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第2章 とんでもない異変!編
55.戦い④――本気の攻防~決着――
しおりを挟む「ヴァアアアアアアアアアア――――!」
もう一方の眼にも槍を突き立てると、蜘蛛の頭部の窪みは更に広く深くなり他の眼も口もぐちゃぐちゃになり、その口からは周囲を劈くほど大音量の不協和音の叫びが発せられた。
蜘蛛の絶叫に思わずフララ様の背から飛び退き、手で耳を塞ぐ。
脚を抑えているフララ様への抵抗も激しくなり、ぐいぐいと力任せの必死のもがきで、とうとうフララ様の抑えを解き、突き飛ばした!
「きゃっ」
フララ様の後ろに立っていたわたしも巻き込まれて、一緒に飛ばされてしまう。
「くっ! 馬鹿力め。大丈夫か? オリヴィア」
「はいっ、なんとか……」
わたし達と蜘蛛の間にもう一度距離が出来ると、また蜘蛛の頭部が再生を始めて傷が蠢きだした。
「再生なんざ、させるかっ! すぅううううっ!」
フララ様は大きく息を吸い込み、止め、毛を逆立てて全力で蜘蛛にブチ当たる。
そして、間髪入れずに尻尾を縦に鋭くひと振りすると――
尾が“光の鞭”となって、横にひと振りしただけで、ひゅるひゅるっと風切音をあげて蜘蛛の背中・脚・腹へと幾重にも巻きつき、締め上げた。
尾を振るだけで、蜘蛛を持ち上げ、右、左と交互に地面に叩きつける。
す、凄い……
でも、蜘蛛も負けじとお腹の先から地面に粘る糸を噴き出して勢いを削ぎ、ボロボロになっている口からも辺り構わず消化液を噴き出す。
地面に落ちた消化液は、瞬間にジュッと地面を溶かした。フララ様にも掛かる。
これこそ酸? 毒?
フララ様もこれには堪らず、光の拘束を解いて距離を取らざるを得なかった。
「チィッ! もっと下がってろオリヴィア。危ねえぞ!」
これが神獣と“堕ちた神獣”の本気の攻防……激しくて入っていけない。
今度は蜘蛛がブワッと呪術を行使して、自分の影を高速でフララ様の影に伸ばし――
フララ様は飛び退いてかわそうとしたけれど、間に合わずに影が繋がってしまった。
「くぅ! 身体がっ、動かねえ!」
影の主の身体の自由を奪う呪術?
蜘蛛がすかさず影を伝い、動けないフララ様に一気に踏み込んでくる!
上体を上げ、第三脚までを開き、巣でやったように銀狼様を絞めつける。
このままではいけない! もうお名前の効果は使ってしまったし……
わたしがやるしかないっ!
震える自分を鼓舞し、覚悟を決めて前に踏み出す。
ただ近づいても、わたしのことなんかさっきみたいに脚一本であしらわれるだけ……
でも、わたしだってそれは分かっている! そうされると分かっているなら……
わたしが近づくと、案の定最前脚で蹴り上げてきた!
ガンッ!
蹴り上げてきた脚を、槍で――少し遅れてしまって柄の部分でだけれど、横から思いっきり引っ叩く!
蜘蛛の脚は、メリッという鈍い音を立てて跳ね上げられた。
顔もお腹も瞬間的に剥き出しになる。
「いっけぇええー!」
わたしは槍を握り直して、思いっきり突き刺す! ――影を! 二体を繋ぐ影を!
ボォンッ!
蜘蛛の頭を抉ったように、地面にも大穴が開いて影が離れたうえに、何故か本体の蜘蛛も衝撃を受けてのけ反った。
「よくやった! 流石アタイの片割れだ!」
蜘蛛の締め付けの中で、肉体の主導権を取り戻したフララ様が「ふんっ」と気合を込めると、フララ様が厚い光の膜を纏い、それが蜘蛛の脚を押し広げ、するりと抜け出すことに成功した。
そして、休むことなく前脚の爪を蜘蛛に振るう。
爪も光の膜を纏ってあるので、それも長く鋭い刃となって光の尾を引きながら蜘蛛へ襲いかかる。
シュンッ――
四本の爪から伸びる四層の光の刃は、よく研がれたナイフがケーキのスポンジを切る時のように、なんの抵抗も受けていないかの如く蜘蛛の脚の外殻を四つに切り分けた。
蜘蛛の左側の脚は四本とも、十六の細切れになってボトボトと地面に転がる。
身体の片側を支える脚を全て失った蜘蛛は、均衡を保てずにあえなく地面に伏すように倒れた。
「オリヴィア! ここで畳み掛けるぞっ!!」
「はい!」
フララ様とわたしは、蜘蛛に残った右側の脚を奪いにかかる。
フララ様の光の膜は消えてしまったし、蜘蛛も再生を始めているし足掻いてもいるけれど、ここで倒しきりたい!
