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第1章.物乞いから冒険者へ

23.スキル結晶を見せたら、余計大騒ぎになるし……

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 婆さんのこぶしに恐れおののいた件はさておき――。

 魔石の色と残存魔力の関係に俺とマリアが納得すると、向かいに座るベルナールの表情がまた硬くなる。

「――でだ! この魔石には、もっとおかしなこと・・・・・・がある」

 おっさんはそう言って、魔石を婆さんも見てみろと渡す。
 俺は、それが何なのか分からなくて緊張する。隣のマリアも俺にくっ付いてきて服の裾を掴んでくる。

「こりゃあ、変だねえ?」

 さっきのベルナールみたいに、魔石を壁や窓にかざして見ていた婆さんも言ってくる。
 それでも分からんっていう顔をする俺とマリアに、おっさんが口を開く。

「そうだ。層が無えんだ」
「そう?」「そう……」
「層だ、層。ん~っと……年輪って言やあ分かりやすいか?」

 おっさんが教えてくれるには、“強い魔物”や“種の上位の魔物”の魔石には層があるそう。
 詳しくは分かっていないらしいけど、一説には魔石が魔物の体内で大きくなる時の痕跡じゃないかということだ。

「普通、この大きさの魔石だったら三層から四層の痕跡が有るモンなんだが……これには小さい痕跡一つしか無い」
「そうだねえ」

 層があると、光の屈折? があって綺麗だから、余計に価値が上がるらしい。
 あれか? ゴブリンが一気にハイゴブリンになったからか?
 と言うことはだ……この魔石は、魔力が入ってないし、層も少ないから――。

「安物……ってことか?」
「「――っ!!」」

 俺ががっかり気味に訊くと、おっさんも婆さんも、目を見開いてテーブルを勢いよく叩いて腰を浮かしてきた。

「そ「んな訳あるか!」いっ!!」
「うおっ!」「きゃっ!」

「この大きさだ。器が空ってだけで、込められる魔力の量は半端じゃねえ!」
「そうだそうだ。それなりの値はつくさね」
「お、おう……」

 結局、俺とマリア――主にマリアの言い分が通って、俺らは『“何かしらの事情”で魔力枯渇状態のハイゴブリンに出くわして、辛うじて勝った』ってことに落ち着いた。
 それでも、ガキ二人がハイゴブリンを倒すなんて、異常だっても言われたけどな。

 ほ、本当のことは絶対に言えない! 言えねえって……。
 おっさんと婆さんには、『ふたりの指導の賜物』だって、何回も何回も礼を言った。

 簡易的な結論が出て、「明日にでも調査に行った方がいいな」「そうなんですか?」なんて言いながら、みんなでお茶を飲んでいると――。

「もし良ければ、コイツのスキル結晶を見せちゃあくれねえか?」

 おっさんが、興味津々って感じで訊いてきた。

 ドキーッ!

 み、見せられねえって……。どうしよう?!
 俺が動揺していると、婆さんが助け舟を出してくれた。

「ベルナール……いくらギルドマスターっていっても、冒険者の成果物を見せろってのは不躾ぶしつけだよ」

 ああ助かった。
 ――と思ったのも束の間。婆さんの目がキラリと俺を見つめて、口から逆の言葉が飛び出した。

「でも今回に限っては、普段出るはずの無い魔物が出たんだ、理由を調べる為にも必要だろうね。レオ、見せてくれるかい?」
「え……?」

 嘘だろ……。
 ヤバいんじゃね? 

 そんなことお構いなしにベルナールとフレーニ婆さんは、うんうん頷きながら目を輝かせてじりじりと顔を近づけてくる。

 ますます俺が動揺して、ティーカップをブルブル震わせてお茶をこぼしていると、マリアが「どうしたの、見せましょ?」と俺の腕に掌を当てて言ってくる。
 俺が隠してるから、マリアも事情をよく知らないからな……。

 でも、マリアの温もりを感じて少し落ち着けた(一部はムズムズと落ち着かなくなったけど……)。
 覚悟を決めて? てか、諦めて? 腰袋から出したように装って、スキル結晶を取り出して、一個一個おっさんに渡す。
 死体から取り出し忘れたことにしたかった!

「おう。どれどれぇ、【攻撃衝動】。【自然回復】、うん。【呼吸】。【姿勢制御】ね……ここまではゴブリンでも持ってる駄スキルだな。次!」
「こ、こここれで最後だ」
「はっ? 五つしか無かったってか?」

 おっさんの指摘に心臓をバクバクさせながら、(もう成るように成れ!)と最後の糞スキルを渡す。
 血を拭いた布にくるんだまま!

 ベルナールは左手に納まった布を、右手でめくって開けて行く。

「厳重だな……はああっ?! せっ、【性欲常態化】だとお!?」
「――ひぃ!」
「ちょっ、おっさん!」

 スキル結晶を見たおっさんは、隣に座る婆さんごとソファをひっくり返すような勢いで跳び上がった。

 今さら何を驚くってんだ?
 ハイゴブリンの結晶だって分かってんだから、レアスキルに決まってるだろうに……。

「なんだよ、いきなり! びっくりするじゃねえか!? なあ、マリア」
「う、うん……」

 マリアなんか、驚いて俺に飛びついてきたんだから。
 うん。全然悪い気がしない。むしろ、もっと来てくれ。

「こ、これを持ってるってこたぁ、ラティング・ゴブリンってことじゃねえかっ!!」
「ええっ!? ラティングだって??」

 おっさんの叫びを聞いた婆さんも、目を見開いて腰を浮かす。細眼鏡なんかずり落ちちまっている。

「らてん? なんだそりゃ?」

 俺は意味が分かんなくて、マリアを見ても彼女も分かんないようだった。
 そんな俺らを見て、ベルナールは手をワナワナ震わせて唾を飛ばす勢いで訴えかけてくる。

「“発情”してるってことだ! 発情!」

 た、確かにそそり立たせてたけど……。

「それが?」
「それがじゃねえ! コイツは……このハイゴブリンは、常に繁殖のことしか頭に無え状態、つまり最も理性の無い状態になってたって事だ」
「お」
「――こんな状態のハイゴブリンはゴブリンのメスはもちろんあらゆる種族のメスしか見ない。見ないって言うかメスを求めて止まない。メス以外の生き物は繁殖のライバルであり排除すべき敵として殲滅せんめつして回る習性がある」
「マジk」
「――つまりラティング・ゴブリンが一体発生するだけで人間はもちろん他の種族の生息域が全て壊滅させられるってことだ。そういう訳でラティング・ゴブリンはハイゴブリンでありながら危険度は最上位のキングゴブリン種に近いとされているんだ。今回のコイツはレオの言うことを信じれば五つしかスキルが無くその内の四つは駄スキルだった。こんなことがあり得るのかとも思うがハッキリ言って幸運以外の何ものでもねえぞっ!! すぅ~~~~」

 お、おっさんが息つく間もなく、俺が内容に口を挟むことも許さずに捲くし立て終えると、一気に空気を吸い込んだ。

「――こりゃあいかん、明日まで待ってられねえ! 死体はまだあるんだろ? 今から調査に行ってくる!! 」

 ガンッって【性欲常態化】の結晶をテーブルに叩きつけるように置いて、おっさんは上着を持って部屋から飛び出して行った……。

 俺とマリアだけでなく婆さんもポカンと呆気に取られて、その後ろ姿をただただ見送る。

 いや……俺の所為なんだけどな……ホント。
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