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第1章 Departure for the Fantastic World
第38話 It is dark at the foot of a lighthouse(3)
しおりを挟む檻から出たわたしたちとすれ違うように、四人の男が檻の前にやってきた。大柄な男が二人、そして中肉中背の男が二人。全員が銃を手に持ち、檻のまわりを探っている。
コルトM1903と、ブローニングM1900辺りだろうか。どちらも引き金を引けば弾が出る自動拳銃だ。弾の交換も、リボルバーと比べ弾倉を入れ換えるだけで済む。わたしのウェブリーーでは少し分が悪い。できれば撃ち合いは避けたいところだ。
そう思いながら観察をしていると、わたしの横に人の気配が現れる。バサリというフードを取る音。じっと横を見つめると、ハルの姿が唐突に現れた。
(監視サンキュー。どう?)
(まだこっちには気が付いてないわ。そっちは?)
(入り口にも何人かいる。それより、あの魔法を使ったやつがいない)
(わかるの?)
(使ったら杖を持ってるはずだからな。杖がないと魔法は使えないし)
魔術師は、基本的に自力で魔法を使うことができない。なぜなら、魔法を使うための回路が身体の中に備わっていないからだ。
魔法は決して、摩訶不思議な力じゃない。蒸気機関のように複雑な仕組みがあって初めて、マナが魔法に変わる。その役割を果たすのがマナの流れる回路。それすなわち、魔法使いの血管や筋肉の繊維、骨だ。ハルを含めた魔法使いたちは、身体そのものが天然の魔法陣になっているのだ。しかしこちらの世界で生きる魔術師たちにはその回路はない。
故に、補助としての杖が必要不可欠なのだ。魔術師たちに与えられている杖は、ハルの世界でも使われている決められた魔法のみを出すことができるものだ。魔法が使えない人用に作られたもので、イメージは拳銃に近い。ハルの持っている杖とは違い、金属製だという。
向こう側の喧騒に紛れて、ハルが手短に話してくれる。
(差為すのは手間ね・・・・・・影響は?)
(ないよ。あの程度の魔法なら、こっちで蹴散らせる。魔法使いなめんな)
ニカッと、ハルは獰猛な笑みを浮かべる。
だとしたら・・・・・・と、頭の中で作戦を練る。
向こうはもう、わたしたちが侵入したことに気付いている。ただの侵入者じゃなくて魔術師が侵入したと考えているととらえた方がよさそうだ。この場所で子供たちとユニコーンをさらうのも不可能だ。
だとしたら取る行動は二つ。
(どうしよっか。隠れる? 正面突破?)
小声でハルに問いかける。相手から見えないというアドバンテージはあるけれど、向こうにも銃があるのだから無理できるかは疑問だ。何よりも、ここから先はわたしよりも魔法が使えるハルの方がふさわしいはず。
少し目を伏せて考え、ハルの口が開く。
(とりあえず隠れる方向で。向こうに扉があったから、いったんつないでやり過ごして――)
刹那、
「忍び込んだネズミ諸君!」
暗室の中心で、誰かが大声で話し始めた。
「どこにいるのかは知らないが、少しばかり忠告をしておく」
チラリと、棚越しに姿を見る。
他の四人とは別の男だった。黒のジャケットとスーツに身を包んだ、他の男たちよりも数段身分が高そうな男。ここの管理者だろうか。ひげを蓄え、剣を間のする笑みを湛えている。
何より、その右手にはハルが言っていた黒く塗られた金属製の杖。
「我々もネズミに悩まされていてね、ちょうどいま、ネズミ駆除をしようと思っていたところだ。きっかり十分後、この部屋に煙を送る。どんなネズミでも死ぬ特注品だ」
(嘘つけよ。いたら呪いで死んでるっつーの)
隣でハルがぼやく。
「ここには窓もない。ダクトはもう止めた。一日、二日、三日、どれだけ息を止められるのか、我慢比べと洒落込もうじゃないか!」
演説が終わると同時に、辺りが騒がしくなる。新たに職員たちが部屋になだれ込み、箱のような何かをセットし始めた。全員が顔を覆うガスマスクのようなものをしている。ということは、あれがわたしたちをおびき出す罠ということか。
と、その時。
(リーナって、何秒くらい息止められる?)