蜘蛛は、四本の脚を不揃いに不規則にバタつかせ、伸ばし、たたみ、わたし達の攻めをいなす。
わたしも動く標的に威力のある攻撃が出来ず、フララ様とわたしで各々動きの少ない両端の脚の付け根を狙う。
「ビャアアアアアアア゛ア゛ア゛!」
攻防を繰り返し、なんとか全ての脚を斬り落とすことが出来たところで、蜘蛛が特大の奇声を上げ、それと共に空間の歪みと衝撃波が全包囲へ走る。
その直後に蜘蛛の脚の切り口全部から靄の脚が生え、わたし達が衝撃波を耐えていて手を出せない間に、飛び上がって再び巣に逃げ落ちていった。
「また逃げやがった!」
「再生されてしまう?」
幸い靄の脚は瞬間的な物で、蜘蛛も巣に落ちただけで動けずにいる。
でも、傷口は再生を始めんとしていた。
「アタイが追う! ――なっ!?」
フララ様が谷に飛び込もうとしたその時、地面に散っていた脚の残骸――十六の残骸が切り口から鋭い靄の棘を作って凄い速さで集まって地面に刺さり、フララ様の周囲を柵のように取り囲んだ。
柵が出来た瞬間から、その内側の時間が止まったみたいにフララ様の動きが止まる。
呼吸も瞬きも、眼球の動きさえ止まっている!
蜘蛛はあの時――あの一瞬で、脚の残骸と自分自身に別々の呪術を掛けたっていうの?!
――いけない!
フララ様を助けなければ! でも、下の蜘蛛もグジュグジュと半分は再生しかけている!
フララ様の元に行けば、その隙に再生が完了してしまいそうだし、行ったところで直ぐにお助けできるか分からない。
…………
……ここはわたしが! わたしが蜘蛛を倒すしかないっ!
蜘蛛は……まだ全快していない。ということは、蜘蛛は動けない! 的が固定されているってこと!
それなら全力の攻撃を叩き込める! ……相当落差があるけど。
少しでも飛ぶ位置がずれれば谷へ真っ逆さま。そんな恐怖が浮かぶけど、フルフルと打ち消す。
わたしならできるっ! やればできる! やれるっ!
槍を穂先を下に握り締め、少し助走を取って、目を瞑――あけて! 踏み切る!
「今度こそ逃がさない! きゃぁああぁぁぁ――」
“人間の”少女だったら絶対に飛べないような距離を飛び……落ちていく。怖いっ!
それでも穂先は蜘蛛に向け、両手でしっかりと握っている。
「ぁぁぁあああっ! ヤアッ!」
加速する落下の中でもタイミングが合うように槍を下に押しやる。
ヒュオオと一際大きな風切音が出た瞬間――
バッシィィャァンッ!
蜘蛛の腹部のど真ん中に槍が突き刺さり、その衝撃で腹部は霧散。
わたしは着地場所を――元々考えていなかった――を失い、そのまま巣をすり抜けて谷底へ落ちるかと思ったけれど、目に飛び込んできたその辺の蜘蛛の巣に両手を投げ出して縋る。
槍は手放してしまったので、谷底へ落ちてしまった……
「危なかったぁ~。糸を見つけられて良かった~」
それに、縦糸だったみたいで、ベタベタしない……なんて、両脇で体を支えるだけで、足をぷらぷらさせながら言ってる場合じゃないか。
ドォン!
槍が落ちた轟音が谷底から響いてきた。
槍でそんな音が出るんだとビックリしたけど……重いんだったわね、槍。
それはいいとして……、蜘蛛はどうなった?
体勢に気を付けながら、何とか首を蜘蛛がいた方に向ける。
――ええっ!
死んでいて頂戴と祈るような気持ちで目をやった蜘蛛は、頭部の一部だけになった状態でも「グギュ、ガギャ」と唸りながら、ボコボコと再生を試みていた。
まだ生きてるのっ? なんで? あり得なくない? いやいや、しっかりしなさい! わたし!
頭の中に疑問符が並び、混乱しそうになったけど、頭を振って追い払う。
何とか片足も糸まで持ち上げて、ふぬぬと巣の上に這い上がる。
「ハァッ、ハァッ! 手こずらせてくれるわね……」
サーカスの綱渡りのように両手を広げて均衡をとって、縦糸を選んで、蜘蛛へ近付いていく。
「よっ……ほっ……っと!」
手元に槍は無いけれど、わたしは落ち着いている。
蜘蛛が頭だけになっていて攻撃してこられない、ってのもあるけれど……わたしにはこれがあるから。
再生しようと頭だけでもがく蜘蛛の元に辿り着くと、蜘蛛を見据えたまま腰をまさぐり、革袋の紐をほどいて手に持つ。
「ふぅ。これでお終いよ」
革袋を逆さまにして、中身の粉末をドバァッと、全部ぶっかける……
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