50 / 121
第2章 エンデランス王国の王権奪還を手伝う。
プロローグ 40数年前、バハムートが死を迎えるまで。
しおりを挟む
【40数年前】カストポルクス――エンデランス王国王城謁見の間
「密偵の報告によれば、魔王軍がユロレンシア大陸への侵攻を決めたようである」
国王が切り出すと、居並ぶ王国要人がどよめく。
「――よって、騎士団総帥及び遠征騎士団長、バハムート・ファースター・エンデランスに魔王討伐を命ずる」
国王の威厳のある声が謁見の間に響いた。
「はっ! 謹んでお受け致します」
金髪、碧眼の若き王太子が玉座の主から王命を受けた。
騎士団長の証である白銀の鎧を身に付け、騎士団総帥を示す王国紋章入りの空色のマントを纏っている。
「騎士団総帥、これから私の執務室に来るように」
「ははっ」
******国王執務室、バハムートの視点
国王は人払いをし、執務室に二人きりになった。
「ムートよ、いつも難題を押し付けて済まんな」
王が私をムートと呼ぶのは、国王の立場と言うよりも父親の立場として話をする時だ。
「いいえ。王国に害を及ぼす敵に対処するのは、王族、そして力を授かった者として当然の事です。父上」
「そう言ってくれると私も嬉しいぞ。これは我が国だけの問題ではない、私も今、大陸の全ての国に使いを立てて協力を仰いでいるからな」
カストポルクスには、ヒト・エルフ・ドワーフ・獣人・龍人の各種族が暮らすユロレンシア大陸と、ドラゴンと一部の龍人が暮らす島、魔人族が支配する魔大陸とがある。
魔人族は『強さこそ全て』の種族で、その王たる魔王は魔大陸では飽き足らずユロレンシア大陸へも食指を延ばして来た。
「ありがとうございます。私もこれまで遠征騎士団として各地を巡る中で出会った者たちに呼びかけてみます」
「ムートよ、頼んだぞ」
私の人生は生まれた時から運命付けられていた。
この世界では、生まれた時にスキルを1つ授かるのだが、私は最上級のSランク【聖剣技】を授かった。
それ以来、王族・王太子としてよりも騎士としての訓練・遠征に明け暮れ、19歳にしてスキルレベルが上限に達し、独力で騎士団総帥まで登りつめた。
執務室を後にし、城内を歩いていると後ろから声が掛かった。
「兄上、王命を賜ったそうですね」
声の主は腹違いの弟、第二王子のフリスだ。
末息子だからと甘やかされて育ち、わがまま放題だが、弟として目を掛けて来た。
「ああ、しばらく留守にするが、しっかり父上をお助けするのだぞ?」
「もちろんですとも。兄上もお体にお気を付け下さい。くれぐれも……ね」
不敵な笑みを浮かべて去っていく。
まったく、生意気な口を利くようになって。……討伐から帰ってきたら性根を叩き直さないとな。
協力要請は受け入れられ、10日程で各国の戦力が集結した。
******決戦の地
魔大陸はユロレンシア大陸の西にあり、我がエンデランス王国が海を挟んで対峙している。
エンデランス王国の西端には高い山々や切り立った崖が乱立していて、大軍同士の戦場としては不向きだ。
だから対魔王連合軍は、手前の開けた平野に魔王軍を引き込む事にした。
「うまく引き込めたわね。お見事よ、バハムートちゃん」
対魔王連合軍の本陣に集まった各種族とヒト族国家の代表の中で、エルフの女王リーファ・トゥインクルウッドが喜んだ。
「危険な囮役を引き受けてくれた傭兵達のおかげですよ」
ユロレンシア大陸にあるヒト族の国は6ヵ国で、エンデランス王国以外は小国だ。
宗教国家ディステ、商業国、傭兵国と2つの農業国。
ディステからは教会騎士団が派遣されている。
武力の小さい農業国と商業国が雇い主となり、傭兵国から傭兵が派遣されている。
「相手の布陣から、我らの布陣を決めたのでお伝えします」
