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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
77.獣人の一群
しおりを挟むラボラット村を出てから、何回か休憩を挟んで、街道をひた走る俺ら。
横風避けの木がポツポツと並ぶ程度の平原を、一本道の街道が南北に貫いている。
全力疾走っつうより、七~八割の長距離用の走り。マリアも遅れずに着いてこれてるな。
さっきも一つの小さい集落に寄って、休憩がてら水の補給もした。
残念だけど、集落に馬はいなかった……ウシも農耕に出てるって。
ちなみにヤギはいたんだけど、オスは絞めた後で、メスは身重だって……いや、乗り物にする気は無かったぞ?
追い風が吹いてて少しは楽だけど、さすがにこれをもう半日以上続けなきゃなんないってことにウンザリし始めた頃――。
「――っ! おっさん、マリア、止まれ!!」
先頭を走る俺の、【嗅覚】よりも先に【洞察】が気配を察知した。
「むっ!?」
「どうしたの、レオ?」
おっさんもマリアも、足を止めて前を睨む俺を訝ったけど、何故かはすぐに分かったみたいだ。
遠くまでうねって続く街道の、まだ見えない先に砂埃が舞っているのが見えた。
そして、向こうからやってくる姿が霞んで見えてくる。
少し待つと、砂埃の中に一塊の集団……四人の人影がこっち向かってくる。
しかも、騎乗して。
それに、なんか……殺気立ってやがるな。
賊かもしれないと警戒を強める。
何かを察したのか、ベルナールなんかは、ニヤリと悪人ヅラになってポツリ。
「『馬』が向こうからやってきたぜ」
ヤツらと、馬を借りる交渉でもするのか? なんて甘く考えることもなく……。
俺らは警戒しつつも、何くわぬ顔で街道を進む。
☆
レオ達が集落で水を補給し、街道をイントリに向かって走っていたその頃。
同じ街道を、イントリから出てラボラット村にひた走る小集団があった。
四人が四頭の馬にそれぞれ騎乗して並走しているが、四人とも普通の人間には無い特徴を有していた。
そして、自分たちの方向に向かってくる者がいないか、手ぐすねを引いて待っているように見える。
一番右側を馬の手綱を離したまま走る、黄土色のツンツン髪に糸目の狐獣人の男が、両手を頭の後ろで組んだ体勢で欠伸をひとつ。
そして、左隣りの茶色い短髪で丸い獣耳に体毛の濃い巨熊獣人の男を一人飛ばした、向こうの男に話しかける。
「あ~あ、夜通し突っ走らせるなんて、ヒデー雇い主だぜ。帰ったらぶっ殺しますかい、リオットルの旦那?」
「ふんっ、俺様達しか雇えないしみったれた雇い主だ。それもいいかもな、フォッシュ」
リオットルと呼ばれた獅子獣人は、黄褐色のボリューミーな長髪をたなびかせながら鼻で笑って、それから続ける。
「――だが、今回は珍しくその分の手当てもたんまり出るし……何より、“こっちに向かってくる者”って条件付きだが、『殺しの許可』まで出てるんだ。非力な人間にしては理解のある雇い主だと、ほんの少しは見直しているところだ」
「それだって、ここまで両手で足りるくらいしか殺れてねえじゃないですかい」
彼らはここまでの道中、街道をすれ違う人間を無条件に殺しながら来た。
許可を得たからと嬉々として命を刈り取ったのだ。
「夜中に出歩く人間はいないから、そんなもんだろ。……だが、確か、この先に集落があったはず。条件からは外れるが、寄って刈るか?」
リオットルも、残念そうにため息交じりに応じた。
そこに、リオットルの左――最も左側――を走る暗褐色の丸刈り頭で赤ら顔の猿獣人が、下卑た嗤いと共に口を挟む。
