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第1章.物乞いから冒険者へ
18.最後まで糞スキルだな、おい!
しおりを挟む俺とマリアは二日で訓練を終えた。
まあ、武器や防具を身につけた状態の重さに慣れるのと、その状態での動きの確認だったからな。
俺は意地で慣れたけど、マリアも俺に付き合って頑張ってた。
【瞬間回復】は、怪我や傷痕は直すけど、体力が一瞬で回復するわけじゃないから、大変だったと思う。
「最初は薬の素材の採取依頼だね」
フレーニ婆さんが言い捨てる。
「草…………」
耐えろ、俺。
冒険者らしく魔物を倒したいのと、一刻も早くこの糞スキルから解放されたいのに……。
いや、待て。
どうせ外には魔物がうろついてるんだ。草の生えてるとこにもいるだろ。
魔物に遭遇して戦わないなんてありえない、そのチャンスを待つんだ、俺!
「特別にアタシが連れてってあげるから、安心しな」
ババアがついてくるのかよ!!
怪しいとは思ってたんだ。
服装が制服じゃなくて細身のズボンにブーツでローブ姿だったし、細眼鏡まで外してるし、腰が伸びてやがるし……。
ぐぬぬ~……やる気出してんじゃねえ、ババア!
今回は南北にある門のうち、北側の門から外に出る。
冒険者証と見習い証っていう身分証があるとはいえ、通る時は少し緊張したぜ。
北門の外は、人や馬車が往来する街道以外は疎らに低木が散在する草原地帯。
「や、やるじゃねえか、バ――フレーニさんよぉ」
「凄いです、フレーニさん!」
街道を少し進むと、右っ側に小さな林があり、その奥に薬の素材になる薬草の自生地ってのがある。
街道を外れたら魔物がぽつぽつといたんだけど、全部婆さんが倒しやがる。拳で!
憎っくきゴブリンもいたから、俺にもやらせろって文句を言いたかったけど、あの撲殺シーンを見せられたら何も言えないって……。
「ぶ、武器は使わねえのか……ですか?」
「なんだいその聞き方は?」
「いや、なんで殴るのかな? って」
聞けば、婆さんは武器なんてまどろっこしい物を持たずに戦う拳闘士だったらしい。
マジかよ……そんなの聞いてねえって!
昔は殴打に特化した籠手を着けてたらしいけど、この辺りの魔物には素手でもお釣りがくるってよ……。
最盛期は、拳での殴り合いに限っては男女問わず最強だったそうだ。
魔物の紫っぽい血を拭って、俺らにシャキーンって拳を見せてくる。
「そ……」
そんな拳で俺にゲンコツを落としてたのかよ!
死んでもおかしくなかったんじゃねえか、俺? マジで。
そんな事実に冷や汗を流しながら、マリアと薬草を採取して戻る。
「依頼分以上は採るんじゃないよ? 将来、自分で使う分を採るにしても採り過ぎは駄目だ」
ここを枯らしてしまうと、もっと遠くて危険な場所に行かなくちゃなんなくなるって。
婆さんとベルナールが交互に付き添って、遠足みたいな採取依頼や町の壁際に張り付いたスライムの除去依頼をこなすこと一週間。
遂に俺とマリアだけで外に行く許しが出た!
やっとだぜぇ!
なんでも、キューズの町で俺らみたいな十二歳ギリギリから冒険者になる奴は本当に珍しくて、更にネイビスの件で余計に神経を使ってくれたらしい。
スライム退治の時はもちろん、薬草採取の時にもたまにゴブリンと戦わせてもらったけど、ずっと見守りの視線があったから【スキル譲渡】する隙が無かったんだよ……。
「過保護だったかもしれないけどさ。おかげでこの町の周辺では、やっていける力も知識もついたはずさ。頑張りなよ」
「おうよ! 二人とも油断さえしなけりゃ、一つ上のEランクの依頼なんぞ楽勝でこなせるようになってるぞ! まあ、頑張れや」
朝早くにもかかわらず、フレーニ婆さんとベルナールが受付の向こうから見送ってくれる。
よし。……よし、よしっ! よぉーし!!
ようやくこの時が来たぜ!
林の奥での薬草採取の依頼を、俺とマリアで二つ受けた。
あとは、マリアの目を盗んでゴブリンにスキルを突き返すのみ!
ゴブリンの糞スキルはゴブリンに!
そしてぶっ飛ばす!!
完璧な作戦だ……。
「レオ? 何か変なことを考えてないでしょうね?」
ギクッ!
「か、考える訳ないだろ?! け、怪我しないでああ……安全に依頼をこ、こなすことだけ考えてたんだよ」
「そう?」
「あ、当たり前だろ? 二人で協力して頑張ろうな、マリア」
マリアが手強いけど、いざ出発だ!!
