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第2章 エンデランス王国の王権奪還を手伝う。

プロローグ 40数年前、バハムートが死を迎えるまで。

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【40数年前】カストポルクス――エンデランス王国王城謁見の間



「密偵の報告によれば、魔王軍がユロレンシア大陸への侵攻を決めたようである」

 国王が切り出すと、居並ぶ王国要人がどよめく。

「――よって、騎士団総帥及び遠征騎士団長、バハムート・ファースター・エンデランスに魔王討伐を命ずる」

 国王の威厳のある声が謁見の間に響いた。

「はっ! 謹んでお受け致します」

 金髪、碧眼の若き王太子が玉座の主から王命を受けた。
 騎士団長の証である白銀の鎧を身に付け、騎士団総帥を示す王国紋章入りの空色のマントを纏っている。
 
「騎士団総帥、これから私の執務室に来るように」
「ははっ」


******国王執務室、バハムートの視点


 国王は人払いをし、執務室に二人きりになった。

「ムートよ、いつも難題を押し付けて済まんな」

 王が私をムートと呼ぶのは、国王の立場と言うよりも父親の立場として話をする時だ。

「いいえ。王国に害を及ぼす敵に対処するのは、王族、そして力を授かった者として当然の事です。父上」
「そう言ってくれると私も嬉しいぞ。これは我が国だけの問題ではない、私も今、大陸の全ての国に使いを立てて協力を仰いでいるからな」


 カストポルクスには、ヒト・エルフ・ドワーフ・獣人・龍人の各種族が暮らすユロレンシア大陸と、ドラゴンと一部の龍人が暮らす島、魔人族が支配する魔大陸とがある。
 魔人族は『強さこそ全て』の種族で、その王たる魔王は魔大陸では飽き足らずユロレンシア大陸へも食指を延ばして来た。

「ありがとうございます。私もこれまで遠征騎士団として各地を巡る中で出会った者たちに呼びかけてみます」
「ムートよ、頼んだぞ」

 私の人生は生まれた時から運命付けられていた。
 この世界では、生まれた時にスキルを1つ授かるのだが、私は最上級のSランク【聖剣技】を授かった。
 それ以来、王族・王太子としてよりも騎士としての訓練・遠征に明け暮れ、19歳にしてスキルレベルが上限に達し、独力で騎士団総帥まで登りつめた。




 執務室を後にし、城内を歩いていると後ろから声が掛かった。

「兄上、王命を賜ったそうですね」

 声の主は腹違いの弟、第二王子のフリスだ。
 末息子だからと甘やかされて育ち、わがまま放題だが、弟として目を掛けて来た。

「ああ、しばらく留守にするが、しっかり父上をお助けするのだぞ?」
「もちろんですとも。兄上もお体にお気を付け下さい。くれぐれも……ね」

 不敵な笑みを浮かべて去っていく。
 まったく、生意気な口を利くようになって。……討伐から帰ってきたら性根を叩き直さないとな。



 協力要請は受け入れられ、10日程で各国の戦力が集結した。


******決戦の地


 魔大陸はユロレンシア大陸の西にあり、我がエンデランス王国が海を挟んで対峙している。
 エンデランス王国の西端には高い山々や切り立った崖が乱立していて、大軍同士の戦場としては不向きだ。
 だから対魔王連合軍は、手前の開けた平野に魔王軍を引き込む事にした。



「うまく引き込めたわね。お見事よ、バハムートちゃん」
 
 対魔王連合軍の本陣に集まった各種族とヒト族国家の代表の中で、エルフの女王リーファ・トゥインクルウッドが喜んだ。

「危険な囮役を引き受けてくれた傭兵達のおかげですよ」


 ユロレンシア大陸にあるヒト族の国は6ヵ国で、エンデランス王国以外は小国だ。
 宗教国家ディステ、商業国、傭兵国と2つの農業国。
 ディステからは教会騎士団が派遣されている。
 武力の小さい農業国と商業国が雇い主となり、傭兵国から傭兵が派遣されている。


「相手の布陣から、我らの布陣を決めたのでお伝えします」

 魔王軍は、本陣の前、中央に魔王軍第1席<武魔兼備>のメルガン。魔王の娘。 
 連合軍は本陣の前に、中央軍としてエンデランス王国騎士団と傭兵。

 魔王軍右翼、第2席<力>のガンダーに対し、肉弾戦に長ける獣人族とドワーフ族。

 魔王軍左翼は第3席<魔法>のメルティナ。魔王の娘でメルガンの妹。
 これには、魔法に長けるエルフ族と教会騎士団。


「それぞれ相手を撃破する必要はありません。相手を引き付けているうちに私が魔王との一騎打ちに挑みます」
「おう! だがバハムート、お前が負けたりしないであろうな?」
「そうだぜ、一応テメェは大将なんだからよ!」

 ドワーフの王子ゴダンと獅子獣人で獣人族最強の戦士ライアーンが、私をからかう様に聞いてくる。

「――ハハハッ、私の実力を知っておいででしょう? 例え魔王であっても遅れは取りませんよ」


「ところで、龍人族の代表の姿が見えませんが……まさか?」

 教会騎士団長が訝しんでいる。

「彼らには魔王軍の背後の断崖や山々に潜伏してもらっていて、合図で魔王軍の退路を塞いでもらう手筈です」

「さっ、もうそろそろいい頃合いじゃない? 私の愛しのバハムートちゃん♪」
「なっ! 何を仰っているのですか! リーファ様はもう少し女王たる自覚をお持ちください!!」

 リーファの側近達の冷たい視線が私に突き刺さる……

「何よ~! この戦いが終わったら、長命の私が特別にバハムートちゃんの最後まで添い遂げてあげるんだから~。邪魔しないの!」

 エルフ独特の長い耳に薄緑色の髪をかき上げながら、思わせぶりな視線を向けてくる。

「……リーファ殿、私には愛する妻と生まれたばかりの息子がいると申し上げているじゃないですか」
「わかってるわよ~。でも、妻は一人とは決まって無いでしょう?」
「そ、それはさて置き、合図を出しますよ。ユディン、合図を」
「はっ!」

 弟フリスの護衛騎士団から派遣されたユディンが、龍人族の大戦士サリムドランに開戦の合図を送った。


******女神ディスティリーニアの世界


「始まったみたいね……」
「ディスティリーニア様ぁ、はじまりましたねぇ?」
 
 私も天使達も、地上の様子を映した泉をのぞいている。

「そうね。英雄として生を与えたバハムートなら大丈夫でしょう」
「うふふっ! でも~、やられちゃったらどうします~?」
「どうしますぅ~?」
「縁起でもない事をいうものではありませんよ」
「きゃは! ごめんなさ~い、ディスティリーニア様ぁ」

 訳あってカストポルクスの人々の記憶から抹消した“黒の大陸”に厄災の兆候が見られる今、英雄バハムートを失う事は出来ないわ。

「頑張るのですよ。バハムート……」


******決戦の地


 戦闘が始まってしばらく経った。
 各軍とも、対峙する魔王軍を抑え込めている。
 魔王軍の背後を狙う龍人族のおかげで、魔王軍の本陣も手薄になってきた。

「そろそろいい頃合いだな。出撃準備を」
「はっ!」

 サリムドランから龍人族が手懐けた幼いドラゴンを借り受け、空から敵本陣に乗り込む算段だ。
 手薄になったとはいえ魔王軍の本陣、屈強な魔人族が魔王を守っている。
 それに私達も奇襲の為、限られた数の騎士しか連れて来られなかった。
 各騎士団の名誉の為に送り込まれた騎士と、私の臣下十数名とで魔王にまで到達するしかない。

「よし、下りるぞ! すぐ乱戦になるから覚悟しておけ! 遅れずに付いて来いよ!!」
「おーーー!!」



「ドラゴンが来たぞー!」
「隊列を整えろ!」
「下りて来たところを袋叩きだ!」

 血気盛んな魔人族が待つ本陣にドラゴンを突っ込ませる。
 直前で飛び降りた私は、陣形の乱れた魔王軍を次々に切り裂いていく。
 臣下達も遅れずに来ている。

 周囲の魔人族は臣下達に任せ、一直線に魔王の元に向かう!



「よくここまで来たな。その度胸、褒めてやろう。だかお前の命運もここまでだ」

 二メートルの長身とガッチリとした体格、立派な一対の角、深い青色の長髪を風にサラサラなびかせながら魔王は言った。

「では、当然一騎打ちを受けるのだろうな? 魔王とやら」
「当たり前だ、若造が」

 魔王はその赤い瞳に殺意を混ぜて睨んで来る。
 周囲では、臣下達が文字通り命がけで魔人族をせき止めている。
 
 魔王が部下から三叉戟を受け取り、私に向けて来た。

「いつでも来るがいい」

 さあ、魔王との一騎打ちの開幕だ。



 ……どれだけの時間切り結んだのだろう。
 お互いに軽い傷を負ってはいるが、致命的な傷は受けていない。
 だが、均衡は崩れつつある。長柄武器の魔王に対して、剣の私に有利な間合いで終始戦っている。
 次の魔王の一撃を払い、距離を取り、聖剣技奥義を叩きこむ。

「ふんっ!」
「はぁっ!!」

 ガギン!!

 魔王の突きに剣の打ち下ろしを合わせる。
 魔王のバランスが崩れたのを確認、間合いもいい。

「行くぞ! これで終わりだ!!」

 ドンッ!

 背中に衝撃が走った。王国紋章入りのマントが切れて飛んでいく。

「ぐはっ」

 どうやら《ウィンドブレード》が直撃したようだ。

 どこから? ……後ろだ。後ろには臣下達がいるはず……
 後ろに目をやると、ユディンが血走った眼で私を見ている。


******エンデランス王国軍出陣直前、フリス護衛騎士団団舎


「で、殿下、お戯れはお止しください!」
「何が戯れか! 俺は本気で言っているんだ! ユディン」

 殿下は何をお考えか! 王国の英雄たるバハムート殿下に危害を加えるなど正気では無い!

「いくら殿下のご命令でも従う事など出来ません」
「ユディン、なにも殺せと言っているのではない。戦いの均衡を崩す一撃を与えるだけで良いのだ」
「そ、それでも!」

 殿下は私の言葉を遮り、耳元で囁く。

「お前の妻子は俺が客人として預かっている。今朝お前を見送った後に使いを出して招いたのだ。この意味、解るよな?」
「ぐっ! ひ、卑劣ですぞ!」
「なに、戦況が伝わるまでは何もせぬ。上手くいけば丁重に屋敷まで送り返すさ。……失敗したら……くくく」
「娘だけは! 婚約が決まったばかりなのです! どうか!」
「ユディン! 失敗しなければいいだけの事だ。早く行け!」


******決戦の地


「貴様! 団長に何をしている!」
「つ、妻が……娘が! ――家族の為なのだ! お許しを!」
「黙れ! 裏切り者め!」

 私の臣下がユディンを切り捨てた。そうかユディンが――いや、フリスの命令か……

 私の体勢が崩れてしまって、魔王はこの隙に持ち直してしまった。
 だが! ここで止まる訳にはいかない! 私の後ろには多くの国民、世界の民の命があるのだ!

「どうやら神は我に味方したようだな! 思う存分味わえ! 我が豪雨の如き戟の雨を!! 死ねぇ!!」

 ……どうやら覚悟を決める時の様だ。父上、王国をお頼み致します。

「――だが、ただではやられない! 聖剣技奥義、サージ・オブ・ディバインクロス!!」
 


 聖なる光の十字が、波動となり魔王をのみ込んでいく。


「ぐおおおおおおぉおおおおおおおお!!」

 三叉戟の雨が私の身体に降り注ぐ中、放たれた私の奥義は、魔王を魂ごと灰と化した。




「団長! 誰か回復魔法を!」
「殿下!!」

「ごふっ! つ、妻と息子を頼む……、守ってく……れ」
「だんちょーーーーーー!」


******女神ディスティリーニアの世界


「ディスティリーニア様ぁ、たいへんです~。バハムートがやられちゃました~。え~ん!」
「……なんて愚かな。……ヒト族がこんなにも愚かだったなんて!」
「どうしましょー? どうしましょー?」

 天使達が騒いでいるわ。

「大丈夫よ。彼の魂は無事なのだから、また輪廻の輪に戻るわ。次の生こそは、禁忌を犯してでも私の寵愛を授けて厄災に当たってもらいましょう」


******決戦の地


 魔王の消滅後、魔王軍は撤退を開始。
 龍人族、ドワーフ、獣人族が追撃をかけている。


「バハムートちゃーん! どうしてよ! ――ハッ! あんた達、《リザレクション》を使いなさいよ! 生き返らせなさいよ!!」

 バハムート戦死の報を受けて駆けつけてきたリーファが、亡骸ににすがりついて泣き叫んでいた。
 リーファと共に駆けつけた教会騎士達がうつむいてしまった。
 リザレクションなどという超高等魔法を使える者など、今の世にはもういないのだ。



 この戦い自体は魔王とバハムートが相討ちとなり、王を失った魔人族が撤退する形で幕を下ろした。
 しかし、バハムートを失った事で、エンデランス王国は大きく変わっていくのだった。
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