13 / 30
第13話 マクシミリアン王太子殿下
しおりを挟む(マックス様がマクシミリアン殿下? まさか? ――でも、このリングが事実を物語っている……)
動揺を抑えつつ、エミリアは心の中で考えを巡らせる。
(マクシミリアン第二王子殿下が王太子になられた事は知っているわ。『何故第一王子を差し置いて?』と学院でも話題になっていたっけ。王立学園にでも通っていれば詳しい理由が解かったかしら? そんなことよりっ! その王太子殿下が襲撃されて殺されるなんて……)
「エミリア? 大丈夫か?」
ダニーの呼びかけで、エミリアは現実に引き戻される。
「ダニーさん? だ、大丈夫です」
ダニーは、マックスの血液が付いたエミリアのブラウスの袖を隠すために、「警備隊が行くまでは、我慢して着ておいてくれ」と、自分の上着を彼女に羽織らせた。
エミリアは、リングを握る手に力を込め、マックスが残した言葉を思い出す。
「これを……王国のキューウェル……こう、しゃく……に」
(王国の、こうしゃく? キューウェル……こうしゃく――公爵! キューウェル公爵閣下!)
“王太子”や“公爵”と、次々に自分とはかけ離れた世界、今となってはもっと関係の無い世界の言葉が出てきて、エミリアは身体に震えが出ている事を自覚した。
(リングの事? 殺された事? 公爵閣下にお伝えすればいいの? お持ちすればいいの? なっ! 何をどうすれば……)
身体の震えが思考を鈍らせ、思考の鈍化がエミリアの混乱に拍車をかける。
(ダメだわ! どうすればいいのか分からない! ――あ! そうよ。ベルント様! ベルント様は幸い馬車に乗り合わせていなかったようだわ。あの方に相談しましょう。うんっ!)
ベルントに相談するという答えを出し、エミリアは一人で「うん」と頷く。
ダニーに「一旦、帰りましょう」と言う為に振り返ったその時だった。
エミリアは、そのベルントの姿を視界の端に捉えた気がする。
すぐさまその場所に目を戻すと、やや離れた場所にある路地から出てくるベルントを見つけた。
ベルントは男と一緒だった。ピシッとしたスーツスタイルだが、大柄筋肉質で剃り上げた頭にハットの姿、顔つき、スーツの色柄などから、いかにも悪そうな風貌の男。
エミリアの捉えている光景を、ダニーも彼女の後ろから捉えていた。
ベルントがその男に、手でお手玉のように跳ね上げていた重そうな革袋を渡す。
男はそれを受け取り中を確かめると、ベルントの肩をポンポンと叩き、二人で連れ立って貢献通りの方へ歩いていく。
「ベルント様?」
エミリアは、ベルントに相談を持ちかけようと一歩踏み出すが、ダニーに肩を掴まれて制止された。
「あれはヤバい奴の元締めだ」
「えっ?」
「エミリアは、あの小さい方に用があるみたいだけど、あのデカイ方は裏の世界の人間だ。絶対に近づかない方がいい」
エミリアは、ベルントが自分の抱える問題の解決の一助になると思っていたが、ダニーの言葉を聞き入れて戻る事にした。
(ベルント様が、悪い人と一緒……どういう事?)
