
反面、守りに入らざるを得ない俺が、やっと繰り出す攻撃はほとんど躱される。
たまにリオットルの体を捉えても……魔力纏いと【強化爪】での【刺突】でも、奴の体毛に触れた瞬間に動きを変えて避けられて、傷を負わせられなくなった。【多重突き】に繋げることもできねえ。
つまり、さっきと逆の展開になっちまったってことだ。
「あ、当たれっ! くっ、うっ……」
「ふははっ。貴様の攻めは、さっき食らって覚えた。今の俺様の動きがあれば対応なんぞ簡単だ」
もちろん俺が受けた一つ一つの傷は浅かったし、俺には【急速回復】があるから、負った傷は回復していく。
それが間に合わないくらい、奴の攻撃をもらっちまってるってことだ。
さらに、傷を負うことが俺の焦りを生む。
“攻め”は【刺突】系に偏って、読まれやすくなり――。
“守り”は【軟化・硬化】の切り替えのタイミングが外れ、余計に傷を負う攻撃を食らうようになる。
冒険者になってそんなに経ってない俺と、長く傭兵稼業に身を置いているリオットルの、場数……経験の差が出ちまったって感じだ。
そして、遂に――。
「グルァアゥオオオーッ!!」
「うぐっ、くぅ!」
リオットルが初めて咆哮し、俺はそれを目の前で浴びてしまう。
俺だけを標的にした咆哮に、一気に鼓膜が破れ、耳を突き通すような痛みと耳鳴りと、熱い何かが耳の中を伝わる感触が同時に俺を襲ってくる。
そして何より、身体が硬直しちまった……!
その俺に、リオットルの嗤った顔が映る。獲物を追い詰めたような、勝ちを確信したような、愉しくてたまらないって感じの嗤いだ。
その表情のまま口を動かして何やら叫んで、鋭い爪を立てた両手を俺に突き出してくる。
まるっきり無防備な俺の首と胸――急所ををめがけて迫る様が、俺の頭が諦めちまったからか死ぬからなのか、スローモーションで見える。
――やられてたまるかぁ!
冗談じゃねえ! ここでやられてたまるか! 死んでたまるか!
マリアと“帝国”から抜け出して、自由な冒険者になったばっかで……まだ強くなってねえし金も貯まってねえし良い暮らしもしてねえし、マリアともまだ……。
――なのに、死んでたまるかぁ!!
やられてたまるかやられてたまるかやられてたまるかやられてたまるかやられ――。
「――てたまるかぁああああっ!!」
リオットルの爪が迫りくる中、死ぬのを拒む俺の心に反応して、やっと口だけが動いた。
そして、久し振りの声が、頭の中に直接響く。
――【闘争本能】が習熟しました。新たに【忘我狂戦】を獲得しました。
その瞬間、俺はいなくなった。
☆
リオットルの咆哮を至近距離で浴びたレオの身が竦み、動きを封じられた。
そんなレオの命を刈ろうと、獰猛な笑みを浮かべたリオットルが剛爪を剥き出しにした双腕を突き出す。
渾身の力が込められた双腕の片腕は首、もう一方は心臓を的確に狙っている。
「――てたまるかぁああああっ!!」
全身が硬直してしまっているレオが、死に抗うようにようやく声を振り絞るが、相変わらず身じろぎ一つ出来なかった。
そのまま獅子の剛爪がレオの魔力纏いの膜に触れたその時。
――【闘争本能】が習熟しました。新たに【忘我狂戦】を獲得しました。
レオの頭の中にだけ、無感情な声が響く。
魔物が持つコモンスキル【攻撃衝動】が進化したレアスキル【闘争本能〈4〉】が習熟した、と。
そして、新たにレアスキル【忘我狂戦】を獲得した、と。
【忘我狂戦】とは、上位魔物のうち特に気性の荒い魔物が、稀に持つレアスキルである。
戦闘中に生命の危機に瀕した時、自動的に発動し、たとえ自分の命が尽きようとも、自分の全てを賭して敵が滅するまで襲いかかる。それは一度発動したら自我は消え去り、その為だけに動くスキルで、自分だけ或いは敵諸共死ぬまで続く。
その直後、レオはその場に確かに存在した。身動きできないまま、虚ろな目を宙に向けて変わらぬ姿で立っている。
「ハハハッ、動けまい。このまま串刺しになれっ!!」
リオットルも異変は感じず、その剛爪の刃でレオの魔力纏いを突き破り、目の前の小さな人間を刺し貫くかと思われた。
しかし――。
その刃は、レオに届くことは無かった。
身じろぎせず立ち尽くすレオの、身体を覆う魔力が荒れ狂い、リオットルの手を弾いたのである。
「な、んだと!?」
大量の魔力がレオの体から溢れ出し、レオを厚く覆いながらも、竜巻のように渦巻いて吹き上がったり、棘のように鋭く突き上がったり、噴火の如く噴き出したり、その表面は荒れ狂っている。
そして、無色透明で淡く光っていたそれは、薄墨のように黒に浸食され、暗く光を発していた。
「なんだ……なんだ、それは!」
「…………」
必殺の攻撃を弾かれた獅子は、レオのその異様な姿に得体のしれない恐怖を感じて後退る。
再び襲いかかろうにも、今度はリオットルの足が止まる。心が警鐘を鳴らしているのである。
相手は動けぬままでいるのに、俺様は何を恐れている!?
獣人がたかが人間、それも小僧ごときに、何を恐れると言うのだ!
魔力の膜を切り裂き、爪を突き立てれば終わるというのに!
そうだ! 刺し殺すだけ! いくぞっ!!
リオットルが自分を奮い立たせて足を踏み出したその時。
レオの瞳が動いた。
眼球全体が、黒瞳をも呑み込んで赤黒く染まっている。
しかし、その目は確実にリオットルの姿を捉え――。
「――ッ!?」
リオットルには、レオが消えたように見えた。
そして、次の瞬間には、獅子の眼前にレオの貫手が迫っていた。
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