魔王軍は、本陣の前、中央に魔王軍第1席<武魔兼備>のメルガン。魔王の娘。
連合軍は本陣の前に、中央軍としてエンデランス王国騎士団と傭兵。
魔王軍右翼、第2席<力>のガンダーに対し、肉弾戦に長ける獣人族とドワーフ族。
魔王軍左翼は第3席<魔法>のメルティナ。魔王の娘でメルガンの妹。
これには、魔法に長けるエルフ族と教会騎士団。
「それぞれ相手を撃破する必要はありません。相手を引き付けているうちに私が魔王との一騎打ちに挑みます」
「おう! だがバハムート、お前が負けたりしないであろうな?」
「そうだぜ、一応テメェは大将なんだからよ!」
ドワーフの王子ゴダンと獅子獣人で獣人族最強の戦士ライアーンが、私をからかう様に聞いてくる。
「――ハハハッ、私の実力を知っておいででしょう? 例え魔王であっても遅れは取りませんよ」
「ところで、龍人族の代表の姿が見えませんが……まさか?」
教会騎士団長が訝しんでいる。
「彼らには魔王軍の背後の断崖や山々に潜伏してもらっていて、合図で魔王軍の退路を塞いでもらう手筈です」
「さっ、もうそろそろいい頃合いじゃない? 私の愛しのバハムートちゃん♪」
「なっ! 何を仰っているのですか! リーファ様はもう少し女王たる自覚をお持ちください!!」
リーファの側近達の冷たい視線が私に突き刺さる……
「何よ~! この戦いが終わったら、長命の私が特別にバハムートちゃんの最後まで添い遂げてあげるんだから~。邪魔しないの!」
エルフ独特の長い耳に薄緑色の髪をかき上げながら、思わせぶりな視線を向けてくる。
「……リーファ殿、私には愛する妻と生まれたばかりの息子がいると申し上げているじゃないですか」
「わかってるわよ~。でも、妻は一人とは決まって無いでしょう?」
「そ、それはさて置き、合図を出しますよ。ユディン、合図を」
「はっ!」
弟フリスの護衛騎士団から派遣されたユディンが、龍人族の大戦士サリムドランに開戦の合図を送った。
******女神ディスティリーニアの世界
「始まったみたいね……」
「ディスティリーニア様ぁ、はじまりましたねぇ?」
私も天使達も、地上の様子を映した泉をのぞいている。
「そうね。英雄として生を与えたバハムートなら大丈夫でしょう」
「うふふっ! でも~、やられちゃったらどうします~?」
「どうしますぅ~?」
「縁起でもない事をいうものではありませんよ」
「きゃは! ごめんなさ~い、ディスティリーニア様ぁ」
訳あってカストポルクスの人々の記憶から抹消した“黒の大陸”に厄災の兆候が見られる今、英雄バハムートを失う事は出来ないわ。
「頑張るのですよ。バハムート……」
******決戦の地
戦闘が始まってしばらく経った。
各軍とも、対峙する魔王軍を抑え込めている。
魔王軍の背後を狙う龍人族のおかげで、魔王軍の本陣も手薄になってきた。
「そろそろいい頃合いだな。出撃準備を」
「はっ!」
サリムドランから龍人族が手懐けた幼いドラゴンを借り受け、空から敵本陣に乗り込む算段だ。
手薄になったとはいえ魔王軍の本陣、屈強な魔人族が魔王を守っている。
それに私達も奇襲の為、限られた数の騎士しか連れて来られなかった。
各騎士団の名誉の為に送り込まれた騎士と、私の臣下十数名とで魔王にまで到達するしかない。
「よし、下りるぞ! すぐ乱戦になるから覚悟しておけ! 遅れずに付いて来いよ!!」
「おーーー!!」
「ドラゴンが来たぞー!」
「隊列を整えろ!」
「下りて来たところを袋叩きだ!」
血気盛んな魔人族が待つ本陣にドラゴンを突っ込ませる。
直前で飛び降りた私は、陣形の乱れた魔王軍を次々に切り裂いていく。
臣下達も遅れずに来ている。
周囲の魔人族は臣下達に任せ、一直線に魔王の元に向かう!
