腕着け時計のご令嬢~あの人を救うために……時間よ巻き戻れ~

柳生潤兵衛

文字の大きさ
上 下
18 / 30

第18話 「信じよう」

しおりを挟む
 エミリアの「あなた様がマクシミリアン王太子殿下だからです」という言葉に、マックスが驚いて飛び退いた。
 マックスの姿が見えていたベルントとトムソンが反応し、抜剣の構えをしてマックス様子をうかがう。

 エミリアは臆することなく彼の瞳を見つめる。
 マックスも彼女の碧眼を見つめ返す。


 一番離れた場所で見張りをしていたセインもベルント達に合流し、三人でマックス達に近づこうとしたが、マックスは彼らに戻る様に言った。

「すまない! 虫がいただけだ。でももう大丈夫、もう少しエミリア嬢を休ませてあげよう」

 エミリアの隣に戻りつつ、「話をさえぎってしまってすまないね。君が私の事を王太子だなんて言うから……。どうしてだい?」

 そう問いかける彼からは笑みが消えていて、ジッとエミリアを見据える。

「それが分かったのは……私が駆けつけた時に、あなた様から『王太子を認証するリング』を託されたからです。キューウェル公爵へ渡すように、と」

 “リング”と“公爵”、二つの重要機密と言っても過言ではない単語に、マックスの顔は強張こわばった。

「そして……私は、襲撃の依頼者を見てしまい、口封じで時計店の皆さんと一緒に殺されてしまったのです」
「依頼者?」
「はい。それが――」
「――待ってくれ」

 エミリアの話を制止し、マクシミリアンは口元に手を当てて熟考する。


 ◆◆◆マクシミリアン


 今日のエミリア嬢は朝から様子がおかしかった……
 いや、出会った時からかもしれない。
 何か思い詰めているような感じだった。

 彼女は敵対勢力の差し金かとも思えるが……盗賊から辱めを受ける所だったのだ、その可能性は低いと判断した。
 私達が揃っている所では、塞ぎがちなのが気になってベルント達にも聞いてみたが、彼らに接点も思い当たる節も無いという。

 そして今日。
 彼女の馬車酔いを機に、何か聞き出せないかと一対一になってみれば……

「私はリンデネート王国の子爵、レロヘス家のエミリア・レロヘスと申します」

 彼女は自分の素性を明かし、放逐に至る経緯まで話してくれた。
 それは理不尽で、エミリアの母親と妹は愚か者だ。我が子、実の姉に、そこまでするかと憤りも感じる。

 だが、問題はその後だ!

「私は未来から戻って来たのです」

 何を言い出すのだと思っていたら、彼女は私の手を取って空を撫でさせた。
 感触があったのだ! 動物の! 小さな背中と頭、それは猫だという……

 それにしても、彼女の――エミリア嬢の顔が近かった。
 彼女の、後ろに束ねた金のポニーテールが風に揺れて私にかかるほどに……
 彼女の透き通るような肌が、頬が、私の頬に触れるのでは? というほどに……
 私の手には、彼女の華奢な手が添えられているし……

 初めて女性に関わることで、紅潮してしまった。
 あの日――一昨日おととい、初対面の彼女を抱き抱えた時も、あの瞳に見つめられて平静を装うのがやっとだったが……

 お互いに気を取り直して話を聞けば、エミリア嬢に命の危機が訪れた時、私には手の毛並みの感触しかない猫と腕着け時計の条件が揃えば、彼女は過去に遡ると言う。

 そして、それは四回起こったとのこと。
 三回目の巻き戻りを終えて、彼女は初めて難を逃れたという。それが一昨日の放逐だそうだ。
 その時の彼女も、私からライオット時計店の紹介を受け採用されたらしい。

 私も立場上命を狙われるが、彼女はもう四度も命を落とす経験をしているのか?
 エミリア嬢は淡々と話していたが、異常な事態だぞ?

 そして私がライオットを訪ねる時に、襲撃を受けて殺されたという。

 私はここに生きているぞ? 襲撃にだって、我々ならある程度以上の対応はできるはずだ。
 世迷言として片付けることもできる。
 だが……エミリア嬢は真剣だ。人を騙すような女性だとも思えない。

 どうしてそうなったのかを聞くと、私がマクシミリアンだからだと言い放った! 平然と!

 なぜ知っているっ! なぜ分かったのだっ! なぜ?

 更に話を続けさせると、私が王太子の証のリングを所持していることや、後ろ盾のキューウェル卿の名まで出してきた!
 キューウェル卿に関しては、別の貴族を表に立たせているので、周囲に明かされていないのに……なぜ知っている!