唐突に、ハルがそんな言葉をかけてくる。
(三十秒は確実に。多分、一分も問題ないはず)
(上等)
ニタリと、ハルが笑った。それにわたしも頷く。
言葉なんか介さなくても、何をしようとしているかなんて明白だったから。
(訂正。正面突破で)
(ええ)
その言葉で、握っていたウェブリーを構え直す。トリガーに指をかける。
撃鉄はもう起こした。あとはたった数キログラム、指に力を入れるだけ。
(合図で出口に向かってまっすぐ走れ。何かあったらすぐ息を止めて。俺は魔術師を叩く)
(了解。だったら、他の奴らはわたしに任せて)
(そんじゃ、よろしく)
必要最小限の言葉でお互いの役割を確認する。それから先は、お互いに言葉を発しなかった。ただ見つめ合って、一度頷くだけ。ハルは魔法のプロ。わたしは本職の戦闘員。お互いの命を賭けるのに、それ以上の信頼はいらない。
頭の中に暗室の地図を描く。その上に今いる敵の場所をプロットし、逃走経路をいくつか割り出す。望ましいのは、できるだけ遮蔽物が多くてかつジグザグに走れるところ。
イーストエンドでの泥色の経験が役に立ったのだろうか、瞬時に四本の線が浮かぶ。一番広いメイン通路、ひとつ逸れた棚を行くルート、ぐるりと大きく迂回して逃げるルート、棚の上伝いに逃げるルート。
だけど今回は、魔術師以外の敵を排除することもわたしの任務だ。だとしたら、メイン通路を使う経路が一番ふさわしい――頭の中でそう結論付けた後、ふぅっ、と短く息を吐く。
(息吸って)
ピリリと緊張の糸が引かれる。切れんばかりに張りきった糸がぎしぎしと軋みを上げる。
(GO!)
その合図で、振り返らずに走り出す。足音に気が付いたのが二人。こちらに銃を向けて発砲する。
ダンッ! ダンッ! という耳慣れした高くて乾いた音が耳に入る。少し遅れて何かが割れる音、固く響く金属音が同時に聞こえる。思った通り、わたしの姿が見えていないから当たらない。過信は禁物だけれど、これなら少しくらい大胆に動いても大丈夫そうだ。
「・・・・・・んっ!」
走りながら、転がっていた石 (のようなもの)を拾い上げてそのまま投擲。わたしが居る場所から四時の方向に飛んだ石が、だいぶ離れた場所の商品に当たって砕けた音が響く。それに巻き込まれたみたいにまたいくつかの品が落ちて床を転がる。
一瞬の空白――コンマ数秒後、
「あっちだ! 撃て!」
響く怒鳴り声。
さっきよりも増えた発砲音が轟きさらに品物が砕け散った。
――よしっ!
心の中でガッツポーズ。気持ち良いくらいに場所を誤認してくれた。しかもほとんど全員がそっち方向に身体を向けている。
何も、でたらめな方向に投げたわけじゃない。メイン通路に出た時、全員がちょうどわたしから見て背中を向けるように計算した上だ。そしてそれは自惚れするほどうまくいった。
木箱を間に挟み、ウェブリー・リボルバーMk.IVの照準を合わせる。下から上へ、相手の身体上にインクを引くように。狙うは一番近くにいる二人。狙いは腹。
「・・・・・・ふぅッ」
一呼吸。息を止める。
引き金を引く。
撃鉄が落ちる。ロックを解かれ弾けた撃鉄がファイアリング・ピンを叩く。
一度。少し間を開けてもう一度。
ダァンッ! ダァンッ!
