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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
83.おっさんピンチ! 熊ごと助けに入る
しおりを挟むたった今息絶えた……殺したばかりの馬女の中から手を引き抜く。
獣人の血は、人間のよりも熱い気がする。
馬女の血がべっとりとついた俺の手が、空気に、風に触れてどんどん冷えていく。
ポタポタ垂れる血を振り払ってもまだ真っ赤な手を握り締めて、俺は次に向かう。
熊だ。
俺が頼んでから、マリアが熊や獅子獣人に『火矢』や『火球』を撃ち込んで牽制してくれたけど、熊はもう立ち上がっていた。
俺が潰した右目から血の涙を垂らし、剣を抜いた右胸を押さえながら、残った左目でマリアを睨みつけ――。
そして、ギロリと睨む対象を俺に移して、明らかに怒ってますオーラを出してくる。
今もそんな熊の隙を衝こうと、俺の後ろ側から『火矢』が熊に向かっていったけど、手で払われてしまう。
でも、それでも充分時間稼ぎになった。
マリアには、熊から見て俺の陰になるように後ろ手で移動の合図を出しながら声を掛ける。
「マリア、助かったぜ」
「うん! このくらいしかできなかったけど、ベルナールさんにもレオにも援護を続けるから頑張って」
「おう、頼む……特におっさんに頼む」
獅子獣人とサシで戦い続けてくれてるベルナールは、この短時間でさらに傷だらけになっていた。顔にも傷が入り、焦りの混じった苦しげな表情だ。
熊に目を戻す。
やっぱり“憤怒”って感じだ。猿に続き、馬二人もやっつけたし、マリアの魔法のせいで獅子の加勢にも行けなかったしな。
そして、熊から少し離れた地面には、俺の剣が転がってる。
馬姉弟の邪魔が入る前の状況に戻ったか……まあ、素手でやってやるよ!
――【硬化】! 【突撃】っ!!
「ウガァアアアアアアアッ!!」
俺と熊が互いに向かって同時に動いた。
地面を蹴って加速する俺と四足で跳ねるように頭から突っ込んでくる熊。一気に距離が詰まる。
さっきは、こっから【ぶちかまし】に【ホーンアタック】を足しても相討ち、引き分けだったけど……。
今回は【強化爪】【刺突】【多重突き】【掘削】の新・必殺コンボで脳天をカチ割ってやるっ!!
突進の勢いのまま、俺は貫手にした右を【強化爪】を掛けて突き出す。
【刺突】っ。
ブォオン! ――バシィン!!
「なっ?!」
ぶっとい風切り音がしたと思ったら、俺の右腕が、奴の左手の爪をむき出しにした重い横薙ぎで弾かれた。
こんな力も速さも、隠してやがった? いや、これが獣化した熊の全力全開ってところか。
俺の右腕は爪の餌食にはならなかったけど、物凄い力で一気に左に持っていかれて、身体も反転しちまいそうなほど捻じれる。
そして、脇腹がガラ空きに……。
そこを熊がデカい口を開けて、涎を撒き散らしながら食い破ろうとしてくる!
やられちまうっ!
「死ねっ――ガツッ……? ググッグゥ」
強烈な上顎と下顎に挟み込まれた――巨大な熊に噛まれた、たかだか十四、五歳の俺の薄い腹は……それでも残っていた。
かなり圧迫されてる感じはするけど、牙が突き刺さってるわけでも奥歯に磨り潰されてるわけでも無い。
その代わり――。
「食い千切れぬだと? ――有り得ぬ!」
「おいおいおい! うっぷ……おえぇぇ」
噛まれた時の衝撃は俺の内臓には伝わってるし――。
俺を何回も噛み締める上に、そのまま腹を引き千切ろうと首を前に後ろに横に縦に斜めにも振るわ回すわで、うつ伏せ状態でガクガク振り回されて頭が揺れる。
そこに剛腕の打撃も加えてきやがる。
硬化してる体に傷は負わないけど、その衝撃も伝わって――。
酔う酔う、酔うって! なんとかしねえと、本当に吐きそうだ。
マリアが俺を助けようと、熊の横っ腹に火魔法を撃ち込んでくれるけど、熊野郎は意にも介さない。
せめて仰向けだったら、熊野郎の目なり鼻なり顔のどこかを攻めて気を逸らせるだろうけど、うつ伏せだと……。
――あった! 剣の傷口だ!
