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第1章 Departure for the Fantastic World
第44話 幕間:遠き祖母との記憶(2)
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眠りは浅い方だと、ウォーレンは自負する。
体内時計も比較的正確な方で、起きようと決めた時間の数分前後に起きることができる。それは子供のころから健在で、寝坊というものをした記憶がない。要求される睡眠時間というものも他と比べて短いらしく、四時間を切っても問題はない。
その足りない睡眠を補うためなのか、どこでも寝られるという中々便利なオプションもついている。休憩や空き時間に十分、十五分程度の仮眠を取って仕事にかかるということができた。そのおかげだろう、こと睡眠に関しては不便だと思ったことは今までなかった。
仮眠時も同様に、少しの物音で起きられる。軍人とってはかなり恵まれた能力だ。
故に、たったいまウォーレンを覚醒させたのも、控えめに叩かれたノックの音だった。
「ん……ふっ、ん」
意識が泥沼の中から一気に浮上する。体感で十分くらいだっただろうか。置時計を見る。日付は八月の十一日、時間は午後十時十二分。体内時計は正確だった。
――妙な夢だ。
目尻を押さえながらそうおもんみる。
なぜ、数年前に他界した祖母との会話をいま夢に見てしまったのだろうか。いつものようにおぼろげになっていく夢ではなく、会話の内容まではっきりと覚えているという不思議な感覚だった。
確証はない。だけど、何か理由があるような気がしてならなかった。虫の知らせ、そんなものだろうか。しかし、それ以上夢のことを考える前に、扉の向こうから自身の名が呼ばれる。
『ウォーレン様』
「入れ」
思考を中断する。床に落ちていた書類を何枚か拾い、椅子にもたれかかったためにしわのできていた服を直してから入室を許可する。入ってきたのは、ウォーレンがいるここホリングワース家別邸のフットマン。入室して姿勢を正し、恭しくウォーレンに向かって礼をする。
「どうした」
「実は、至ったいまお客様がお見えになりまして」
「こんな夜にか? 誰だ。予定などないはずだが」
「それが……幼い少年です。身なりがよろしかったのでお待ちいただいているのですが、何でも、リーナ・オルブライト少尉について話したいと、そう言えばわかるとおっしゃっております」
「待たせろ。すぐに行く」
胸騒ぎがした。それは、部下である彼女が関わっている事件ゆえだ。
魔術師の話は、軍の間でも噂として流れている。そして魔術師がらみの誘拐事件が起こっているということも聞いていた。頭の中で何かが繋がったような気がした。彼女の性格を鑑みたなら、もしかすると事件の奥深くにのめり込んでしまっているかもしれない。
だとしたら、代理で来た少年の素性は……。
――……持って行くか。
一応客人をもてなせる格好に着替え、開いた机の引き出し内で存在感を見せつけるのは、銀色の塊、コルトM1900だ。護身用にと弾倉に弾を入れ、胸の内ポケットに隠す。
自室の扉を開けると、先ほどのフットマンがウォーレンを待っていた。「ご案内します」と言い、ウォーレンを客人が待つ応接室へと連れて行く。扉の前で立ち止まり、横にそれる形で扉を引いた。
「……待たせてしまって申し訳ない。準備に手間取ってしまった」
「気にしてません。こちらの方が無理を言って通していただいた身なので」
そう言って笑ったのは、本当に少年だった。
外国人めいた幼い顔立ちと、黒い目と髪。しかし喋る言葉はこちらのものだった。歳はおそらく十四、十五くらいだろう。それなりにいい身なりをしている、きっとどこかの家の使い走りだろうか――。
そう、思っただろう。普通ならば。
あの夢を、見ていなかったなら。
「…………それで、部下のオルブライト少尉に関してのことだそうだね」
言葉が遅れたのは、何かがおかしいと気が付いたから。
目の前の少年が、普通じゃないと気が付いてしまったから。
「はい。俺は、彼女と一緒に行動しているハル・エイダンフォードと申します。緊急のことで窺わせていただきました」
「話を聴きましょう」
「俺たちは今、同じ組織の人間を追っています。彼らが子供たちをさらった可能性が高い」
「……その組織とは?」
「魔術師です」
