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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
58.頼りにしてるぜ
しおりを挟む「つーわけで、明日の朝一に馬を飛ばしてオクテュスまで行くぞ!」
「なっ?! 勝手に決めんなって」
急な展開に俺は思わず立ち上がって、向かいに立つベルナールに人差し指を突き立てて抗議する。
そういうことはクレイグの役割だろ? 言わんけど。
でも、ベルナールはごっつい手で俺の指を覆って下げて、そのまま俺を見据えて――。
「領主様と領都とキューズの冒険者ギルド、三者からの指名依頼だ。受けるしか選択肢は無えっ!」
「う……マジかぁ……なんで俺らなんだ? 行ってどうすんの?」
「頼りにしてるからだ。他の細けえ事は行きがけに教えてやる! レオもマリアも、今日は早く帰って寝てろ」
ぶう垂れても決定がひっくり返ることもなく……俺とマリアは背を押されるようにギルマス室を出されて帰らされた。
はあ~~~面倒くせぇ。
「うおっ、おおおおおい、まま、股がいいい痛ってえって、えええええっ!」
「舌ぁ噛むからあんまり喋んな。だが、レオならすぐに慣れる、耐えろ! マリアはレオにしっかり掴まってろよ!」
朝一でギルド前に招集された俺とマリアが、何してるかってーと……。
朝焼けの中を、強化された早馬に乗って街道を爆走中!!
ベルナールの一頭と俺とマリアが相乗りする一頭の二頭が並んで、オクテュスへ土煙りが立つくれえの爆走中!
てっきり馬車で行くもんだと思ってたら、馬に乗って行くっつうから焦ったぜ。
だって俺、馬に乗ったことなんて無えもん!
それをベルナールに言っても、「なーに、レオならすぐに慣れる! オレについて来いっ!」だもんな……。
まあ、魔物版【姿勢制御】が進化した【自在制御〈4〉】のおかげで、ぶっつけ本番でも落ちることは無えけど……馬の上下動に合わせるのが難しくて股が痛くなってよー。それに、まともに話すことも出来やしねえ。
でもでも! 後ろに乗ってるマリアが俺にしがみついてきて、成長著しい“お胸”がいい感じに当たってくるのは役得だ。
「よし。そろそろ慣れてきたから、聞こうか、話とやらをよ」
「お、早えーな、レオ」
一時間くらいぶっ通しで走って、俺も騎乗に慣れて話す余裕が出てきた。
つーか、なんだよこの馬の速さ!
あと数時間――昼前には、いつも泊まってる宿場村に着いちまうぞ? この分だと、夕方にはオクテュスに着くな。
何回かの休憩を挟んで、本当に夕方、夕焼けが始まる頃には領都オクテュスに着いちまった……。
道中そんなに深い話はしなかったけど、ベルナールからは――。
『ロウブロー家は、現在の領地より一つ奥に、はげ山と痩せた荒れ野と二~三の集落領地を治めていた貧乏“男爵家”だった』
『先代当主が小さな銅鉱脈を探り当てて、国から採掘許可をもらって財政を立て直した』
『当代――リンガーになってから二〇年くらいで、一〇年くらい前に隣接する他領の不正・腐敗を告発・解決してきた功績で二年前に子爵に陞爵して、その地の加増を受けた。それが今のロウブロー子爵領だ』
――って感じのことを聞かされた。
「んで、なんで俺とマリアなんだ? クレイグ達『キューズの盾』がいるのによ」
もう東門をくぐっちまったけど、大通りをパッカパッカと馬を歩かせながら、ずっと気になってたことを聞く。
「頼りにしてるからだ、って言ったろ?」
横顔を夕日に照らされたベルナールが、朝と同じ答えを返してくる。
胡散臭せーな……。
「だが、『キューズの盾』を蔑ろにしてるワケじゃねえ。フレーニとクレイグには、オレが不在になってるキューズを頼んでる」
「何か起こるってのか? キューズに」
「いやいや、念の為だ、念の為」
……穏やかじゃねえなぁ、おい。
そうこうしてるウチにオクテュスの冒険者ギルドに到着。裏の幹部用厩に馬を繋いで中へ。
ギルド員の通用口から中に入って、職員に「おう」と挨拶しながらズカズカと先頭を行くベルナールに続いて、カウンター内、階段を経て三階のギルマス室へ。
ノックもせずに遠慮なくドアを開けて入った。
「来たぞ、ローゼシア」
キューズのベルナールの部屋と構造は変わらないけど、棚だの応接セットだのの調度品に意匠が凝らされている。
そして奥の執務机には、片肘で頬杖をついて書類に目を落としている青い長髪の女性。
「別に貴方にマナーを期待しているわけではないですが……もっと大人しく入ってこれないのですか、ベルナール殿?」
ローゼシアさんは書類から切れ長の目を離して俺達に向けると、軽くため息を吐きつつソファを勧めてきた。
ベルナールは、勧められる前に座ってたけどな……。
三人掛けだと思うけど、ベルナールが遠慮なしにドカッと座ってるから俺とマリアはキツキツだっての。マリアとくっつけたから良いけど!
