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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
67.心を救う
しおりを挟むマリアが取り乱すのも当然だ……。俺だって、見た瞬間から鳥肌が立ってる。
ボロボロになった血染めの農民服姿、汚れた髪の毛で顔が半分隠れた女のリビングデッドと、肩口から斜めに一太刀で殺されたのが分かる深い傷痕が走る子どものリビングデッド。
それが、手をつないで歩いてくるんだからっ!!
「レオ、しっかりしやがれっ!! 横、来てるぞ!」
「――あっ」
動揺しちまった俺がベルナールの怒声で我に返ると、すぐ横に大柄な男のリビングデッドの手が迫っていた。
「くっ! おりゃあ!!」
間一髪ってところでその手を斬り払い、返しの剣を背中に振り下ろす。
体を両断ってわけにはいかなかったけど、背骨を断ち切れて、斬り残しの肉が自重でズルリとずれて崩れ落ちた。
まだ魔石を砕いてないけど、一旦距離を取る。
「レオ、ここが“戦場”だって忘れるな!」
「わ、悪りぃ……」
「マリアも! 魔法が止まってるぞ!?」
「は、はいっ!」
多くのリビングデッドを引き受けているベルナールが、大剣を振るう手を緩めずに俺とマリアを一喝してくる。
そうだ……しっかりしねえと!
とは言っても、どうしても女と子どものリビングデッドに目が向いちまう。
母さんと息子……親子、だろうな。かなりきつく手を繋いでんだから。
死んで……リビングデッドになっても手を繋いでるって、何だ?
これが“愛”ってやつか?
親子の愛情なんて、親のいねえ俺には全然分かんねえよ……。
それに、こいつ等に心なんて無えだろ、もう。
生き物を――俺らを襲うことしか考えてねえんじゃねえのかよ!
だからここまで、今この瞬間だって、俺は“人間だった”リビングデッドと戦い、体を分断して魔石も砕いて死なせてる。
――でも!
それは、相手が男っつうか、指名依頼に浮かれてむざむざ騙された冒険者の、自業自得ってやつだと思ってたから……。
だから攻撃できてた。
「――っ! チッ、いま考え事してるんだっつうのっ!」
他の二体の男リビングデッドの攻撃を、ゆっくり後退しながら凌いでいると、さっき斬ったリビングデッドが上体だけで這って加わってきた。
くっ……こいつ等は機敏な上に防御無視の攻撃一辺倒。それに人間離れした力があるから、掴まれたら厄介だ。
前と左右を塞がれて、ジリジリとにじり寄られている。
後ろはすぐそこが丘。下らせるわけにはいかねえから、これ以上後退する選択は無え。
「レオ! 左は首よっ、真裏に魔石が見えてる!」
「右は左ケツだ! ちゃんと仕留めろよっ!」
マリアとベルナールからの声。
二人とも、魔法を撃ちながら、剣を振りながら、俺に教えてくれた。
「助かるっ!」
――【突撃】っ!!
最速の一歩を踏み出して地面を踏み切ってジャンプ。
正面で這う上体リビングデッドを飛び越えて、奴らの後ろに出る。
奴らは、俺を追いきれていない。
着地で踏ん張り、奴らに向き直って……まずはケツの奴!
抉れた左ケツでテカッてる魔石を見つけて、剣を薙ぐ。ケツごと両断!!
そんで、もう一回上体リビングデッドを飛び越えながら……首に魔石があるっつう奴には、【硬化】してからの【スマッシュキック】!!
きっちり顎を捉え、頭が吹っ飛び、隠れてた魔石が露わに。小さめの魔石だ。
あとは剣を振り下ろすだけ!
最後は、この上体リビングデッド。
でろでろの髪の毛の奥……後頭部が陥没してて、そこに魔石があった。
凶器は剣の柄じゃなさそう。槍で突かれて空いたっぽい傷に埋め込んだみてえだ。エグイことしやがる……。
けど、残酷だ何だと考えてられねえ!
同じ場所を【刺突】っ。
なんとか魔石だけを砕くことができて、死体に還せた。
続けざまに三体を倒したことで、俺の前がひらける。
あとは――。
「親子はお前がやれっ、レオッ!!」
「わかってる!」
数歩の間合いの先に、手を繋いだ母子のリビングデッド。
どうする俺?
どうするって……やるしかねえだろ!
でも……あの二人を斬れってか?
踏ん切りが付かねえ俺は、剣を見る。
手が震えてやがる……。
俺は冒険者だってのに!
冒険者になってからまだ一年も経ってないけど、目の前で魔物と出くわせば、躊躇なく倒した。
その中にはメスも幼体もいた。【性欲常態化】を移したスライムの時なんて、生まれてすぐのを斬りまくったしな。
今日は、リビングデッドが人間の形をしてたり、女・子どもがいたっつうことで動揺しまくりだ。
もう人間じゃねえって、分かってるのに……。
たぶん自業自得じゃなく、理不尽に殺された上に望んでもねえのに魔物にされた被害者だろうから、斬るのに抵抗があった……。
――けど、考え方を変えるんだ!
