4 / 6
4.リフェーリアの怒り……それは神獣フェンリルの誇りに関わる
しおりを挟むリフェーリアが毛を逆立てて烈火の如く怒り、胸倉を掴む手にも爪が立っちまってるから、俺が着ている安物の生成りの麻シャツには簡単に穴が開いた。
下手すりゃ胸板には親指の爪が刺さっちまってるかもしれねえな……痛えし……
「おい、落ち着けって」
「侮辱されて落ち着いていられるかっ!」
座ったままの俺と、大体同じ高さにある彼女の目には涙が浮かび、牙を露わに歯を食いしばっている。
「アタシの……アタシのっ……誇りっ……」
◆◆◆リフェーリア
ギグス……お前は良い奴だ。
アルゴンに下界に堕とされ――殺されかけて、死にかけのアタシを助けてくれたし、これから生きて……暮らしていくための道を教えてもくれた……
――だけど!
フェンリルにとって、体を覆っている毛に染み込んだ匂いや色は……それまで生を積み重ねてきた証と言える。
だからアタシらの種族は、自分の姿を! 色を! ニオイを! 胸を張って堂々と晒すのだ。
このことはアタシの本能に刻み込まれているんだ!
それに……アタシの頭ん中に残っている一番古く、そして唯一の温かい記憶――生まれたてで、まだ目も開かない赤子のアタシの耳に残っている母様《かあさま》の声……
『貴女にリフェーリアという名を与えます。ああ、貴女のこの純銀に輝く身体には、どんな色、どんな匂いが付くのでしょう? 母は楽しみだ……』
そして、アタシには……その言葉と共に、母様が舌で付けてくれた初めての匂いがあるんだっ!
それを落とせだと?
冗談じゃない!
◆◆◆
「アタシには母様の匂いが付いているんだ! それを……お前はっ」
リフェーリアの俺を掴む手に力が入り、顔を近づけてきつく睨んでくる。
「――お前は、アタシの誇りと、大切な母様との思い出を消し去れというのかぁっ!」
「リフェーリア……」
俺は、涙を浮かべながら怒りに震えるリフェーリアの――俺の胸倉を締め上げている――手を、両手で固く包みこんで目を合わせて答えてやろう。
「俺は、リフェーリアの出自はもちろん、詳しい種族すら知らねえけどよ。長いこと冒険者をやってるし、仲間にもいたから狼を祖とする獣人がそういった信念を持ってるってことは知ってるよ……」
彼女の手を包んだまま、俺の胸倉から手を離してやる。目も逸らさない。
「けどよぉ……おめえはそれでいいのか?」
「なんだと?」
「それは……今のお前の毛に染み付いたニオイは、『かくかくしかじか、こういう人生を歩んで来た』って母親に誇れるニオイなのか? 胸張って言えんのか?」
俺の言葉に、リフェーリアは「ぐぅ」と呻くと共に、一瞬目を泳がせた。
「そっ、それでも母様との……」
「――思い出はニオイでしか残らねえってのか?」
「それは……」
俺は間髪入れずに、でも押しつけがましくならねえ程度に、圧を抑えて諭すように続ける。
「思い出ってのは、お前の頭ん中に残るもんだ。ましてや大切な母親との思い出は、もうくっきり刻み込まれていて、いつまでも残るさ。永遠に。」
「永遠に……?」
「そうさ。それなのにニオイに拘《こだわ》る必要ってあるか? 嫌なモノまで一緒に残すこたぁねえって」
リフェーリアの手を包んでいた手を解き彼女の両肩に乗せて「な?」と説く。
その幼子《おさなご》は俯いて、だらんと垂らした手に握り拳を作ったまま考え込む。
どれくらいの時間が経っただろう。五分くらいか。
その間も、俺は立ち上がらず、彼女と同じ目線を保って待つ。
何回目かの林からの風が俺達を撫でて行ったその時――
「ギグス……お前の言う通りだ。母様のお声やニオイはアタシの頭に、心に、深く刻まれている。その後の辛い思いなんて、誰にも誇れるようなものではない。アタシにはこれっぽちも要らないモノだ!」
そう言うリフェーリアの表情は、さっきまでとは打って変わって憑き物が取れたように穏やかだ。
「そうだ。よく言った! これから生きてくのに、辛いモンまで背負って生きてく必要なんざねぇんだ」
リフェーリアが前向きな事を言ったのが嬉しくて、おもわず頭を撫でてしまった。
だが、彼女も満更でも無さそうにはにかんでいる。
「そ、それで……」
「ん?」
「どうやれば……どうやって落とせばいい?」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺の娘、チョロインじゃん!
ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ?
乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……?
男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?
アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね?
ざまぁされること必至じゃね?
でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん!
「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」
余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた!
え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ!
【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる