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第30話 エミリアとマックスとルノワ
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◆◆◆
カンタラリア帝国。今にも泣き出しそうな、あいにくの空模様。
帝都ヴァレン郊外の英雄墓地近くに、マックスとチューリーの姿があった。
「殿下。こんな所になんの用事ですか? まさか、“私”の墓参りですか?」
二人は、まさにベルント・ワグニスの墓を遠くから臨む小高い丘にいた。
「まあ……似たようなものだ。もう少し待とう」
「はぁ」
チューリーは、訝りながらもマックスと共に芝に座る。
しばらくすると、墓地に二人の人影。
一人は大柄な男。
離れた丘に向かってチラリと視線を送る。
「セイン?」
もう一人は……小柄な女性。
彼女は正喪服で、俯き加減で歩いている。
「セインの知り合いがお亡くなりなったのですか?」
だが、二人の向かう先はベルントの墓。
その女性は花と祈りを捧げると、墓標に歩み寄って慈しむように触れている。
チューリーにも、それが誰か分かった。
相手は気付いていない。だが、シルエットはベルントが将来を誓い合った女性。
自然と涙が頬を伝う。
「サンディー……」
「サンデリーヌ嬢が、どうしても『ベルントの眠る地へ行きたい』『祈りを捧げたい』と言ってね」
チューリーの視界は涙で滲んでいる。
「“ベルントの死”を知ったサンデリーヌ嬢は、正式に修道院に入ると言っていた。けれど、私と陛下とで話し合って五年間、王家に縁のある修道院で預かることにした」
「修道院?」
「そうだ。だから、チューリー。お前はその間学舎に残って、知識を身につけて私の元へ来い。そして、サンデリーヌ嬢を迎えに行くんだ。……いいな?」
「殿下……。ありがとうございます」
チューリーはサンデリーヌの姿を目に焼き付け、(必ず迎えに行きます)と己に誓を立てた。
◆◆◆
それから数週間。
マックスは学舎を卒業し、セインと共にリーンへ戻っていた。
チューリーは学舎の研究機関に入り、より深い政策研究に励んでいる。
夕焼けに照らされる王都リーンを一望できる王城の塔に、エミリアとマックスの姿があった。
「どうしてもこの光景を君に見せたくて……」
「とっても美しいです!」
エミリアは、マックスから贈られたドレス姿。
レロヘス家で、リンクスらと数か月先の“婚約式”の打ち合わせをしたエミリアとマックス。
その後、念願の王都散策を楽しんで、最後にマックスが連れてきたのがこの塔。
二人とルノワで、塔のバルコニーから王都の眺望を楽しんでいると、「エミリア」とマックスが声をかける。
「手紙にも書いたけど……。ようやく君に直接伝えることができる」
「マックス様……」
「エミリア。今日は君に会えてから、君を見る度に、胸が高鳴る」
「わたくしもです。殿下」
夕日に染まる街を背に、エミリアとマックスは互いの手をとり見つめ合う。
バルコニーの手すりにはルノワがちょこんとお座りしていて、二人を見詰めている。
「私は、エミリアに出会えたことを何より感謝している。愛を知ることができて感謝している。その陰には、君のつらい経験の繰り返しがあって、君はそれを乗り越えてきた。そんなエミリアに感謝している」
「マックス様……」
「君がいなければ、たとえ“あの日”をやり過ごせても、私の運命は変わらなかっただろう。エミリアは、つらい経験を乗り越えた先で私の運命をも救ってくれたのだ」
マックスは「だから……」と続けると、エミリアの手を両手で包み片膝立ちになる。
「今度は私に君を守らせて欲しい。……私と結婚して下さい」
マックスの言葉から、手から、バイオレットブルーの瞳から、愛が伝わってエミリアの心に幸せが満ちた。
「はい!」
エミリアからは喜びの涙が零れている。
