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第2章 とんでもない異変!編
47.蜘蛛野郎の行く先は……
しおりを挟む陛下は国内各地で起こった異変の対応もある為、『蜘蛛野郎』討伐に関してはエドと銀狼様とわたしにお任せになり、対策本部を設置した王城へお向かいになる。
「念の為にシドの隊もつける。万一の時は撤退も赦すゆえ、無事に戻るのだぞ?」
お父様もやはり団の指揮があるそうで、テオドールお兄様を残して陛下と共にお戻りになる。
「殿下。テオドールにも団の任務を与えている為、討伐に直接の力添えは出来ませんが、事前参謀としてお使い下さい」
しばらくすると、シドが資料を抱えてやってきて、他者が立ち入らぬように会議室を内側から封鎖した。
先立ってエドが銀狼様と“その事情”を説明すると、ブッチじゃない犬だなとだけ思っていたであろうシドが、一瞬固まったけれど何もかも飲み込んで準備を始める。
流石シド、冷静沈着ね。でも手の震えに動揺が表われているわよ。
お兄様とシドは既知のようで、ふたりで大地図や資料をテーブルに用意し、お兄様がエドにこれまでの情報を説明する。
テーブルを占拠された銀狼様は、不満気に椅子のひとつに丸まった。
「まず、標的――蜘蛛――の位置なのですが……その前に続々と届く各地の被害報告・救援要請の座標をこの地図に示してあります」
テーブルに広げられた地図は王国全土を描いたもので、所領区分はもちろん、都市・町・村、それらを結ぶ街道、河川や地形も茶色の単色ながら詳細に記されている。
この精細さは国家機密級!? 外に出せるような地図では無いわね……
「そして、赤や青・黄・黒の顔料を使ったバツ印で示されているのが、現在までに被害報告が送られてきた地点です」
「お兄様、バツ印の色の違いは?」
「赤色は動物の亜魔物化、青色は比較的少数だけどハグレ魔物の出現、黄色が環境変異――」
この三色は地図上、昨日の日蝕以降に情報が届いた範囲に――埋め尽くされている訳ではないけれど――満遍なく描き入れられていた。
だけど……一色だけ異様。
王都から一方向、北西にだけ点々と、そして多くが黄色と塗り重ねられる形で描き入れられている黒色のバツ印。
「――そして、黒色が……」
わたしもエドも息を呑んで続きを待つ。
「異形――おそらくオリヴィア達の標的の目撃報告です」
やっぱり。昨日蜘蛛が消え去った方角と同じだものね……
被害の報告も王都から北西方向に順番に寄せられているそう……
「実は昨日の内から被害の報告はあって、近場は騎士を派遣して被害を確認済みなんだ」
「どのような?」
「樹木の立ち枯れ――しかも燃えたわけでもないのに黒く変色していた。低木や草に至っては黒く溶けていたそうだ」
屋敷の『王国史』で、そういう記述を見たわ。
デュルケーム家の事件の前ページ……前日付けの『日没後、王国内にて負の密直列を観測』という記載。
銀狼様の言う通り、その時に赤ん坊のキアオラさんを浸食したと考えるのが妥当ね……
「お兄様、わたし家の本で似たような記述を読んだことがあるわ。その時は河川の黒濁も確認されたそうだから、もしその進路上に川があったらそこと下流の被害も考慮・対応しないといけないわ」
「対応と言っても……」
四人で顔を見合わせるけれど、六十年以上前のその記述以来、こんな事は初めてで誰も答えを知らない。
こうなったら人海戦術で王城書庫を虱潰しに――ってこの状況で人は割けないか……
「それなら簡単だぞ?」
聞き覚えのある声にみんながその方向を向くけれど、そこには椅子の背もたれしか見えなかった。
少しの間を空けて銀狼様がテーブルの奥にひょこっと顔を覗かせる。
「アタイの『聖浄殻』を振り掛けりゃあいい」
「聖浄殻……」
銀狼様の“抜け殻”……時間が無くて什宝室にそのままにいているんじゃ? それに『砕いた粉を煎じて飲めば闇や呪に効く薬となりますの』――
「飲み薬では?」
「ああ、それな。人間が闇や呪に囚われてしまったら飲みぁあいいし、物の場合はパラッと掛けりゃあいい」
なにそれ新情報っ!
