丹波さんは寝言で俺に告ってきたコトを認めない。~そうだ! 丹波さんは言ってない!~

柳生潤兵衛

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後編

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3.なんで“言ってない”ことにしてくれなかったの?

「おかえり。瑛くん♪」

 そう言う彼女は、黒いハイカットソックスと対照的なピンクのムートンスリッパを履いていて、後ろ手でドアに寄り掛かっている。

「ただいま。バッグなら俺が丹波さんの部屋まで持って行くつもりだったのに、わざわざ取りに来たの?」

 彼女も同じ下宿生……っていう訳じゃ無い。
 ここは、丹波さんのお祖母ちゃんが営む下宿で、ここは丹波さんのお祖母ちゃんを筆頭とした一家の家でもあるのだ。


 丹波家とは、彼女の父親と俺の父親がはとこ、更に母親同士が親友ということで、小さい頃から両家で遊んだりしていた。

 俺が高校を湯江高に決めた際、家からの通学は難しいってなったのを聞いた丹波家が、廃業していた下宿をわざわざ復活させてくれたのだ。
 ちなみに、さっき遠くから聞こえてきた「はぁ~い、おかえりなさ~い」の声の主が、丹波さんのお祖母ちゃんである。

 下宿業といっても、部屋数が多かった別棟はすでに取り壊されていて、丹波さん一家の母屋と繋がっている四部屋だけの儲け度外視の下宿で、下宿生は俺だけなんだけど……。


「……瑛くんっ?! ことばづかい! 変になってるよ?」

 良かれと思って発した俺の言葉に、彼女は敏感に反応した。

「あ、ああ……」
(いかんいかん。学校内と同じ言葉遣いになってた……)

 ぷんぷんと頬を膨らませ腰に手を当てて迫ってくる彼女を、俺は「わかったから」と手のひらで防御しつつひとつ咳払いをする。

「バッグにゃらお部屋に持みょって行ってあぎぇようと思おみょってたんだよぉ? ももたん♪」
「私のバッグはちゃんと持って帰ってくれたようね」

 ももタンは俺の変わりようには無反応で、俺の肩に下げられた自分のバッグを見て溜飲を下げてくれた、と思ったのも束の間、「それより!」と再び顔を寄せてくる。

「今日はどうして“あんなこと”言ったの?」

(いや……言ったのはももたんじゃないか。俺は『言ったよ』ってしか言ってないのに……)


『中峰瑛寿きゅ~ぅん、だいしゅき~。おちゅきあいしましょ?』

 実はコレ、『中峰瑛寿きゅ~ぅん』を『丹波ももかたぁ~ん』と言い換えたバージョンを、俺が毎日ももたんに言っていることなんだ。

『丹波ももかたぁ~ん、だいしゅき~。おちゅきあいしましょ?』
『なに言ってるの瑛くん、もう付き合ってるでしょ?』
『あっ! そうだったぁ! てへっ』

 と言う、お・約・束・なのだ。
 家で二人きりの間は、ももたんが普通の言葉遣いで、俺が甘えん坊口調で甘える。
 そう……俺達は付き合っていて、なおかつバカップルなのだ。

 ちなみに両家の親公認で、“健全な交際”をするという約束の下、ひとつ屋根の下で暮らすことを許されている。
 交際を始めたのは中二の頃からだから三年ちょっと、ひとつ屋根の下に暮らして二年ちょいになるけど、学校の連中には内緒だ。
 俺の下宿部屋がたまり場になるのも、交際を冷やかされるのも嫌だから、学校の連中には徹底して隠している。

 ま、そんな中での“あの寝言”だったってこと。


「だってぇ~、ももたんホントに言ってたんだもんっ」

 俺は廊下に三角座りしていじけるそぶりになり、上目遣いにももたんを見上げる。
 傍から見れば気持ち悪いだろうが、これが二人の接し方だから仕方ない。『二人っきりの時は甘えてきて』なんてハートをキラキラ飛ばしながらおねだりされたらそうなるって……。

 それを見たももたんは、「ぐっ」と言葉に詰まるが、すぐに深く息を吐いて腰を落とす。
 三角座りしている俺の足を太ももで挟むようにペタンと廊下に座り、俺の膝に自分の手を当てて顔をぐいっと近寄せてくる。

「本当に言ってた? 私が?」
「う、うん」
「おかしいなぁ? 言うはずないけどなぁ?」

 二人でいる時に甘えん坊口調になるのは俺で、ももたんは別にそう言う口調をしないのは事実。それに、交際開始時から学校での行動や発言には気を付けてもいる。匂わせもない。
 だから、今もももたんは首を傾げている。

「も、ももたんも、実じちゅは心きょきょりょにょ底しょこでは甘えん坊ににゃりたいって思おみょってたんじゃないにょ~?」

 三角座りを解いて、すぐ目の前にあるももたんの太ももにごろんと頭を転がしながら、冷やかす。
 あ、これは“健全な交際”の範囲内だから!