エミリアがマックスの手を引くのに合わせて彼も立ち上がり、二人はくちびるを重ねた。
ルノワもぴょんぴょんとエミリアの腕を跳ね上がり、彼女のうれし涙をペロペロと拭う。
くちづけを終えると、マックスはハンカチでエミリアの涙を拭ってあげる。
ルノワは、今度はマックスの腕を辿り、彼の肩でおすわりしておめでとうのひと鳴き。
(にゃ~~)
「ふふっ。ありがとう」
「ルノワかい?」
「はい! マックス様の肩にいて、『おめでとう』と」
マックスはエミリアの差す肩に顔を向けて、「ありがとう」と優しく微笑む。
(にゃ~お)
◆◆◆
それから婚約式までの間、エミリアは王太子妃教育の合間を縫って、足繁くグランツの工房へ通った。
婚約式では、男性から女性に婚約指輪が贈られる。
女性からは、男性が身に着ける物を贈る慣習がある。
エミリアは、その際にマックスへ贈る物を手作りしているのだ。
「エミリア。お妃教育で忙しいのに、身体は大丈夫かい? 私も手伝おうか?」
「お爺様、心配して下さってありがとう。でも大丈夫よ」
「そうかい? くれぐれも無理はしないでおくれよ。……それにしても、エミリアがまた工房に通って来るなんて、懐かしいな?」
「ええ、私もよ。思い出がいっぱいのこの工房に通えて嬉しいわ」
そして、婚約式を迎える。
場所は王都大聖堂。
外装は現在改修中だが、この時は全ての足場を取り去り、白亜の姿が露わにされた。
改修は、エミリアの祖父グランツ・オロロージオが、エミリアとマクシミリアン王太子殿下の結婚式に合わせて大時計を寄付する為だ。
エミリアとマックスの婚約式には、王太子の婚約とあって国王をはじめ国内の諸侯が列席。
カンタラリアのハインリッヒシュテーリンデンポール・カンタラリア第四皇子も参列している。
「父上がね? 名代をどの皇子にするか悩んでいたからね、私が立候補したんだ。即決だったね」
大聖堂の祭壇には女神の像が祀られていて、女神の前で婚約の儀式が執り行われる。
粛々と儀式が執り行われ、マックスからエミリアの左手薬指に婚約指輪がはめられた。
そして、エミリアからは彼女自身が作った腕着け時計が贈られ、マックスの腕に着けられた。
時計に刻まれた紋章は、エミリアと同じ丸いカササギと猫の足跡。
このシーンを特等席で見たのはルノワ。
祭壇におすわりし、二人の真ん前で見届けて、その後はエミリアの肩に移った。
「これにて、両者が互いに婚約の証を身に着けられ、女神が婚約を見届けられました」
教会音楽隊の祝福の歌が歌われ、エミリア達を含む列席者達が女神に祈りを捧げる。
天窓からの光が若き二人に差し込み、女神も祝福しているかのような神々しさであった。
「本日より、ちょうど一年後に挙式を執り行います」
大司教から宣告があり、婚約式が終了した。
◆◆◆
婚約式を終え、ひと気の無くなった大聖堂内の女神像の前には、ルノワがいた。
(我が使徒よ)
女神像からルノワに声がかかる。
(よくぞエミリア――平和の御子の命を今日まで繋いでくれました。我が使徒よ)
(ルノワだよ)
ルノワが像を見上げて無邪気に言う。
(ルノワ?)
(うん! エミリアがぼくに名前をつけてくれたんだ)
(そうですか。ルノワ、よくやってくれました。エミリアが命を永らえた事で、近隣諸国を含む一帯に平和が訪れるでしょう)
(うん!)
(では、見事使命を果たしたルノワに褒美を授けましょう。望みを一つだけ叶えます)
(いいの?)
(もちろんです。なんでも一つ、望みを叶えましょう)
ルノワは、(う~ん)と首をひねりながら考えて……思いついた。
(じゃあね~、ぼくをルノワにして!)
(ルノワ?)
(うん! ぼくはルノワになって、エミリアとマックスと一緒に暮らすんだ!)
(その姿で、世に顕現したいのですね?)
(うん!)
(よいのですか? 猫になると、彼女達よりも寿命が短くて、先にお別れしなくてはならなくなりますよ?)
