腕着け時計のご令嬢~あの人を救うために……時間よ巻き戻れ~

柳生潤兵衛

文字の大きさ
上 下
29 / 30

第29話 国王とマックスからの書状

しおりを挟む
 アデリーナが屋敷に現れた翌日、ブラーバから緊急を告げる手紙が届いた。
 家令の彼は報告が遅れたことを詫び、“アデリーナが屋敷を抜け出して王都へ向かった”旨を報せる。

「遅い! 彼女はもう見つかっているのに!」
「お父様、それよりも何があったかが大事です」
「エミリア……そうだな」

 リンクスはエミリアの言葉で、ブラーバに対する怒りを抑えて内容を確認する。
 アデリーナが絶妙なタイミングで屋敷を抜け出した事や、現金を所持していないため近場に潜んでいると思った事で初動が遅れたらしい。

 だが、それ以降のブラーバの報告に、リンクスの顔色が変わる。

 領内を捜索する過程で、ワズという若い男を発見。
 挙動不審だったので、問い詰めるも要領を得ない。
 多少強引な手を使って聞きだしたところ、アデリーナを隣領の宿場町に送った事が発覚。
 更に聞くと、アデリーナは“領主の落とし子”なる者に酷い目に遭わされるところだった。
 ワズらは拘束、ブラーバ達も宿場町近辺で捜索を続ける。

 手紙を読み終えたリンクスの瞳には、怒りの炎が宿っていた。

 その“領主”とは、ワグニス派の子爵。子爵自身はワグニスの疑獄ぎごくの渦中で、処罰は免れない。
 後日、リンクスは宿場町に私兵を送り、“領主の落とし子”を拘束・連行させ、ワズらと共に処罰した。

 休養を終えたアデリーナは、クリスに連れられて領地に送り届けられて、おとなしく謹慎生活に戻った。

 ◆◆◆

 更に数日。
 マックスは王国内での活動が落ち着き、カンタラリア留学に戻ることにした。
 もともとマリアンの独善で宣言された放逐であったので、エミリアはレロヘス家に戻ることになった。
 しかし、一度マックス達に付いて帝都ヴァレンへ行く事にする。
 ウォルツ以外には深く事情を説明せずにライオット時計店を出たため、きちんと別れの挨拶をするためだ。


「そうか……良かったな? エミリア――っと! エミリア様」
「エミリアで結構ですよ! ゼニスさん」

 帝都ヴァレンに戻ったエミリアは、ウォルツ・ライオットに挨拶を済ませて工房にいた。

「ほんの数か月、短い間ですけれど大変お世話になりました」
「いやいや、俺達の方こそグランツ・オロロージオ仕込みの技術を見せてもらって、いい勉強になったよ。それに……エミリアに刺激されてダニーも双子も目の色を変えて勉強するようになったよ」

 そして、工房の職人とも挨拶を交わしていく。

(パテックさん、フィリップさん……。“あの時”お二人が命をかけて私と双子君を守ろうとしてくれたこと。一生忘れません)

「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」「ヴァレンに来ることがあったら、いつでも寄ってね」

(パネル君、ライル君……“あの時”守ってあげられなくてごめんね)

「皆さんの言う事を聞いて頑張れば、きっといい時計職人になれるわ。応援しているわね」
「「うん! ありがとー」」

(ダニーさん……“あの日”あなたが付いていてくれなければ、“今回”のいい結果にはならなかったかも知れません)

「ダニーさんの手先の器用さなら、とってもいい職人さんになれます! 頑張って下さいね? それと、お母様仕込みのスープ……(もう一度)食べたかったです」
「お、おう」

 ダニーは、(あれ? 俺、スープの話、したっけか?)と不思議そうな顔になった。

 そして、ダニーと双子達と一緒に三階の片付けに向かうが、ここでの日常と“あの時”の異様な光景、両方とも思い出される。

「なんだよ? 肌着類以外、置いていくのか? です」
「無理しなくてもいいですよ? お台所の物とかは誰かが入った時に使えますから……。だから、ダニーさんもパネル君もライル君も、お掃除はサボらないようにね?」
「お、おう」「「はぁーい」」

 エミリアは、ライオット時計店のみんなの見送りを受けて、ポール皇子の用意してくれた馬車で宿に向かった。
 一日だけの滞在で帝都を後にするエミリア。

「もう君はレロヘス子爵令嬢だ。ご令嬢が一人で旅をするなんて危険だ。それに……エミリア、君を一人にするのは私には凄く不安で耐えられそうにない」

 彼女は乗合馬車を乗り継いで国境まで行くつもりだったが、マックスが国境まで送ってくれる事になった。
 リンデネートに入ってからは、クリスと御者のマルコが迎えに来てくれる。


 今度は馬車の中に二人きり……
 最初はお互いに意識しすぎて二人ともぎこちなかったが、お互いの出会いや、共有している出来事を振り返って話をするうち、自然と元の二人に戻れた。
 そして……

「もうすぐ国境に着く。国境を超えるところまでは一緒に行くよ。エミリア」
「ありがとうございます。マックス様……」

 そして、しばらくの沈黙のあと、マックスが慎重に言葉を選びながらエミリアに伝える。

「エミリア。私も数か月したら留学を終えて王都に戻る」
「はい……」
「その時に、君に正式に伝えたいことが……ある」
「はい」
「その数か月、会えないけれど……待っていてくれるかい?」
「はい。マックス様のことを、お待ち申しております」

 お互いに手を取り合って目をそらさず、それぞれがバイオレットブルーの瞳と碧眼を見つめ合う。

 コンコンッ!