「でも、範囲は広そうですよ? 量が足りないのでは?」
「いやいや、オリヴィア。アタイを侮り過ぎだ」
そこまで言うと、銀狼様はお構いなしにテーブルに飛び移り、そのバツ印辺りまで歩を進めた。
「そもそも、闇や呪に侵された物ってのは、な? 小規模の物は時が経ちゃあ劣化・消滅する。火で燃やしちまっても効果がある。残りの中規模大規模・広範囲の場合に、アタイの聖浄殻よぉ! 砕いた粉をほんのひとつまみ振りゃあ、あら不思議! 一発浄化よ!」
ほ、本当なの? 旅の露天商の売り文句じゃあるまいし……
―――ホントだっつうのっ!
「ホントの本当ですか?」
「本当だってぇ!」
銀狼様を疑う理由も無いし、これ以上訝れば銀狼様の地団駄で地図がグシャグシャになってしまいそう……
でも、解決策がすぐに見つかって良かったわ。
この場からお父様がいなくなってしまっているので、出来るだけ早くに什宝室から聖浄殻を回収したいわね。
……あれ? そう言えば……昨日、銀狼様が小屋に“『聖浄殻』と同じ効果のある魔術を掛けてやる”って実際に掛けて下さってたような?
そう思ってチラッと視線を送ると、銀狼様は都合の悪そうな表情をした。
―――アタイが全部やるのは面倒だっつうの! だからアンタはアタイがそういう事ができるって言うんじゃねえぞ?
えぇぇ……でも、どうしてもという時にはお願いしますね? みんなには黙っていてあげますから。
―――チッ! しょうがねえな。
また舌打ち!
でも、とにかく対応の目処が立ったと安堵していると、お兄様が「もう一つ問題が……」と口を開く。
みんなの視線が集まると、お兄様は地図上の王都に人差し指を当てて、黒色のバツ印を北西方向になぞっていく。
報告がまだ届いていなくて印の付いていない“先”にも指を滑らせると、その先には太線でくねくねと囲まれた森林地帯。
その枠内にも指を侵入させたお兄様が、中心部にある記号をトントンと指し示した。
「そこは……」
「渓谷だ。そして川を挟んだ向こう側の更に先には……?」
「わたし達のカークランド領!」
「そうだ。まず手前の森林地帯はやられるだろう。問題は渓谷だ。谷は深いが超えられたら父上の領地を直撃する……」
カークランド領は広いので、ただでさえ亜魔物化やハグレ魔物が他領よりも多く発生しているはずなのに……
もちろん領にも我が家の騎士がいるけれど到底捌ききれないということで、お父様が任されている騎士団からお兄様の隊が派遣されることになったそう。
森林の手前――街道の分岐点まではわたし達と一緒に移動できるそうなので、途中の浄化は人員が割けるわね。
人員や兵装の調整を経て、この場での会議は終了して一時解散となった。
わたしやエド、シドの隊やお兄様の騎士隊の準備が整うのは、早く見積もって数時間後の正午過ぎということで、それまでに王都西門に集合することになった。
そして肝心の聖浄殻の確保はわたしに任されたので、什宝室を開けられる唯一の人物であるお父様にお願いしに会議室を出ようとしたら――
「それにしてもこの肖像画……みな立派に描かれてるけどよぉ、少なくとも“本物の二人”はもっと不細工だったぞ?」
銀狼様が、初代と二代目国王陛下の肖像画を顎で指す。お二人ともキリッと厳しい表情だけれど、お顔立ち自体は端正に描かれている。
「もっと太っておったし、垂れ目だったぞ? この絵は盛り過ぎだ」
…………知らないわよ。
ほら、変な雰囲気になっちゃったじゃない!
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