「届くか?」
距離もギリギリだし揺らされてるから狙いも上手く定められねえけど、剣が刺さった痕を衝いて必殺コンボを喰らわせたい。
タイミングだ。
グイングイン首を回して振り回され、傷口に近付いたり離れたりするそのタイミングを合わせる!
熊野郎の唸り声と涎を間近で浴びながら、そして酔いに耐えながら、その瞬間を待つ。
もちろん【強化爪】の貫手にしておく。
腹を噛まれた状態で横に振られ、下に振り下ろされ、今度は上に振り上げられ、一気に振り下ろされる。
――来たっ!
地面に頭が叩きつけられ、グイッと引っ張り上げられるその一瞬。
熊野郎の右胸に開いた傷口が、一番近づく。
――【刺突】っ!!
――ズブッ!
よし、貫手が半分くらい傷にめり込んだ。
このまま多重づ――。
「ぬ? グォオオオァア」
「っくっ!」
俺が何か企んでることを察知しやがった熊が、急に噛みつきを解いて両手で俺を弾き飛ばした。
全身を地面に叩きつけられ、跳ねる。
このまま転がりそうになるところを、両手足を踏ん張って止まり、素早く立ち上がる。熊との間合いは数メートル。
目が、世界が回っててよろけちまうけど、一歩で踏みとどまって熊に目を戻す。
胸の傷は拡がって血が滲み出している。
潰れた右目の出血も相変わらず続いていて、体ん中も傷付いてるのか呼吸がゼーゼ―荒くなり、口からも血が滴っている。
二足で立ち、腕を前に出した防御重視の構えで肩で息をしている。
野郎の目は死んで無いけど、仕留めるのも時間の問題だななんて確信したら、後ろからマリアの緊迫した声。
「レオーッ! ベルナールさんが危ないっ!」
「――何?!」
マリアの声に、おっさんの姿を探すけど……熊野郎の巨体が邪魔で、おっさんも獅子獣人も見えない。
状況が分からねえけど、マリアが『危ない』ってんなら、相当ヤバいんだろう。
早く助けに行ってやりたいが、熊野郎がそれを許してくれるとは思えねえ。
――なら、押し込んで、熊ごと乱入してやる!
俺は【隠匿】を掛けて少しでも気配を薄めて、ちょい左――熊の右側――に【突撃】でダッシュする。
潰れた右目のせいで視野が狭くなってる熊野郎は、反応が遅れた。【隠匿】が多少効いたようだ。
熊は右足を引いて、体ごと少し右を向いて俺の姿を捉えようとしてる。
そこを、更に【突撃】をかけて強引に進行方向を熊の正面に変える!
足がピキピキ悲鳴を上げるけど、【急速回復】でなんとかなるだろ。
「むっ?」
狭い視野の中で、一瞬俺を見失う熊。
そんな熊の懐に飛び込んで、【ぶちかまし】!
ズガンッ!!
馬車の客車に岩が落ちたような衝撃音で、前傾姿勢の巨熊の上体が跳ね上げられる。
でも、ひっくり返るほどではない。
俺だって、一発でこの巨体をどうこうできるとは思ってねえ!
もう一発【ぶちかまし】だっ!
ドンッ!
熊が一歩後退り。
もういっちょ【ぶちかまし】!!
ドンッ!
熊が後ろに数歩、たたらを踏む。
俺はそれに合わせて【突撃】してからの【ぶちかまし】っ!!
――ズドンッ!
「ぐはぁ!」
熊の巨体が後ろに跳ねる。
まだまだっ! 着地させねえぞと、熊の体が浮いてるうちに【ぶちかまし】っ!!!
――ズダァンッ!!
【ぶちかまし】を五連発したところで、とうとう熊が派手に後ろに飛ぶ。
そして――。
ドンッ!
「おっとぉ? 何が来やがった……ってビーアじゃねえか?!」
ぶっ飛んだ熊の巨体が獅子獣人に当たって止まった。
その近くには……。
「――っ!! おっさんっ!」
「な、なんだ? ま、だ……生きてん、の、か?」
全身に傷を負って血に塗れ、腕を垂らして膝から崩れ落ち、朦朧とした瞳から今にも光が消えそうになっているベルナールがいた。
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