――見た瞬間に感じたわ、この人は普通の人じゃない。別の世界の人だって――
ついさっき夢に見た、祖母との会話。
そうか、祖母はあの時、こんな気持ちだったのか。
体内時計も比較的正確な方で、起きようと決めた時間の数分前後に起きることができる。それは子供のころから健在で、寝坊というものをした記憶がない。要求される睡眠時間というものも他と比べて短いらしく、四時間を切っても問題はない。
その足りない睡眠を補うためなのか、どこでも寝られるという中々便利なオプションもついている。休憩や空き時間に十分、十五分程度の仮眠を取って仕事にかかるということができた。そのおかげだろう、こと睡眠に関しては不便だと思ったことは今までなかった。
仮眠時も同様に、少しの物音で起きられる。軍人とってはかなり恵まれた能力だ。
故に、たったいまウォーレンを覚醒させたのも、控えめに叩かれたノックの音だった。
「ん……ふっ、ん」
意識が泥沼の中から一気に浮上する。体感で十分くらいだっただろうか。置時計を見る。日付は八月の十一日、時間は午後十時十二分。体内時計は正確だった。
――妙な夢だ。
目尻を押さえながらそうおもんみる。
なぜ、数年前に他界した祖母との会話をいま夢に見てしまったのだろうか。いつものようにおぼろげになっていく夢ではなく、会話の内容まではっきりと覚えているという不思議な感覚だった。
確証はない。だけど、何か理由があるような気がしてならなかった。虫の知らせ、そんなものだろうか。しかし、それ以上夢のことを考える前に、扉の向こうから自身の名が呼ばれる。
『ウォーレン様』
「入れ」
思考を中断する。床に落ちていた書類を何枚か拾い、椅子にもたれかかったためにしわのできていた服を直してから入室を許可する。入ってきたのは、ウォーレンがいるここホリングワース家別邸のフットマン。入室して姿勢を正し、恭しくウォーレンに向かって礼をする。
「どうした」
「実は、至ったいまお客様がお見えになりまして」
「こんな夜にか? 誰だ。予定などないはずだが」
「それが……幼い少年です。身なりがよろしかったのでお待ちいただいているのですが、何でも、リーナ・オルブライト少尉について話したいと、そう言えばわかるとおっしゃっております」
「待たせろ。すぐに行く」
胸騒ぎがした。それは、部下である彼女が関わっている事件ゆえだ。
魔術師の話は、軍の間でも噂として流れている。そして魔術師がらみの誘拐事件が起こっているということも聞いていた。頭の中で何かが繋がったような気がした。彼女の性格を鑑みたなら、もしかすると事件の奥深くにのめり込んでしまっているかもしれない。
だとしたら、代理で来た少年の素性は……。
――……持って行くか。
一応客人をもてなせる格好に着替え、開いた机の引き出し内で存在感を見せつけるのは、銀色の塊、コルトM1900だ。護身用にと弾倉に弾を入れ、胸の内ポケットに隠す。
自室の扉を開けると、先ほどのフットマンがウォーレンを待っていた。「ご案内します」と言い、ウォーレンを客人が待つ応接室へと連れて行く。扉の前で立ち止まり、横にそれる形で扉を引いた。
「……待たせてしまって申し訳ない。準備に手間取ってしまった」
「気にしてません。こちらの方が無理を言って通していただいた身なので」
そう言って笑ったのは、本当に少年だった。
外国人めいた幼い顔立ちと、黒い目と髪。しかし喋る言葉はこちらのものだった。歳はおそらく十四、十五くらいだろう。それなりにいい身なりをしている、きっとどこかの家の使い走りだろうか――。
そう、思っただろう。普通ならば。
あの夢を、見ていなかったなら。
「…………それで、部下のオルブライト少尉に関してのことだそうだね」
言葉が遅れたのは、何かがおかしいと気が付いたから。
目の前の少年が、普通じゃないと気が付いてしまったから。
「はい。俺は、彼女と一緒に行動しているハル・エイダンフォードと申します。緊急のことで窺わせていただきました」
「話を聴きましょう」
「俺たちは今、同じ組織の人間を追っています。彼らが子供たちをさらった可能性が高い」
「……その組織とは?」
「魔術師です」
――見た瞬間に感じたわ、この人は普通の人じゃない。別の世界の人だって――
ついさっき夢に見た、祖母との会話。
そうか、祖母はあの時、こんな気持ちだったのか。
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