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第1章.物乞いから冒険者へ
5.我慢の限界、ボスとの対峙
しおりを挟むそして今、マリクの秘密を知ってから一年。
俺が十二歳半、マリクがあと三カ月くらいで十二歳になろうかって頃。
俺とマリクがいつものように街で物乞いをしていると、マリクが額に汗を浮かべて苦しそうに顔を歪めていた。
血の気の引いた真っ青な顔色。こんなマリクは今まで見たことが無かった。
「おい、マリク、顔が青いぞ。どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「レオ。大丈夫だよ。お腹が痛いだけだから……」
マリクは苦しそうにしながらも物乞いを続けるしかなく、夕方になってようやく、銅貨とスキルと俺たちを回収する為に手下どもが迎えにくる。
馬車の荷台に揺られて帝国に戻ると、森を抜けたすぐ先でボスが待ち構えていた。
「マリクがいるだろ」
「へい、ボス!」
マリクを名指しされたことに、嫌な予感がする……。
そのマリクは、荷台の上で体を縮めて小刻みに震えていた。
「マリク以外のガキ共は、全員ここで降ろせ」
「へ、へいっ!」
俺たちはボスの一声で、荷台に同乗していた手下たちから投げ落とされたり蹴り落とされてしまった。
空いた荷台にはボスが飛び乗り、馬を動かすように指示を出す。
「おっ、おい! マリクをどうする気だ!! マリクは今日、具合が悪いんだぞ!?」
地面にひっくり返っていた俺は、急いで立ち上がって声を張り上げた。
でも、ボスは振り返ることもせず、代わりに手下の鞭が飛んできて俺はまた地面に叩きつけられてしまう。
馬車は屋敷に向かって進む。
マリクが荷台から身を乗り出して俺の名を叫んで手を伸ばしてきたけど、それもボスが髪の毛を引っ張って組み伏せてしまい姿が見えなくなってしまった。
『何があろうと、マリク(マリア)を守る』
俺は訳が分からず、ただマリクを守るべくボスを追おうとしたけど、残った手下共に羽交い絞めにされて、ボロ小屋に押し込まれてしまった。
扉も鎖で封じられてしまい、体当たりでぶち破ろうとしてもびくともしない。
「くそっ! なんでだよ……なんでマリクだけ連れて行かれたんだっ! くそぉっ!」
俺が一人で暴れていると、最近帝国に連れて来られた同小屋の子どもがおずおずと口を開いた。
「あ、あの……レオさん」
「あ?! なんだ?」
「ひっ! な、なんでもないです」
六歳くらいの小さいガキで、確かマリクも面倒を見ていたチルだ。
チルに声を荒げてしまって、ビビらせてしまったことで我に返る。他の連中も俺から距離を取っていた。
ここで喚いていても何も分からないし解決しない。
……冷静にならねえと。
「悪りぃ、チル。マリクが心配で、お前に怒鳴っちまった……すまん」
「ううん、いいの。僕もマリクお兄ちゃんが心配だから」
「そうか……。で、なにか言うことがあったのか?」
「うん。今日ね、朝、――――」
マリクは朝から具合が悪そうだったという。
チルはそれに気付いて心配でマリクを見ていたら、マリクが街で“仕事”をさせられている女だけの小屋に行ったのを見たそうだ。
「いつもは近付かない小屋だったから……もしかして何か関係あるかも」
「――っ! 偉いぞチル! よく教えてくれたな」
俺はチルを褒めつつ、扉から出るのを諦めて、そこかしこにある壁板の腐りかけている部分をぶっ壊して外に這い出る。
周囲に手下どもはいなかったけど、それでも周りを窺いつつ、その女達の小屋へ急いだ。
ボロ小屋と同じように開いている壁板の隙間から中に声を掛ける。中からは香水? みたいな良い匂いが漂ってきている。
「おい! 聞こえるか? さっきマリクが屋敷に連れて行かれたんだ! 何か知ってる奴、いないか?! 頼む、助けてくれっ」
不意の俺の声に、中からは驚きと怯えの声が漏れてきた。
けど、形振り構っていられない。
俺はマリクと同じ小屋のレオだということ。
