『魔法使いと植物図鑑― The Mage and Magic arts Tree book ―』

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第1章 Departure for the Fantastic World

第41話 反撃宣言!(2)

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「出られたとして何ができるっていうんです? その枷を付けて」



 割り込んできたのは、抑揚のない女性の声だった。
 しかもすぐ近く。わたしたちが入っている檻の真ん前だった。

「・・・・・・え?」

 そこに居たのは、

 ハルよりも少し高いくらいの背丈で、ここで働いているスタッフたちが着るような薄汚い服に身を包み、深く帽子をかぶっている。首に巻いているはスカーフ代わりの布切れ。髪がスカーフの中に入っているということは、肩くらいまでの長さだろうか。

 見た目と雰囲気があまりにも違いすぎて歳が分からない。無理やり見た目だけを考慮すればハルと同じ十五歳くらい。そして右手には、気絶し身ぐるみをはがされ下着ひとつの少年。きっとあの服は彼からは拝借したんだろう。

 言葉が出なかったのは、いきなり現れてきたことよりもハルにそっくりだという事実故だ。一卵性双生児、いわゆる双子というやつだ。

「やっぱりいたんスね。マジで助かりました」

「ええ。あなたにつけておいた虫がざわついたので。見守るという約束でしたから」

 安堵したようにハルが息をつく。その反応から、一応味方なのだということは解った。
 ただ・・・・・・安堵とは裏腹にその表情は凍り付いているけれど。

「まったく。こんなところに入ったかと思えば、どうして捕まっているんですか。それも味方だと思っていた奴に。馬鹿ですか、アホなんですか、あなたのミスでわたしのプライベートを削らないでください」

 淡々と語られる事情。一切の感情がなく、よどみもない返答。
 しかしその目は、口調からは想像できないほど冷たいものだった。

「もしかして・・・・・・この後予定とかありました?」

「久方ぶりのちゃんとしたディナーでした。高級ホテルで。あの人と二人で。・・・・・・・・・・・・二人だけで。二か月ぶりの」

 ひゅぅっとハルの喉が鳴った。

 たらたらと、さっきとは確実に別種の汗がハルから吹き出している。
 ああ、蛇に睨まれた蛙はきっとあんな表情をするんだろう――と他人事のように考える。

「あ、あとで怒られますからっ、とりあえずいまは助けてください」

 震えた声でハルがそう頼む。

「はぁ・・・・・・」

 やっぱり感情のない、ため息なのか困惑の感情なのか解らない返答。

 右手一本で引きずっていた少年から手を離す。「ぐえぇっ」といううめき声が漏れるが、彼女はその口に右足の先を突っ込んで黙らせる。
 そしてハルの方へと向き直り、少しだけ目を細めて口を開いた。

「一応訊いておきますが、あなた、正気ですか?」

「・・・・・・っ」

 ハルが唇を噛む。彼女から目をそらすように顔を伏せる。

「あなたがしようとしてることは、完全に規則違反です。あなたは、? あの男にそこまでする価値はないでしょう」

「ある!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 喰って掛かる勢いで、ハルが言葉をかぶせた。反論なんかさせないとばかりに、ハルは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
 その表情は、あり得ないほど必死だった。まるで、言い負かせないのを解っていてそれでも万が一の奇跡を求めるように。

「あの人だからだ! このままあの人を拘束したら、あの人は一生取り付かれる! だからいま俺がやらないと――がッ!?」

 ガゴンッ、ハルの顔が格子にぶつかる。彼女が檻越しに胸倉をつかみ思い切り引き寄せたのだ。うめき声をあげてハルは歯を食いしばる。
 額の一部が裂けたんだろう。ハルの額から紅い血が伝い左目を隠す。それでもそんなことお構いなしにハルは彼女をにらみつける。

 だけど、

「なお悪い」

 その顔を見て、その表情を見て、ハルの顔が引きつった。

 もはや敬語もなかった。
 ぞとするほど冷たい声。まるで意思のない蝋人形のガラス目玉のような瞳。しかしそれとは明らかに不釣り合いなくらいはっきりとした、ピリピリと肌を刺す雰囲気。

「あなたがやろうとしていることは、魔法使い最大の禁忌です。魔法憲章にも明確に記載されています。破ればただじゃ済みませんよ。今ここで、私があなたを拘束することもできる。それに、その枷をはめたままどうするつもりです? すべてを失う覚悟を持ってのことですか?」

 気が付けば、わたしは立ち上がりかけていた腰を落としていた。いつの間にか威圧されていた。それはきっと、彼女の声に、瞳に、嘘がなかったから。彼女が口にした言葉は何もかもが本当で、その気になればわたしたちなんて簡単にひねりつぶせることを見せつけられたから。

 きっと彼女は、殺すといえば殺すんだろう。彼女がまとう雰囲気は、イーストエンドで暮らしてきた人たちよりも黒くて深い。絶望じゃない。むしろ感情なんてなかった。まるで、彼女自身が刃のようだ。いやな言い方をするならば、彼女はただの凶器。自分の意志なんて持たないただの道具だ。
 怖い。銃を突き付けられた時よりも何倍も怖い。だって、彼女が言葉を発したら、それがわたしたちの未来になってしまうという確証があったから。