「殿なんてやめろよ。“らしく”ねえぞ」
「うふっ。レオ君とマリアさんの前だから、一応敬意を示したまでよ」
ベルナールが軽く返すと、表情が少しだけ緩んで同じ口調になるあたり、ローゼシアさんも根っからの冒険者なんだな。
ローゼシアさんもソファに移動してきて、俺らの後を追いかけてきていた職員にお茶を用意させて、それが揃うまでは俺とマリアとの軽い挨拶やギルマス同士の他愛無い話があって。
まあ、俺らは褒賞を受ける時に会ってるし、どんな人なのかもちょっとは知ってるしな。
「――さて、そろそろ始めましょうか」
「おう。レオとマリアには大まかな所は話してあるぜ」
ヤセノとギススに出されてた指名依頼が、領都ギルド所属の三組に出されていて八名が実際に向こうに行ったらしい。Cランクも混じってるけど、他はDランクだ。
依頼書も同じ様式で揃っていた。
でぶ共と合わせて一〇人か……。
「聞いていいのか分かんねえけど、こいつ等に共通点はあるのか?」
「おっ! オメエにしちゃあ鋭いな、レオ」
ベルナールがイタズラっぽい顔で俺を見てくる。
うるせえ! 俺だってたまには頭使うんだよ。
俺の問いかけにはローゼシアさんが返してきた。
「ベルナールの言う通り、いい所に目をつけたわね。この一〇名に共通する点は、独り身の男だということ」
彼女が指を一本立てた。
そのまま二本目を立てて、「ランクの割に年齢が高いこと」と続ける。
そいつ等なりにうだつの上がらない現状を打破しようとして受けたのかも……。
ローゼシアさんが三本目を立てる。
「そして、大柄……体格が良いこと。大剣や斧、ハンマーといった重武器を振り回して戦うような、要は力馬鹿ね」
「おいおい、オレも独身で年嵩で大剣を得物にしてるぜ? 力馬鹿って……」
「あら? 当たってるのではなくて?」
フレーニ婆さんと、とはまた違った掛け合いだけど、この二人も気心が知れてる同士みたいだな。
でも、その掛け合いもローゼシアさんの咳払いで鎮まる。
「それで、依頼を出したロウブロー子爵に移りましょうか」
「ベルナールから聞いた限りじゃ、他の貴族の不正を見つけてやっつけたから子爵っつうのになったんっすよね?」
「その通りよ、レオ君」
「その良い奴っぽい貴族が、なんで“帝国”と“獣人ファーガス”の件で名前が上がるんすかね?」
二人のギルドマスターの表情が、段々と険しくなっていく。
ローゼシアさんが足を組みかえて、その上で指を組んで、重々しく答えてくる。
「我が兄の――エトムント子爵の手の者の調べでは、その『他領の不正・腐敗』自体を、当時のロウブロー男爵が仕組んだ自作自演だった可能性が濃いそうよ。長い時間をかけて他領に不正の温床を作り、育て、その地を腐らせてから自らで潰す。……陞爵を賜るために」
「自作自演……それが今回エトムント様に向いて、腐敗を“育てている”最中だったってことだな。レオに潰されたが……」
「そう。これが、可能性では無く“確定”に変われば、レオ君の働きはこの間の褒賞どころでは済まない大貢献って事になるわ」
二人の視線が俺を向く。
俺は、平たく言えば俺とマリアの為にやっただけだ。たまたまガキ共や護衛仲間も一緒に生き延びたけどさ。
なんだか話がデカクなって照れくさい感じがしてる横で、マリアが強張った顔のまま口を開く。
「だとすると……そういう人達を集めて、何をする気だったんでしょう? 巡回警備って書いてありますけど」
「それを三人で調べてほしいの。私が出ると、出自のせいでいきなり貴族間の問題になってしまいかねないから……」
「――だ、そうだ。いいな、レオ、マリア?」
それこそクレイグに振ってくれよぉ! って言葉が喉から出かける。ってか出てたみたい……。
「言ったろ? クレイグにはキューズを任せてるって。こういう策を巡らせてくる輩が、他の手を打ってくるかもしれねえからな。それに、オクタンス様の憂慮が当たれば、今回は危険だからな……頼りにしてるぜ?」
おい、最後が超不穏なんだけどっ!?
俺らDランクなんだけどっ?!
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