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第1章 ワンちゃんに変身しちゃう問題、解決?編
22.呪術の解除
しおりを挟む陛下に一部始終を報告し、明日にも術の解除を受けられると伝えると、とても喜んで下さったわ。
「おおっ! それは良かった! 儀式などに必要なものがあれば、何なりと言ってくれ」
「父上。それらの物は、公爵家がいち早く手配してくれています」
そして、陛下が受け持って下さっていたバクスター家については、当時から今までの記録を精査なさったり、シドも所属する陛下直属の密偵組織に侯爵家を探らせ始めたそう。情報が得られ次第、現宰相のキャナガンにぶつけてみるとのことです。
陛下への報告も済ませて、わたしは明日に備えて屋敷でゆっくりと休む。
今日は朝から雲が空を覆っている。これも天文現象の一端かしら?
エドは公務を切り上げて、昼前には家に来てくれました。
せっかくなので、逸る気持ちを抑えて一緒にお昼を食べて、二人の時間を過ごしてから小屋へ。
小屋では、警護の人員を人払いして、外周警備に充てていつもどおりにエドとシドに控えていてもらう。
ブッチも、万が一の時の挙動が不安なので、儀式を終えるまではお外にいてもらうわ。
あなたと直接お話しすることができなくなるけれど、大事にするからね? ブッチ……
「こんにちはキアオラさん。調子はどう?」
「うーむ……ちぃとばかし寝不足かのぉ」
翁が膝の上に乗せている本の汚れが、昨日帰る時よりも随分と薄くなっている。
あれからも手入れを続けたのね? 本を綺麗にできることがよほど嬉しかったみたいね。
軽い会話を続けていると、翁が「伝えた物は用意できたのか?」と聞いてきた。
「ええ。寄り代と蝋燭と樹液、あと獣の血と獣の焼却灰ね」
「うむ。それら人形以外を混ぜ合わせる器とワシの血があればすべて揃う」
「キアオラさんの血?」
獣の血だけでも何か得体の知れない怖さがあるのに、人間の血もなの?
「なーに、指先を切って、数滴だけじゃよ」
「そ、そうなの……」
少し安心したけれど、ここである疑問が生じる。
「キアオラさん……呪術を移すのに、これだけの準備がいるということは、呪術をかける時はどんな物を用意したの?」
聞かない方がよかった……
獣の血や灰、蝋燭、樹液は同じだけれど、他には媒介として呪術をかける対象の髪の毛や爪――多ければ多いほど望ましい――を使ったそう。
そしてなにより……
生贄が使われて……それが、ブッチのお母さんや生育の悪かった兄弟だった。
あまりに可哀そうで、今でも胸が締め付けられるわ……
ブッチには外にいてもらって――この話を聞かれなくて――良かったかもしれない。
「ワシもその様な命を冒涜することはしたくなかった……」
何年も何年も閉じ込められて、脅されて……無理矢理やらされたのは、キアオラさんと話していても分かるわ。
貴方を攻められない。でも、そうさせた人は許せない!
「誰に掛けたかは分かっているの?」
翁には、救出以降わたしやエドの事情は言っていない。
「いいや。触媒を――袋に入れられた髪の毛を渡されただけじゃ。誰かは聞いておらん」
「……そう」
翁も誰に掛けるか聞かされていなかったし、いま目の前にいるわたしがその対象だとは思ってもいなかったみたい。
わたしとエドワード王太子殿下だと伝えると、とても驚いていた。
「申し訳ないことをした……」
わたし達に掛けたであろう呪術では、人間を完全に動物に変えたかったそうだけれど――
キアオラ翁としては成功の手応えがあったのに、首謀者には失敗と言われたらしい。
ただでさえ劣悪だった環境や待遇が更に悪化して、とうとう殺されるかと思っていたそうだけれど、そこをわたし達が救出したそう。
おそらく、パーティーでエドが消え、わたしが犬に変身したのを目撃したか、聞いたかして、首謀者はキアオラの処分を思いとどまっていたのかもね……
しかし、ひとりの人間を十年も生かしたまま捕まえておくって、凄いことよね? 執念深いというか、何というか……
キアオラさんが儀式を行うために、小部屋から広いスペースに移る。
そこにはエドやシドもいるけれど、幾分慣れたようで、翁は怖がるそぶりを見せなかった。
テーブルを寄せてスペースを確保する。
翁は器に蝋を溶かして、その溶けた蝋に灰と樹液を入れてよく混ぜ合わせ、更に自分の血を数滴垂らし入れて混ぜてしばらく置く。
器の中でどす黒く、緩く固まったソレを切り出して、それを使って木の床に複雑な紋様を描き込む。
床の木目や隙間で紋様が途切れないように、丁寧に書き込んでいた。
わたしとエドは、椅子に腰かけてその様子を見守り、シドはその紋様を紙に書き写していく。
「あなた方が呪術の対象であったのなら、丁度よかった。髪の毛を頂ければ、この儀式成功の確実性が高まりますじゃ」
用意した寄り代――当初は男の子と女の子の布製人形を用意したけれど、翁の話を聞いて急遽ワンちゃんのぬいぐるみに変更――に、それぞれの髪の毛を埋め込んで、床に描かれた紋様の中心部分に置いた。
キアオラ翁が本を抱えながらしゃがみこんで、紋様に触れて祈りのような呪文のような言葉を長々と唱える。
モゴモゴと呪文が唱えられ始めると、紋様がうっすらと赤黒く光を放ったように見えた。
最初は、わたしの目がかすんで紋様が二重に見えたのかしら? と思ったのだけれど、違う。
詠唱が進むにつれて、その光は少しずつ強まり、光の先端が揺らめき、中央に置かれた寄り代に煙が吸い込まれるように集まり、やがて光りが収まった。
「……ふぅ。終わりじゃ」
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