「ウッキャッキャ。その代わり、“お楽しみ”は確保してるぜえ? キョキョキョッ」
そう言って振り返った馬の臀部には、気を失った少女が縄で括られていた。
「まずはお頭から、そん次は……ジュルッ」
「ああ、マウキにも回してやるが、俺様の次は補佐のビーアだろぉ、次はプフェとフェドの馬姉弟だろぉ……お前は最後だな」
「そんなぁ~」
「残念だったな、マウキ!」
やり取りに笑う集団であったが――。
ここまで一言も発していない熊獣人のビーアが、無言で進行方向の遥か先を指差した。
「ん? どうした、ビーア」
皆がビーアの指し示す先を注視する。
やがて、フォッシュが鼻をクンクンとニオイに集中させ、「やった! カモが来やしたぜ」と声を弾ませた。
「どれどれぇ、スンスン……ウキャァ~! 女のニオイもするぅ~。オイラやる気出てきた!」
「お前はそればかりだな。まあいい、許可はあるんだ、殺るぞ」
獣人達は湧き起こる殺気を隠すこともせず、街道を駆けてゆく。
☆
はっきりと見えてきた、四人と四頭の馬。ほぼ横並びでやって来る。
特に、中央の二人は身体もデカくて馬もデカい。
人間の顔貌をしてるけど……耳が違う。
ファーガスと同じ――。
「おっさん、マリア。ヤツら獣人だ」
「そうだね。ファーガスみたいなのが四人も……」
「馬が四頭、手に入るな」
そして、四人とも俺らを見下したような、にやけた表情。
明らかにマリアしか見てねえヤツもいる。
馬で駆けてくる獣人と、自分の足で進む俺ら。
両方ともが、ほぼ同時に、微妙に離れた距離で脚を止める。
両端の馬は馬具付きなのに、巨漢二人が乗るデカ馬二頭は、どうやら裸馬だ。それだけ巨漢の二人は馬の扱いに長けてるのか? 知らんけど。
それはいいとして、気になるのは……野郎どもの俺らを見る目と雰囲気だ。
中央のデカい二人は他意なしにただただ人間を見下したように、左端の細目の奴は高揚した表情、右端の奴は涎を垂らさんばかりの弛んだ顔で――。
「……どうやらオレ達に用があるみたいだ。マリア、レオ、気ぃ抜くなよ」
「は、はい」
「おう!」
――俺らに殺意を飛ばしてきやがる。
ベルナールは背負った大剣を引き抜き、一歩前に出て俺らに警戒を促した。
俺も剣を抜いて、同じく長杖を構えたマリアの前に出る。
……三人対四人か。相手の方が一人多い上に、獣人だ。
獣人の力は、ファーガスの時に思い知ってる。
あの時は、俺とマリアの他に『キューズの盾』と『民の騎士』、それにアーロンさんもいたのにギリギリって感じだった。
――けど、今目の前にいるのはファーガスじゃねえし、俺はあの時より強くなってる。マリアも。
「へぇ~? 人間のくせに、やる気みたいッスよ、旦那」
「ふんっ、逃げる雑魚の背を襲うよりは楽しめそうだな」
どうやら狐の獣人の野郎が、少し嬉しそうに“旦那”って野郎に話しかける。
ベルナール以上の毛量と長さの髪の獅子みてえな“旦那”はそれに答えながら、俺らに向けた目を逸らすことなく、でも見下した笑みも崩さずに馬を下りた。
隣の熊みたいな野郎も、それに倣って下馬。
反対隣の赤顔ヨダレ垂らし野郎は、マリアに視線を固定したまま、鞍の上に立って飛び跳ねてやがる。
「獣人というのは見れば分かるが……お前達はなにも――」
そんな集団におっさんが何者か問おうとしたのに、馬を下りた獅子獣人が反論を許さないような重い声を被せてきた。
「おい人間。お前達が何処から来たか、何処に行くか、俺様達には関係ない。名も名乗る必要は無い。俺様達も名乗ってやる必要も……意味も無い。なぜなら、お前達は今、この場で死ぬのだから」
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