その二人の後姿を、今度はベルント達が見ていた。
「さっきから見られていたぞ。知ってる奴らか?」
「さあ、男は知りませんが、女の方は……もしかして……」
「俺とアンタがいるところを見たと本国にチクられでもしたらヤバイんじゃないか? アンタ」
「そうですね。念の為――――――――」
時計店に戻ったエミリア達は、ダニーが持って来てくれた食材で昼食を作り、一緒に食べた。
「ちゃんと戸締りしろよ? 病み上がりなんだから無理すんなよ? 晩飯も抜くなよ?」
ダニーが念を押して帰り、一人になったエミリアの頭の中が、またこんがらがっていく。
第二王子、王太子、マックス、セイン、公爵、リング、王位継承権の証、留学? 襲撃、裏社会の人間、ベルント……
エミリアの頭に言葉が浮かんでは消えていき、マックスとセイン・トムソンの無残な姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
ベッドに腰掛け、片手にはリングを握りしめ、もう片手はルノワを撫で続けているのに目の焦点はどこにも合っていない。そんな状態が夜になってルノワに怒られるまで続いた。
「もうしばらくは安静が必要ですな」
エミリアは熱がぶり返していた。
昨日は早くベッドには入ったが、眼を閉じても昼間の光景が、マックスの艶めく銀髪が血に濡れて所どころピンク色に染まっている姿が、浮かんでなかなか寝付けなかった。
思考もグルグルとかけ廻り、そのうち熱が上がってきて視界がグルグル回り、苦しくて眠れなくなった。
医者が帰ると、部屋にはベッドに入ったエミリアとウォルツ、そして昨日エミリアと一緒にいたという事でダニーが残った。
ウォルツは椅子に座っていたが、ダニーは申し訳なさそうに部屋の隅に立っていた。
「ダニーも椅子を持って来て座りなさい。話しておく事がある」
エミリアには「そのまま横になっていていいから」と、ウォルツが話し始めた。
「昨日君達が見た襲撃で、何人も亡くなったね? その中でエミリアさんの知っている人は何人いました?」
「……三人です」
「そんなにいたのか?」
ダニーが驚いていたが、ウォルツはそのまま話を続ける。
「ダニー、エミリアさんの知っている三人と言うのは、隣国・リンデネート王国の王太子殿下とその関係者二人なのです」
ダニーは更に驚いていたが、エミリアも驚いた。何故隣国の一時計店の店主がそのような事を知っているのかと。
(いいえ、そもそもマックス――マクシミリアン殿下がこのお店をご紹介下さったのだ。何らかの接点があったのだろう)
「なぜその事を私が知っているのか? 私はもともとリンデネートの出身だ。ある貴族家の末子でね。当然爵位は無いよ。ある機関で働いていてこの国に来て、妻と出会い結婚し、カンタラリア人になってこの店を継いだ」
エミリアの疑問を見透かしたかのように、ウィルツが説明する。
「昨日殺された内の一人、トムソンは私の親戚なのですよ。年代も近く、幼い頃はよく遊んだものです。彼は王太子殿下の護衛でした」
そして、詳細な理由は聞かされていないがと断りを入れた上で、リンデネート王国には三人の王子がいる事。
第一王子が過失によって国王の不興を買い、最も才覚のあった第二王子のマクシミリアン殿下が王太子の座に就いた事。
国王に健康不安が発覚して以降、第一・第三王子の派閥から命を狙われるようになったので、隣国であるカンタラリアに留学し、身の安全を図っていた事。
ウォルツはトムソンの頼みで密かにマクシミリアン殿下達に便宜を図っていた事など、掻い摘んで話してくれた。
「あのー? なんでその王太子ってのを殺すんです?」
ダニーが、純粋に分からないと言った感じで聞く。
「うん。国王が健在、――生きている内は国王が王様だけれど、もし死んでしまった時の為に、子供の内誰を次の王にするか決めておくんだ」
次の王に決まった者は、それを証明する物を持てる。だけれど、選ばれなかった子供がどうしても王になりたい場合、殺してしまおうと考えるものだ。
ウォルツが、ダニーにも分かりそうな言葉で教えた。
「あの……キューウェル公爵って?」
「公爵閣下はマクシミリアン殿下の後ろ盾、第二王子派の筆頭だよ」
エミリアは、昨日から片時も肌身離さず持っているリングが、やはり自分の手に納まっている事を確認する。
(万が一の事を考えれば、私が王太子の証のリングを持っている事は話さない方がいいのかも……)
昼時になって、医者から処方された薬が効いてきたのか、睡魔が襲ってきて欠伸も出てきた。
「長々と悪かったね。エミリアさんは気にせず、万全になるまで休んでおくれ」
ウォルツとダニーが仕事に戻り、エミリアも眠りについた。
ガシャーンッ! パリン! ドン! ドゴンッ!
眠っていたエミリアは、ガラスの割れる音と何かが強く叩かれているような音に起こされた。
1
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる