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第2章 とんでもない異変!編
30.キャナガン・バクスターの名が浮上
しおりを挟む「それにしても、オリヴィア嬢が“呪術の対象者では無い可能性”とな?」
「はい。実際に呪術を行使し、呪いの移転を成功させているキアオラがそう言うのです。信ぴょう性はかなり高いかと……」
エドが陛下にお伝えしているあいだ中、お父様は落ち込んでいらした。
それはそうよね……。今日でわたしの身体の問題が解決すると喜んで、儀式に必要な物資を急いで集めに走ってくれていたもの……落胆は大きいでしょうね。
「ではオリヴィア、お前は一生このまま……ぅうっ!」
お父様が両手で顔を覆ってしまい、このままでは泣き崩れてしまいそうなので慌てて話を継ぐ。
「お父様! まだそうと決まったわけではありませんよ? キアオラさんは、確かに二回成功させたと言っていますから、わたし以外の誰かが呪術の被害に遭っているはずだという事と、キアオラさん以外にも呪術を使える人がいるかもしれないという事、この二つが考えられます」
まあ、たとえ後者がいたとしても、その人が亡くなっていた場合……解呪の望みは断たれるのですけど、今は黙っておきましょう。
「おお! おおっ! まだ望みはあるという事だな? ……良かった」
陛下もこの点には喜んでくれ、なにより前者に食い付いた。
「そうか……オリヴィア嬢以外の被害者か」
屋敷の小屋でエドと話していたように、この数年――五、六年――で、行方不明や急な代替わり、死因不明が伏せられた高位貴族がいないかを調べたいとお伝えする。
エドも身を乗り出して――
「首謀者が狙うとすれば、排除することで“利”になる人間を狙うでしょうから……。シドの方にも伝えてあります」
陛下に目を向けられたシドも頷く。
「相分かった。バクスター家の件と併せて調査しよう。バクスターの件は、昨日の今日でまだ成果が上がっておらんで済まぬな。だが、そうか……代替わりや行方不明……高位貴族……か、カークランドはどうだ? 思い当たる節はあるか?」
陛下の問いかけに、お父様は腕組みの姿勢から片手を頬にあてて、過去を思い浮かべようとする。
「そうですねぇ……高位……パッと思い付くのは、王太子殿下の帝王学の師であるシャピアン卿の代替わりと失踪、宰相候補だったサンデル卿の死、あとは……失礼、すぐには出ませんな」
「シャピアンの場合は余に相談があって、余の知るところである。隠棲先で穏やかに逝った」
シャピアン様は先々代国王の弟君の公爵。国王陛下の大伯父にあたるお方。
百歳を超えるかという老齢にもかかわらず壮健で、御子息の方が先にお亡くなりになっていく事をお嘆きになり、本来生前に爵位の継承は認められていない我が国で、陛下の勅令を以って唯一生存していた六十歳目前の末子に爵位をお譲りになり、隠棲していらしたそうです。
「そうでしたか……」
「しかし、サンデル伯爵か! サンデルを失ったのは国にとって痛手であったな……」
サンデル伯爵は、当時三十代前半で気鋭の俊英と名高く、引退を決めていた前宰相の後任の最有力であったそう。
ところが四年ほど前に、領地視察の際に転落事故でお亡くなりになったとのこと。
「サンデルは、自身の頭脳が明晰なだけでなく議論の進め方や取りまとめに定評のあった者でな、余も期待しておったのだが……」
陛下が遠い目をしてお嘆きになった。
シャピアン様には事情がおありになり、爵位をお継ぎになった現公爵様は健康であれば順当に爵位の継承を受けられたはず。呪術行使の首謀者になり得る動機としては弱いような……
でも、サンデル伯爵の死には得をした人間が多そう……
前宰相の引退は決まっていて、サンデル伯爵は後継最有力だった。
「宰相争い……」
わたしの呟きに、一同の視線が集まる。
みんな薄々頭に浮かべていた言葉だと思う……
「そのお相手は?」
エドに問えば――
「筆頭がキャナガン・バクスター。……現宰相かな」
サンデル伯爵は若くバクスター侯爵は五十代。新進気鋭と老獪な実業家肌。
正反対な二人の宰相争いは、最有力視されていたサンデル伯爵の死によって、バクスター侯爵に軍配が上がった。
「宰相にとってサンデル伯爵は、“排除することで“利”になる”人間……だった」
安直で短絡的な考え方だけれど、だからこそしっくりきてしまう。
その時――
執務室の扉がノックされ、陛下の侍従が恐る恐る入室してきた。
「キャナガン・バクスター宰相閣下が緊急の裁可を求めにいらしています」
今まさに話していた渦中の人物の登場に皆一様に驚く。
しかもエントランスで見てきたように、数千年に一度の天文現象によって起こるかもしれない事態への対応が迫られている中での緊急裁可の要請……中に入れないわけにはいかない。
「陛下! 僕たちは如何致しましょう?」
エドが問えば、陛下は侍従に宰相をもう少し通路で待たせておくように指示した。
「お前達は、ここにいない方がいいだろう。それと、この件を決めつけるのはまだ早い。余の方でもバクスター家と併せてサンデルの件や他の貴族にも動機の強い者がおらぬか調べよう」
わたし達も、無理の無い範囲で解決の糸口を探ることをお伝えして、足早に陛下用の移動経路を使わせてもらい王城を後にした。
◆◆◆国王執務室
オリヴィア達が執務室を後にすると、バクスターが案内された。
「お忙しいところ申し訳ございません陛下。どうしても御裁可頂きたく、まかり越しました」
低身長で、でっぷりと肥えた腹を突き出し、薄くなった赤髪を横に撫で付けた男が細く伸ばした顎鬚を指で伸ばし伸ばし入ってくる。
緊急といえば緊急、そうでないとも言えそうな絶妙な具合の内容で裁可を求めに来たバクスターの目は、執務室内を細かく這っていた。
まるで、つい先ほどまでいた人間、つい先ほどまで行われていた話を探るかのように……
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