 それでも、
 それでも、ハルは退いてはいなかった。

「俺が全部背負います。迷惑はかけません」

 冷や汗を垂らしていて、声も震えている。わたしの感じていたことは間違いじゃなかったみたいだ。それでも、彼女を前にして相棒は退いていない。全責任を負うと言い切って彼女をにらみ返していた。

 視線が交錯する。感情の解らない瞳と、譲れないと歯を食いしばった意地がぶつかり合っている。
 何秒、否、何分そうしていたのだろう。

「はぁ」という短い溜息が地下に響いた。

「・・・・・・・・・・・・どこまでも馬鹿ですね。理解できません」

 そう言ったのは、ハルの胸倉をつかんでいた彼女だ。やっぱりそこに感情の揺れはない。ただ、心底呆れているんだということはその言葉から分かった。

 ハルの胸倉をつかんでいた右手を離す。バランスを崩したハルが尻もちをついた。
 ハルが起き上がったときには、もうわたしたちになんて興味ないといわんばかりに彼女はわたしたちに背を向けていた。

「上には黙っておいてあげます。正直言って、私にはどうなろうと知ったことじゃありませんから。ただし、ここを開けるまでです。擁護はしません。あなたたちは逃げ出さなかった。それ以降は何があっても手助けはしません。あ、あと、これはあなたたちの装備です。選別にどうぞ」

 薄汚れた布袋が檻の前に投げ落とされる。そしてハルに向かって鍵束が投げ込まれた。すぐさまハルが一本を選び檻の鍵穴に差し込む。三本目で、ガチンという硬い音を立てて鍵が外れる音がした。

 檻から出たハルが、わたしの檻も外から解錠してくれる。二回目で響く錆びた蝶番と解錠の音。開いた檻の外からハルが手を差し伸べてくれる。それを握って「ありがとう」と腰を上げた。

「あなたが彼の見習いですね? 話は聞いています。ウェブリーとはまた良い趣味ですね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 わたしに背を向けてそう言った彼女は、気絶した少年の腕をまくって赤いインクで何かを描いている。唐草の模様だろうか。左腕の肘から肩にかけてにびっしりと描き込んでいる。わずか一分足らずで描き切ると、彼女は少年を叩き起こす。文字通り、頬をひっぱたいて。

 うめき声をあげながら、少年は眠たそうに目を開けた。
 そして彼女を見て絶叫する。

「ん・・・・・・んんっ・・・・・・あ、うわあああああああが!? ががが!」

「叫ぶな。うるさい」

 少年の口に、落ちていた酒瓶が無理やり突っ込まれた。

「いいですか?」と、暴れる少年の腕を少年自身に見せる。そこに描かれた謎の模様を見て、少年がさっきよりも明らかに動揺する。
「んんっ! んんん!」っと暴れる少年を押さえつけ、耳元で彼女は囁いた。

「あなたの身体に呪いを刻みました。解呪する条件はただ一つ『異常なしと報告しろ』それだけです。破ったらどうなるか……解りますね?」

 ガクガクガクと首が外れんばかりに上下に振られる。それを確認し、彼女は服を脱ぎ棄てた。
 来ていた服の下から、黒い服が現れた。わたしたちが知っている服とは違う、隠密に長けたような真っ黒な服・・・・・・どこかしか東洋の雰囲気をまとった黒装束だ。

 手についた汚れをふき取っている彼女に、ハルが頭を下げた。

「ありがとうございます。アイラさん」

「〝見守る〟という約束ですからね。あなたがどんな道を選んだところで知ったことじゃありません。ただ、邪魔になれば排除する――それだけは忘れないように。・・・・・・あと、今度会った時に絞めます」

「ひぃ・・・・・・っ!」

 一瞬で、安心したようなハルの笑みが凍り付いた。
 そのまま少年を引きずってアイラと呼ばれた彼女が歩き始める。しかし何か思い出したのか、足を止めて背を向けながら口を開いた。

「違いますからね」

「?」

「顔のことです」

 振り返り、自分の顔を指さす。

「私と彼は、あなたが思っているような関係でも何でもありません。他人の空似ですよ。こっちはいい迷惑です」

 なぜだろう。「いい迷惑」という言葉に一番感情が現れていたような気がする。さっきまでの問答なんて比較にならないくらい、疲れ切った嫌そうな声だった。それが彼女の初めて見せた人間らしい感情だ。

 その言葉を最後に、アイラという少女は闇の中に消えていった。
 再び、この空間にはわたしたちだけとなる。

「あの人って・・・・・・」

「アイラっていう魔術師だよ。俺たちの関係で例えたらリーナの立場」

「兄妹、じゃないのよね?」

「俺も最初はおんなじ反応。ドッペルゲンガーか? って」

「何かあったの? ずいぶんおびえてたけど」

「・・・・・・・・・・・・俺の師匠。主に・・・・・・戦闘訓練の」

「あー、なるほど。容赦かったのね」

「・・・・・・お察しの通り」

 ――何をされたんだろう・・・・・・。

 本気でハルの声が沈んでいた。彼がここまで凹むとなると、一体彼女は戦闘訓練でなにをやったのかが本気で気になった。
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