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第1章.物乞いから冒険者へ
33.迷うマリアに声が掛かる
しおりを挟む領都の北側、北大通りから一本東に入った筋の魔道具屋さんで火魔法の巻物を買ったわたしは、レオとお店を出た。
筋を変えて色々なお店や屋台を見ながら歩いていると――。
「マリア、ちょっとあっちに行ってみよう!」
不意にレオがそう言って、わたしの手を握って細い路地に向かって走り出した。
「えっ? あ、ちょ……」
急なことに戸惑いながらも、わたしは遅れないようにレオに着いて行く。
確かレオは、スキルがどうのこうのって言ってたわね?
……それにしても、久し振りだなぁ。レオと手を繋ぐの。
レオは前ばかり見て路地を急ぐけど、わたしは嬉しさに口元が緩んでしまう……。
レオに手を引かれて抜けた路地の先は、北大通りから結構中に入った雑然とした通り。そこは屋台とか露店が入り混じった、ごちゃごちゃした場所。
大きいお店がある大通りから離れるほど人が増えている感じ。
通りの真ん中に出たレオは、わたしの手を握りながらキョロキョロと辺りを見回して耳を澄ましているみたい。
少しはわたしのことも見てくれてもいいのに……今日はレオと二人でいられるから、いつもより丁寧に髪を編み込んでるんだよ?
「スキルあるよー。買うよー」
あっ、聞こえた!
教えてあげようとしたら、レオにも聞こえていたみたいで彼の視線は一か所に向いている。
そして、わたしに目を合わせて合図をすると、繋いでいる手にも力が入ってその声の方へズンズンと歩いて行く。
道に出ている屋台とか露店の裏に回り込んで建物沿いを歩くのだけど、そこも人通りが多くて気を付けていてもすれ違う人と身体が当たってしまう。
当たった人が舌打ちする音が聞こえてくるけど、仕方ないじゃない……狭いんだもの。
レオが一つの建物の前で止まった。
そこは四階建ての集合住居で、その端っこにある小さな入り口。
レオの陰から覗くと、深くフードを被った人が段差に座って入り口を塞いでいた。
レオとその人は、私にも聞こえ難いくらいの声で話していたけど――。
えっ?
レオがいきなり私の手を離して、両手でごそごそと腰のかばんを漁りだしちゃった。
「あっ……え? あっ!」
私たちを追い越して行こうとする人が、立ち止まっていて邪魔になるわたしの肩を引っ張って身体が動いちゃった所に、向かって来る人も当たってきて――。
レオと反対を向いちゃって、そこにまた人が当たってきて押し流される様にレオと離れて行っちゃう。
「あ、あれ? ちょ、ちょっと! 戻りたいんですけど……」
「チッ。さっさと進んでくれ、嬢ちゃん! こっちは時間がねえんだ!」
「そんなこと言われても……あっ、また!」
流れに逆らおうとしても、後ろを歩く人から押されて振り返る事も無理。
とにかくリュックを盗られないように、肩ベルトをしっかり握っておくことしか出来ない。
杖を持っていればそれを支えにして踏ん張れたり身体を入れ替えたりできるのに、今日はレオの収納に預けてしまってる。
ただただ揉みくちゃにされて、あれよあれよという間にレオと離れた方向に進んでしまう。
そこに横から急に出てきた人がいて、それに当たって目が回ってよろめいちゃった。その間もどんどん背中を押されて奥に奥に追いやられて行く……。
「はぁっ、はぁ……。ふぅー、な、何とか抜け出せたみたい……あっ、もぉ~せっかく編んだのに」
しばらく流されているうちに広い場所に出たようで、ようやく脱出できた頃には、リュックは無事だったけど、息も切れて髪も結い目が解けてしまっていた。
息を整えながら乱れちゃった髪を解いて、手櫛で慣らして紐で一本結びにする。
あ~あぁ、綺麗に編めてたのになぁ……。
「とにかく、レオの所に戻らなくちゃ!」
ガッカリしてる場合じゃないと気を取り直して、辺りを見回す。
まず、ここ。ここは広場みたいになっている。
大きさは中央広場には全然及ばないけど、真ん中には小さな噴水がある円い広場で、流れる水が空から差し込む光をキラキラと反射させていた。
そこを背負子姿の荷運び人が忙しそうに歩き、遊び人みたいな人や堅い身形にフードを被って顔を隠した男の人が行き交っている。
次は自分が流されてきた路地を振り返る。
大人ひとりでいっぱいになってしまうくらいの幅しかないし、こちらに向かってくる人が絶えなくて戻れなそう。
それに、この路地の両側には、大柄な男の人が二人。槍を持って立っていた。
そして、もう一度広場に向き直って前を見る。
広場で交わるように、数人がゆったり行き交えるくらいの広さの道が三本――前と左右に――建物の間を通るように伸びている。
正面の道の奥には、ずらりと防壁が見えるから……もしかして領都の端っこまで来ちゃってたってこと?
それに、道には屋台とか露店は無くて、商業街じゃ無いみたい。
三本の道とも、その道の空を覆うように両側の建物から色とりどりの布が渡されていて、まだ昼間なのに日差しが和らげられて薄暗くなっている。
それに……通りからお化粧粉とかお香のような匂いが漂ってきていて。
この匂いには覚えがある。
ちょっと嫌な予感……。
ここって、もしかして……娼館街?
帝国のお姉さん達がさせられていたって言う性の仕事……の場所。
女の人が知らない男の人と……。
この建物全部がそういう場所?!
通りにいる人も、みんな男の人だし……。
た、大変なところに迷い込んじゃった!?
血の気が引く感じがして、慌てて路地の方に行って、怖いけど槍を持って立っている男の人に話しかける。
わたしが寄っただけで、その人達がひと睨みしてきた。
「ま、間違って入って来ちゃったので、この路地から戻ってもいいですか?」
「はあ? 間違っただぁ? てっきり身売りに来たのかと思ったぜ」
ニヤリと値踏みするようにわたしを見るその目に、半歩後退ってしまう。
「まあいい。残念だが、ここは片道通行で、出て行くことは出来ねえ。迷い込んだっつうんなら、右側の道を真っ直ぐ行けば東大通りに繋がる道に出られるぞ」
「え……あ、ありがとうございます……」
東大通り? レオとわたしは北大通りから来たのに……。
でも、ここから出るには仕方ないか。宿に帰ればレオも戻ってくると思うし、行こう。
わたしは急ぎ足で広場右の通りに入る。
空は赤とか黄色、緑や紫色の布が覆っていて妖しい明かりになって揺らめいている上、両側の建物もお店や住居とも違う。
建物は三階建てで、一階は通りに面した壁が無くて、代わりに木の格子の飾り窓? になっている。
そしてその内側では、お昼なのに女の人が薄着で立ったり椅子に艶めかしく座ったりして格子の間から通りの男の人に声を掛けている。
男の人も、格子越しに女の人を見たり話したりしながら“相手”を選んでいる。
わたしは、とにかくその光景を見ないように前だけを見て、道の真ん中をそそくさと歩いて行く。
レオも“そういう気”になってたのかな?
帝国のボスを捕まえた時から、男の人の大事なところがおかしかったし……。
わたしに、じゃなくて誰にでも“ああなる”のかな?
シェイリーンさんとそういう話になって相談しても、「若いっていいわね」とか「待ってるだけじゃ駄目よ」ってくすくす笑いながら言うだけだし……。
なんて、取り留めも無く考えながら歩いて、娼館街の出口まであと半分くらいに差し掛かったところで――。
「マリア!? もしかして、マリアじゃない?」
女の人の声が建物の上の方から飛んできた。
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