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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
86.リオットル、獣化
しおりを挟む獅子獣人のリオットルに【突撃】で突っ込んだ俺が、【強化爪】で【刺突】を突き出したその時。
リオットルの姿が揺らいだ。
揺らいだと思ったのは、リオットルが回転したからだ。
しなやかな筋肉と無駄のない流れるような動作で一瞬で最高速に達した、残像が残るほどの動き出し。
その勢いのまま体が捻られ、俺に背中を向けたあたりで遅れて脚が迫ってくる。
俺の突っ込みに合わせて回し蹴りを蹴り込んでくる気だ。しかも、タイミングはドンピシャ。
「爆ぜろ!」
突き出しちまった腕を引く間もなく、リオットルの回し蹴りが水平に俺の首を刈りにくる。
【硬化】じゃ、確実に弾き飛ばされちまう。受けきれても、最悪頭が揺れて動けなくなるかも、と察した俺は――。
逆に【軟化】だっ!!
――バシィインッ!!
鋭い打撃音とともに、俺の首が――首だけが、野郎の脚に持っていかれて伸び始める。
けど――。
「――!?」
蹴りが炸裂した音は出たのに感触が無いことに気付いたリオットルは、瞬時に蹴り足を引く。
俺の体が伸びることを熊から聞いていたとはいえ、奴は混乱したはず。思わず距離を取ろうとするだろう。
――でも、この機会を逃がさない!
俺の首は少し持っていかれて気味悪く『く』の字になってるけど……【刺突】を見舞おうとした貫手は、まだリオットルの近くにある。
突き出した手は生きてる!
軟化した俺の身体は、少しの風でも伸びちまうくらい柔らかい。
柔らかい手で殴ったとしても効果はないだろう。【強化爪】での【刺突】も引っ掻く程度かもしれない。
それでも剣を投げたり肘を曲げたりと、自分の意志で制御することもできる。
それなら……。
初めて試すけど、やる価値はあるはずだ。
軟化した状態を、――【硬化】だ!!
【硬化】が発動した瞬間、俺の身体は、首が『く』の字に伸びて曲がったまま硬くなった。
固まったんじゃなくいつもと同じように動かせるって、指を動かして確認する。
成功だ。
そのまま腕に、肘に、貫手に、力を込めて……リオットルに【刺突】っ!
――届いた!!
それは中途半端に蹴りを止めて脚を引いているリオットルの腰を捉えた。
けど、それこそほんの爪の先が奴の皮膚に当たった辺りで、奴の筋肉が収縮する。
「なにしやがる!」
――感づかれた。
リオットルは、瞬間的に俺の貫手から逃れようと体を捻る。さらに、房のついた尻尾を鞭みたいに動かして、俺の腕を払おうと振ってきた。
速い!
それでも、逃げられる前にブチ込む!
間に合えっ――【多重突き】!!
ピシュッ! ――バチィイン!
俺の多重突きは、ひと突き目で阻まれてしまった。それも、リオットルの回避動作のせいで腰の肉を浅く削っただけ。
リオットルの細い――って言っても、マリアの腕くらいはある尻尾の、たったひと当たりで俺の硬化の掛かった腕が弾かれちまったから。
そして、腕を弾かれた俺の動きが一瞬止まった。
リオットルはその隙を見逃さずに、今度は拳を、真っ直ぐ俺に打ってくる。
腰の入ってない手打ちみたいだけど、しっかりした体幹と厚くてしなやかな筋肉から打ち出される拳は、それでも重く、威力がありそうだ。
それが、もう俺の目の前にまで迫ってて避けられねえ!
硬化してる体を【軟化】させて、顔で奴の拳を包むって手もあるけど、それだと視界が塞がれて次に対処できなくなるよな……。
だったら、硬化したまま相討ちだっ! 【ホーンアタック】!!
バシィインッ!!
俺は額でリオットルの拳と思いっきり衝突。
視界に星が弾けて、耳には物凄い炸裂音と……それとミシっと骨の潰れる音。
そして――。
「ぐぁあっ!!」
リオットルから呻き声が漏れ、拳を押さえてバックステップで離れる。
俺も飛び退って、もっと距離を取って、硬化を解いて軟化も解く。
ようやく“まとも”な体に戻った。
リオットルは、そんな俺を憎々しげに睨みつけながら口を開く。
「チッ。硬かったり軟かったり……そんな人間、これまで見たことねえぞ」
「そうか?」
『俺もだ』なんて言いそうになったけど、堪える。
「それに、武器も鋭い爪や牙も無い癖に俺様に傷を負わせるとは……ふざけた小僧だ」
さらに俺の全身を舐めるように見ながら、骨が折れただろう拳と脇腹の噛み痕、そして腰の傷を順に無事な方の手で擦っていく。
そして、手を戻してそれに目を落とす。
その手には、腰の傷から出た血が付いていた。
この短時間の攻防で、俺は無傷で、奴には脇腹と背中に傷を入れられた。つっても、浅いんだけどな。
ま、素手での戦いにしちゃあ上出来だ。スキル様様って感じだな。
「俺様が人間にやられて血を流すのは久し振り……十数年振りだ。しかも、こんな小僧にやられるとはな」
「そりゃどうも……」
たった一本の傷のひと筋程度の出血も久し振りだってえのかよ……。
とにかく、距離ができたことで、お互いに警戒はしつつもひと息つく。
リオットルから目を離さずに周りを窺うと、ベルナールと熊獣人の戦いの激しい息遣いが聞こえてくる。
相性の良さとマリアの魔法援護のおかげで、おっさんが本領を発揮できて押し気味みたいだ。
こっちはお互いに息も乱れてなく、静かなもんだ。
けど、それを破ったのはリオットル。構えをとって軽く跳ねる。
「さて、脇腹の痺れも背中の傷も治ってきた。続きといこう」
リオットルの顔に、瞳に、獰猛さが戻ったかと思ったら、有無を言わさずに突っ込んでくる。
上等だ、受けて立つ。【突撃】!
リオットルは慎重になったようだ。
ちょっと遠めの間合いを保って、俺を正面で捉えながら戦おうとしてくる。
それに、一撃で俺を仕留めるような攻撃っていうより、蹴りであれ拳や爪撃であれ、俺のスキルに対応できるように力を抑えた、それでいて速さを上げた連撃に切り替えてきた。
俺も俺で【軟化】【硬化】を使い分けながら奴の連撃を捌き、【刺突】からのコンボや【巻きつき】からの【破砕噛】・毒注入を狙う。
体格差があるから踏み込みたい俺と、懐に入れたくないリオットルとの攻防が続いた。
けど、続けば続くほど均衡は崩れていく。
リオットルには、主に俺の【強化爪】で薄く浅く小さく、ちくちくと傷が入る。
俺には、硬化した時に受けた攻撃で体の内側にダメージがきたりするけど、【急速回復】があった。
「チッ! チマチマチマチマ鬱陶しい!」
大した傷じゃないにしても、自分にはそれが増えていき、“小僧”と見下してる俺には傷が入らない。
それがリオットルの頭に血を上らせ、徐々に攻撃が大振りになって、その間隙を突かれてさらに傷が増える。
このままいけば、いずれ追い詰められる。
俺はそう踏んだけど、リオットルは嵐のような連撃を止めて、俺から大きく距離を取った。
俺が詰めようと前に出ても、同じだけ下がって行く。
「そう慌てるなよ、小僧。このままだと、埒が明かないからな……出してやるよ、俺様の本気を」
……いよいよくるか。
獣化が。
距離を詰められない向こう側で、リオットルが雄叫びを上げて全身に力を込めて踏ん張る。
ミシミシと体が膨らみ、全身に短い赤褐色の毛が生え揃い、頭が人間のそれから獅子のそれへと変化していく。黄褐色の髪の毛も伸びて、さらに肩口まで生え広がって“たてがみ”になった。
「小僧、お前は強い。俺様相手によくやった。……だが、もう終わりだ。獣化した俺様に殺られるなんて、自慢になるだろうさ……あの世でなっ!!」
「……」
なんか、ファーガスも似たようなこと言ってたな……。獣人はみんなそう言うように出来てんのか?
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