禁忌だろうが何だろうが、魔物スキルを取り込んでやる!~社会から見捨てられ、裏社会から搾取された物乞い少年の(糞スキル付き)解放成り上がり譚~

柳生潤兵衛

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第1章.物乞いから冒険者へ

36.マリアが話してくれたんだ、俺も話さないと……

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 昼時を過ぎた中央広場は賑わっていた。
 決められた場所に出店している食べ物の屋台は、店じまいを始めているものもあったから、昼飯がまだだった俺らは急いで“染みパン”――煮込んでトロトロになった肉を、少しの煮汁付きで硬い黒パンスライスで挟んだ物――を買って日陰のベンチで食べる。

「…………」

 ここに来るまでも、ここに来てからも、マリアは押し黙っていた。
 「美味いな?」なんて話しかけても、小さく頷くだけで、小さな口でちょっとずつパンを食べるだけ。
 俺とはぐれていた間……あの娼館の前で、何かあったんだろう?
 話を聞いてやって励ましてやりたいけど、マリアが自分から話してくれるまでは普段の感じで隣にいとくか……。

「なあ、マリア? せっかく巻物を買ったんだ、練習してみねえか? 魔法」

 マリアが染みパンを食べ終わるのを待って、体内収納から巻物を一本取り出して現物を手渡しながら話しかける。
 彼女も受け取って、「魔法……」と呟いて膝の上でクルクルとそれをいじくりながら考え込む。

 あそこで何があったとしても、マリア……お前は今、冒険者なんだ。
 そして、“帝国”を出た時になりたいって言ってた魔法使いの第一歩が目の前でクルクル回ってるぞ?
 人生の底――いや、外だったか。そこにいた俺らが自分の力で道を拓けるまでになったんだ。
 今みたいに下を見てないで、前を向こうぜ!

 そんなことを心の中でマリアに語りかけていると、マリアが巻物を握り締めて顔をぐっと上げた。

「そうだねっ! わたし、魔法使いになるんだった! それが叶いそうなのに、何してるんだろ? 練習しなきゃだよ。レオ、手伝ってくれる?」

 ちょっと無理をしてる感じはするけど、顔は上げてくれた。

「おう! もちろんだ」


「『発火』!」

 ぽわ――フッ……。
 マリアが杖を蝋燭ろうそくの前に掲げて初歩の【初級火魔法】を唱えるけど――。
 出来た火は小さいし、芯に火が灯る前に風も無いのに消えてしまうし……。

「う~ん……上手くいかないわねぇ……」

 無事に取り込めた魔法を発動させようと、広場近くの冒険者ギルドの地下訓練場で練習してるんだけど、手こずっているマリア。
 それを見て『キューズの盾』のシェイリーンさんが腕を組んで首を捻っている。

 シェイリーンさんとはギルド内でたまたま会ったんだけど、俺らに付き合ってくれることになったんだ。
 なんでも、昨日の件の追加報告に彼女も同席させられて、さっき終わったばかりだったらしい。リーダーのクレイグは、一目散に宿へ寝に帰ったそうだ。傍から見てもお疲れの様子だったからな……。

「魔力は動かせるようになってきてるけど、循環させられてないわね……もっと魔力を流すことに集中してみて」

 人間には、肺っていう空気を吸ったり吐いたり? する臓器ってのがあるらしいけど、そこにくっ付くように魔力を取り込んで溜めて身体に送り出す魔臓っていう器官があるそうだ。
 そこから魔力を動かして、身体に循環させて、魔力を手に集めて魔法を発動させる。
 ほとんどの人が更に魔力を集約しやすいように、手から“杖”を通して魔法を発動させるんだって。

 マリアは魔臓から魔力を出すことは出来てるみたいだけど、それを“身体の中に循環させる”ってのが出来ていないらしい。魔力を手まで持っていけてない、ってことだな。

 シェイリーンさんの言葉に、マリアも頷いて試すけど……。
 何回繰り返しても蝋燭に火が着くことはなく、マリアは肩で息をするようになって、顔色も悪くなってきた。

「どうしたんだ、マリア? フラフラだぞ?」
「レオ君。マリアちゃんの魔臓が空になっちゃったみたい。今日はここまでにしないと明日からの任務に差し支えるわ」

 帰り際にここのスキル表示室にも行ってみようって話してたけど、取りやめてすぐに帰ることに。
 回復が早まるように、深く大きく呼吸するように助言をもらって、三人で宿に帰る。

 歩くのもつらそうなマリアは、オレが背負っていく。
 こんな時だけど、俺の腕で抱えるマリアの太ももがスベスベやわやわで……役得!
 服越しに背中に当たるマリアの……役得っ!!