「私は襲撃の依頼者を見てしまい、口封じで時計店の皆さんと一緒に殺されてしまったのです」

 エミリア嬢はそういうと、その『依頼者』を言おうとする。
 待て、待ってくれ!

 俺――私は、それを聞いて冷静でいられるのか? 平静を保てるのか?
 そもそも聞く覚悟はできているのか?

 ……いや、私は王太子だ。いずれリンデネート国王として、国を率いていかなければならない。
 聞きたくない報もあろう。聞いて心乱れる報もあろう。聞かなければよかったと思うような報もあるだろう。
 それら全てを呑み込んで尚、判断を、決断を下さねばならないのだ……


 ◆◆◆


 マクシミリアンは深く息を吸い、覚悟を決めるようにフーッと吐く。

「……聞こう」

 エミリアも彼の様子を見て「はい」と頷き、「まずは、殿下が襲撃された時の事を」と落ち着いた口調で話し始める。

「私がダニーという工房の職人と現場に駆け付けた時には、セイン様とトムソンさんは数人の暴漢を道連れにお亡くなりになっていました。殿下が動いたのを確認した私が駆け寄ると――」

 エミリアは当時の様子が蘇ってきて、心臓の鼓動が速まるのを感じる。

「フー。わ、私にリングと『キューウェル公爵に』という言葉を残してご逝去せいきょなさいました」
「生きている身としては、にわかには信じ難い話だけれど……」

 そこへ帝都警備隊が来たので、エミリアはマクシミリアンの遺体もそのままに自室に戻ろうとした。

「その時に見てしまったのです」
「襲撃を依頼した人間だね? 誰だったんだい?」
「……ベルント様……でした」

 その瞬間、マクシミリアンは「まさか!?」の表情。

「そ、そんなはず……」
「ベルント様は、裏社会の元締めという人と一緒に現場付近にいたのです。金銭らしきものを渡していました」

 彼は表情を曇らせ、絞り出すようにエミリアに言う。

「エミリア嬢、あなたは真剣だ。それに、嘘を言う人間ではないのは分かっている。分かってはいるが、あのベルントだぞ? 幼い頃から私の側にいる信頼できる最側近の一人だ。信じたくない気持ちが強い……」

「お気持ち、お察しいたします。ですが……今思うとその時、私は見られていたのでしょう。翌日時計店はその元締めに襲撃され、私も剣で刺されました」
「剣で……」
「巻き戻る前に、『指輪を探せ。それを見つければ報酬は五倍。あの貴族のガキが必ず出す』と聞こえました」


 ◆◆◆マクシミリアン


 血の気が引いていく。
 ベルントが? いや、カンタラリアには王国貴族の子息もいくらかいるし、帝国貴族の子息ならもっとだ。

「それだけでは、ベルントとは断定できないのでは?」

 状況証拠が揃っている以上、私の論の方が乱暴なのは分かっているが……
 エミリア嬢は、それでも冷静さを崩さずに、私の暴論にも頷いて見せてくれた。

「私も断定はできません。そもそも、ですから」

 そうだ! まだ起こってもいないし、私も殺されてなどいないのだ!

「ここからは、昨日の夜のことです」

 エミリア嬢が色々と考え過ぎて寝付けずにいて、深夜に部屋の窓を開けて夜風に当たっていたら、ベルントともう一人の男との会話を聞いたという。

「その男は、ベルント様に文を渡し、それを見た彼が『父上はまだ諦めないのか』とおっしゃいました」

 ベルントの父親は、ワグニス侯爵。ワグニス財務卿……

「昨日の襲撃は、そのベルント様の父上の企てで、ヴァレンでは金に糸目はつけないから、万全を期すように……と」

 これはいよいよ確定か。まさかベルントが、本当に……

「ただ、私が聞いた限りでは、ベルント様が進んで殿下を陥れようとしているとは思えない様子でした」
「本当かい?」
「はい。ベルント様の父上が第三王子を推すつもりだと聞いた時には、『甘い。傀儡かいらいにしたとしても、国が衰退すればどうしようもないのに』と」

 ベルントも馬鹿ではない。傀儡を立てて操ったとしても、必ず抵抗勢力はできるし、内政が乱れる。

「それに、反抗するとサンデリーヌという方の命が無いとも言われていました。まるで脅されているような……」

 サンデリーヌ? ベルントの婚約者。当初は政略がらみの婚約であったが、お互いに愛を育んでいたと聞くが?
 まさか、侯爵に人質に取られている?

 確かに、ワグニス財務卿には地位や職務上知りえた情報を利用して悪事を働いている、との黒い噂があるのは聞き及んでいるが……


 ◆◆◆


「いかがでしょう。信じるに足るでしょうか?」
「…………信じよう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...