 それは、トムソンの通常停車の合図が鳴るまで続いた。

 ◆◆◆

 その後リンデネート王国では、数か月かけて王国貴族の処分が行われた。
 大逆罪が適用されたワグニス侯爵家は貴族位が剥奪される奪爵だっしゃくとなり、一親等まで死罪となった。
 それ以外にも二親等三親等と広く処罰が及び、ワグニス家は消滅。
 一大勢力を誇ったワグニス派閥の貴族達も、不正の大きさに応じて処罰され、次々と奪爵だっしゃく降爵こうしゃくとなる。
 建国以来このような事は初めてで、貴族の大醜聞スキャンダルと騒がれた。

「自分達の貴族位が上がるのでは?」
「領地が加増されるのでは?」

 浮足立つ者が多かったが、そうはならなかった。
 没収した領地は一時的に国王の直轄統治となる。

 そんな中、ごく一部は不正調査や監査時に『功あり』として陞爵しょうしゃくされた。
 リンクス・レロヘスも子爵から伯爵へ陞爵しょうしゃく
 アデリーナが酷い目に遭った宿場町を含む子爵領と、隣接する鉱山地帯の加増も受けて将来の展望が開けた。

「これから忙しくなるぞ? クリス! お前も学園を卒業したら、領地経営にも携わってもらうぞ」
「ち、父上! それどころではありませんよ!」

 普段は落ち着いているクリスが珍しく慌てている。

「どうした?」
「王家からの遣いの方がお見えです!」

「王家より書状である。国王陛下よりレロヘス家当主リンクス・レロヘス宛て、王太子殿下よりエミリア・レロヘス嬢宛てである」

 エミリアも急遽呼ばれて、使者の前に膝を折る。

(急に呼ばれたのですけれど……マックス様からお手紙?)

「納められよ」
「ははっ!」「はい」

 使者が去った後、エミリアとリンクス、そしてクリスはテーブルに書状を並べて息を呑む。
 そして、開封して呼んだリンクスがまた驚く。

「王太子殿下とエミリアの婚約っ!?」

「やはり……」

 王家からの婚約の申し込みに驚いて言葉を失うリンクスと、妙に納得顔のクリス。
 エミリアは頬を赤らめてうつむく。

 リンクスはしばらくの放心の後、もう一通にも手を伸ばそうとするが、クリスが「これは王太子殿下からエミリアへの、言わば私信です」と制す。


 ◆◆◆マックスからの手紙

 エミリア。
 突然の事で驚いていることだろう。 
 本来ならば学舎を卒業してリンデネートに戻ってから、エミリアに会って
 私の口から直接結婚を申し込みたかったのだけれど……

 陛下に手紙で相談申し上げたら、リンクス殿は伯爵に陞爵が決まっているから
 すぐに婚約を申し込むと聞かなくて、私のこの手紙も一緒に届けてもらうことにした。
 君の気持ちも確認せずに、このような事になって申し訳ない。

(マックス様……)

 エミリア。
 あなたと初めて出会った時、あなたに見つめられた私は、心臓の鼓動が早まった。

 車内であなたの境遇を聞いて、ライオット時計店を紹介した。
 これは、あなたに対する同情や憐れみなどでは決して無い。
 私自身にも身の危険が迫る中、協力者の店に素性の知らない人を紹介することは危険だからね。

 でも、私は紹介した。
 あなたを見ていて、どうしてもあなたを助けたいと思った。
 その時は、自分がどうしてその様な決断をしたのか分からなかったけれど、今ならはっきりと分かる。
 私はあなたと出会った時から、あなたに惹かれていたのだと。

 私は、自分のあなたへの気持ちが何なのか分からないまま、あなたと様々な出来事を乗り越えた。
 ベルントの“事件”のあと、それは恋だと気付いたんだ。

(マックス様)

 ポールがあなたに興味を示した時に、「渡したくない」と強く思った。
 それからあなたと会うたびに、その気持ちは大きくなっていき、愛になった。

 そう。私はエミリアを愛している。

(マックス様、わたくしもです……)

 その愛は、恋と同じように日に日に大きくなる。

(わたくしもです!)

 私はもうすぐリンデネートに帰る。
 帰った時に、あなたに私の愛を伝えさせてもらえないだろうか?

 願わくば、あなたに私の愛を受け入れてもらいたい。

 マクシミリアン

 ◆◆◆

 エミリアは、涙を流してマックスからの手紙を抱き締める。

(マックス様。あなたの愛を受け入れます……ですから……はやく会いにいらして下さい)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

処理中です...