ルノワは少し悩むが、(うん! それでもいいよ!)と猫として二人と暮らす事を望んだ。
(……分かりました。あなたの望みを叶えましょう)
◆◆◆
婚約式から数日。
エミリアは式後から姿を見せないルノワを心配していた。
「いつもなら、ちょっと姿が見えなくなっても、しばらくすればシレっと戻って来ていたのに……」
ルノワを心配するエミリアを、マックスが「一緒に探そう」と誘う。
まずは大聖堂からと、二人で大聖堂に向かう。
エミリアが聖堂内を探して回るが、見つけられなかった。
諦めて他へ行こうと出入り口に向かうと、背中に猫の鳴き声がした。
「ルノワ?」
エミリアが振り返ると、遠くの祭壇に猫がいる。
(あれは……猫?)
「猫だね」
マックスにも見えると言う事は、本物の猫のようだ。
二人で向かうと、それは白く長い毛が神々しい立派な猫だった。
だが、その猫の足元には一匹の小さな小さな子猫が。
黒ネコの子猫がミャーミャーと鳴いている。
「まぁ、赤ちゃん猫?」
エミリアが声をかけると、心の中に女性の声が響く。
(この子は、ルノワです。あなた方と暮らしたいそうですよ)
「えっ?」
「エミリア、聞こえた?」
「マックス様にも聞こえましたか?」
「ああ、この子がルノワだと……共に暮らしたいと……」
二人は目を見合わせて、互いに頷いた。
◆◆◆
それから一年。外はまぶしいほどの快晴。
大聖堂では、オロロージオ家から寄付された大時計が時を刻み、エミリアとマックスの挙式が執り行われた。
聖堂内の空気は澄み渡り、陽光が天窓を通して若き二人に差し込む。
「マクシミリアン・リンデネートよ。貴方の心と魂は、エミリアの元にあり続けると誓うか?」
「はい。誓います」
「エミリア・レロヘスよ。貴女の心と魂は、マクシミリアンの元にあり続けると誓うか?」
「はい。誓います」
慈愛の眼差しで見守る女神像の前で、二人は誓いのくちづけを交わす。
「神前での誓いが成立した。この時を以って、二人の心と魂はひとつに重なった」
二人の愛もこの一年で大きさを増し、今日ひとつとなった……
式中は、一匹の黒ネコが二人の間を行き来し、列席者の心を和ませたという。
(了)
カンタラリア帝国。今にも泣き出しそうな、あいにくの空模様。
帝都ヴァレン郊外の英雄墓地近くに、マックスとチューリーの姿があった。
「殿下。こんな所になんの用事ですか? まさか、“私”の墓参りですか?」
二人は、まさにベルント・ワグニスの墓を遠くから臨む小高い丘にいた。
「まあ……似たようなものだ。もう少し待とう」
「はぁ」
チューリーは、訝りながらもマックスと共に芝に座る。
しばらくすると、墓地に二人の人影。
一人は大柄な男。
離れた丘に向かってチラリと視線を送る。
「セイン?」
もう一人は……小柄な女性。
彼女は正喪服で、俯き加減で歩いている。
「セインの知り合いがお亡くなりなったのですか?」
だが、二人の向かう先はベルントの墓。
その女性は花と祈りを捧げると、墓標に歩み寄って慈しむように触れている。
チューリーにも、それが誰か分かった。
相手は気付いていない。だが、シルエットはベルントが将来を誓い合った女性。
自然と涙が頬を伝う。
「サンディー……」
「サンデリーヌ嬢が、どうしても『ベルントの眠る地へ行きたい』『祈りを捧げたい』と言ってね」
チューリーの視界は涙で滲んでいる。
「“ベルントの死”を知ったサンデリーヌ嬢は、正式に修道院に入ると言っていた。けれど、私と陛下とで話し合って五年間、王家に縁のある修道院で預かることにした」
「修道院?」
「そうだ。だから、チューリー。お前はその間学舎に残って、知識を身につけて私の元へ来い。そして、サンデリーヌ嬢を迎えに行くんだ。……いいな?」
「殿下……。ありがとうございます」
チューリーはサンデリーヌの姿を目に焼き付け、(必ず迎えに行きます)と己に誓を立てた。
◆◆◆
それから数週間。
マックスは学舎を卒業し、セインと共にリーンへ戻っていた。
チューリーは学舎の研究機関に入り、より深い政策研究に励んでいる。
夕焼けに照らされる王都リーンを一望できる王城の塔に、エミリアとマックスの姿があった。
「どうしてもこの光景を君に見せたくて……」
「とっても美しいです!」
エミリアは、マックスから贈られたドレス姿。
レロヘス家で、リンクスらと数か月先の“婚約式”の打ち合わせをしたエミリアとマックス。