「よくここまで来たな。その度胸、褒めてやろう。だかお前の命運もここまでだ」
二メートルの長身とガッチリとした体格、立派な一対の角、深い青色の長髪を風にサラサラなびかせながら魔王は言った。
「では、当然一騎打ちを受けるのだろうな? 魔王とやら」
「当たり前だ、若造が」
魔王はその赤い瞳に殺意を混ぜて睨んで来る。
周囲では、臣下達が文字通り命がけで魔人族をせき止めている。
魔王が部下から三叉戟を受け取り、私に向けて来た。
「いつでも来るがいい」
さあ、魔王との一騎打ちの開幕だ。
……どれだけの時間切り結んだのだろう。
お互いに軽い傷を負ってはいるが、致命的な傷は受けていない。
だが、均衡は崩れつつある。長柄武器の魔王に対して、剣の私に有利な間合いで終始戦っている。
次の魔王の一撃を払い、距離を取り、聖剣技奥義を叩きこむ。
「ふんっ!」
「はぁっ!!」
ガギン!!
魔王の突きに剣の打ち下ろしを合わせる。
魔王のバランスが崩れたのを確認、間合いもいい。
「行くぞ! これで終わりだ!!」
ドンッ!
背中に衝撃が走った。王国紋章入りのマントが切れて飛んでいく。
「ぐはっ」
どうやら《ウィンドブレード》が直撃したようだ。
どこから? ……後ろだ。後ろには臣下達がいるはず……
後ろに目をやると、ユディンが血走った眼で私を見ている。
******エンデランス王国軍出陣直前、フリス護衛騎士団団舎
「で、殿下、お戯れはお止しください!」
「何が戯れか! 俺は本気で言っているんだ! ユディン」
殿下は何をお考えか! 王国の英雄たるバハムート殿下に危害を加えるなど正気では無い!
「いくら殿下のご命令でも従う事など出来ません」
「ユディン、なにも殺せと言っているのではない。戦いの均衡を崩す一撃を与えるだけで良いのだ」
「そ、それでも!」
殿下は私の言葉を遮り、耳元で囁く。
「お前の妻子は俺が客人として預かっている。今朝お前を見送った後に使いを出して招いたのだ。この意味、解るよな?」
「ぐっ! ひ、卑劣ですぞ!」
「なに、戦況が伝わるまでは何もせぬ。上手くいけば丁重に屋敷まで送り返すさ。……失敗したら……くくく」
「娘だけは! 婚約が決まったばかりなのです! どうか!」
「ユディン! 失敗しなければいいだけの事だ。早く行け!」
******決戦の地
「貴様! 団長に何をしている!」
「つ、妻が……娘が! ――家族の為なのだ! お許しを!」
「黙れ! 裏切り者め!」
私の臣下がユディンを切り捨てた。そうかユディンが――いや、フリスの命令か……
私の体勢が崩れてしまって、魔王はこの隙に持ち直してしまった。
だが! ここで止まる訳にはいかない! 私の後ろには多くの国民、世界の民の命があるのだ!
