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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
85.ベルナールのこと言えねえな……
しおりを挟む「これからおっさんが見る“俺のこと”は、あとでちゃんと説明すっから。俺に気を取られんなよ?」
ベルナールが“俺の『くそスキル』のこと”をどう受け止めるかは知らないけど、獅子獣人――リオットルとか呼ばれてたな、コイツには全開でいかなきゃヤバいだろ。
「ん? ああ、了解した……」
俺の背中に、おっさんからの返事が届く。
もしかして、おっさん……さっきの【体内収納】からの回復薬以外にも、馬姉弟や熊との戦いがチラッと見えてたのかもしれねえな。
さて、獅子獣人だ。俺との距離は、もうすぐお互いに一歩の踏み込みで届く間合いになる。
ここからは目を逸らしちまったら命取りになりかねねえ。
俺はリオットルの全身を、目にしっかり捉えることに集中する。
眼前の獅子男は、長身でガッシリした体格。でも、筋肉がパンパンに張ってるとかじゃなく柔らかそうに盛り上がってる。
黄褐色の波打つ長髪が少し逆立って、琥珀みたいな瞳が爛々と光ってるように感じる。
口角を上げて鋭い糸切り歯を覗かせてて、興奮っつうか、戦うことが愉しみで待ちきれないって様子だ。
――それが、足を地面に着いて反対の足を踏み出す、そんな当たり前の歩行動作の途中で、ほんの少しだけど重心を下げる。
それに気づいた俺は、魔力を全身に纏わせ、合わせて【硬化】する。
緩い風が吹き抜ける俺と獅子獣人の間に、一瞬の緊張が走り――。
「うぉおおおおーっ!」
少し離れた位置から不意に上がったベルナールの雄叫びを合図にしたように、俺らもほぼ同時に動く。
リオットルが肘を張って、左肩から俺に飛び込んでくる。俺にひと当たりして、肘でカチ上げてくる気か?
そうはさせねえ!
俺も【突撃】で突っ込む!
ほとんど同じ速さの踏み込みで、すぐに衝突――。
――する寸前に、俺は更に姿勢を低くする。
元々体格差がある上に低重心にしたことで、俺はリオットルの肘を掻い潜った。
懐に入った!
そこから足を踏ん張って、跳ねるように【ぶちかまし】!
俺の身体が斜め上に、リオットルの腹めがけて撃ち出されるように跳ね上がっていく。
そこに【ホーンアタック】を重ねるっ!
――ッパァアン!!
「ぅうっ!」
獣化した巨大熊を棒立ちにさせたコンボが炸裂した。
けど、そんな俺の頭突きに、リオットルは小さく呻いただけで、その腹に受け止められてしまった。
「なっ!?」
驚いて腹を見遣ると、綺麗に割れた腹筋がムチムチボコボコ盛り上がっている。
コンボの失敗なんかじゃない! この……獅子獣人の筋肉に受け止められたんだ!
その強靭な肉体のリオットルは――。
「痛ぅ~、確かに速くて硬いな。ビーアからの情報が無けりゃあ、吹っ飛ばされてた――ぜっ!!」
言うや否や、逆に無防備になった俺の背中に向けて腕を振り下ろしてくる。
ドォンッ!!
「ぐっ、ぅううう」
片腕を振り下ろされただけだってのに、背中にハンマーを打ち付けられたような、重い衝撃。
硬化で痛みは無いけど、背骨は軋むし、衝撃の痺れが背中から全身に回る。
なにより、その重い攻撃で俺の体が沈みそうになる。
「やっぱ硬ってえなぁ、俺様の腕まで痺れやがる。だがっ! 何発耐えられるかな?」
ドンッ――ドンッ――ドンッ……!
「くっ――うっ――ぐぅっ……!」
リオットルが、左右の腕とか肘を、交互に、絶え間なく俺の背中へと振り下ろしてくる。
その度に全身に衝撃が走り、俺の体が沈んでいく。
奴の胴に密着するように抱き付いて耐えるけど、このままもらい続けていたら本当に地面に叩きつけられちまう……。
それに、崩れ落ちないようにするのが精一杯で、手に【強化爪】を掛けて突き刺す暇ももらえねえ。
けど、俺の目の前には野郎の左脇腹がある。
手が使えねえなら口――歯だ! と言うことで……【破砕噛】、【針刺し】っ!!
馬男と同じ噛み方で、確実に腹の皮を破る!
――ガブッ!
よっしゃ、すっげえ浅いけど噛みついてやったぞ。
「っ?! ククッ、牙も無いくせに俺様を噛む……か?」
毒のことまでは熊も知らなかったのか、リオットルは余裕の表情でいやがる。腕の振り下ろしも止まらない。
奴の攻撃で噛み付きが剥がされない内に、【強毒生成】だ!
…………。
あ、あれ? 毒が口に広がらない。
もしかして……俺の【強毒生成〈1〉】って……一回使うと次使えるまで時間掛かるの?
……おっさんの【咆哮】に呆れてる場合じゃなかった!!
ま、まあいい。
だって、俺は強毒だけしか持ってないワケじゃねえぞ!
リオットルの攻撃に耐えながら、気を取り直して、他の手を打つ!
【毒生成】! 【麻痺毒】っ!
毒耐性があるからなのか、なんか……むしろ甘く感じるようになった汁と、シュワシュワした汁が口ん中に満ちる。
これまで口にしたことのない、新しい感覚に呑み込んでしまいたくなる。
――いかんいかん。美味そうでも耐性があっても、毒は毒だってぇの!
誘惑に逆らって、俺はその液体を獅子獣人の噛み痕に流し込む。
上手くいったと思ったその瞬間。
「――何する気だっ?!」
リオットルが俺の頭と肩を突っ張って、力づくで自分から俺を引き離した。
俺を自分の体から突き飛ばすように引き離したリオットルは、すぐさま片手を噛み痕に当てて、そこをギュウっと搾る。
――チッ、いい勘してやがる。
けど、少しは注入ったぜ?
俺は、口ん中に残った毒汁を――美味そうなのでもったいねえけど――地面に吐き出して、獅子野郎を探る。
「……傷のトコだけ感覚が無えぞ。何しやがった!」
噛み痕を片手で押さえて、野郎が声を荒げて俺を睨んでくる。
まさか毒だとは思わねえよな。でも、少しは効果があったようだな。
「……さあな。でも、これで振り出しだ」
俺とリオットルの間に、また距離が出来た。
想像以上に筋肉が柔らかくて強くて、勘も鋭いことが分かったから……。
ここからは、他の獣人とは手を変えて攻めねえとな。
「いいぜ。捻り潰してやる」
リオットルも傷から手を離して、軽く跳ねながら自然な構えになる。
たぶん、剣と爪の交錯する甲高い音や息遣い、マリアの火魔法が飛ぶ音や当たる音がしている。
熊野郎とベルナール・マリアの戦闘音を背中で聞きながら、攻め入るタイミングを窺う。
――【突撃】ぃ!!
左半身が毒で鈍ってたらいいな、なんて淡く期待しながら、手に【強化爪】を仕込みつつ野郎の左に回り込むように突っ込んでいく。
【刺と――】
「――ほら、こっちにくると思ったぜ!」
くそっ、読まれてた?
リオットルが薄ら笑ったと思ったら、フッと奴の姿が揺らぐ。
――ッ!
揺らいだと思ったのは、回転したからだ。
俺の突撃にドンピシャのタイミングで回し蹴りが来るっ!!
【硬化】じゃ、確実に弾き飛ばされちまう!
「爆ぜろ!」
【軟化】っ!!
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