腕着け時計のご令嬢~あの人を救うために……時間よ巻き戻れ~

柳生潤兵衛

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第16話 選択~別展開

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「明日もこれに乗って行くかい? 私達はそれでも構わないよ?」

 マックスが提案してきた。

(ここは図々しいと思われてでも、乗せてもらわないと……)

「そんなに甘えてしまってよろしいのでしょうか?」
「なに、行き先は同じなのだし、私達は構わないよ。なっ?」
「え、ええ」
「そうそう、嬢ちゃんさえ男ばかりでむさ苦しいって事に我慢できるんなら、大歓迎だぜ」

 ベルントは多少困惑の色があったが、話の流れには逆らわなかった。

「では、お願い致します」

 宿はどうすると聞かれたが、エミリアは金銭的な無理はせずに別の宿に泊まる事にする。
 御者のトムソンから翌日の待ち合わせ時間を聞き、その場は別れた。

(靴クツくつ! まずは靴!)

 エミリアは足早に前回と同じ店に行き、手早くブーツを買い、同じ宿を紹介してもらって泊まる。


 同じ頃、マックス達は馬車内で見せてもらったエミリアの時計の事を話していた。
 その時計の紋章から、彼女とオロロージオ家の関係を推測したマックスは、ベルントに『放逐』という只ならぬ事態の理由を調べさせるように指示した。


 早々に夕食や沐浴もくよくを済ませたエミリアは、ベッドに入って考えを巡らせる。

(マックス様にお話しするにしても、何をどう話すかよね? それにベルントもいるし……。ベルントがいると、どうしてもすくんでしまう。これじゃ不審に思われるかもしれないわ。とにかく落ち着いて機会をうかがうしかないわね)

「期限は、帝都に着く明後日の昼まで……か」

 そしてエミリアは、自分の胸元で寝息を立てて眠るルノワの事も気になっている。

「ルノワ……私が死ぬごとに小さくなって。五本あった尻尾も、今は一本……。もし次に命の危機が迫ったら……次はあるのかしら? ルノワはどうなってしまうの?」

 ルノワを撫でるうちに、エミリアも自然と眠りに落ちた。


 朝になり、エミリアが約束の時間より早めに合流すると、さっそく出発する事になった。

「今日は午後にカンタラリアに入国して、中継地の町でもう一泊だよ」

 ベルントが予定を伝えるが、エミリアは委縮しないように気をつける。


「エミリア嬢は、南部は来た事あるのかい?」
「いいえ」
「木々や植物が王都辺りとは全然違うよ? 見てごらん」
「は、はい」

 マックスやベルントが話しかけてくれたが、前回も見たからという理由などでは無く、エミリアは外の景色を見る余裕は無かった。

(このままマックス様にお話しできなければ、セイン様と二人で時計店へいらして下さるまで機会は無い……。その機会すら今回はあるかどうか……)

 昼前、カンタラリアへの国境を超える前、最期のリンデネート国内の中継地が見えてきた時だった。

 ドンドン! コッコッコッ!

 御者のトムソンの合図で車内に緊張が走った。
 敵襲・襲撃の合図だという。

(敵襲? 前回も昨日だけじゃなく、こんな経験をしていたの?)

「エミリア嬢は、じっとしていて。心配いらないからね」
「は、はい!」

「セイン、ベルント出るぞっ!」
「ええ!」「おう!」

 馬車が止まると、マックス達は慌てることなく剣を手に飛び出していく。
 トムソンも御者席から降りて戦闘に加わる。

 エミリアが窓から確認しただけでも敵は十人ほど。
 盗賊っぽい格好の者と、街中の裏社会風の者が混じっていた。

 トムソンも入れた四人は強かった。
 基本的にトムソンとマックス、セインとベルントの二人一組で戦う態勢を崩さず、場合によっては四人一組で戦う。
 攻撃と防御の役割分担をする事で、効率よく敵を倒していく。

 エミリアは馬車のドアから身を乗り出すように戦闘の様子を見ていた。
 マックスの事が心配だったが、ベルントから目を放さないようにする為だ。

(ベルントが変な動きをしたら、マックス様達に教えなくちゃ……)

 実際、ベルントは戦闘中にマックスの後方に位置を取り戦う事もあったが、それは『あわよくばマックスの背後を襲う為の絶好の位置』とも『マックスの死角をカバーする的確な動き』とも取れるもので、エミリアには判断がつくものでは無かった。
 中継地の町から騒ぎを聞きつけた警備隊が出てくる頃には、マックス達が敵を倒し終わっていた。

「エミリア嬢、今回は良かったけれど、馬車から身を出すのは危ないよ?」

 ベルントとセインが警備隊に事情の説明をしている間に、マックスが戻って来てエミリアに注意した。

「す、すみません。つい気になってしまって……」

(戦っている最中でも気付いてらしたのね。それよりも、今なら話せるかしら?)

「あのっ! マックスさ――」

 エミリアが思い切って話しかけようとした時、セインとベルントが引き返してきた。

「うん? どうした?」
「い、いいえ。何でもありません……」

 結局マックスに話せぬまま馬車は出発した。

 馬車内では、「敵を一人でも生かしておけば、情報を得られたのでは?」というエミリアの疑問に、「ああいう連中は、目的や依頼主については言わないんですよ」
 とベルントがあきらめ気味に言っていた。

 彼らがマックスは『マクシミリアン王太子殿下だ』と言う事を、エミリアにも周囲にも隠している以上、貴族や商人を狙った盗賊の犯行としか片付けられないのだ。

 馬車は国境を超え、夕方にはヴァレンの手前の町に到着。
 国境を超える際の、身分証は一人ひとり係官に見せる為、エミリアがレロヘス家の人間だったという事は知られずに済んだ。

(係官が騒がなかったという事は、マックス様の身分証は偽装されているようね。もしかしたら他の三人の物も……)

 この宿場町は昨日の町より小さく、マックス達の宿はエミリアでも泊まれそうだったので、彼女も同じ宿に決めた。

(安い部屋にしたけどね……)

 宿代を出してくれると言ったマックスに対し、エミリアは「旅程りょていの食事もご馳走になっているのに、これ以上甘えるわけには参りません」と固辞したが、「では、夕食はいいのだね?」と、ご馳走になった。


 深夜のことだった。
 昼間の襲撃を考えると、(昨日の乗合馬車への盗賊も、マックスを巻き込む為の囮だったのでは?)とか、(そうなると、本当に早くマックス様にお伝えしなければ同じ事の繰り返しになってしまう! どうしよう……)と考えてしまい、エミリアは寝付けないでいた。

(外の空気を吸って落ち着こう)

 二階の部屋の窓を開け放ち、窓枠に肘をかけて頬杖をつきながら夜風に当たる。
 外は月の隠れた闇が包んでいる。人々も動物も寝静まっていた。
 エミリアの部屋は安い部屋なので、窓は厩舎と馬車庫に通じる路地側にあり、馬糞の臭いを含んだぬるい風が頬をかすめてゆく。

 エミリアの目が闇に慣れた頃、誰かが路地に入って来た。
 小柄で髪を後ろに結んでいる。男性とも女性とも見える……

(あっ! ベルント? ……何をするのだろう? まさか馬や客車に細工を?)

 彼は路地の入口で、宿の外壁に寄りかかり黙って立っているようだ。
 エミリアは、万が一上を向かれても姿を見られないように、彼が見えるギリギリまで顔を下ろして息をひそめる。

(どの部屋に泊まっているかは言っていない。窓も……この暖かさなら開け放って寝ている人がいても不思議ではないはず)

 そこに通りから誰かがベルントの方へ近づいてくる。ベルントと同じくらいの体型だが、ローブを目深に被っていて男か女かは分からない。

「お父上からの指示でございます」

 エミリアがやっと聞き取れるかどうかというほど声をひそめていたが、男――それも年配の声。
 ベルントは紙のようなモノを受け取ると、その場で開いて確かめる。

「チッ! 父上はまだ諦めないのか……」


(何が書かれていたの? それにベルントは父上と言った……)

「それならば、なんだ今日の連中は。あんな雑魚みたいな奴らは?」

 ベルントは紙を握り潰し、男に恨みったらしく話しかける。

「申し訳ございません。ですが、殿下やトムソンらが――もちろん坊ちゃまもですが、強いのです」
「ふんっ! だとしてもだ」
「ですので、ヴァレンでは金に糸目はつけませぬので、どうか万全を期して下されと……」
「……それは、父上のご意志か?」
「もちろんです」

(何か、思っていたのと様子が違う……。ベルントは乗り気ではない?)

「……仮に上手くいったとして、父上は誰を推すのだ?」
「おそらく第三かと……。幼く御しやすいだろうとおっしゃっておいででした」
「父上のお考えは甘い! 王子殿下を傀儡かいらいにしたとして、国が衰えれば何にもならないというのにっ!」

「……これも聞かなかった事に致します。あまり反抗なさいますと、サンデリーヌ嬢はもちろん坊ちゃまの命もありませんぞ?」
「サンディー……。くっ! とにかく、父上には『承った』と伝えておけ」
「ははっ」

 男もベルントもゆっくりと姿を消した。部屋の外からは微かにベルントが階段を上る音がしていた……
 エミリアはあまりの衝撃にズルズルとへたり込む。

(き、聞いてしまった……)
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