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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
49.妹思いのエトムント・オクタンス……シスコンとも言う
しおりを挟む「うわぁ……これ……」
城に着いた俺たち冒険者組は、老執事に案内されて待機部屋に案内されたんだけど、ドン引きしている。
なぜなら――。
その部屋の壁に、たぶんローゼシア様と思われる肖像画が赤ん坊時代から年齢順にびっしりと飾られているし、彼女が描いたんだろう作品――イタズラ書き――や訓練で使ってたんだろう木剣や槍とかも残されている……。
そして、小さなドレスや靴までを着付けたマネキンが部屋をぐるりと何周にも並んでるんだもんな。
そこに別行動で用事を済ませたであろうローゼシア様が入ってきて、「こんな所に移していたのか……」なんて額に手をあてて絶句。
なんでも、以前は別の大きな部屋にもっと大量に飾られていたのを、捨てさせたつもりだったらしい。
「それでは、姫もいらっしゃった事ですし、我が殿のコレクションを皆様にひとつひとつご説明――」
「やめんか、爺っ!! 恥ずかしい……」
姫……。
まぁ、貴族の令嬢ってのは姫って呼ばれるものなのかもな。
ローゼシア様が老執事を一喝したことで話題は本題の謁見に戻って、皆がその場で武器を預けるんだけど、俺の剣は最初から体内収納に入れてるから何も言われなかった。
いいのかな? 別に襲いかかる気は無いけど……。ま、黙っておくか。
『民の騎士』は鎧まで脱ごうとして止められてた。そんなに脱ぎたいのか?
いよいよ謁見へ。
俺とマリアは最後尾に付いて、前のみんなを見ながら真似をする。
マリアはちゃんと礼儀の話を聞いてたみたいだけど、俺は聞き流しちゃってたからな……ま、大丈夫だろ。
謁見用に設え変えられた応接間に入って、ローゼシア様を筆頭にふかふかの絨毯に片膝突いて頭を下げて待っていると、領主が数人を引き連れて入って来て椅子に座ったらしい。
「此度の『獣人及び娼婦に因る騒動』鎮圧の功を、エトムント・オクタンスが賞する。面を上げよ」
重すぎず、かといって軽い感じでもない、でも冒険者や町の奴らでは出ない上品な声音が発せられた。
ゆっくりと顔を上げて声の主に目を遣ると、ひとり台座の椅子に座った男。
ローゼシア様に似て感情の少ない美貌と切れ長の碧眼、彼女よりも明るくて肩まである青色のウェーブ髪をラフに結んだ長身痩躯の四〇代――アーロンさんよりは年上に見える――くらい。
そして――。
「久し振りだな、シア。もっと近くで兄に顔を見せてくれ」
そう言って、自分の膝をポンポンと叩く領主様。
そこに座れってことか? ……妹に? 大人なのに?
呼び掛けられたローゼシア様は、最後尾の俺にも聞こえるようなため息を一つ。
「お戯れを……。それよりも、冒険者も暇ではないのですから、早く済ませましょう」
「む? シアがそう言うのであれば致し方あるまい……んんっ! 此度の騒動にて、罪人を他領に逃がすこと無く我が領で捕らえることが出来たのは、其方らの手柄である。よって、オクテュス冒険者ギルド所属『民の騎士』の三名、キューズ冒険者ギルド所属『キューズの盾』の四名及びレオ・マリアの二名、計九名に褒賞として金一封を与える」
あの時の依頼では、前半のヴァンパイア・ビーの騒ぎには『鮮血の斧』がいたけど、褒賞は後半の宿場村でのファーガス・ブリジット捕縛の件だから、彼女らは対象になっていないんだ。
代わりに領都内の捜索依頼や二人の移送に協力したとのことで、別途ギルドから報酬が出ているらしい。
ちなみにギルマスと一緒に来ているアーロンさんは、ギルド職員っていう立場だからって褒賞とまではならないらしい……あんなに頑張ったのにな……。
子爵の言葉に続いて、お付きの人が革袋の載ったお盆をローゼシア様に差し出し、側に控えていたアーロンさんが隻腕を器用に使って恭しく受け取る。
その場面は、なんとなく気が引き締まって、いい事をしたんだなって誇らしくなった。
そこで子爵が口を開く。
「さて、堅苦しい儀礼は済んだ。仰々しくなったが、要は我が領での犯罪被害の拡大を防いでくれたことと……我が妹が世話になった礼だ」
そう言った子爵の表情はこころなしか緩んでいるようだ。
けど、まだ続きがあるようで――。
「シアも良くやってくれた。頭を撫でてやるから、近くに来てくれな――」
「結構です! ギルドの長として仕事をしたまでですから」
兄としてスキンシップを取りたいのに瞬時に拒まれたけど、子爵はめげずに「では私が行こう」と椅子から立とうとした。
その時、エトムント様の額に“何か”がブチ当たる音がした。
――ガキンッ!
ガキン?
生身の額に……ナイフだ。落ちるところが辛うじて見えた。
ナイフが当たって……刺さらない。で、ガキン?
どういうことだ? それに、貴族が攻撃されたのに周りの奴らが慌ててもいない……。
俺やマリアが頭に疑問符を浮かべていると、ローゼシア様が語気を強めて喋る。
「兄上! 来なくていいと言っているではありませんか。いい加減、私のことは放っておいて下さい!」
よくよく見ると、彼女の手にはもう一本小さくて鋭いナイフが握られている。
ヤバいっ! 妹が兄を――貴族の当主を殺そうとしてるんだ。何故か刺さらなかったけど、取り押さえた方がいいのか?
俺は判断に迷うと同時に、あれが事前に聞いていた【鉄壁】っていう防御系レアスキルかと感心する。しかも〈3〉っていう高レベルだそうだ。
あれ? 〈3〉が高レベルなのか? 〈3〉なら俺にもあったよな、魔物スキルだけど……。
でも、俺のキモキモぶにぶに【軟化】とは違ってカッコイイな、なんて俺が考えていると、エトムント様が平然と会話を続ける。
「つれないことを言わないでくれ、兄妹ではないか。昔みたいに頭をナデナデさせておくれ」
「昔でも、頭を撫でさせた記憶はありません!」
「あれ? そうだっけ?」
そこから何往復か「撫でさせろ」「嫌だ」の応酬があったあと、ローゼシア様の口から“控え室”の言葉が出ると――。
「おお! 控えの間のコレクションを見てくれたか? シアの幼き頃の思い出の品々をっ!」
「以前、捨てるように言ったではありませんかっ!」
「なぜ捨てるんだい? 大事なシアの思い出なのに」
「あれは私の不用品であって、兄上の思い出の品ではありません! 捨てて下さい!」
ローゼシア様とエトムント様が、いつの間にか額を突き合わせる位に近付いて言い合いになっている様に、俺らは茫然とするしかなかった……。
言い合いが落ち着いてきた頃、ふとエトムント様が俺らの方を向いて――。
「そう言えば……レオと言う少年は……君か?」
「う、うっす……?」
いきなり俺に話しかけてきた。
俺は、どう返事をすればいいのか知らないし、なんか気に触るような言い方になるのが怖くて短く返す。
「報告によれば、君がファーガスとの戦闘における第一功労者だそうだな?」
「い、いや、アーロンさんやマリアや皆がいてくれたから……っす」
「それに、君のおかげでファーガスが包み隠すこと無く背後関係を供述をしたと聞くが?」
「それは……そうっすけど」
モモンガ獣人を逃がしてやる代償っつうか、取引だったしな……。
「今回の褒賞は、君の功に見合うだけの額にはならないと思うので、そうだな……別途、褒美として君の望む物を一つ与えよう」
「えっ?!」
子爵の急な言葉に俺が舞い上がると、その子爵が急に「あっ!!」と声を上げた。
「シアはやらんぞっ! 私のシアはどんな功績にも見合わんからな」
「…………」
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