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第1章 ワンちゃんに変身しちゃう問題、解決?編

25.なんでわたしだけワンちゃんになっちゃうの!

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 えっ? ちょ――

 フワー!

「オリヴィー!」

 ちょっと! どうなっているの?
 なっちゃったんですけど? ワンちゃんにっ!
 ドレスもシュミーズもパニエも脱げちゃって、なっちゃったんですけど? ワンちゃんにっ!

「お嬢様!」

 ちょうど戻って来たアンも、驚いて駆け寄ってくる。
 お昼寝に入らんとしていたブッチも、何ごとかとひょいっと首を持ち上げてこちらを見る。
 犬の姿のわたしを見つけると、急に尻尾をバタバタと振り(オリヴィアが!)と喜んで向かってくる。

 シドだけは驚きながらも、周囲を見回して恐らく布を探してくれたのだろう。使っていないティーテーブルのクロスを取ってアンに渡し、誰も入室しないようにと、部屋の外に扉番として立ちに行った。

 ドローイングルームの窓が強さを増す風に煽られて、カタカタと音を鳴らす。

「……一体どうなっているんだ?」
「お嬢様……どうして……」

 アンは涙を浮かべながら、カーテンを閉じ、ソファや床に落ちた肌着類をまとめてくれ、ドレスもソファに掛け、テーブルクロスを犬の姿のわたしに掛けてくれようとしている。

(ボクも入る!)

 ブッチも入りに来ちゃった!

 エドが変身しないのを見たのになんで?
 さっきまでエドとお話をしていて、お互いに想いを深めたところなのに……
 なんでわたしだけワンちゃんになっちゃうの?

 ――ッ! そうよ! キアオラさんに聞かなきゃ!

 布を抜け出てドアに向かおうとするわたしの背中に、エドから声がかかる。

「待ってオリヴィー! すぐ元の姿に戻ってしまうよ! 裸で元に戻るわけにはいかないだろう?」

 ……そ、そうね。
 わたしが飲んだのは、ほんのひと口。すぐに人間の姿に戻ってしまうわね……

 エドも「もうすぐ戻るだろうから、僕も外で待っているよ」と、この場をアンに任せて部屋を出た。
 アンがクロスを掛け直してくれたけれて、不安を和らげようと私を抱いてくれるけれど、ブッチもいるので狭い!

(ねえブッチ……ちょっとの間、出ていてくれない?)
(え~! オリヴィアがせっかく戻ったのに? お話しできるのに?)
(戻ってないの! なっちゃったの!)

 この子との初対面がワンちゃん姿だったから、これが素の姿だと思っているのよね……

(お願い! ねっ? 後で遊んであげるから)
(散歩以外で?)
(散歩以外で!)
(しょうがないなぁ。わかったよ)

 ブッチが渋々布から出て行ってくれたところで変身が解けたので、アンの手を借りて急いでドレスを着た。
 姿見が無いので、アンに頑張ってもらう。
 なんとか気を取り直して、外に控えてくれていたエドとシドを迎え入れる。

「エド、ありがとう! シドも、貴方のおかげで恥ずかしい思いをしなくて済んだわ」
「無事に隠せてよかったよ」
「……間に合ってよかったです」

「ブッチも協力してくれてありがとう。後で遊ぼうね」
「ウオンッ!」


 一旦落ち着いて整理しようと、エドに促されてティーテーブルに座り直す。
 アンは膝立ちになって、椅子に座る私の手を握っていてくれているけれど、彼女の手も微かに震えている。
 まるで自分の事のように心配してくれて……ありがとうね? アン。

「しかし……どういうことだろう? キアオラの儀式が失敗したのか?」
「いいえ。エドは変身しなかったのですもの、そんなことは無いと思います。それに悲嘆に暮れてはいられないわ」

「オリヴィー、どうするんだい?」
「どうするもなにも、キアオラさんに聞いてみましょう! 彼が一番詳しいのですから」

 日の傾きも深くなり、曇天が荒天に変わりつつある中、小屋に向かう。雨は無いけれど、湿気を帯びた温い風が身体に纏わり付いてくる。
 ブッチも不満げに吠えて訴えてくる。

「ブッチ? 後で屋敷内をお散歩もするし必ず遊んであげるから、もうちょっと待っていてね? わたしは約束を守らなかったことは無いでしょう?」
「ウオンッ!」

 想いが通じたのか、ブッチも大人しくなってくれた。

 エドが小屋周囲の警護を少し遠ざけてくれて、中にはわたし達四人だけが入る。
 奥の小部屋では、キアオラ翁が寝台に腰かけて鼻歌交じりに本の手入れをしていた。

「キアオラさん?」
「おお! お嬢様? どうなさった」
「どうしたもこうしたも無いのよ、キアオラさん!」

 翁の狭い小部屋にわたしとエドが入り、アンとシドも近くに控えている。
 わたしが先程の出来事を説明する。

「そ、そんなハズはないぞ? 手応えもあったし……」
「エドの分だけ上手くいったとかは無いの?」
「う~む。掛けたり解いたりは、一人ずつ行う必要があるが、“移す”のは一緒で良いのじゃがな?」

 そう? わたしも――わたしだけ、光りも見たものね……
 キアオラ翁も「何故じゃろうか?」と、考えを巡らせているようだったけれど、ふとわたしを見た。

「もしや……オリヴィア様は元から対象者ではなかったのでは?」
「えっ!?」「え?」

 わたしもエドも、同時に同じ反応をしてしまった。

 でも! 掛かった時期が違うとはいえ、二人ともお酒を契機にワンちゃんに変身しちゃうのよ?
 それに……こんなことを研究・実践しているのって、キアオラさんくらいじゃないの?
 そんなことを話していると――

「先程も言ったが、酒の件は『あの小屋』の『あの地下』だから、そうなったのでは? と考えたのじゃ」
「そ、その前も似たような環境だったのではないの?」
「三年以上前の場所は、マシな場所じゃった。一応、光の差す地上じゃったし、木の床の部屋じゃった」

「ろ、六年くらい前は?」

 エドの手前、ずっと隠していたけれど仕方ない。エドには聞こえていないでと願いながら、翁の耳元に“六年”という数字を出して小声で聞く。

「年月の感覚がマヒしていたから分からぬが……一回目の成功は、そんなに前じゃったかのぉ?」
「そんな……」

 翁の答えに、まるで雷にでも打たれたような気持ちになる。
 時期については詳しく確認しなければならないけれど、わたしの変身問題については、確実に振り出しに戻ってしまったようね……

 どうしましょう……
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