いたいた!
街道を林側に下りて、中間あたりまで来たところで魔物発見。
ベルナールや婆さんから教わったし、資料の魔物分布でも、このキューズの近郊――特に今の俺らの行動範囲には、スライムだのゴブリンだのホーン・ラビットといった小型の魔物が多い。
もちろんフォレスト・ウルフやボア、ヴィラン・ディアっていう中型の魔物もいるけど、強さ的にそれほどではないらしい。
俺に身についたスキルは、ほとんどがコイツらの結晶からだ。
腰くらいまである草が揺れる奥にホーン・ラビット。
ちょこまか動くけど、攻撃は正面でだけ。一本角を刺そうとしてくる。
マリアと目配せをし、二人でちょっと間隔を開けて並んで進む。
俺が腕に装着した小盾をゴンゴン鳴らして注意を惹き、俺に突っ込んできたところをマリアが杖を打ち据えたり、盾で角を受けた俺が剣で仕留めるってな具合で倒す。
「レオ! それ違う草だよ?」
「え? あ、ごめんごめん」
「……もう、間違うの今日何回目?」
薬草の自生地に入った俺は、採取よりも糞ゴブリン探しに頭がいってて、何回も違う草を採りかけてしまう。
だって、マリアと向き合ったり隣り合わせで採集しようとすると、どうしてもマリアに目が行っちまって……。
シャツから覗く胸元とか首筋とか仄かな匂いとか……誘惑が多すぎる!
だから、なるべく糞ゴブリンのことを考えて、姿も探しちまってたんだ。
――あっ!! あの灰色がかった緑の体は……見つけた!
自生地から少し離れてて、林――それも何本かの木の奥に……一体だけ?
ゴブリンは複数でうろつく習性だって習ったし、実際ベルナールとかと一緒の時は二、三体で行動してたけど、これはハグレか?
でも、チャンスなのは間違いない!
俺らの周りには、いま他の魔物はいない。ここは俺一人でこっそり、内密に、事を片付けよう……。
「ちょっと林で用を足してくる。林は俺が警戒するから、反対側はマリアが自分で警戒しててくれな?」
「わかった」
よし。さりげなくマリアの視線を反対方向に誘導できた。
サクッと移してサクッと倒して……いよいよ糞スキルともおさらばだっ!
何気ない風を装い、けど、万に一つもゴブリンの姿をマリアの視界に入れないように、俺の体で隠しつつ林に向かう。
よし! マリアはちゃんと反対を向いているな。
ゴブリンも、ちょうど木の陰に入って、木の皮を剥ぐのに夢中になってる。
奇襲ってか、不意打ちのチャンス!
俺は【忍び足】から進化した【隠匿】を使って、遠回りにゴブリンの背後に忍び寄る。確か……フォレスト・ウルフが良くやる手だったな。
よし。もう目の前。真後ろについた。
木の皮で作った腰蓑姿で俺よりひと回り小さいくらい、マリアと同じくらいか? まあいい、いくぞ!
せーのっ!
「ギギェエエッ!」
ゴブリンの後頭部を手の平で押さえつけて、目一杯の力で顔面を木に打ち付けつつ……【性欲常態化】を【スキル譲渡】っ!!
地獄のような一か月半が頭を過ったし、念願の解放が叶うっていうチャンスに手が震えてた。
でも……手応えアリッ!!
ゴブリンは顔面ごと木にブチ当たり、木に張り付く格好。
あとは、一旦距離を取って、ガラ空きの背中に剣をブッ刺すのみ!
サッと飛び退いて剣を構える。
狙うは背な――えっ?! な、なんだ?
メキメキッ……ミチ……ミチミチミチッ!
おいおいおいおい!
ゴ、ゴブリンが……デカく、ぶ厚くなっていく!
背中の筋肉がミチミチと音を立てながらデッカく、腕も脚も首も! 太くなってる!
背だってミシミシ鳴りながら伸びていく……。
――ヤバいっ!
直感でそう感じた俺は、慌てて片手剣を両手で握り締めて、ゴブリンの背中――心臓目がけて突き上げるように飛び込む。
「なっ?!」
「ゴァ?」
剣が刺さらない?
いや、刺さった……けど先っちょだけ。浅すぎる!
その瞬間、巨大化したゴブリンの右手が、まるで背中の虫を払うみたいにスナップを利かせて迫ってきた。
「うおっ!」
間一髪飛び退いて、すぐさま剣を構え直す。
ゴブリンも俺に振り返る。
ゴブリンは俺の倍、デブ双子やベルナールくらいになりやがった!
上半身がデカく厚くなって、その割に脚は短い。
でも何より……。
ゴブリンのアソコがっ――!!
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