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第1章 Departure for the Fantastic World
第46話 ネズミ一匹(2)
しおりを挟む――さあさあ、いよいよ本日最後の競りが開場いたしました。司会を務めさせてもらうのは、わたくしバーナードであります。どうか最後までお楽しみくださいませ! ――
人が寝静まった深夜、昼夜問わず動き続ける工場の地下で声が響き渡る。
それに応えるように、拍手が沸き起こる。
しかし、誰も声を発さない。全員が表情のない面をかぶり、真っ白な手袋をはめた手で拍手をする。曇った拍手の音は、地下の空間で不思議な反響を起こす。
見渡す限り、身体つきすらわからないほどぶかぶかのコートをまとった面の集団。これほど異常な光景はそうそうないだろう。咳払いの音すら聞こえない。わずかに声を発するのは、商品を落札した時に漏れる安堵のため息のみだ。
そんな異様な光景が、ただ淡々と続く。全く動きのないその光景は、額縁をハメればそれそのものが呪いの絵だと言われても納得してしまうほど薄気味悪く悪寒を抱かせる。
一品目、二品目。
手だけが上がり、司会者が手の動きに対応する金額を読み取っていく。
三、四、五、六品。
そこまでに落札された商品の値段と雰囲気、その他諸々を頭に入れながら司会者バーナードが文言、語調、身振り手振りをすべてふさわしいものに変えていく。
七、八、九品。
もっと、もっとだ。
もっと高く、もっと争え。
もっと高揚し、警戒心を解け。
この場に理性は似合わない。
十、十一、十二、十三品。
客を惑わせ、賭けに酔わせ、財布のひもをほどいていく。
あともう少し、あともう少しで競り落とせるというギリギリの糸をピンと張りつめ、客から現実を忘れさせる。
意のままに、思うままに、客の心を揺さぶり獣へと変える。その感覚がたまらない。すべての客が自身の思うままになった時、望み通りの額で商品を競り落とさせたとき、一瞬遅れてやってくる凄まじい快感は止められない。
いまこの会場は、間違いなくバーナードこそが支配者だ。
今日の、今、この場所に限って、全ての客は彼の思うままだった。望む額に、相場の数倍以上の値段に吊り上げられる。
そしてそれは、
同時に、競争相手を減らすこともできるということ。
――……今だ。
十四品目、その競りが始まるほんの数秒前。客たちが張った緊張の糸が一瞬だけ緩む。
バーナードはそれを見逃さなかった。
ドン!
演説台を叩く。
今まで場を支配してきたバーナードの魔法が解ける。客たちの視線が、一斉にバーナードへと向けられた。
「さてみなさま! ここで目玉商品をお見せいたしましょう! 本来なら最後の最後まで残ってくださったお客様方のみにお見せするのが礼儀なのでしょうが……今日、この商品ばかりは我慢なりません! 自慢したくて自慢したくて! この商品をわたしが捌けるということが、何よりの誇りでございます!」
シン――っとした空気が開場を包む。徐々に上がっていたボルテージに強引に蓋をし、そのまま数秒間会場を見渡す。
ここだ! そう己の勘が告げた瞬間、バーナードは壇上を振り返る。その合図と寸分の狂いなく、用意されていた檻に賭けられていたヴェールが剥ぎ取られる。
瞬間、
バーナードは、いまこの場だけは、自身にも客たちの制御はできないということをすぐさま悟った。
静まり返る会場。しかしそれは落ち着きを表す静寂ではない。火山が噴火をする着前、そのコンマ数秒がいまこの瞬間なのだ。
「本日の目玉商品、ユニコーンでございます!」
――わぁぁあぁああああ! ――
オークション会場に鬨の声が響き渡る。
それもそのはず、なにしろそれは、魔法使いたちによって幻獣に保護され裏の世界には決して流れてくることのない商品。魔術師ならば誰もが喉から手が出るほど渇望する、最上級の儀式触媒。
理性を保っていられることがあるだろうか。否。そんな高尚なことができる者であれば、魔術師協会から身を追われることなどありはしない。魔術師だからこそわかる。それが本物だということが。会場にいる何割かが、落札した相手を殺す算段を付け始めるほどの商品だ。
バーナードによって強引に押さえつけられていた感情はすぐに限界を迎える。押さえつけていた蓋ははじけ飛び、全員の眼が血走っている。
ユニコーンを裏に隠さずわざと表のステージ上に置きっぱなしにする。予想した通り、客たちの視線は面白いくらいに端のユニコーンに惹きつけられている。この状態にしておけば、ユニコーン以外の商品を気にするものはいないだろう。
ああ、上手くいった。
バーナードはほくそ笑んだ。
同僚への義理は通した。この先は好きなだけ吊り上げてやる。
「こちらの目玉商品は最後にさせていただきます! さあ、次は十四品目、儀式用の子供五人セット。値段は二十ポンドから!」
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