「どうやら神は我に味方したようだな! 思う存分味わえ! 我が豪雨の如き戟の雨を!! 死ねぇ!!」
……どうやら覚悟を決める時の様だ。父上、王国をお頼み致します。
「――だが、ただではやられない! 聖剣技奥義、サージ・オブ・ディバインクロス!!」
聖なる光の十字が、波動となり魔王をのみ込んでいく。
「ぐおおおおおおぉおおおおおおおお!!」
三叉戟の雨が私の身体に降り注ぐ中、放たれた私の奥義は、魔王を魂ごと灰と化した。
「団長! 誰か回復魔法を!」
「殿下!!」
「ごふっ! つ、妻と息子を頼む……、守ってく……れ」
「だんちょーーーーーー!」
******女神ディスティリーニアの世界
「ディスティリーニア様ぁ、たいへんです~。バハムートがやられちゃました~。え~ん!」
「……なんて愚かな。……ヒト族がこんなにも愚かだったなんて!」
「どうしましょー? どうしましょー?」
天使達が騒いでいるわ。
「大丈夫よ。彼の魂は無事なのだから、また輪廻の輪に戻るわ。次の生こそは、禁忌を犯してでも私の寵愛を授けて厄災に当たってもらいましょう」
******決戦の地
魔王の消滅後、魔王軍は撤退を開始。
龍人族、ドワーフ、獣人族が追撃をかけている。
「バハムートちゃーん! どうしてよ! ――ハッ! あんた達、《リザレクション》を使いなさいよ! 生き返らせなさいよ!!」
バハムート戦死の報を受けて駆けつけてきたリーファが、亡骸ににすがりついて泣き叫んでいた。
リーファと共に駆けつけた教会騎士達がうつむいてしまった。
リザレクションなどという超高等魔法を使える者など、今の世にはもういないのだ。
この戦い自体は魔王とバハムートが相討ちとなり、王を失った魔人族が撤退する形で幕を下ろした。
しかし、バハムートを失った事で、エンデランス王国は大きく変わっていくのだった。
「密偵の報告によれば、魔王軍がユロレンシア大陸への侵攻を決めたようである」
国王が切り出すと、居並ぶ王国要人がどよめく。
「――よって、騎士団総帥及び遠征騎士団長、バハムート・ファースター・エンデランスに魔王討伐を命ずる」
国王の威厳のある声が謁見の間に響いた。
「はっ! 謹んでお受け致します」
金髪、碧眼の若き王太子が玉座の主から王命を受けた。
騎士団長の証である白銀の鎧を身に付け、騎士団総帥を示す王国紋章入りの空色のマントを纏っている。
「騎士団総帥、これから私の執務室に来るように」
「ははっ」
******国王執務室、バハムートの視点
国王は人払いをし、執務室に二人きりになった。
「ムートよ、いつも難題を押し付けて済まんな」
王が私をムートと呼ぶのは、国王の立場と言うよりも父親の立場として話をする時だ。
「いいえ。王国に害を及ぼす敵に対処するのは、王族、そして力を授かった者として当然の事です。父上」
「そう言ってくれると私も嬉しいぞ。これは我が国だけの問題ではない、私も今、大陸の全ての国に使いを立てて協力を仰いでいるからな」
カストポルクスには、ヒト・エルフ・ドワーフ・獣人・龍人の各種族が暮らすユロレンシア大陸と、ドラゴンと一部の龍人が暮らす島、魔人族が支配する魔大陸とがある。
魔人族は『強さこそ全て』の種族で、その王たる魔王は魔大陸では飽き足らずユロレンシア大陸へも食指を延ばして来た。
「ありがとうございます。私もこれまで遠征騎士団として各地を巡る中で出会った者たちに呼びかけてみます」
「ムートよ、頼んだぞ」
私の人生は生まれた時から運命付けられていた。
この世界では、生まれた時にスキルを1つ授かるのだが、私は最上級のSランク【聖剣技】を授かった。
それ以来、王族・王太子としてよりも騎士としての訓練・遠征に明け暮れ、19歳にしてスキルレベルが上限に達し、独力で騎士団総帥まで登りつめた。
執務室を後にし、城内を歩いていると後ろから声が掛かった。
「兄上、王命を賜ったそうですね」
声の主は腹違いの弟、第二王子のフリスだ。