その後、念願の王都散策を楽しんで、最後にマックスが連れてきたのがこの塔。
二人とルノワで、塔のバルコニーから王都の眺望を楽しんでいると、「エミリア」とマックスが声をかける。
「手紙にも書いたけど……。ようやく君に直接伝えることができる」
「マックス様……」
「エミリア。今日は君に会えてから、君を見る度に、胸が高鳴る」
「わたくしもです。殿下」
夕日に染まる街を背に、エミリアとマックスは互いの手をとり見つめ合う。
バルコニーの手すりにはルノワがちょこんとお座りしていて、二人を見詰めている。
「私は、エミリアに出会えたことを何より感謝している。愛を知ることができて感謝している。その陰には、君のつらい経験の繰り返しがあって、君はそれを乗り越えてきた。そんなエミリアに感謝している」
「マックス様……」
「君がいなければ、たとえ“あの日”をやり過ごせても、私の運命は変わらなかっただろう。エミリアは、つらい経験を乗り越えた先で私の運命をも救ってくれたのだ」
マックスは「だから……」と続けると、エミリアの手を両手で包み片膝立ちになる。
「今度は私に君を守らせて欲しい。……私と結婚して下さい」
マックスの言葉から、手から、バイオレットブルーの瞳から、愛が伝わってエミリアの心に幸せが満ちた。
「はい!」
エミリアからは喜びの涙が零れている。
エミリアがマックスの手を引くのに合わせて彼も立ち上がり、二人はくちびるを重ねた。
ルノワもぴょんぴょんとエミリアの腕を跳ね上がり、彼女のうれし涙をペロペロと拭う。
くちづけを終えると、マックスはハンカチでエミリアの涙を拭ってあげる。
ルノワは、今度はマックスの腕を辿り、彼の肩でおすわりしておめでとうのひと鳴き。
(にゃ~~)
「ふふっ。ありがとう」
「ルノワかい?」
「はい! マックス様の肩にいて、『おめでとう』と」
マックスはエミリアの差す肩に顔を向けて、「ありがとう」と優しく微笑む。
(にゃ~お)
◆◆◆
それから婚約式までの間、エミリアは王太子妃教育の合間を縫って、足繁くグランツの工房へ通った。
婚約式では、男性から女性に婚約指輪が贈られる。
女性からは、男性が身に着ける物を贈る慣習がある。
エミリアは、その際にマックスへ贈る物を手作りしているのだ。
「エミリア。お妃教育で忙しいのに、身体は大丈夫かい? 私も手伝おうか?」
「お爺様、心配して下さってありがとう。でも大丈夫よ」
「そうかい? くれぐれも無理はしないでおくれよ。……それにしても、エミリアがまた工房に通って来るなんて、懐かしいな?」
「ええ、私もよ。思い出がいっぱいのこの工房に通えて嬉しいわ」
そして、婚約式を迎える。
場所は王都大聖堂。
外装は現在改修中だが、この時は全ての足場を取り去り、白亜の姿が露わにされた。
改修は、エミリアの祖父グランツ・オロロージオが、エミリアとマクシミリアン王太子殿下の結婚式に合わせて大時計を寄付する為だ。
エミリアとマックスの婚約式には、王太子の婚約とあって国王をはじめ国内の諸侯が列席。
カンタラリアのハインリッヒシュテーリンデンポール・カンタラリア第四皇子も参列している。
「父上がね? 名代をどの皇子にするか悩んでいたからね、私が立候補したんだ。即決だったね」
大聖堂の祭壇には女神の像が祀られていて、女神の前で婚約の儀式が執り行われる。
粛々と儀式が執り行われ、マックスからエミリアの左手薬指に婚約指輪がはめられた。
そして、エミリアからは彼女自身が作った腕着け時計が贈られ、マックスの腕に着けられた。
時計に刻まれた紋章は、エミリアと同じ丸いカササギと猫の足跡。
このシーンを特等席で見たのはルノワ。
祭壇におすわりし、二人の真ん前で見届けて、その後はエミリアの肩に移った。
「これにて、両者が互いに婚約の証を身に着けられ、女神が婚約を見届けられました」
教会音楽隊の祝福の歌が歌われ、エミリア達を含む列席者達が女神に祈りを捧げる。
天窓からの光が若き二人に差し込み、女神も祝福しているかのような神々しさであった。
「本日より、ちょうど一年後に挙式を執り行います」
大司教から宣告があり、婚約式が終了した。
◆◆◆
婚約式を終え、ひと気の無くなった大聖堂内の女神像の前には、ルノワがいた。
(我が使徒よ)
女神像からルノワに声がかかる。
(よくぞエミリア――平和の御子の命を今日まで繋いでくれました。我が使徒よ)
(ルノワだよ)
ルノワが像を見上げて無邪気に言う。
(ルノワ?)
