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第1章.物乞いから冒険者へ
39.ベラベラ喋るのは、負ける気がねえからだ
しおりを挟むマリアが言うには、獣人ってのは傭兵をするような戦闘種族らしい。
コイツの顔とか体は人間と同じ感じだけど、耳と尻尾はまるで狼のそれみたいだ。
「スキルとかは無いけど、身体が頑丈で動きも早いし力も強いんだって」
「へぇー。――なんて感心してる場合じゃねえな。そんなに強えってんなら危ねえな……」
俺はマリアがヤツから見え難いように、彼女の前に立つ。
同じ後衛のシェイリーンさんやフェイも守るつもりだけど、最優先はマリアだ。
「な、なんでシェイリーンを狙う……? 『仕事を邪魔された』と言ってたが、そんな記憶は無いぞ」
クレイグが、まだ痛む左腕を剣を握ったままの右手で擦りながら狼獣人に訊く。
「おいおい、俺が狙ってるのはそのメスだけじゃねえぞ。テメエもだ!」
そいつはクレイグを指差しながら続ける。
「テメエらには仕事を邪魔されてんだ。二度も! 分からねえんなら教えてやる」
獣人は完全に『キューズの盾』に体を向けて話している。
「一度目は『アンブラ』のアジトだ。俺の雇い主の所にネイビスからの定時連絡が無えからって、俺様が様子見に行かされたのさ」
“帝国”のことか? やっぱりアイツらには上がいたのか……。
ふと獣人を見ると、その後ろにいるアーロンさんがジリジリと位置取りを変えている。
そして、俺と目が合うと軽く頷いて合図を送ってきた。
隙を見て斬りかかる気だな? 俺はわかったと頷き返す。
「最初は『調子に乗ってサボるな』って締め上げるだけだと思ったら、血のニオイを撒き散らしてまとめて捕まってるじゃねえか。誰がやったか知らねえが、そうなった以上、第二の指令発動よ。ネイビス達は問答無用で心臓をブッ刺して息の根止めて、雇い主に繋がる証拠が出ねえように屋敷ごと隠滅しようとしてたら……来ただろ? テメエらが」
殺しの手口は聞いてたのと同じだ。こいつがやったので間違い無えだろう。
クレイグが話を続ける。
「その件……お前がやったのか」
「おうよ! 連中の口は塞いだってのに、いざ屋敷を燃やすって時に来やがって……そん時ゃ引くしか無かったってことだ。お前だろ? 火を消しやがったのは」
獣人がシェイリーンさんを見て凄む。
けど、シェイリーンさんも怯むことなく言葉を返す。
「それで、隠れて私たちを見てたって言うの?」
「見ちゃいねえさ。俺様には“これ”があるからな」
獣人は、そう言いながら自分の鼻を人差し指で示した。ニオイで覚えてるってことか。
それにしても、上がいる事とか自分がやったとかベラベラ喋るな、コイツ。なんなんだ?
クレイグも同じことを思ったみたいで、それを利用して話を聞き出す気のようだ。
死角から隙を窺うアーロンさんもクレイグの意図を感じ取って、待つ姿勢になる。
なんでも雇い主は、ネイビスの組織を育てて策をめぐらせ、真綿で首を絞めるようにじわじわオクタンス子爵領のキューズ近郊を弱体化させるのが目的だったそうだ。
最初の頃はネイビスも駒として動いていたけど、組織が大きくなるにつれてスキル結晶取引とか、独断で動くことが多くなって信頼を損ねたところに俺らが“崩壊”させた事件があって定時連絡が途絶えたんだと。
これは……俺のせいなのを、ベルナールに引っ張られて調査に行った『キューズの盾』がとばっちりを受けてるんじゃ……?
「二度目は?」
「四、五日前に仕込んだ女王蜂だ。アレを始末した中にテメエらもいたろ?」
アレもお前か!