末息子だからと甘やかされて育ち、わがまま放題だが、弟として目を掛けて来た。
「ああ、しばらく留守にするが、しっかり父上をお助けするのだぞ?」
「もちろんですとも。兄上もお体にお気を付け下さい。くれぐれも……ね」
不敵な笑みを浮かべて去っていく。
まったく、生意気な口を利くようになって。……討伐から帰ってきたら性根を叩き直さないとな。
協力要請は受け入れられ、10日程で各国の戦力が集結した。
******決戦の地
魔大陸はユロレンシア大陸の西にあり、我がエンデランス王国が海を挟んで対峙している。
エンデランス王国の西端には高い山々や切り立った崖が乱立していて、大軍同士の戦場としては不向きだ。
だから対魔王連合軍は、手前の開けた平野に魔王軍を引き込む事にした。
「うまく引き込めたわね。お見事よ、バハムートちゃん」
対魔王連合軍の本陣に集まった各種族とヒト族国家の代表の中で、エルフの女王リーファ・トゥインクルウッドが喜んだ。
「危険な囮役を引き受けてくれた傭兵達のおかげですよ」
ユロレンシア大陸にあるヒト族の国は6ヵ国で、エンデランス王国以外は小国だ。
宗教国家ディステ、商業国、傭兵国と2つの農業国。
ディステからは教会騎士団が派遣されている。
武力の小さい農業国と商業国が雇い主となり、傭兵国から傭兵が派遣されている。
「相手の布陣から、我らの布陣を決めたのでお伝えします」
魔王軍は、本陣の前、中央に魔王軍第1席<武魔兼備>のメルガン。魔王の娘。
連合軍は本陣の前に、中央軍としてエンデランス王国騎士団と傭兵。
魔王軍右翼、第2席<力>のガンダーに対し、肉弾戦に長ける獣人族とドワーフ族。
魔王軍左翼は第3席<魔法>のメルティナ。魔王の娘でメルガンの妹。
これには、魔法に長けるエルフ族と教会騎士団。
「それぞれ相手を撃破する必要はありません。相手を引き付けているうちに私が魔王との一騎打ちに挑みます」
「おう! だがバハムート、お前が負けたりしないであろうな?」
「そうだぜ、一応テメェは大将なんだからよ!」
ドワーフの王子ゴダンと獅子獣人で獣人族最強の戦士ライアーンが、私をからかう様に聞いてくる。
「――ハハハッ、私の実力を知っておいででしょう? 例え魔王であっても遅れは取りませんよ」
「ところで、龍人族の代表の姿が見えませんが……まさか?」
教会騎士団長が訝しんでいる。
「彼らには魔王軍の背後の断崖や山々に潜伏してもらっていて、合図で魔王軍の退路を塞いでもらう手筈です」
「さっ、もうそろそろいい頃合いじゃない? 私の愛しのバハムートちゃん♪」
「なっ! 何を仰っているのですか! リーファ様はもう少し女王たる自覚をお持ちください!!」
リーファの側近達の冷たい視線が私に突き刺さる……
「何よ~! この戦いが終わったら、長命の私が特別にバハムートちゃんの最後まで添い遂げてあげるんだから~。邪魔しないの!」
エルフ独特の長い耳に薄緑色の髪をかき上げながら、思わせぶりな視線を向けてくる。
「……リーファ殿、私には愛する妻と生まれたばかりの息子がいると申し上げているじゃないですか」
「わかってるわよ~。でも、妻は一人とは決まって無いでしょう?」
「そ、それはさて置き、合図を出しますよ。ユディン、合図を」
「はっ!」
弟フリスの護衛騎士団から派遣されたユディンが、龍人族の大戦士サリムドランに開戦の合図を送った。
******女神ディスティリーニアの世界
「始まったみたいね……」
「ディスティリーニア様ぁ、はじまりましたねぇ?」
私も天使達も、地上の様子を映した泉をのぞいている。
「そうね。英雄として生を与えたバハムートなら大丈夫でしょう」
「うふふっ! でも~、やられちゃったらどうします~?」
「どうしますぅ~?」
「縁起でもない事をいうものではありませんよ」
「きゃは! ごめんなさ~い、ディスティリーニア様ぁ」