「なっ! な、な……そんなこと! ……ない」

 ももたんは、図星をつかれたのか思いっきり顔を赤らめ口籠る。でも、その手はいつもどおりに俺の髪を優しく撫でてくれている。
 俺もお返しにももたんの太ももを撫でてあげる。
 これも太ももの外側だから、当然“健全な交際”の範囲内。内ももはアウト寄りのアウト。

「まぁ……言っちゃったモンはしょうがにゃいでちゅよね~?」
「うぐっ! い、言ってないことに……できないかな……?」

 ももたんは、俺の頭を撫でながら瞳を潤ませて聞いてくる。
 そんな顔をされると、俺もなんとかしてやりたい気持ちになるよな。太ももを撫でながら。

「う~ん……よちっ! 『言ってない』ことにしちゃお~!」
「どうやって?」
「そりぇは……着替きぎゃえてかりゃ一緒いっちょに考きゃんぎゃえよう!」
「そ、そうね」

 俺とももたんは、お互いに撫でる手を止めて立ち上がり、俺はももたんが寄りかかっていたドアを開け、ももたんはその隣の部屋のドアを開け、それぞれ入っていく。


 そう! 
 ももたんも、こっちの下宿棟に部屋を持っているのだ!
 凹型の建物の一部二階建ての丹波家。その左側の一階・二階が下宿生用の水回り・部屋となっていて、二階の四部屋の内、ひとつをももたんも去年から自分用の私室として使っているのだ。
 “健全な交際”をするという約束で、ももたんの両親も認めてくれている。

 ちなみに廊下を挟んだ向かい側にも二部屋あるのだが――
 一部屋は大学に通っているももたんのお姉さんが、勝手に占拠していて大学の休み期間はその部屋に入り浸って俺にもちょっかいを掛けてくる。(色仕掛けも含めて)
 そしてもうひと部屋には、来年高校生になるももたんの妹ちゃんが予約済みだ。妹ちゃんも、ももたんとは仲が良いけどライバル心を持っていて、俺のことを虎視眈々と狙っている風……。

 ま、それらは置いておいて……着替え着替え。


 あっという間にスウェットパンツとロンTに着替えて、シングルベットの側面に凭もたれてフロアに直座りして寛いでいると、ノックも無しにももたんが入って俺の隣に座ってくる。

「おまたせー」

(あんまり待ってないけど、って……その恰好……)

 白地に赤や青の水玉模様のショートパンツにダボダボの紺Tシャツ。Tシャツはオーバーサイズだから、襟も大きくて……屈むとお胸が……。

 ももたんの寝言をどうやってしらばっくれようか、相談するはずが……ももたんのお胸が気になって頭が回らない。

「もぉー! 聞いてるの、瑛くんっ!」
「あ、うん……」

 ……結局、何を話しても上の空の俺に見兼ねて、ももたんのゴリ押しで通すことになった。


 朝は丹波家の食卓に混ぜてもらって一緒に食べるのだが、ももたんは毎日寝坊して遅れてやってくる。
 一緒に登校したい気持ちはあるけど、俺達の交際がバレたくないので別々に家をでる。いつも俺が先になるんだけど。

「ももかぁ! 今日こそは白状してもらうかんねっ?」
「そうそう。昨日は逃げられちゃったしぃ!」
「もう! SショートHR始まりそうじゃない! モモはいっつもギリギリに来んだから~」

 俺が登校した時には、すでにももた――丹波さんの席には女子垣が築かれていて、丹波さんの登校を今か今かと待ち構えていた。そして丹波さんのご入場に合わせてコレである……。

「え? 言ってないって言ったよね、昨日」
「またそれ~?」
「いまさらだぞ! 認めなさい、ももか!」

 そして、言った言わないがデジャビュの如く繰り広げられ――

「中峰ぇ!」
 ……(以下略)

「ねえ、言ったよね? 中峰!」
「そうそう! 今日も言ってやんな、中峰! バシッと!」

「え、え~っと……。言って――」
「「言って?」」
「――ない気がしてきた。うん、言ってないな!」
「「…………はあっ?」」

 女子垣が呆然とする中、丹波さんが「だと思った。私は言ってないってことね」と胸を張る。

 そして、HRのチャイムが鳴り女子垣は渋々解散となるが、不服な女子垣は毎休み時間ごとに尋問に集まってきた。
 その度に丹波さんと俺の否定に遭い、次第に人数を減らし……鎮静化していく。

 それはそれで良かったが、今度は別の心配がもたげてくる。
 それは……授業中に丹波さんが居眠りする度に恥ずかしい寝言を言ってしまわないかだ!

 俺は隣で居眠りする丹波さんにハラハラすることになったが……でもそれも無事に切り抜け――
 今日も今日とて、帰宅し下宿で合流した二人はお約束の会話を交わす。

『丹波ももかたぁ~ん、だいしゅき~。おちゅきあいしましょ?』
『なに言ってるの瑛くん、もう付き合ってるでしょ?』
『あっ! そうだったぁ! てへっ』

 おわり
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