「何の為に?」
「さぁな? あ、オクテュスを孤立させるとか言ってたな。あそこを蜂どもに封鎖させて、あと――どこだっけか? もう一方向の街道も潰せば“泣き付いてくる”しか無いとか何とか……」
「雇い主に、か?」
「おうよ」
領都を孤立させるだの、街道をもう一つ潰せばだの、聞いててもよく分からん。
領都からは東西南北、四方向に街道が出てるはずなのに、二つだけでいいのか? なんて不思議に思ってたけど、クレイグやアーロンさんの表情が一瞬だけ変わったから、二人には何か心当たりがあるみたいだ。
「その雇い主って、誰だ?」
平静に戻ったクレイグが“首謀者”を訊く。
死角のアーロンさんが真剣な眼差しになって剣を揺らす。もうすぐ“行く”気だ。パンツ一丁だけど……。ついでに言うと、おっさん三人組のケツは常に俺の視界の中にある。
「それは言わねえよ。雇い主に対する礼儀さ! とにかく、テメエらには仕事が二度も邪魔されて、俺様の立場を危うくした責任ってもんを取ってもらう。つまり、テメエらには消えてもらおうってことさ」
「ふっ……散々情報を洩らしておいて、僕達がそこから雇い主に辿り着くとは思わなかったのか? もしくは――」
場の空気が少しピリ付く。もうすぐ動きそうだ。
「――ここでお前が捕まるとか!」
クレイグの言葉が終わる前に、アーロンさんは動き出していた。
何をしたのか知らないけど、彼の剣が薄っすら緑色に光ってる!?
二歩三歩掛かる間合いを一足飛びで縮め、獣人の背中に向けて刺突のように剣を突き出す!
速い! さっき以上の踏み込みだ、これは入る!
確実だと思った瞬間――。
獣人は急に体を捻りながらしゃがみこんで、流れるような動きで低い回し蹴りを繰り出してアーロンさんの足を刈りにいった。
アーロンさんの剣が宙を突くと同時に、獣人の脚がアーロンさんの脛に!
「ぬっ?」
さすがの元Aランク、瞬間的に刈られる側の脚で地面を蹴って飛び上がる。
――でも、獣人の蹴りの方が少し早くて、躱しきる前にアーロンさんの足の甲に蹴りが炸裂。彼の足が跳ね上げられるのに合わせて脚も上体もグルンと回されてしまった。
アーロンさんはこのまま地面に転がっちまうだろうけど、攻撃に転じたのはアーロンさんだけじゃねえぞ!
俺だって獣人の気が逸れたら出るって決めてたんだ。
アーロンさんが出た瞬間からお前に向かってるってんだ!
獣人は、蹴り終わりの姿勢で、まだしゃがんだまま。しかも俺に背中を向けている。
【初級剣術】袈裟斬り!
アーロンさんがドサッと地面に落ちたと同時に、俺は獣人の背に片手剣を袈裟に振り下ろす!
「ふんっ!」
獣人は、それをも右に跳ねて剣をすれすれでスカす。
嘘だろ!? 完璧な状況だったのに!
だけど、俺らは――俺とマリア以外は場馴れした冒険者。
間髪入れずにクレイグの剣、フェイの矢、ティナの剣、裸男のシールド・バッシュ、シェイリーンさんの水の矢、体勢を立て直したアーロンさんの剣、もちろん俺の追撃も! 獣人に襲いかかる。
けど獣人は自在に体を動かして時には尻尾でもバランスを取って、俺らの攻撃をことごとく躱したり叩き落としたり跳ね返していく。それも口を開きながら!
「質問は……俺様が捕まるか――おっと! だっけ?」
途切れ途切れだけど、止むことなく口が動く。
「それはなぁ……この俺様が、テメエら人間……ごときに! やら――れる、ことが無え……からっ、だよ!!」
俺たちの攻撃が一矢も……一太刀も入らない……。
そして、獣人は躱すなかに、拳や蹴りも挟んできた。楽しそうに嗤いながら!
「俺、様はっ……テメエら、とはっ……出来が――違うん、だ……ってえの!」
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