訳あってカストポルクスの人々の記憶から抹消した“黒の大陸”に厄災の兆候が見られる今、英雄バハムートを失う事は出来ないわ。
「頑張るのですよ。バハムート……」
******決戦の地
戦闘が始まってしばらく経った。
各軍とも、対峙する魔王軍を抑え込めている。
魔王軍の背後を狙う龍人族のおかげで、魔王軍の本陣も手薄になってきた。
「そろそろいい頃合いだな。出撃準備を」
「はっ!」
サリムドランから龍人族が手懐けた幼いドラゴンを借り受け、空から敵本陣に乗り込む算段だ。
手薄になったとはいえ魔王軍の本陣、屈強な魔人族が魔王を守っている。
それに私達も奇襲の為、限られた数の騎士しか連れて来られなかった。
各騎士団の名誉の為に送り込まれた騎士と、私の臣下十数名とで魔王にまで到達するしかない。
「よし、下りるぞ! すぐ乱戦になるから覚悟しておけ! 遅れずに付いて来いよ!!」
「おーーー!!」
「ドラゴンが来たぞー!」
「隊列を整えろ!」
「下りて来たところを袋叩きだ!」
血気盛んな魔人族が待つ本陣にドラゴンを突っ込ませる。
直前で飛び降りた私は、陣形の乱れた魔王軍を次々に切り裂いていく。
臣下達も遅れずに来ている。
周囲の魔人族は臣下達に任せ、一直線に魔王の元に向かう!
「よくここまで来たな。その度胸、褒めてやろう。だかお前の命運もここまでだ」
二メートルの長身とガッチリとした体格、立派な一対の角、深い青色の長髪を風にサラサラなびかせながら魔王は言った。
「では、当然一騎打ちを受けるのだろうな? 魔王とやら」
「当たり前だ、若造が」
魔王はその赤い瞳に殺意を混ぜて睨んで来る。
周囲では、臣下達が文字通り命がけで魔人族をせき止めている。
魔王が部下から三叉戟を受け取り、私に向けて来た。
「いつでも来るがいい」
さあ、魔王との一騎打ちの開幕だ。
……どれだけの時間切り結んだのだろう。
お互いに軽い傷を負ってはいるが、致命的な傷は受けていない。
だが、均衡は崩れつつある。長柄武器の魔王に対して、剣の私に有利な間合いで終始戦っている。
次の魔王の一撃を払い、距離を取り、聖剣技奥義を叩きこむ。
「ふんっ!」
「はぁっ!!」
ガギン!!
魔王の突きに剣の打ち下ろしを合わせる。
魔王のバランスが崩れたのを確認、間合いもいい。
「行くぞ! これで終わりだ!!」
ドンッ!
背中に衝撃が走った。王国紋章入りのマントが切れて飛んでいく。
「ぐはっ」
どうやら《ウィンドブレード》が直撃したようだ。
どこから? ……後ろだ。後ろには臣下達がいるはず……
後ろに目をやると、ユディンが血走った眼で私を見ている。
******エンデランス王国軍出陣直前、フリス護衛騎士団団舎
「で、殿下、お戯れはお止しください!」
「何が戯れか! 俺は本気で言っているんだ! ユディン」
殿下は何をお考えか! 王国の英雄たるバハムート殿下に危害を加えるなど正気では無い!
「いくら殿下のご命令でも従う事など出来ません」
「ユディン、なにも殺せと言っているのではない。戦いの均衡を崩す一撃を与えるだけで良いのだ」
「そ、それでも!」
殿下は私の言葉を遮り、耳元で囁く。
「お前の妻子は俺が客人として預かっている。今朝お前を見送った後に使いを出して招いたのだ。この意味、解るよな?」
「ぐっ! ひ、卑劣ですぞ!」
「なに、戦況が伝わるまでは何もせぬ。上手くいけば丁重に屋敷まで送り返すさ。……失敗したら……くくく」
「娘だけは! 婚約が決まったばかりなのです! どうか!」
「ユディン! 失敗しなければいいだけの事だ。早く行け!」
******決戦の地
「貴様! 団長に何をしている!」
「つ、妻が……娘が! ――家族の為なのだ! お許しを!」
「黙れ! 裏切り者め!」
私の臣下がユディンを切り捨てた。そうかユディンが――いや、フリスの命令か……
私の体勢が崩れてしまって、魔王はこの隙に持ち直してしまった。
だが! ここで止まる訳にはいかない! 私の後ろには多くの国民、世界の民の命があるのだ!