そしてマリクの秘密……性別を知っていることを伝える。
すると、中の女から小さな声で返事があり、マリクの具合が悪い理由を教えてくれた。
大人への変化を迎えているらしい……。
女達は朝、マリクにどうすればいいのかアドバイスをしたそうだ。
そして、それがどこからかボスに伝わってしまったのかも、と。
嫌な予感が増した俺は、中の女に礼を言い、屋敷にひた走る。
一つの言葉を心の中で繰り返しながら。
『何があろうと、マリク(マリア)を守る』
いつもは屋敷の外に見張りの手下どもがいるはずだし、そろそろ女たちを仕事に行かせる準備だって始まる頃合いなのに、外には誰もいなかった。
おかげで、俺はすんなりと屋敷に辿り着く。
入り口の扉は、男どもの雑な扱いで歪んで閉まらなくなっているみたいで、隙間があってそこから中を覗く。
中は、街にあるような酒場みたいに改造されていて、周りの壁沿いには銅貨を詰めた酒樽とスキル結晶を入れてある壺が何十個も積み重ねられている。
“駄スキル”は魔物を倒せば手に入る上に、魔物は湧き続けるから数が増え続けて年々値が下がり、今では壺単位の取引になっていて、壺ひとつで銀貨になるかどうからしいってマリクが言ってたな。
中央にはテーブルと丸イスが並び、十数人の手下どもが奥を向いて座っている背中が見える。
その視線の先には、自分だけ背もたれ付きの椅子に座って、テーブルに足を乗せてふんぞり返っている色黒の大男――ボスがいた。
それに、マリク。
シャツを剥ぎ取られ、胸に巻いた布だけの状態で、彼女は身を守るように腕を胸の前で組んでいる。
俺は思わず中に飛び込みそうになるけど、堪える。
とにかく状況確認だ。
「後ろを向け。俺に背中の傷を見せてみろ」
ボスの言葉で、ゆっくりと体の向きを変え始めるマリク。
いくら嫌でも、ボスの命令には逆らえないからな……。
「汚ねえ傷がマシになってれば客が取れるだろ。その前に、俺様が具合を確かめてやるけどなあ。くっくっく……まあ、見せてみろ」
ボスの言葉に、周りの手下どももゲラゲラと笑う。
大人の男達に囲まれていやらしい視線に晒されているマリクに、俺は堪らず屋敷に飛び込む。
「待て! 大人が寄って集って何する気だ!」
それに、ボスも一個しか命令できない! 『逃げるな』っていう命令が消えたなら……俺が騒いでいる隙にマリクが逃げられる!
「ああ? おい、ガキが一匹入ってきたぞ。なに勝手をさせてやがる、追い出せ」
「は、はいっ」「へい!」
ボスは俺に命令するんじゃなく、手下に命令を出した。
中にいた手下のうち、扉の近くにいた五~六人が俺に向かって足を踏み出す。
俺は、俺の乱入に驚いているマリクに「逃げろ」と目で合図する。
マリクが逃げるまで――逃げ切るまで、何でもして時間を稼ぐっ!
俺はまず、ドカドカと向かってくる手下の間を姿勢を低くしてすり抜けて、銅貨が入れられている樽に回り込んで、中の銅貨を引っ掴んで手下どもに投げつける。
「痛っ!」
「テメエ!」
「待てこの野郎」
「やめろ!」
手下どもが口々に俺に言葉を掛けるが、一斉に喋ったからか具体的な指示じゃないからなのか、効かなかった。
動けるうちはかき乱してやる!
「ヤローッ! ちょこまかと……!」
「おい、そこでソイツを止めろ」
「ガキが……逃げんな! 止まれ!」
「うぐ!」
最後の言葉が効いちまったみたいだ。
チッ! ……マリクは?!
焼き印のヘビがうぞうぞ蠢いて、肩に痛みが走るなかマリクの姿を探すと、彼女はもうすぐ入り口に届きそうだった。
良かっ――
「俺は『傷を見せろ』って言ったはずだぞ?」
椅子にふんぞり返ったままのボスが、落ち着いた低い声でそう言った瞬間。
「あっ! あ゛あ! うわあ!」
マリクが肩を押さえて、のたうって叫び始めた。
そうだ……『逃げるな』って命令は消えても、その命令を聞かなきゃヘビが暴れるのは変わらないんだ……。
「マリクぅうー!!」
マリクがヤバい!
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