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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

84.相手を入れ替える

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 【ぶちかまし】五連発で熊野郎をぶっ飛ばしたら、ちょうど獅子獣人にぶつかった。

「おっとぉ?」
 片肘を突き出して直撃を受け止めた獅子獣人は、それが仲間の熊だと気付いて驚きに目を見張ってる。

「何が来やがった……ってビーアじゃねえか?!」

 そして、獣人二人のそばには、変わり果てた姿の――。
「――っ!! おっさんっ!」

「な、なんだ? ま、だ……生きてん、の、か? オレは……」

 どこ見てんのか焦点の合わない虚ろな目でそう言ったベルナールの声は、だみ声なうえに言葉に力も無い。
 腕をだらんと垂らして膝を衝くおっさんは、大剣を構えられずに地に這わせちゃいるけど、手放してはいなかった。
 大剣の広い腹には、爪撃の傷が何本もいろんな方向に走っていて、両刃はノコギリみたいに刃こぼれしてる。
 それを握る手もズタズタだ。

 そんなおっさんの元に、俺は獅子獣人と熊を警戒しながら近付く。
 その獣人共は獣人共で、こっちに手を出してくる気配はなく、俺を見ながら何やら言葉を交わす。

「リオットル、すまん」
「んなことはいい……が、ビーア、お前が傷を負った上にぶっ飛ばされるなんて珍しいな」
「すまん。あの小童、おかしい」
「だな。俺様も大剣使いと遊びながらチラチラ見てはいたが、ありゃあ人間か?」

 “遊び”って言いやがるか。
 確かに、おっさんはボロボロなのに獅子野郎には傷ひとつ見えない。獣化すらしていない。

「分からん。でも、マウキもプフェもフェドも、やられた」
「ああ。人間にやられる方も悪いが、あのガキは何だ。伸びたり縮んだり、異常だ」
「しかも、硬い」
「『柔らかい』じゃなくて硬いだ?」

 異常で悪かったな!
 ま、二人で話しててくれてるうちに俺はじりじりと歩いて、立ち上がる力も無いベルナールの元に着くと、おっさんを隠すように前に立つ。

 そして、背面に隠したおっさんの前に、背を向けたまま片手を突き出し――。
 何も無い手の平に【体内収納】から回復薬を出して差し出す。

「――なっ!?」
 空の手にいきなり現れた小瓶に驚くベルナールの声。

「ど、どこ、から? 何を、した……」

 ガラガラ声で戸惑うおっさんに、俺は瓶を持つ手を何度も突き出す。

「後で説明すっから、飲めって」
「ぅぁ、ぁあ」

 ベルナールは震える手で俺から回復薬を受け取り、飲み始める。
 その間も、獣人同士は構わず会話を進めていた。どうやら俺のことを獅子獣人に共有してるらしい。

「ほぉう?」
「すまん。爪も牙も、小童には効かなかった」
「だから謝んなって。しっかし、見るからにヒョロガキで、すぐ死んじまいそうだったから大剣使いの方を選んだが……」

 途中で言葉を切った獅子獣人は、俺から逸らさない顔に喜色を浮かべ――。
「おもしれえ、俺にやらせろ。大剣使いへのトドメはビーア、お前に譲る」
「わかった」

 二人の間で勝手に話が付いたようで、獣人共はしっかり俺らの方を向く。
 こっちもおっさんが立ち上がり、俺の横に並んできた。
 チラッと横目で見たベルナールは、手や腕、破れた服から覗く身体に刻まれた傷が浅くなっていて、声も少し聞きやすくなっている。

「お前に助けられるとはな……助かったぜ、レオ」

 まだちょっと掠れてるけど、声にも、そして何より獣人共を見据える目に力が戻っている。

「ただ回復薬を渡しただけだ。まだ助かったワケじゃねえよ」
「……そうだったな」
「で、動けんのか?」
「血を失ってちったぁクラクラするが、おかげさんでまだ戦える。今もじわじわ回復してるしな」
「そうか、それは俺も助かる」

 一対二にならなくて良かった。
 それに、獅子野郎が俺に目を付けてくれたことも。

 獅子野郎は、狼獣人のファーガスに似てパワーもあるスピード型。しかもファーガスよりも筋肉がしなやかそうだ。他の獣人を束ねるくらいだから、奴らの中でも抜けた存在なんだろう。
 おっさんが大剣を普通の剣みたいに操ったり長年の経験で駆け引きに勝っても、身体能力でそれを超えられる。
 相性が悪りいんだ。

 だからって、獅子獣人が俺と相性がいいワケじゃねえけど……俺には“やりよう”がある。

 だから――。
「おっさん、聞こえてたか? 向こうさんは俺に狙いを変えたようだ。おっさんは熊を頼む」
「――ぉ、おい待てっ、レオ」

 こっちにゆっくり向かってくる獅子獣人に合わせて、俺も一歩踏み出す。
 おっさんが俺を心配して、掠れ声で呼び止めてくるけど、俺は手で制する。

「おっさんには熊の方がやりやすいだろ? 昨日のあの……ガエル(のリビングデッド)ん時みてえに色気を出さねえでやってくれれば、俺が熊と続けるより早く倒せると思う。マリアの援護も飛んでくると思うし。そんで、その後に俺を援護してくれよな!」
「ぉ、ぉう……」

 半分言いっ放しのような格好でベルナールから離れる――途中で、ふと気になってることがあるのを思い出した。
 チラッとおっさんに振り返って訊く。

「そう言えば、狐野郎にやった咆哮みてえなヤツ……なんで獅子野郎に使わなかったんだ?」
「ん? ぁあ、それか……」

 咆哮がベルナールのやったことだって確信は無かったけど、様子を見る限りおっさんのスキルだったようだな。
 その本人は、頬を指でポリポリしながら……。

「あれな、一回使うと喉が潰れちまって、しばらく使えねえんだわ」
「…………」

 そういうおっさんの掠れ声に、熊にも使えねえことを悟る。
 使いどころ間違ってたんじゃね?
 まあ、それでも熊を相手取るのは大丈夫だと思うけど……。

「とにかく再開だ。相手も気分も入れ替えて、頑張ろうぜ!」
「応よっ!」

 気合を入れて、獅子獣人に向き直る。
 あっ、おっさんに言っとかなきゃいけないことがあったわ。
 今度は振り返ることはしないで、足も止めずにベルナールに宣言しとく。

 さっき、いきなり回復薬を出した件も気になってるだろうけど――。
「これからおっさんが見る“俺のこと”は、あとでちゃんと説明すっから。俺に気を取られんなよ?」

 獅子獣人を相手にすんなら、さすがに全開でいかなきゃヤバいだろうからな!
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