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第1章.物乞いから冒険者へ

9.冒険者ギルドへ!

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 昼過ぎになってから、俺たちは冒険者ギルドに向かう。
 建物自体は見慣れているので、すぐに辿り着いた。

「こうして改めて見ると、そこそこデカイなぁ」
「うん。……中はどうなってるのかな? 緊張するね」
「お、おう。大丈夫、俺がついてる」

 小さくて四角い石が敷き詰められた歩道から、その建物を見上げる。
 石の柱に木の壁、建物中央にある大きな木製の扉の上には、冒険者ギルド・キューズ支部を示す横長の看板が掲げられている三階建ての建物。
 俺らの誰かがいつも座って物乞いしていた場所に、今日は誰もいない。
 これからも……。

 人通りはそんなに多くないけど、肩まで腕まくりして斧を背負った大男や、杖を持ったローブ姿の奴、鎧姿や大荷物を背負った奴が出入りしている。

 マリアが俺の手にそっと触って、「まだ屋敷にいるみんなの為にも、頑張ろうね」と言ってくる。
 俺はおっきく頷いて、マリアの手を取って中に向けて足を踏み出す。

「――ッ!?」

 扉をくぐった途端、ガヤガヤと騒がしくなる。

「うわぁ、見てレオ! お昼なのに、まだ中にこんなにいっぱいいたんだ……外からだと全然気付かなかったぁ」

 入り口に立って右側、背の高いテーブルが幾つか並んであって、数人ずつ固まって何やら話し込んでいる。その奥の壁には、歯抜けみたいにぽつぽつと張り紙がある掲示板が並んでいて、色んな恰好をした奴らが肩が触れるくらい群がっている。
 その人集りの「邪魔だ」「どけ」「それは俺らの依頼だ」、そんな感じの言い合いが結構な音量になっていた。

「だなぁ! うるせえな……こんなに騒がしいのに、なんで外に漏れてなかったんだ?」

 俺もマリアも自然と大声になっていたけど、くっついて顔を寄せ合うことで少しは普通に話せるようになる。
 俺の下半身は(余計に)異常になるけど……。きちぃー!

「たぶん魔道具だと思う」
「まどうぐ?」

 俺の知らない言葉に、目だけは周囲を見回しながらマリアに聞き返す。
 入り口より左側は、大人の腰丈の間仕切り壁に囲われた、二十人くらいでいっぱいになるような酒場になっていて、昼からテーブルが二つ三つ埋まっている。

「うん。小さい時、家でも『防音』とか『着火』『照明』とかの道具を使っていたのを見てたから……」

 あ……マリアに昔のことを思い出させちまったかな?

 ――ドンッ!
「うぉ!」「きゃっ!」

 マリアに悪いな、なんて考えていたら、後ろからブヨブヨな物にぶつかられた衝撃がきて、マリア諸共前に弾かれた。
 でも、弾かれながらもマリアを抱き止めて、一歩で体勢を立て直す。

 なんだっけ? ……あ、【自在制御】。すげえ役に立つ。
 それはともかく、ぶつかってきた“物”にキッと目を向ける。

「ああ゛?」

 二つ並んだ肉の壁――じゃない、二人並んだデブだった。上半身裸の三十近い丸々太ったおっさん。
 でっぷりと出た腹と俺の倍はある身長に、二人併せて同じくらいになる横幅。背中に背負った棍棒や肩当て胸当てが二人で左右対称に装備されている真四角の肉壁。
 顔は同じだけど、頭の天辺にだけ生やした長い青髪を編み込んで垂らしてるデブと、赤い鶏冠とさか頭のデブが俺たちをギロリと見下ろしてきた。

「入り口で突っ立ってんじゃねえ!」「邪魔だ、ガキがっ!」

 同時に怒鳴られるが、こいつ等、どこかで見たことあるような、ないような。
 思い出せないな……。

「聞いてんのかこの野郎!」「潰されてえのかこの野郎!」

 二人揃って凄んでくる肉――デブに、マリアが眉を下げた不安そうな顔で「レオ!?」と、俺の袖を引く。
 ああ、そうだな。
 用を済ませたら冒険者になろうって時に、問題を起こさない方がいいな。

わりいな」

 俺がマリアを隠すように背にまわしつつデブに道を譲ると、デブ共は「ふんっ!」を鼻を鳴らして通って行く。
 その時に肉の一人が肘を張って俺の頭を突こうとしてきたんで、スッと上体を反らせてかわす。
 すかされた格好のデブは、不思議そうに首を傾げて俺を一瞥して、人集りを押し退けながら掲示板の方に行った。

「“ボス”より大きかったね?」
「デブだからな。でも、ボスの方が……いや、手下でも五、六人はあれより強かっただろうな」
「そうなんだ。解かるの?」
「なんとなくな。さっ、それよりも向こうに行って、報告を済ませようぜ!」

 俺は入り口から向かって正面、酒場や掲示板よりもさらに奥、一面に並ぶカウンターを指差して、マリアの手を取って進む。

 カウンターには、衝立てで区切られた窓口――職員がいる窓口――が二つ開いていて、それぞれに行列が出来ていた。
 その列に並ぶ。


「待たせたね。 ――って、んん? どうしたんだい、坊や? 依頼をしに来たのかい?」

 順番が来て進んだカウンターの向こうには、俺より少し背が高いって程度まで縮んだんだろう、腰の曲がった細眼鏡婆さんがいた。
 婆さんの物言いには少しムカッと来たけど、我慢我慢。
 俺の身長ではちょっと高いカウンターに無理矢理ひじを乗せて話し掛ける。

「『帝国』の件で、話しがある」
「帝国?」

 婆さんは首を傾げながら聞き返してきた。
 知らないのか?

「『アンブラ』と、その頭目のネイビスの件です」

 俺の背中から、マリアが補足するように付け加え、更に屋敷から持ち出した数枚の“ヤバい仕事の依頼書”を差し出す。

 ア、アンブラのネイビス?
 俺は、後ろのマリアに振り返ると、彼女の口が『ボ』『ス』と動いてピンと来た。
 ボスの野郎、ネイビスって名前だったのか……初めて知ったぜ。

 マリアの言葉と依頼書を見た婆さんの顔色が変わり、早口で「ちょっとそっちに移って待ってなっ」と、少し離れた別の窓口を指した。
 受付の仕事も他の奴と交代し、婆さんは入り口からは酒場の陰になっていて見えなかった階段を上って行った。

 ババアなのに、思ったよりも軽快な動きだった。

 しばらくすると、婆さんが下りてきて階段のところで俺らを手招きした。

「なんだ?」
「ついてきな」
「はあ?」
「坊や達は、ネイビスの組織のことを話しに来たんだろ?」
「あ、ああ」
「“下”だと、誰が聞き耳立ててるか分からないからねぇ。“上”でゆっくり聞くよ。ついてきな」
「……分かった」

 腰が曲がって、突き出された婆さんの尻をかわしつつ、後に続いて階段を上る。
 お? 流石にゴブリンのクソスキルも婆さんのケツには反応しないな。

 婆さんの先導で三階まで上がり、突き当たりの部屋にノックして入っていく。

「連れてきたよ。この坊や達だ」

 婆さんが横に逸れて、見えたのはデカイ机に就いているデカイ男。
 炎のように逆立った茶髪に、これまた逆立った濃いまゆ毛。
 目は大きく鋭く爛々と輝いていて、モミアゲの太い大男。

 おいおいおいおいっ!!
 ボスより悪そうな顔の奴が出たぞぉっ!
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