望まずに魔物にされたってんなら、それから解放してやるんだ!
魔物になっちまったということから解放して、あの母子を救う!
二人一緒に人間として弔って、二人の心を救うんだっ!!
「ふぅー……よしっ!」
――覚悟は決まった。
躊躇いは振り払ったし、手の震えも止まった。
俺は剣を構えて、二人のリビングデッドを見据える。
子どもの魔石は、最初から見えてる。小さいのが心臓の近くにある。
母親の魔石はどこだ?
ボロボロの農民服からのぞく手足にも首にも傷は無いし、後姿が見えてるマリアからの指示も無い。
そのくせ、服の前面が上から下まで血が流れたように赤黒く染まってるってことは……。
――顔かもしれねえ。
顔に張り付く髪をなんとかして、確かめてえけど……魔物にされちまった以上、母親も黙って見させちゃくれないよな。
ここは最初に子どもを還してやってから、母親だな。
「ううぅぅうぅ……」
決めたところで、二人が俺の間合いに入ってきた。
――行くっ!
まずは子ども。
姿勢を低くして、【突撃】で一気に踏み込む。
母親も子どもも反応できていない。
俺は、二人の真ん中……子どもの手をがっちりと繋いでいる母親の手を……斬る!
俺が剣を振り下ろしている途中で、察知した母親が力ずくで我が子を引き寄せようとするけど、剣の方が速い!
狙い通り、母親の手首を両断。
力の行き場を無くした母親の腕が跳ね上がり、母親は酷い呻き声を上げながらバタバタと後ずさる。
そんで、子ども。
「――っぎゃああああああ!」
母親と離れた子どもも愚図るように吠えて、駄々っ子みたいに腕を振り回して俺に向かってくる。
俺は、その勢いを上回る速さで子どもに組み付いて、力づくで押し倒す。
仰向けに倒された子どもは、痛む素振りもなく、一心不乱に自分の手を――母親の手だけを握り締めた手で、俺を押し退けようとしてくる。
「ぐっ。そう怒る、なって……すぐに、母さんと、一緒にしてやっ、からよ」
俺は剣を手放して、ジタバタ足掻く子どもを寝技のように組み伏せて封じて、痛々しい傷痕に埋め込まれた魔石に手を伸ばし――。
生きてる人間じゃ有り得ないくらい冷たい体内から、一気に引き抜いた。
ゴブリンのと変わらないくらい、本当に小さな魔石だった。
「あ……あ゛……ぁ……」
子どもから生気っつうか魔物の気っつうか、とにかく気配が消えて動かなくなった。
……すぐに、いつもの母ちゃんに会わせてやっからな。
「がぁああああ゛ーーっ!!」
そこに、母親の悲鳴に近い呻き声。
振り返れば、立ち上がって俺を見下ろす母リビングデッド。
右目に怒りが籠ってるように見えて、まさにブチギレる寸前――いや、キレてますって感じ。
俺も立ち上がって、手の汚れも気にせずに剣を拾い上げる。
母親はもう俺に向かって突っ込んできていて――。
俺に斬られていない方の手を、鋭く突き出してきた。
血や土で汚れていて、欠けの目立つ爪が、俺の目に向かってくる。
俺は盾を当ててその手の軌道を逸らすけど、これも普通の母親には出せない凄い力だ。
手首から先が無くなった手と交互に、休む間もなく全力で突き出してくる。
でもっ! アンタを解放して、子どもの側にいさせてやるからな!
俺は盾で【ぶちかまし】て母親の腕を跳ね上げ、子どもの時と同じように組み付いて押し倒す。
大人で体に肉がある分、衝撃でグチャッとした感触が俺に伝わってきた。
仰向けの母リビングデッドに馬乗りになった俺は、さらに膝で彼女の両腕を押さえつける。
人間離れした力で暴れられるけど、裸馬を操る要領でバランスを取って、しっかりと動きを封じた。
そして、彼女の顔の左半分を覆っている髪の毛を払う。
……かなり大量の血で固まり、肌に張り付いていたみたいで、バキバキべリべリと音が立つ。
「う……っぷ……」
髪に隠れていた彼女の顔は、おでこも目も耳も、はっきり分からないくらい骨が砕けて陥没していて……その潰れた目の位置に魔石が捻じ込まれていた。
吐き気を堪えて覚悟を決めて、人差し指と中指を彼女の“目があった場所”に差し込む。
ぬちゃりとした嫌な感触に耐え、その二本の指で魔石を挟んで、ゆっくりと引き抜く。
子どもに埋め込まれた物よりは大きいけど、これまでの男どもに使われた物よりは小さい、中型魔物クラスの魔石サイズだ。
「……待ってろよ。今、子どもを連れてくるから」
屍に戻った母親の髪を直してやってから、俺は子どもの亡き骸を抱き上げ、母親の元へ。
繋いでいた手を斬っちまったから、子どもを母親の胸に横たえる。
全部済んだら、墓……作ってやるからな。
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