 糞スキルは無いのに、前屈みにならないとヤバい状態の俺を見るシェイリーンさんの“若いっていいわね”っていう笑顔がね……。

 宿に帰って体調が戻った夕食の席でも、マリアは浮かない顔。
 魔法のことも気にしてるんだろうけど、やっぱり昼間の件が響いてるんじゃないかと思う……。
 食後、俺はマリアを俺の部屋に誘う。

 シェイリーンさんとティナさんの『あれあれ? もしかして?』ってときめいた様な反応に、「そんなんじゃない!」と言い聞かせてマリアと部屋に行く。
 俺らにそういう反応をしつつ、ティナさんは起きて来なかったクレイグの個室に行こうとしてるし……なんなんだよ。


「……で? 昼間、あそこで何があったんだ?」

 俺は小さな机とセットの椅子に後ろ向きで跨って、背もたれの天辺で腕を組んで顎を乗せた姿勢でマリアに問いかける。
 マリアは俺の向かい――手を伸ばせば触れるくらいの距離で一人用の寝台にちょこんと腰かけて、ももの上で指をモジモジさせてと白を切ろうとした。

「え? な、何も無かったよ?」
「そんな訳ねえだろ? マリアに何かあったってのはすぐに分かるって。何年一緒にいると思ってんだよ……」

 俺の思ってる事も筒抜けの可能性もあるけどな。
 ま、とにかく――。

「マリアが女の子だったってことも、ボロ小屋の連中に言わなかったくらい口は堅いんだ、俺は。嫌な事とか不安とか心配事があるんなら、俺に相談してくれ。俺は馬鹿だけど、マリアの助けになりたい。一緒に冒険する仲間なんだからよ」
「レオ……」

 本心からの言葉を掛けると、マリアも重い口を開いてくれた。
 前にも聞いた“帝国”に来る以前の、屋敷での事。
 その当事者の一人だっつう義理の姉ってのが、あそこの娼館にいたらしい。

「……で、自分がこうなったのにマリアが何で自由に外をほっつき歩いてんだ! って、言い掛かりを付けてきたと?」
「うん。貴女には関係ないって言い返したんだけど。それでも昔のイジメのことを思い出して頭から離れなくて……」
「そうだったのか……」

 その女がどう考えたかは知らねえけどさ……。
 マリアだってつい何か月か前まで――何年間もツライ思いをしてたし、もっと酷い目に遭うところだったんだ。
 何も知らねえで、マリアにあたり散らすのはお門違いだってーの!

 そんなことを考えてたら、自然と手が伸びてマリアの頭を撫でていた。

「マリアは強いよ、よく言い返したな」
「う、うん」

 マリアは辛いことを俺に話してくれた。
 過去を思い出して震えるくらいなのに、頑張って打ち明けてくれた。

 けど、俺はどうだ?
 自分の物心が付いてからのことは、ボロ小屋で話した。
 ボスの屋敷で魔物スキルを取り込んで、それを使って倒した事も話したし、スキル表示も見せた。

 ――でも! 肝心の【性欲常態化】のことは隠した。
 今でも隠したまま……。
 いくら結晶に出来て身体に支障が無くなったとはいえ、キング級のハイ・ゴブリンの件も……今日の迷子事件も元はと言えば俺のせいだ。
 俺が勝手に結晶を売り払えるかもって舞い上がって、マリアを引っ張り回した揚句、手まで離しちまったのが原因だ。

 それでいいのか?
 マリアには『一緒に冒険する仲間なんだから』って話させたくせに自分は隠し通すのか?
 …………。
 いや、正直に話すべきだ。今日、今、この場で打ち明けよう!

「マリア。俺もお前に言わなきゃいけないことがあるんだ。実は……俺、【性欲常態化】っていうクソ厄介なスキルを持ってて――いや、持ってるっつうか結晶な? いや、元々はゴブリンの【繁殖衝動】だったんだ、それが貯まって【性欲常態化】になったんだけど……この間のハイ・ゴブリン――――ん? マ、マリア……?」

 マリアの頭を撫でながら、返事も相槌も待たないで順番もぐちゃぐちゃに話してたんだけど……。

「すうぅ……すうぅ……」

 マリアがいつの間にか座ったまま眠ってる!?
 え? いつから寝てた?

 ……さ、さすがに今日は疲れたよな。心も体も。魔法の練習もしたし……。
 でも、ここ俺の部屋。
 部屋には一人用の寝台がひとつだけ……。
 部屋には、お、男と、お、女が一人ずつ……。
 ど……どうしよう! ゴクリッ。

 ☆

 その日の深夜、とある娼館の客室窓の鉄格子が破られ、獣人と一人の娼婦が姿を消した……。
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