「どうやら神は我に味方したようだな! 思う存分味わえ! 我が豪雨の如き戟の雨を!! 死ねぇ!!」
……どうやら覚悟を決める時の様だ。父上、王国をお頼み致します。
「――だが、ただではやられない! 聖剣技奥義、サージ・オブ・ディバインクロス!!」
聖なる光の十字が、波動となり魔王をのみ込んでいく。
「ぐおおおおおおぉおおおおおおおお!!」
三叉戟の雨が私の身体に降り注ぐ中、放たれた私の奥義は、魔王を魂ごと灰と化した。
「団長! 誰か回復魔法を!」
「殿下!!」
「ごふっ! つ、妻と息子を頼む……、守ってく……れ」
「だんちょーーーーーー!」
******女神ディスティリーニアの世界
「ディスティリーニア様ぁ、たいへんです~。バハムートがやられちゃました~。え~ん!」
「……なんて愚かな。……ヒト族がこんなにも愚かだったなんて!」
「どうしましょー? どうしましょー?」
天使達が騒いでいるわ。
「大丈夫よ。彼の魂は無事なのだから、また輪廻の輪に戻るわ。次の生こそは、禁忌を犯してでも私の寵愛を授けて厄災に当たってもらいましょう」
******決戦の地
魔王の消滅後、魔王軍は撤退を開始。
龍人族、ドワーフ、獣人族が追撃をかけている。
「バハムートちゃーん! どうしてよ! ――ハッ! あんた達、《リザレクション》を使いなさいよ! 生き返らせなさいよ!!」
バハムート戦死の報を受けて駆けつけてきたリーファが、亡骸ににすがりついて泣き叫んでいた。
リーファと共に駆けつけた教会騎士達がうつむいてしまった。
リザレクションなどという超高等魔法を使える者など、今の世にはもういないのだ。
この戦い自体は魔王とバハムートが相討ちとなり、王を失った魔人族が撤退する形で幕を下ろした。
しかし、バハムートを失った事で、エンデランス王国は大きく変わっていくのだった。
0
お気に入りに追加
283
あなたにおすすめの小説
<完結>【R18】バレンタインデーに可愛い後輩ワンコを食べるつもりが、ドS狼に豹変されて美味しく食べられちゃいました♡
奏音 美都
恋愛
原田美緒は5年下の後輩の新人、柚木波瑠の教育係を担当している。可愛いワンコな柚木くんに癒され、萌えまくり、愛でる幸せな日々を堪能していた。
「柚木くんは美緒にとって、ただの可愛い後輩ワンコ?
それとも……恋愛対象入ってるの?」
「うーーん……可愛いし、愛しいし、触りたいし、抱き締めたいし、それ以上のこともしたいって思ってるけど。これって、恋愛対象?」
「なに逆に聞いてんのよ!
それ、ただの痴女じゃんっ!! こわいなぁ、年増の痴女……」
恋に臆病になってるアラサーと可愛い新人ワンコの可愛い恋のお話、と思いきや、いきなりワンコがドS狼に豹変して翻弄されるドキドキラブコメディー。
生真面目君主と、わけあり令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢のジョゼフィーネは、生まれながらに「ざっくり」前世の記憶がある。
日本という国で「引きこもり」&「ハイパーネガティブ」な生き方をしていたのだ。
そんな彼女も、今世では、幼馴染みの王太子と、密かに婚姻を誓い合っている。
が、ある日、彼が、彼女を妃ではなく愛妾にしようと考えていると知ってしまう。
ハイパーネガティブに拍車がかかる中、彼女は、政略的な婚姻をすることに。
相手は、幼い頃から恐ろしい国だと聞かされていた隣国の次期国王!