(うん! エミリアがぼくに名前をつけてくれたんだ)
(そうですか。ルノワ、よくやってくれました。エミリアが命を永らえた事で、近隣諸国を含む一帯に平和が訪れるでしょう)
(うん!)
(では、見事使命を果たしたルノワに褒美を授けましょう。望みを一つだけ叶えます)
(いいの?)
(もちろんです。なんでも一つ、望みを叶えましょう)
ルノワは、(う~ん)と首をひねりながら考えて……思いついた。
(じゃあね~、ぼくをルノワにして!)
(ルノワ?)
(うん! ぼくはルノワになって、エミリアとマックスと一緒に暮らすんだ!)
(その姿で、世に顕現したいのですね?)
(うん!)
(よいのですか? 猫になると、彼女達よりも寿命が短くて、先にお別れしなくてはならなくなりますよ?)
ルノワは少し悩むが、(うん! それでもいいよ!)と猫として二人と暮らす事を望んだ。
(……分かりました。あなたの望みを叶えましょう)
◆◆◆
婚約式から数日。
エミリアは式後から姿を見せないルノワを心配していた。
「いつもなら、ちょっと姿が見えなくなっても、しばらくすればシレっと戻って来ていたのに……」
ルノワを心配するエミリアを、マックスが「一緒に探そう」と誘う。
まずは大聖堂からと、二人で大聖堂に向かう。
エミリアが聖堂内を探して回るが、見つけられなかった。
諦めて他へ行こうと出入り口に向かうと、背中に猫の鳴き声がした。
「ルノワ?」
エミリアが振り返ると、遠くの祭壇に猫がいる。
(あれは……猫?)
「猫だね」
マックスにも見えると言う事は、本物の猫のようだ。
二人で向かうと、それは白く長い毛が神々しい立派な猫だった。
だが、その猫の足元には一匹の小さな小さな子猫が。
黒ネコの子猫がミャーミャーと鳴いている。
「まぁ、赤ちゃん猫?」
エミリアが声をかけると、心の中に女性の声が響く。
(この子は、ルノワです。あなた方と暮らしたいそうですよ)
「えっ?」
「エミリア、聞こえた?」
「マックス様にも聞こえましたか?」
「ああ、この子がルノワだと……共に暮らしたいと……」
二人は目を見合わせて、互いに頷いた。
◆◆◆
それから一年。外はまぶしいほどの快晴。
大聖堂では、オロロージオ家から寄付された大時計が時を刻み、エミリアとマックスの挙式が執り行われた。
聖堂内の空気は澄み渡り、陽光が天窓を通して若き二人に差し込む。
「マクシミリアン・リンデネートよ。貴方の心と魂は、エミリアの元にあり続けると誓うか?」
「はい。誓います」
「エミリア・レロヘスよ。貴女の心と魂は、マクシミリアンの元にあり続けると誓うか?」
「はい。誓います」
慈愛の眼差しで見守る女神像の前で、二人は誓いのくちづけを交わす。
「神前での誓いが成立した。この時を以って、二人の心と魂はひとつに重なった」
二人の愛もこの一年で大きさを増し、今日ひとつとなった……
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