銃口から二発の弾丸が飛び出した。それを裏付ける、向こう側の拳銃よりも重く圧のある発砲音。撃ち出された弾丸は.455ウェブリー弾。中折れ式リボルバーの中でもトップクラスの威力を持つレッド・ラウンド・ノーズ弾だ。それぞれの相手に一発ずつ。腹部を狙って引き絞った。
ひとりの右腹部、もうひとりの左臀部に当たった。11.56×19.3mmのレッド・ラウンド・ノーズ弾が肉を引き裂き突き抜ける。鉛オンリーの柔らかい弾が肉の一部をはじき飛ばし、銃弾が突き抜けた穴から血しぶきがシャンパンのように吹き出すのが見えた。
「ああああああああ!」
「くぅぅぉぉああああああッ!」
苦痛がたっぷり染み込んだ絶叫がビリビリと響く。それぞれが右わき腹と尻を押さえて倒れ込む。うずくまったり、転がったりしながらのたうち回る。
いつだったか、人は銃で撃たれてもしばらくは動くことができると書かれた推理小説を読んだことがある。だから確実に動きを止めるために何発も犯人は撃ったのだと。確かに撃たれても動くことはある。だけどそれは戦場での話だ。こんな場所じゃない。
撃たれて動くことができる状況とは、すなわち極度の興奮状態でアドレナリンが過剰生成されるときだ。そうなるのは銃弾が飛び交う戦場や、いつ自分の命が無くなってもおかしくないという場合のみだ。例を挙げるなら、火事やがけ崩れに巻き込まれたとき。
そして、いまこの状態はどの条件にも当てはまらない。すなわち、あの二人がこれ以上脅威になることはない。
――残りふたり。
特筆するような高揚感はない。自分自身でも気味が悪いほど、わたしの意識はもうすでに次の目標に向かっていた。同時に、少しだけ安心していた。いつもの通りだ。射撃訓練で的を狙う時と心が何ら変わらない。この状況でのその事実は、わたしの中で大きな支えとなる。
残った二人は、大柄な男だ。元から仲間意識があまりないのだろうか。倒れ込んだ二人に近寄る素振りはない。わたしとしては不本意というか、そのまましゃがんでくれたら楽だったのに・・・・・・と心の中で悪態をつく。
とその時、
――ッドォンッツ!
拳銃よりもはるかに重い炸裂音が鼓膜を突き抜けた。拳銃弾なんかと比較にならないくらい大量の火薬が燃焼した音。そして、爆音に混ざって少し遅れて届いた、ピシィッという木材の断末魔、金属棚に何かが高速で当たった高い衝突音と反響音、壺や加工品が砕ける音。
わたしのいる位置から十数歩先――そこに積まれていた木箱が見事にハチの巣になっていた。
「出てこいクソ野郎! 撃ち殺してやる!」
炸裂音の持ち主は、男が持っている散弾銃だ。手に持っているのは水平二連式散弾銃。あれは……ホーランド&ホーランドのものだろうか。あんな高級品を買うお金があるんだー、と場違いに感心する。もう一人はどこかに消えた。多分、わたしが現れたところを陰から狙うという手筈なのだろう。
「さっさと出てこい! 今なら半殺しで逃がしてやる」
信じる奴なんかいない台詞を大声で吐く。さっきのハルじゃないけれど、嘘つけと言いたくなる気持ちがよく解った。
「最終通告だ。彼の言う通り出てきたまえよ」
大男の後ろで、杖を持った魔術師が気持ち悪い笑みを浮かべてそう言った。相変わらず応援を呼ぶことも倒れた二人を助けることもしない。敵でも可哀想になる。
刹那。
ドンッツ!
発砲音ではない衝撃が響く。同時に耳に届いた商品たちが崩れる音。視界の右から煙が上がる。金属棚がドミノ倒しのように倒れてきていた。突然のことに全員の時が止まる。本当に面白いほど動きが停止した。わたし以外は。
――いま!
物陰から飛び出し、大男に向かって一気に距離を詰める。どんな耳をしているのか、男はわたしの足音に気が付き散弾銃をこちらに向ける。しかしその瞬間に困惑する。なぜなら、薄暗い通路にはわたしの姿がどこにも見えないから。
その直後に何が起こったのかを、彼は一生かかっても理解できないだろう。
構えた散弾銃に、いきなり左方向への衝撃が走る。予想していない方向の力に対応できず、銃口が大きく左にそれる。とっさにかかった指の力で、最後の散弾が発砲、明後日の方向に弾が飛んでいく。
そしてほとんど同時に知覚した、身体を突き抜ける二回の衝撃。肺が止まる感覚、少し遅れて広がる、身体中を焼き尽くすほどの熱さ。
最後に感じた、下アゴを鈍器で殴られる感覚。
たとえはっきり覚えていても、どうしてそうなったかは一生分からないだろう。
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