ひと回り以上も年上の次期国王は、彼女を見て、こう言った。
「今日から、お前は、俺の嫁だ」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_6
他サイトでも掲載しています。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
記憶の国のアリス
赤松帝
ファンタジー
腰丈くらいの紅葉や楓、こどもが作ったくらいの大きさの築山、ひらひらとした尾びれが綺麗な赤い金魚が優雅に泳ぐ小さな池。
お伽話の世界の様に風情のあるこじんまりとした坪庭で目覚めた時、私は一切の記憶を失っていたーー。
ミステリアスな謎に包まれた螺旋の塔を舞台に、アリスは失った記憶の欠片を拾い集めるために冒険の旅を始める。
双子のマッド・クリエイター、哲学者のハリネズミ、塔の上から飛び降りるハンプティ・ダンプティ、ベートーヴェンとモーツァルトの胸像コンビ、あべこべコウモリ、透明カメレオン、告げ口好きなお喋り九官鳥、人面甲羅亀、ふわふわクラゲ、そして記憶の門の番人タイムキーパー。
摩訶不思議な住人たちとの出会いによって、徐々に記憶の世界の秘密が解き明かされていく。
シン・三毛猫現象 〜自然出産される男が3万人に1人の割合になった世界に帰還した僕はとんでもなくモテモテになったようです〜
ミコガミヒデカズ
ファンタジー
気軽に読めるあべこべ、男女比モノです。
以前、私がカクヨム様で書いていた小説をリメイクしたものです。
とあるきっかけで異世界エニックスウェアに転移した主人公、佐久間修。彼はもう一人の転移者と共に魔王との決戦に挑むが、
「儂の味方になれば世界の半分をやろう」
そんな魔王の提案に共に転移したもう一人の勇者が応じてしまう。そんな事はさせないと修は魔王を倒そうとするが、事もあろうに味方だったもう一人の勇者が魔王と手を組み攻撃してきた。
瞬間移動の術でなんとか難を逃れた修だったが、たどり着いたのは男のほとんどが姿を消した異世界転移15年後の地球だった…。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
魔王の右腕、何本までなら許される?
おとのり
ファンタジー
カクヨムでフォロワー5000人を超える作品に若干の加筆修正を行ったものです。
表紙はAIによる自動生成イラストを使用していますので、雰囲気だけで内容とは特にシンクロしていません。
申し訳ないですが、Ver.4以降も更新する予定でしたが今後の更新はありません。続きを読みたい方はカクヨムを利用してください。
Ver.1 あらすじ
親友に誘われ始めたGreenhorn-online
ハルマはトッププレイヤーの証である魔王を目指す親友を生産職としてサポートしようと思っていた。
しかし、ストレスフリーにひとりを満喫しながら、マイペースに遊んでいただけなのに次から次に奇妙なNPCのお供が増えていく。
それどころか、本人のステータスは生産職向けに成長させているだけで少しも強くなっていないはずなのに、魔王として祭り上げられることになってしまう。
目立ちたくないハルマは仲間を前面に出しては戦いたくなかった。
生産職のDEX振りプレイヤーであるハルマは、いかにして戦うことになるのか!?
不落魔王と呼ばれるまでの、のんびりプレーが始まった。
―― ささやかなお願い ――
ゲーム内の細かい数字に関しては、雰囲気を楽しむ小道具のひとつとしてとらえてくださいますようお願いします。
現実的ではないという指摘を時々いただきますが、こちらの作品のカテゴリーは「ファンタジー」です。
行間にかんして読みにくいと指摘されることもありますが、大事な演出方法のひとつと考えていますのでご容赦ください。
公開済みのパートも、随時修正が入る可能性があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる